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 ベーコンエピとは、日本でほとんど作られたと言っていい『フランスパン』の一種。

 もともとエピ自体も、フランス本国で『いついつどこから?』と言うのもはっきりわかってない、と。スバルは専門学校時代に講師のフランス人に教わった。

 彼が言うには、日本のパンは独創性が高く味も質も良い。自分も来日前までは随分と自国の技術を誇示していたが、それがここに来て生まれ変わった気持ちになれたと言っていた。

 そんな何気ない学生時代の恩師からの話を思い出しながらも、今日もスバルはベーコンエピの仕込みをしている。


(バケットとかカンパーニュとかよりは固い生地でも……こねる修行は一生涯を費やしても足りない、からね?)


 どの料理であれ、終わることのない修行。

 苦と感じた時も当然あったが、スバルとしては基本的に楽しい作業だ。

 実家ではここに移る前まではようやく任されていた生地の仕込み。それを、一からすべてスバル一人で管理していいと言う状況。

 ロイズとすぐ出会えた事で、腕を認められたお陰でもここまでの好待遇はやはりありがたい。パン職人としては祖父達にようやく一人前に認めてもらえてても、本人としてはまだまだひよっこだと思っているから。


(けど、この世界に飛ばされて……ロイズさんや師匠達からも美味しいって言ってもらえた)


 それが魔法アイテムのようなポーションパンでも、食感と味は大事。だから、心を込めて丁寧に作り上げた事で彼らだけでなく、常連や新規の客達にも好評価をもらえている。

 その信頼を失わないためにも、相棒となったラティストの同胞探しも兼ねて、白鳳であんぱんに必要な酒粕を探しに行くのだ。

 決意を新たに、コンロの方でゆで卵を作ってるラティストを見てから、スバルは生地の仕上げをした。


「ラティスト、朝ごはんにしよ? こっちの仕込みはひとまず終わったから」
「……ああ。わかった、俺が作るか?」
「ううん。今日は余裕あるから僕が作るね。クロワッサンの残りでサンドイッチするけど、希望ある?」
「チーズ」
「はいはい」


 即答出来るあたり、食に対する欲望は衰えていないようだ。

 だが、ただでさえ無表情なラティストの血色は思った以上に悪い。ヒトではないので青とか赤はあまり表れないが、代わりにどんどん白くなっていく。

 病気にも見えたので最初は心配になったが、どうやらヴィンクスの言っていた大精霊の事が気になって仕方なく、早く会いに行きたいらしい。


(その精霊さんが恋人か奥さん、かもしれないもんね……)


 サンド用のスクランブルエッグを焼きながら、スバルはラティストとの出会いを少し思い返してみた。

 あれは、まだ店が改装工事をするのに忙しく、スバル自身はロイズの元で購買コーナーに出す商品としてポーションパンを作っていた時期。

 ポーションパンとして効果が定着するか、実際に効果はどう現れるのか。さらに、売れるかどうかと事前に委託販売で試作してたのだ。

 実際にスバル自身が売り場に立つ事はなく、実家で作ってたような惣菜パンから順に試作してロイズに判定を得てから販売。

 そんな日々を繰り返しながら、改装工事が終わる直前だった頃。スバルは、ロイズの許可を得て休日に街の外に出ていた。


「いい天気ー、ピクニックなんて家族でも全然なかったなぁ」


 幼少期でも、ほんの少しだけ。

 前もって休業にさせてから花見に行くなど、行楽の時期だけでしかなかったが。そしてその時期はあっという間に終わり、店の忙しさに追われる日々が続いて家族全員で遠出する機会が激減。

