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非侵襲的神経網リマッピングという名の脳改造

「このVRMMOってひょっとして全米ライフル協会が背後にいる?」
「さあな。ただ架空銃もロシアや中国の銃も相当にあるから、NRA単独ではないと思うけどね」
「架空銃?」
「そ。現実には存在しない奴。開発破棄されたものだけでない、明らかなSF銃もある」
「そうなんだ? ……それにしても、これ全部銃?」
「上の階にもあるぞ」
 棚に挟まれた通路の先はうすぼんやりとしてよく見なかった。
 それほど広大なフロアに、銃を展示した棚が林立して、その間を様々な格好の男達がゆっくりと歩き回っている。
「それにRPGならまずは武器を整えるだろ。常識的に考えて」
 歯を見せて笑うキリクに、沢渡は思わず言い返した。
「僕、最初に娼館に放り込まれたけどぉ?」
「シュンの、股間の銃の試射だ」
「なにいってるんだよ! まったくもう」
 沢渡はあきれて頭をふり、そして改めて周囲を見回した。
「で? ここの銃を買えばいいの?」
「ああ、まずはパワードマシンピストルとショットガン、シールドにハンドグレネード、高周波ブレードかな。ハンドガンはそんなに重要じゃない。それから、複合ベスト、ARメット、ブーツは靴屋で買ってフィッティングした方がいい」
 棚のあちこちに視線を飛ばすキリクに、沢渡は困惑してたずねた。
「パワードマシンピストル?」
「サブマシンガンよりも弾丸の威力が強い小型マシンガンだ。取り回しがよく、運転席にも持ち込めるから、後でアサルトライフルがメインになっても使う場面は多い」
「ふーん? よくわからないよ。FPSはプレイするけど銃の細かな違いは全然わからない」
 沢渡は首をふった。銃オタではないから、大量の銃器を見て違いがわからなくなった。
 それくらい暴力的な銃器の数だった。
「まあ銃なんて安い。売ることもできる。……そうだな、ケースレスマガジンのこれはどうだ? 軽くて弾をばらまける。命中精度もなかなかだ」
 沢渡はキリクから銃をうけとった。沢渡にはわからなかったがブルバップ式機関拳銃と呼ばれるもので、拳銃弾より強力なケースレス専用弾を撃ち出す。
 もってみると小柄な沢渡でもそう重くない。
「ふむ。……ふむ?」
「とりあえず、それでいってみよう。それじゃ次」
 そういうとキリクは、沢渡を引きずって、ショットガンらしきものが展示されているところに向かった。

「うへぇ、似合わないぃ」
 迷彩服にARヘルメット、複合防御ベスト、ブーツもそろえたいわゆるサバゲースタイルに沢渡俊はなっている。
 もっとも着慣れていないのが丸わかりで、身長154cmの小柄すぎる体躯もあって、どう見ても頼りない新兵でしかない。チャイルドソルジャーといわれても、沢渡は苦笑いしかできないだろう。
 そういう姿を、パーソナルスマートデバイスーースマートフォンの役割を果たすゲーム内アイテムであるーーの自撮りで見て、沢渡はへこんだ。
「大丈夫。戦ってればそれなりに見えてくる。それじゃ、まずガンレンジにいって、それからシミュレータルームだ」
 キリク自身も武装した姿を見せているが、小太りの青い服なんてそんなにかっこいいはずもないのに、妙に似合ってて着慣れてる感じがある。
 歩くと銃やマガジンが音を立てた。
 なんとなく恐怖とも興奮ともつかない妙な感覚が湧き上がってくるのを沢渡は感じていた。

 手の中で銃が跳ねまわった。数発撃つだけでだ。
 パワードマシンピストルなんだか、サブマシンガンなんだかよくわからない小型の銃はとんだ暴れ馬だった。
 ガンレンジの一番端で撃ったのは正解だったといる。標的に弾痕がない。
 沢渡とキリクは地下のガンレンジにいた。コンクリートと標的と台、そして弾着確認用のモニターが台にあるだけの簡素な作りで、他の人影はちらほらあった。
 そのガンレンジで沢渡は銃を握った右手を左手でさすっていた。
「いったー! 手が痛いよ」
 VRなのに、暴れ回る銃を押さえつけた代償としての手の痛みを律儀に再現していたのだ。
「小型で威力があるとそうなる。でも大丈夫だ。すぐに慣れる」
「うそだぁ」
「ほんと。俺だってGPF始めて、2ヶ月ちょいなんだぜ」
 キリクはそういうと沢渡の銃を取り上げて、片手で銃を握ると的に向かった。
 体は的に対して半身で、すっと伸ばした腕の先に暴れ馬な銃が握られてる。
 その姿勢は驚くほど力が抜けていて、小太りの体型なのに優美さすら感じる。
 イヤーマフ越しに連続した発砲音が響いた。それが数度。
 キリクの体は微動だにしていなかった。
 モニターに映った標的には、急所のところにまとまった弾痕があった。
「次」
 機械音とともに標的が現れる。今度の標的は左右上下に不規則な動きをしていた。
 再度の発射音。  
 モニターの中で標的の胸部と頭部に穴が開いて、ついには頭の上半分が吹き飛んだ。
 沢渡の口がぽかんと開いた。
 VRとは思えないほどの容赦ない反動と轟音と熱。それは本物に近いと沢渡は感じた。
 なのに射撃経験などろくにない普通の日本人であるキリクが、易々と撃っている。
「キリクって、ひょっとして自衛隊とか警察? あ、その格好はそうなの?」
「いやー、普通の民間会社のサラリーマンだ。この格好はVR内での職業。巡察警兵のもの」
 そして銃をさげて引き金から指を抜き、セイフティをかけた。
「ま、実はからくりがある。無駄な努力させる気はないから安心しろ」
 キリクは笑った。

