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第09話 断りきれずに衝動買い

 店に入ると非常に嫌な気分が俺を襲った。
 檻が沢山並べられていて、その中に人が閉じ込められていた。その檻には種族名とレベルと価格が貼られている。

 この店は『奴隷屋』だったようだ。
 屈強な男も、更に店内にも三人いた。
 スラム街に奴隷屋。組み合わせとしてはアリか。でも、俺には無縁な場所だな、人を売り買いなんてとても考えられない。
 今まで捕らえて突き出した盗賊達は、こういう所で売り買いされたのかな。キッカ達もこうなってたのかもしれないと思うと、あの時助けて良かったと心から思うよ。

「私はラジル・ボボーブと申します。ここの店長をやっていますが、これでも貴族なのですよ。趣味が高じて店を始めたのですが、これが上手く行きましてね。他の町にも支店を出すほどまでになったんですよ。あー、こちらの話ばかりをして申し訳ございません。今日はどのような奴隷をご所望でございますか?」

 この人がオーナー兼店長? もしかして俺が奴隷を買いに来たって思ってる?
「い、いえ、別に買いに来たわけじゃ……」
「こちらの娘などは如何でしょうか。少々値は張りますが、当店一押しの商品です」
 オーナー兼店長と自己紹介をしたラジル・ボボーブが紹介したのは、金髪青目の所謂プラチナブロンドのグラマラスな美人だった。下着しか着せられてないから目のやり場に困る。

 金額を見てみると金貨二十枚……買えるな。いやいや、そうじゃなくて、奴隷を買いに来たわけじゃないから。
「い、いえ、あの、その、ちが……」
「おや、お気に召しませんでしたか。では、こちらなどは如何ですか?」
 俺がこの美人さんを気に入らないと勘違いし、次の奴隷を紹介するラジル・ボボーブ。
 そちらも美人でスタイルもいい。こちらの娘は少し水魔法も扱えるので便利ですよ。と補足するラジル・ボボーブ。

 金貨十五枚か……これも買えるな。いやいや、だからそうじゃないんだよ。
「だから、あの、その、そうじゃ無……」
「これもダメですか。あっ! そちらの方だったのですね。では、こちらをご覧ください」
 そう言って示された方を見ると青髪の青年だった。
 いえいえ、決してそういう趣味はありませんから! 女性が好きな正常な男ですから!

 ブンブンと首を振る俺を見て、失礼しましたと謝るラジル・ボボーブ。
 それからも次々に奴隷を案内してくれたが、俺が断ろうとすると、すぐに次の奴隷を案内してくれる。絶対に断らせない作戦なのか、一向に俺の話を聞こうとしない。

「仕方がありませんな、これはとっておきの奴隷なのですが、天馬を駆るほどのお方なら致し方ありません。金貨百枚の美女五人! 当店にはこれ以上のものはありません! 是非ともこの中からお選びください!」

 さっきまで紹介してくれてた奴隷は十人ちょっといたけど、全員合わせても金貨二百枚ほどだ。
 それが一人で金貨百枚。高いだけあって、美しさ・スタイル共に抜群だ!
 しかも、何か魔法なりスキルなりがあり、それが高価格に要因になっていると説明してくれた。

 今、言われた全員を買っても白金貨七枚ほどか。……買えるな。
 いやいや、だからそうじゃなくって、奴隷なんか今日の予定に入ってないだろ。でも、美男美女ばかりだからか、第一印象の気持ちの悪さが無くなって来てるよ。

 というのも、俺の前に紹介される奴隷達が、俺に哀願の視線を向けて来るんだ。
 是非買ってくださいっていう目。中には涙を流している者もいた。
 声を出すのは禁止されているみたいで、誰も声には出さなかったが、「買ってください」って口の動きで分かったよ。奴隷商に対しては怒りが強くなるが、奴隷に対しては同情心が込み上げてくる。なんとかしてやりたいなって気になってくるんだよ。

 もう奴隷も奴隷商も、俺が奴隷を買うのが大前提になってるね。
 大体、ここが奴隷屋って事も入るまで知らなかったし、奴隷屋がこの町にある事自体知らなかったのに、なんで買う事になってるの?
 それに、ノワールが天馬だとバレた事も気になってこの人を【鑑定】してみたけど、【鑑定】スキルは持って無かったよ。
 なんで分かったのかな?

