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第13話 食事の約束

 
 朝は歯磨きから。
 うん、作っておくのを忘れた。
 慌てて全員分の歯ブラシと、数個の歯磨き粉を衛星に作ってもらって、洗面所に並べる。
 歯ブラシの管理は各々でするように院長先生に言ってもらおう。

 もう食事はミニーさんにすべて任すようにしている。
 でも、今朝だけはパンを提供させてもらった。今日、町で買えればいいんだけどね。

 俺は町に行く準備。準備と言っても何も無い。心の準備だけ。

 子供達はクラマに連れられて周辺探索。これにキッカ達も付いて行ってもらう事にした。

 昨夜、クラマとは少し話した。少しだけね。
 もう一軒、俺用の家を建てたから、その間だけクラマと話した。
 この家や子供達の前では絶対に人型でいるように頼んだ。他では町とか人がいる所でも人型でいる事をお願いした。
 九尾狐の姿は間違いなく魔物だから、バレると面倒だ。討伐対象にされるかもしれないしね。

 で、寝る時は元の狐の姿になってもらうんだけど、狐の姿はデカい事を思い出した。
 小さくはなれないって言うから、俺達が寝るだけのために家を一軒建てたんだ。
 添い寝は契約だから仕方が無い。本当にあの契約って必要だったのかなぁ。

 子供達を引率して出て行くクラマ達を見送ると、俺も町に向かって馬を走らせた。
 馬具は衛星に作ってもらえたから、昨日借りた馬具は兵士に返すために俺が収納している。
 作れるんだったら、昨日作ってもらってれば返しに行かなくて済んだのにな。

 大体、いつも無理だろうと思う事でも衛星が対処してくれるんだから、今後もダメ元で、まずは衛星に頼んでみないとね。


 町に入ると馬具を返し、そのまま馬も預けた。
 その足で冒険者ギルドへ。

 秘書のランレイさんを呼んでもらおうと思って犬耳お姉さんのアイファの窓口に行ったらアイファの姿がなかった。

 あれ? 今日はいないのかな? もしかして休み?
 ……! あっ! 食事の約束って、もしかして今日⁉

 空いてる窓口のお姉さんの所に行って、秘書のランレイさんと面会できるようにお願いした。
 ついでにアイファの事を聞いてみたら、やっぱり休みだった。

 アイファと食事の約束はしたけど、待ち合わせの場所や時間は何も決めて無いんだよ。アイファの家も知らないし、どうしようか。
 なんとかしないと、また怒られそうだよな。


 ランレイさんは満面の笑顔ですぐに降りて来てくれて、前回通された個室に案内された。
 すっごい笑顔なんだけど、なんでそんなに機嫌がいいの?

 俺は前回印を付けてもらった地図を出し、俺が購入した土地の範囲を詳しく教えてもらった。
 地図では大まかな所しか分からなかったが、四つの角にそれぞれ印になる小さい石碑を建ててあるそうだ。
 あんな所まで行く人がいたんだね。そこに住もうって俺が言う事じゃないかもしれないけど、それなりの強さが無いと行けない場所だよ。

 ランレイさんに説明してもらった範囲だと、レッテ山からこっち方面は一キロぐらいが俺の所有地みたいだ。横は長くて十キロぐらいありそうだな。
 レッテ山自体は誰の所有物って訳でも無いみたいなので、国の物になるんだろうね。
 まぁ、#主__ぬし__#がいたんで、誰も手出ししなかっただけみたいだけどね。クラマって強いもんね。

 事情を話してアイファの家も聞いてみた。
 すると、ランレイさんはすぐにアイファの家までの地図を書いてくれたんだが、「わかってるわよね?」って言われた。
 俺には何の事だか分からない。

「すみません、何の事だか……」
「情報料よ。あ、お金はいらないわよ」
 まさかケーキ? 一昨日、ホールで食ったのにまだ欲しいの?

「も、もしかしてケーキですか?」
 コクリと頷くランレイさん。
 嘘ー! どんだけケーキ好きなんだ? 普通あれだけ食ったら当分ケーキなんか見たくなくなくない?

