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第11話 領主の城にて

 この五日間は大変だった。
 お助けした奴隷の方々だけど、どこに行くにも付いて行ってあげないといけなかった。
 肉や野菜を買うのにも俺が付き添わないと店が売ってくれない。
 服屋にしてもそうだ。どの店でも『奴隷の首輪』を見ただけで、物を売ってくれなくなるんだ。
 だから、どこに行くにも俺が付き添わなくちゃいけないから、結局自分で行くのと変わりない。

 普通は奴隷を持ってる人なんかはお金持ちで、食材なんかは家に届けさせるそうだし、奴隷は荷物運びや家事や畑仕事なんかをさせられていて、物を買ったりいい服を着せられる事は無いそうだから、俺がさせようと思っているお使いなんかを奴隷にさせる事が無いらしい。
 だから、『奴隷の首輪』を見ただけで、どの店も門前払いを食う。

 それだけじゃない。寝るのはクラマが煩いから家まで帰ってるんだけど、その時に三人の男の奴隷は俺と戻って【星の家】で寝かせているんだ。
 だって元孤児院も風呂は一つしか作って無いから多数派の女性をここに残して男性を連れて帰ってるんだ。風呂ぐらい作ればいいって? 風呂は広い方がいいだろ? だから広い風呂を一つ作ってるからもう一つ作る場所が無いんだよ。
 院長先生にも事情を話して元孤児院を使わせてもらう許可をもらったし、三人の部屋ももらった。因みにピエールはお姉さんと同じ部屋に泊まっている。
 【星の家】には『奴隷の首輪』を見て、変な顔をする人はいないからね。子供達なんか格好いいとか言って、僕も私もと言って真似する子も出る始末だ。流石にそれは辞めさせたけどね。

 朝になると様子も見なきゃいけないから、元孤児院まで三人と来て朝食を食べるようにしている。食材の提供もあるしね。

 これは、早く領主様に会って、『奴隷の首輪』を外せるように頼まないと俺がもたないわ。
 今日、会ったら早速頼んでみよう。このままだと勝手に彼女達だけで街中を歩く事もできないようだし。
 と、かなり心身共に疲れる毎日を過ごしたせいで、結局未だに商業ギルドへ登録に行けてない。前回行ったときに登録をしなかった事が悔やまれる。


 で、冒険者ギルドで、マスターと秘書のランレイさんと合流し、領主様の城にやって来た訳なんだけど、既にマスターとランレイさんはバトルモードに入っている。
 城門にいた兵士に招待状を見せて通ろうとすると、マスターとランレイさんがその兵士にすら睨みを利かせている。
 この人は関係ないんだから優しくしてあげて欲しい。

 別の兵士に案内されて領主様に会うための待合室に通された。
 ここでも二人は無言。ピリピリした緊張感に部屋が包まれている。
 二人は言いたい事を言うだろう。でも、俺も聞くべきことがある。『奴隷の首輪』の解除の件だ。だから、雰囲気に飲まれずに、この件だけは忘れずに頼まないとな。

 案内の人が来て、領主様の所に通された。
 今日は執務室では無く、応接室だった。
 やっぱり冒険者ギルドのマスターとマスター秘書がいるので俺だけの時とは対応が違うんだな。

 俺達が応接室に入ると同時に奥の扉が開き、領主様も入って来た。
 入ってきた領主様も二人の態度に気づき、挨拶もそこそこに話を始めた。

「ようこそエイージ。今日はマスターと秘書がお供とは、中々豪気な話だな。Aランク冒険者以上の扱いじゃないか」
 あ、そういう見方もできるな。俺は、ただ文句を言うために便乗してきたマスターとランレイさんって思ってたけど、俺が招待を受けてるわけだし、普通はそう認識されるか。

「ま、二人のその顔を見る限り、言いたい事は分かっている。土地の件だな? 君達二人が一緒に来てくれた事は私にとっても都合がいい」
 ランレイさんは大きく一つ頷いたが、マスターは腕を組んだまま微動だにしない。
 そんな二人の威圧など関係ないように領主様は話を続ける。

「実は、あの土地の売買の件は手違いだったのだ」
「なっ!」「むっ!?」
 あまりにも予想外な領主様の言葉に二人共驚きの声の後に言葉が出て来ない。
 それでも、ランレイさんはすぐに驚きから立ち直り、一気に捲くし立てた。

「手違いとはどういう意味でしょうか! 態々冒険者ギルドを領主様が訪れて、私共が無理やり買わされた事が手違いとはどういう事でしょうか! しかも、その土地はこちらのイージが白金貨五枚という超高額での転売にも関わらず、一介の冒険者が手に入れた土地を手違いとは。まさかとは思いますが、売買の件が無かった事だとは言いませんよね!」
「当然だ! そんな事はさせんぞ! もうあの子供達を路頭に迷わせる事などできるか!」