「あのー…」
「はいはい! やっとお決め頂きましたか」
 終始好意的な対応だったラジル・ボボーブが更に笑顔になり大きな声で俺に詰め寄る。

 買わない選択肢は考えてないのか?
 ラジル・ボボーブだけじゃなく、奴隷達も全員が俺に視線を向ける。拝んでる奴も何人かいた。

 うわぁー、なんて雰囲気だ。
 ここで断ったりしたらラジル・ボボーブさんに後ろにいる屈強な男達が襲い掛かって来るんじゃない? なんでこんな事になってんの?

 少し雰囲気を変えるために話題を変えてみた。
「あの、さっきのですね」
「はいはい」
「ノワールが天馬ってなんで分かったんですか?」
「え? あ、その件ですか。それは……」
 ラジル・ボボーブさんは答えようとしていたが、思い留まって少し考える仕草をした後に答えてくれた。

「それは、ですね。私の秘密でもあるわけですので、一人…いえ、二人購入して頂きましたらお話し致しましょう」
 なに、その交換条件! どうしても知りたい情報でもないんだよ。
 そんな切り札を見つけたみたいなドヤ顔されても凄ぇ~とは思えないって。

「それなら別に教えてくれなくてもいいかな。さっきの子供はどうなったの?」
「おや、子供がご所望でございましたか。残念ながら子供はこの町の店では出しておりません。少し時間が頂けるのでしたら、別の町の店からお取り寄せ致しますが」
 だからなんでそうなる! 子供は沢山いるからいらないって。

「いや、そうじゃなくて、あの子も奴隷にされるのかなぁと思ってね」
「その言葉は誠に遺憾でございますぞ。このラジル、男爵家のボボーブ家に泥を塗る行為は一切致しておりません! ここにいる奴隷達は、自分で作った借金や罪を犯して奴隷落ちをした者、親に売られた者達などをこのラジルが正規に買い取り、売りに出している商品でございます。このスラムで捕まえた者を私の店で売る事はございません。先ほどの子供も少し痛い目を見せてすぐに開放しておりますよ。これで何度目でしょうかね」

 そうだったんだ、怒らせちゃったみたいだね。ここは素直に謝っておこう。
「そうだったんですね。知らぬ事とはいえ、申し訳ありませんでした」
「そう素直に謝って頂けるのでしたら、私もこれ以上申し上げる事はございません。えー…失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ、すいません、言ってませんでしたね。冒険者でエイジと言います。どうも言いにくいようなので、周りからはイージと呼ばれています」

 暫しの沈黙の後、ラジルさんは話し始めた。
「確かに言いにくいですな。お客様の名前が言えないのは情けない話ですが、イージ様とお呼びさせて頂きます」
 冒険者だと言ったのに様付けで呼んでくれるんだ。
 でも、練習はしてくれたみたいだ。断念したみたいだけどね。
 うん、周りの奴隷達も声は出してないけど練習してるね。

「……呼び捨てでもいいですよ」
「いえいえ、今お名前をお伺いしてハッキリと思い出しました。あなたは領主様からも一目置かれている冒険者ですね? 先日、アイリス様を護衛されたと思いますが」
「な、なんで知ってるの?」
「商売とは情報でございます。特に領主様の依頼には最重要でマークさせて頂いております。来週には城に登城される事も知っておりますよ」
 凄いなこの人。どこから情報を取ってきたんだろ。
 少しイメージが合わなかったので思い出すまでに時間が掛かりましたが、と付け加えられた。

 どうせ、俺は見た目が弱そうですよ!

「という事は、報奨で奴隷をお買い求め頂けるんですね」
 だから、なんで肯定文になってるんだよ。そこは疑問形にしろよ。
 領主様から一目置かれている冒険者と聞いて、益々目を輝かせる奴隷達。
 そんな期待の眼差しで見るんじゃない!
 お金はあるさ。ここの奴隷を全員買えるぐらいのお金は余裕で持ってるさ。
 でも、奴隷を買う意味が俺には無いんだよ。それにどこに住まわせるんだよ、【星の家】もそこまでの空きは無いよ。


 ……今、俺はボロボロになっていて、衛星に修復してもらった孤児院に来ています。
 さっきの奴隷屋で断りきれませんでした。どの奴隷にするかも選べませんでした。

 総勢十八名プラス一名。今日より元孤児院のこの建物で暮らしてもらいます。
 はぁー……ノーと言えない日本人がこんな所で出てくるとは。あれだけグイグイ来られると、俺には断れないよ。しかも、奴隷達が一人を選ぼうとすると泣きそうな顔をするんだ。結局全員買う事になって白金貨七枚。端数が少しあったけど負けてくれた。