「本当に?」
 ニコリと笑って肯定するランレイさん。

 マジか。本当にいいの? と思いながらケーキを出した。
 うわー、めっちゃ喜んでるよ。
 もう食べてる所を見たくないから、ランレイさんに別れを告げて、冒険者ギルドから出た。
 ランレイさんが降りて来た時の笑顔ってケーキのせいだったのかもね。


 領主の調査と【星の家】の為の買い出しが目的だったから、アイファとの約束を思い出して、スケジュール的に時間が足らないかもしれないな。

 でも、領主の調査って何をすればいいの? さっきランレイさんに聞けばよかったかな。
 なんで領主の事を聞くの? って言われたら答えられないし、疑われるのも嫌だしね。どうせ今戻ったらケーキを食べてるだろうから戻りたく無いし、アイファに会うんだからアイファにでも聞いてみようかな。

 優先順位は、まずはアイファだね。行かないと怒られそうだし。
 次に買い出しか。食材も当分はあるから買う物はパンぐらいか。
 あとは領主の調査だけど、忍び込んでみる? 衛星に調査させても報告ができないから俺が行くしか無いし、衛星の力で何とか俺が潜り込めないかな。

 ちょっと試しに聞いてみよう。
「衛星さん? 前に、夜の森で俺の姿を魔物から見えなくしてくれたよね? 今はまだ明るいけど、今度は人間も含めて俺が周りから見えなくできる?」

『Sir, yes,sir』

 できるんだ。言ってみるもんだね。今後もできそうにない事でもどんどん聞いて行こう。

 で? なにも変わった感じは無いんだけど。手や足は目視できるね、これで周りから見えなくなってるの?


 どうやって試そう。こういう時、一人って確認できないから不便だよね。
 食堂にでも入って、周りの反応を見てみようか。道端で「俺の事、見えますか?」って聞けないよね。

 すぐ前にあった食堂に入ってみた。

「いらっしゃーい」
 ドアを開けると店の人が声を上げた。

「何名さ……あれ?」
 食堂には女性が一人、ウエイトレスとして働いていた。昼にはまだ早いから客は誰もいない。
 俺はスタスタと席に着き、そのウエイトレスの様子を見る事にした。

「おかしいわね、今ドアが開いたと思ったんだけど……閉まってるわねぇ」

 これって見えてないっぽいな。ちょっと呼んでみよう。
「すいません、メニュー言ってもいいですか」
「はーい、ちょっとお待ちください」

 ウエイトレスは俺の方を見て首を#傾__かし__#げる。声がしたから向いたんだね。方向はあってるよ。
「あれ? 今、お客さんの声がしたよねぇ。でも、誰も……あれ?」
 やっぱり見えてないよ。凄いなこれ、俺って透明人間になってるよ。自分では見えてるから、あまり実感が湧かなかったんだけど、あの反応を見る限り、俺は見えて無いね。
 よし、これで領主の家に忍び込んでみよう。

 ウエイトレスの顔の前で立ってみたりしたけど、やっぱり見えて無いと確信できた。
 でも、音や臭いは消せないから、ちょっとした音で敏感になっちゃって、「職業病かなぁ。最近疲れてたからなぁ」と言ってたので、可哀相になって店を出た。
 出る時にも「いらっしゃーい」って言ってたけど、その後ウエイトレスがどうなったかは確認していない。

 外に出たら、元通り見えるようにと衛星に頼んで、アイファの家を目指した。

 でも、昼食にしたらまだ早いんだよな。途中に孤児院があるから、ちょっと確認だけしておこうか。時間つぶしには丁度いいんじゃない?

 孤児院に寄ってみると、出た時のまま変わりはないように見えた。
 でも、【星の家】を見た後だし、ボロさがより感じられた。
 これって修理した方がいいんじゃない? 衛星なら建て替える方が早いかもな。でも、#町中__まちなか__#で、しかも日中に、急に家が変わったら驚くだけじゃ済まないかもしれないよな。
 気味悪がって、余計に孤児院の印象を悪くしてしまうかもしれないね。

 じゃあ、中だけでも改修できないかな。

「衛星、この家の外側は変えずに、中だけ修繕できる? 補強や雨漏りとか隙間風対策もして、ベッドや家具も綺麗にできるかな」

『Sir, yes,sir』

 うん、いい返事だ。できるんだね。じゃあ、俺は邪魔にならないように外で待ってよ。

 三十分後、衛星が全部オレの周りに揃ったから、中を確認すると、どうでしょう、あの汚かった食堂が、ギシギシいってた床が、外の光が見えていた壁が、衛星(匠)の手により見事に生まれ変わりました。