「非侵襲的神経網リマッピング(Non Invasive Neural Circuit ReMaping)、NINCRM。ニンクルムと呼ぶべきかな。そういうものが裏で走っている、らしい」
「らしい?」
 首をかしげる沢渡に、キリクは肩をすくめた。
 二人はガンレンジのベンチに腰掛けていた。銃は射撃台の上に置かれたままだ。
「運営がやってること全部が、プレイヤーにわかるわけもないだろう? 経験則というか、すこし物事を考えるプレイヤー達の間での語られる推測だよ」
「つまり?」
「このVR中では物事への熟達が異様に早いんだ」
「ゲームだからじゃないの?」
 沢渡の言葉に、キリクは腕を組み考え込んだ。
「うーん、ここさ、リアルタイムでかつフルアクションで動いているだろ。でも普通、アクションだと下手な奴はとことんどんくさくて、どうにもならないだろ? FPSでもキルデスがひどくなって、やられまくりとか」
 沢渡はうなずく。アクションゲームでは運動神経がものすごい違いを生む。練習で追いつけない違いがある上に、上級層は素晴らしい反射神経でさらに練習するのでどうにもならない差になる。
「発端は、アクションが下手の横好きでやられまくりの人らしい。このゲームで俺うまくなった気がする! 俺すごい!って舞い上がったんだ。気持ちは非常にわかる」
 キリクの言葉に沢渡もさらにうなずいた。うまくなったような気がしたときは、気持ちが高揚するものだ。
「で、その人のフレが模擬戦に付き合って驚いた。確かに動きがよくなってると。で悔しくなったフレが別ゲームで勝負だといって、別ゲームで勝負したら、やっぱり今までより善戦した。それでその二人は考え込んだ」
 沢渡は理解が追いつかずに、首をかしげた。よくわからない。
「このVRMMO中でのみならば、プログラム的動作補助があって、うまくなったと錯覚したのかもとなるが、そうじゃないんだ。このゲームで上達した腕が、他のゲームに持ち越されるなら、それは本人の腕なんだ」
「むう? それってこのゲームでこつをつかんだだけじゃないの?」
「そう、みんなそう思った。しかし、その訴えはその人だけにとどまらなかったんだ」
 怪訝な目を向ける沢渡を、キリクは目に真摯な光を浮かべて見つめかえした。
「特にアクションゲームが下手な人々が上達補助システムの存在をいい始め、実際アクションゲームのスコアが劇的に上昇したスクショを貼った人もいた。しかしアクションがうまい奴はあまりそういうことがないので、見解が分かれている」
 そういうとキリクは握りこぶしから指を一本立てた。
「まず1番目は、このVRMMOがアクションのこつをつかみやすく設計されているという考え」
 そして二本目の指を立てる。
「2番目は、専用ヘッドギアによって、脳に手術じゃない方法での改造、NINCRMが行われているという考え。NINCRMは、この考えに賛同するグループが名付けたものだ。俺もこっち」
 そしてキリクは立ち上がった。
「いずれにせよ、練習すれば現実より早く上達するのは事実だ。それにもう一つ、練習時のみの専用モードも使えばさらに早い」
「専用モード?」
「試してみればわかる。さあ、レンジに立って銃をもって。外補正モード開始」
 キリクに促され、レンジに立って、イヤーマフをかぶり、再びマシンピストルを握った。途端に手足と体が自分の意思以外で動き始め、勝手に構えた。
「な、なにこれ? 体が勝手に!」
「それは強制的に正しい姿勢にして、体に覚えさせるシステム。構えた姿勢をよーく感じ取るんだ。よし、撃て!」
 轟音が響く。モニターを見ると中心に近いところに穴が開いていた。
「まじっ?」
「どうだ? 練習すればすぐに腕が上がる。やる気が出るだろ?」
 自分でも信じられない思いで沢渡はモニターをのぞき込む。
 そんな沢渡にキリクはウィンクをする。
「こ、これは燃えてきたっ!」
「だろだろ! よーし次いくぞー」
 二人はテンションあげあげで射撃練習を続けたのだった。

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