 奴隷ハーレムを作ろうなんて、これっぽっちも思ってなかったんだよ? そりゃ、願望はあったさ、男だもん。だけど、今日は【星の家】の子供達の人間不信を治すために衛星に頼んだら、スラム街に連れて行かれて、奴隷屋に連れ込まれて、奴隷を買う事になるなんて……衛星はなんであんな所に連れて行ったんだ? この奴隷達が【星の家】の子供達の人間不信を治してくれるの?
 奴隷なんて、余計に人間不信になったりしない? …不安だ…。

 ともあれ、買ってしまったのは俺だ。責任をもって生活をさせてあげないといけない。
 衣食住の住は当面ここを使わせてもらうとして、衣と食だな。

 皆に食堂に集まってもらって、今後の事を話し合う事にした。
「えーと、はじめまして。僕があなた達を買ったエイジと言います。言いにくければイージでいいです。自己紹介は後でしてもらいますけど、まずは今後について話し合いたいと思います。いいですか?」
 みんなドヨドヨとざわめき出した。
 そんな中、一人の女性が手を上げた。名前は知らない。

「はい、なんでしょうか」
「はい、ご主人様。私達は何をすればよろしいのでしょうか」
 ぐはっ! なんて強烈な響きだ! 美女が俺の事を『ご主人様』って言ったよ。凄い破壊力だ!

 身悶える俺に注目するみんな。その視線に気づき、ようやく我に帰った。恥ずかしー。
「……えーっと、なんだったっけ」
「はい、ご主人様。私達の仕事は何でしょうか」
 ぐはっ! ダメだ、これでは話が出来ない。

「…すみません。俺の事はエイジかイージと呼んでください」
 『ご主人様』は捨てがたいが、まずは話ができるようにしなければ。
「かしこまりました。ではエ・イ・ジ様、私達は何をすればいいのでしょうか」
 ぐっ! マイア風か。これなら堪えられそうだ。
 周りからは小さなどよめきが起こった。皆、なるほどーっと頷いている。
 言い方ね、そんなに感心するほどのもんでもないと思うけど。
 でも、マイアも慣れてエイジって言えるようになったし、長い目で見ようか。

「何をするか、だね。ゴメン、何も決めてないんだ」
 俺の答えに驚き、そして意気消沈する奴隷達。

「あ、でも、安心して。君達の衣食住は俺が責任をもつから心配しなくていいよ」
 ダメな購入者と思われないために、すかさずフォローを入れた。

「今日はまだ夜までには時間があるから、服なんかも買いに行きたいとこだけど、まずは何か食べようか。ちょっとそのままで待っててね」
 俺一人で元院長室に行き、衛星に四十人前作ってもらって収納バッグに収めた。
 今までの経験上、一人一人前ですまないを分かってるから。
 メニューはデミグラスソースのハンバーグとバタートースト。米は馴染みがないだろうからパンにした。

 食堂に戻り、収納から出して、皆の前に並べていく。
 ナイフとフォークもそれぞれ配り。
「まずは食べよう。少しぐらいならおかわりもあるし、今から飲み物も配るから先に食べて」
 俺がジュースを配って回るが、誰も食事に手を付けようとしない。
 奴隷プラス一名の、その一名が手を出そうとして隣のお姉さんに怒られているのは見てしまったけど。

「どうしたの? なんで食べないの?」
「ご主じ……エ・イ・ジ様より先に食べるわけにはいきません」
 さっきとは別の女性が答えてくれた。周りも全員首肯している。

「そんなの気にしないからいいんだけど。ま、初めだしね。俺も準備ができたから一緒に食べよう」
 そう言ってナイフとフォークを持つが、誰も手を出そうとしない。

「どうしたの?」
 さっき答えてくれた女性に尋ねてみた。
「エ・イ・ジ様と一緒というわけには……」
「え? なんで?」
「私達は奴隷なんです。ご主人様と一緒というわけには…」
 そんな事を気にするのか。

「んー、だったら俺は別室で食べるから、皆も食べてよ。本当は皆で一緒に食べれる方が嬉しいんだけどさ」
 仕方がないから俺はさっきの元院長室に行った。

 これは色々と話し合わないといけないな。
 でも、これって本当に子供達の人間不信を解決する事に繋がるの?

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