 ランレイさんに追従して立ち上がって怒鳴るマスター。
 俺は二人が怒ってくれたから怒るタイミングが無くなって呆けてるよ。この領主様の事だから何かやってくるとも少しは覚悟してたから、いきなりの言葉に驚いたけど頭には来なかったんだ。なんで? って感じ。

「まぁ落ち着け。順を追って話す」
 立ち上がって怒鳴る二人を両手で座れと宥める領主様。
 怒りが治まらない二人は座る気配を見せない。仕方が無いので、領主様はそのまま話を続けた。

「儂は…つい最近まで、魔族に囚われていた。そしてその魔族は儂に化け、やりたい放題やっていたようだ。土地の件もその魔族がやった事だ」
「なっ!」「はぁ?」「えっ」
 驚くランレイさん。何を言われたのか分かってないマスター。そんな事をここでカミングアウトしてもいいの? って驚く俺。

「そんな突拍子も無い話では誤魔化されません。なんですか魔族って、しかも偽物とか。私が対応したあの領主様が魔族の化けた偽物だというのですか。誰がそんな話を信じると思ってるんですか」
 話について行けてないマスターはウンウン頷くだけ。
 この人、決断力はあるんだけど、細かい話は苦手そうだもんな。

「それはエイージが証明してくれる。儂らを助けてくれたのは、そこにいるイージなのだ」

 ブンッ! って音が聞こえるほどの勢いで俺を見る二人。目力が強過ぎて怖いって。
 なんで、ここで俺に振るの! あんたも俺に丸投げか?

「どうやってかは知らんが、エイージが儂を牢から助け出し、二人の魔族を捕らえたのだ。もうそろそろ王都でも噂になってる頃だろうから、こっちにも話は入ってくるんではないかな?」
「……イージ……」
「またお前か……」

 二人共、今の話を信じたみたいだね。またお前かってマスター。俺もあんな事になってるなんて思ってなかったんだから仕方ないじゃないか。
 ようやく立っていた二人も座った。

「でも、だからと言って土地の件を無かった事にはできないと思います。私は領主様から買いましたし、証文も頂いています。今も私が保管していますが、イージのものとして保管していますから」
 え? 証文!? そんなのあったの? なんでランレイさんが保管してんの?

「そうだ! もう住んでいる者もいるんだ。無い事になんかできるわけないだろ!」
「まだ話は続く、黙って聞け」
 マスターの威圧にも領主様は全く動じる事が無い。ランレイさんも少し落ち着いて来てるみたいだし、マスターも少し落ち着こうよ。

「イージは儂らの恩人だ。土地ぐらいいくらでもくれてやりたいんだが、我がフィッツバーグ家の方針として土地を売る事はできない。だから、購入金額の三倍を支払おう。受け取ってくれ」
 そう言って領主様は白金貨が入った袋を出した。おそらく白金貨が十五枚入っているんだろう。

 どう処理していいか分からず、金貨袋を眺めていると、ランレイさんが切り出してくれた。
「このお金を受け取ると言う事は、イージ達にあそこから出て行けという事なのでしょうか」
「そんな事が許されるわけが無いだろう! イージ! 絶対に受け取るんじゃないぞ!」

 はぁ~っと一息吐いて、やれやれと首を振る領主様。
「だから、まだ話は続くと言っているだろう。最後まで聞け」
 いちいち怒鳴るなとマスターへの嫌味も忘れない。

「さっきも言ったがイージは儂らの恩人だ。そのイージに迷惑が掛かる事をする訳が無いだろう。まずは迷惑料として支払うだけで、土地から出て行けと言ってるわけではない。イージには前にも説明したが購入は諦めてもらう。但し!」
 またマスターが立ち上がりそうになったので、領主様が制し話を続けた。

「但し、貸与はする。家を建てるもよし、畑を作るもよし、酪農をするのもよし。好きなように使ってくれていい。それと依頼の出発前に言っていた土地の拡張だが、その話の前に確認したい。オーフェンバック」
 オーフェンバック? 誰?

「ん?」
 あ、マスターか。ずっとマスターって呼んでるから名前を忘れてたよ。

「エイージのランクは今いくつだ。今日の招待で依頼完了となるはずだが?」
「あー、Dだったか。依頼達成で一つ上がってCだな」
「依頼主のボーナス加点があったな。Bまでは問題ないな」
「ああ、問題ないぜ」
 おお! Bランク! キッカ達に追いついたよ。でも、なんでマスターはそんなヤサぐれた話し方になってるの? 足も組んで身体も仰け反って、態度が悪いね。