「あ、あと、玄関のドアの鍵も直してね。元のキーが使えるようにしてあげてよ」

『Sir, yes,sir』

「これでよし! っと」
 これでいつ帰って来ても安心だね。
 孤児院の子達って今は避難してるだけだからね。あのままじゃ死人が出てもおかしくない状況だったから引っ越してもらったけど、やっぱり町で住めるんなら町の中で住んだ方が便利だからね。
 その為に領主の調査をするんだから。

 避難するのに、土地まで買ってこの家より立派で便利な家を建てちゃったから、もう戻らないって言われるかもね。
 それならそれで、いいけどね。
 今は誰も物を売ってくれないのを困ってる訳だから、売ってくれるようになれば、馬車もあるんだし買い出しに来ればいいだけだから。


 そんな事を考えてると、アイファの家だと思われる家に着いた。
 ここで合ってるはずなんだけど。

 呼び鈴なんて…無いね。どうやって呼べばいいんだろ。
 ノック? 大きな声で呼ぶ? それは恥ずかしいな。女の子の名前を大声で呼ぶの? いやいや、それは無いわー。

 あ、鉄の輪がドアに付いてる。ドアノッカーだっけ? あるんだね。

 カンカン

「はーい」

 あ、アイファの声だ。良かったー、お父さんとかお母さんが出て来たらどうしようかと思ったよ。
 お父さんが出て来たら、さっきみたいに消えようと思ったもん。

「あっ! イージ! 来てくれたんだ。よく家が分かったね」
 オッケー、機嫌は良さそうだ。来て良かったみたいだね。

「うん、ランレイさんに教えてもらったんだ。今日って約束してたけど、待ち合わせの約束をしてなかったから、どうしようかと思ってたんだ。でもランレイさんに教えてもらえたから、直接来てみたんだけど、よかったかな?」
 日本じゃ個人情報で、こんな風に教える事は無くなったもんな。ストーカー対策もあるしね。

「べ、別に問題無いわよ。それで? どこに連れて行ってくれるの?」
 あっ! まったく考えてない。

「そ、それがさぁ、俺ってこの町に来て日が浅いから、まだこの町にどんな店があるかよく知らないんだ。お金は俺が出すから、どこかいい店に連れて行ってくれない?」
 うまい! 機転の効いたいい案だ! 俺、最高!

「そうね、確かにそうだったわね。予算はどれぐらい?」
 飯代か。俺の知ってる飯で一番高い物は、ワイバーンステーキ(特大)が金貨一枚だったな。
 それだと食べるだけだから、飲み物やデザートもいるだろうし、もう少し足して。

「予算は金貨五枚ぐらいかな?」
 二人分だし、これぐらい言っておけば十分だろう。

「バ、バカ⁉ あんたバカなの? 金貨五枚?」
 あれ? 少な過ぎた? 怒られちゃったよ。失敗失敗。

「じゃあ、金貨十枚?」
「バカ! 金貨十枚も使える店なんて、この町に無いわよ!」
 ありゃ、多すぎたんだ。そういえばキッカからも贅沢しなければ金貨二枚もあれば一か月暮らせるって言われてたっけ。

「それぐらい予算には余裕があるって事さ。いつもアイファにはお世話になってるからさ、お金の事は気にせず、好きな物を食べに行こうよ」
「そ、それならそうと、初めからそう言いなさいよ」
 おっ、ちょっと機嫌が治った? ナイスフォローだ俺!

 それから、アイファがお勧めのちょっとお洒落なお店に行き、ランチを一緒に食べた。
 飲み物とデザートを足しても、二人で銀貨五枚だった。

 帰りはアイファを家まで送り、ケーキも渡しておいた。
 一昨日、ランレイさんにケーキをあげた事がバレてて、食事のしてる時に催促されたからね。
 やっぱりランレイさんの顔中に生クリームが付いていたのでバレバレだったみたい。

 領主の家もアイファに聞けたし、今から潜入調査だな。

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 第12話を少し追加修正しています。

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