「それなら魔族討伐と領主の救出を足せばAランクにしてもお釣りが来るな」
「あんた、まさか……」
「エイージを国家認定の冒険者に推薦する」
「国家認定って…こいつはまだ冒険者になってまだ三ヶ月も経ってないんだぞ? 確かにAランク以上で領主の推薦があれば余程の事が無い限り認定されるだろうが、この町の住民でもない奴を国家認定に推薦して大丈夫なのか? フィッツバーグ家からの推薦だったら何十年振りだ?」
「そうだな、儂の代では初めてだな。父の代でも無かったか。まぁいいではないか、エイージなら大丈夫だろう。それともオーフェンバックなら誰にも気づかれずこの城に侵入し、魔族の作った強力な結界から儂を助け出し、二人の魔族を倒して魔族が逃げられぬように拘束する事ができるのか?」

「「なっ!?」」
 今度は二人がギギーって音が聞こえるぐらいゆっくりと俺を見た。
 いや、領主様。ネタバラシしすぎじゃない? 内緒にしてって言ったよね。

「それに目的は孤児院の保護なのだ、本来は儂の役目である事をやってくれているのだしな。孤児院の危機を救ってくれた事も聞き及んでいるし、これぐらいは協力させてくれ」
 まだ二人が睨んでるよ。どの件で睨んでるの?

「推薦状の返事が来たらエイージには王都へ行ってもらう。国家認定の冒険者ギルドのカードの発行は王都でしかしないのだ。国家認定になれば儂から領地を貸し与えるにしても問題は無くなるからな」
「あのー、普通は借りるのでは無いのですか? 農民や商人などは土地持ちってイメージがあるんですが」
 貸しって所が気になって聞いてみた。

「このフィッツバーグの町の中の土地に関しては、商業ギルドの裁量に任せている。家を借りるのも畑を作るのも好きに借りればいい。しかし町の外は別だ。町の外の土地を貸すという事は、そこに別の町ができるという事だ。その場合は、爵位持ちにしか貸す事はできん。今回の国家認定を受けるという事は男爵相当の対応が可能になるのだ」
 凄ぇ~。でも、いいの? 男爵相当って俺が貴族って事になるの?

「認定が通ってからだから将来的な話になるが、レッテ山の山頂からこっちはうちの領地だ。街道から森に一キロ入った所から山の山頂まで、好きに使ってくれればいい。森の部分だけでも相当広いぞ」
 そんなにいいの? レッテ山の麓だけでも相当あるよ。しかも山のこっち半分って。使い道があるかどうかは分からないけど、広さだけは相当だな。
 でも、まだ先の話だし、国家認定が通ってからの話だね。
 それより、規約とか見返りは無いのかな?

「何か条件ってあるんでしょうか」
 うまい話には裏があるって言うしね、一応確認しておこう。
「じ、じょ、じょ、条件など、あ、ある訳が無いだろう。き、君は恩人なわけだし」
 お、おい! なんだよ、そのあからさまな慌て方は! なんて分かりやすい人なんだ。さっきまでとは別人みたいだよ。
 何か裏があること決定だな。

「何かあるんですね」
「そ、そんな事はない。アイリスに頼まれている事など何もあるはずがないだろう」
 アイリスが絡んでるのね。分かり易過ぎない? 娘が絡むとこんなに動揺するの? 前の時はそんな感じは無かったと思うんだけど。
 またアイリス、ケニー、ターニャの三人で何か企んでるのかもな。
 別れ際にも『帰ってからのお楽しみ』って言ってたし、悪い予感しかしないけど今はいないんだし、後でいいか。

 『奴隷の首輪』の事も外す許可はすぐに貰えたし、今日の目的は達成されたし、今日はマスター達もいるから引き上げよう。
 「何人だ」と聞かれて「十八人です」と答えた時には、全員が引いてたけどね。

 後で城に連れて来れば外してくれるそうだ。
 変な誤解が生まれそうだったので、ついでに商売を始めたいので商業ギルドの件も聞いてみたら、ここで登録・カード発行をしてくれると言われた。
 なんかラッキー。
 商業ギルドは領主様とは繋がりが深く、あまりしないが城で登録・カード発行もできるんだって。商業ギルドは領地経営と直結している部分が多いから、ギルドマスターも領主様の指名でなるのだとか。

 土地や建物が必要な場合は、商業ギルドに行けば、多少は融通が利くようにしておくと言われた。
 なんか至れり尽くせり過ぎて、後が怖いんだけど。過剰報酬過ぎる気がするよね。

 三日後に息子のアンソニーの帰還祝いをするからと招待された。
 祝いの式典には一人で来るようにと。従者は一切連れてくるなと念を押された。

 そこで、何かあるんだね。
 それまでに元孤児院にいる人達を何とかできればいいんだけどね。
 最悪、ドタキャンってできないのかな?

 そんな事を考えていた俺だが、マスターとランレイさんに両脇を掴れ、冒険者ギルドにドナドナされた。

しおり