 スバルが中学に上がる頃には、家で夕ご飯を共に出来るのがいいとこだった。

 それからスバルは期待する事を諦め、代わりにパン職人としての道を歩んでいくことに決めて祖父と父と接してきた。

 家族とは違う一面もあり厳しくも辛い修行ではあったが、任されることが出来てからは二人も笑顔になってくれた。それでいいと思い、遠出のお願いはずっと飲み込んだまま。

 大人になってからも変わらずにいたせいか、この世界に来るまでも出掛けようとは言えず。

 今一人でいると、寂しくもあるが懐かしく思えてしまう。


「もう少し歩いたら、お昼にしょうっと」


 散歩ついでの散策であるが、夏も盛りを過ぎたこの気候はピクニックにもってこい。

 ロイズに借りた魔法の鞄、魔法袋(クード・ナップ)から作ったお弁当達を取り出したのは木陰が程よく大きい木の下。


「えっへへー、卵サンドにテリヤキチキンサンド!」


 売れ行きがいいからと、弁当も好きに使えとロイズが言ってくれたので、本当に好きに使った。
 まさか、醤油が存在するとは思ってもみなかったが、酒はなかったのでこれまたあった『みりん』で代用。

 味見はもちろん、ロイズのお昼ご飯用にもと作ったテリヤキチキンは美味しく美味しく出来上がったのだ。


「けど、どっちも美味しいからテリヤキは後で」


 食べようと言葉を続けようとした時。

 木の方から誰かが落ちてきたので、慌てて弁当を避難。受け止めるなど、非力なスバルには当然無理な事などで。

 やけに大きな音を立てて落ちてきたのは、獣でもなんでもなく『人』。

 しかも、この時期には目にも暑苦し過ぎる黒い分厚そうマントを着ていた。他はうつ伏せに倒れているのでよく見えないが、一大事には変わりないので慌てて駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか!」


 どの高さから落ちたかまではスバルでもわからないが、血は出てなくとも無傷ではないくらい判別出来る。

 ゆさゆさと揺さぶっても一向に起きず、気絶でもしたのではと思うもスバルは魔法が使えない。

 適性検査とやらでは見込みがあるらしいが、まだ習い始めたばかり。だから回復魔法と言うのは含まれていないので、ひとまず転がして表に向けてみると。


「…………カッコいい、けど。綺麗……」


 スバルに負けないくらいのまつげの長さ。
 日に焼けるなど、縁がないような白い肌。
 均整の取れ過ぎた、男らしくも美しい顔立ち。
 何故か、マントの下はタキシードに似た服装。

 髪がかなり長いので、てっきり女性かと思っていたスバルだったが、同性なら少し触れても大丈夫だと安心出来た。


「お兄さん、お兄さーん。起きてください、大丈夫ですか?」


 もう一度揺さぶってみると、強めにしたお陰かまぶたが少し震え出した。

 何回か呼びかけと同じくらい揺らしてみると、美しい男性はようやく目を開けてくれた。


「…………あ……し、あ……?」


 スバルを誰かと勘違いしてるようだが、それは違うとスバルはゆっくり首を振った。


「僕は、スバルと言います。お兄さん、怪我はないですか?」
「……………………ち、が…………違うな。いくらか、低い」


 どうやらスバルが男とわかってくれたらしく、無理に起き上がろうとしてた彼を支えようと手を貸せば、彼は振り払う事なく起き上がった。


「怪我、本当にないですか?」
「? どうなったかはわからないが、俺なら平気だ。怪我、と言う概念を精霊に聞くのか?」
「せいれい?」


 人間の姿形をしているのに、人間でない。

 そう言えば、この世界はモンスターに魔法が飛び交う異世界だったのを思い出した。まだ遭遇すらしない、いわゆる生産職持ちのスバルだから冒険者のように闘うわけでもなかったから。

 納得して手を叩いていると、精霊と言う男は不思議そうに首を傾いでいた。


「しかし、住処の近くに何故お前のようなヒトまでいるんだ?」
「え、お兄さんのお家?」


 ここはアシュレインから少し離れた平原なのに、と口を開けようとした時。

 今更でしかないが、木陰の下どころか岩場に囲まれた場所に移動してたのに気づいた。


「え、なんで! 僕木の下にいたのに!」
「…………おそらく、だが。俺が倒れた衝撃で転移したのだろう。お前は、巻き込まれただけだ」
「か、帰れますか?」


 時の渡航者抜きに、見知らぬ場所へ行こうとするなとロイズからは釘を刺されていたため、時間が経ち過ぎたら彼に怒られるで済まない。

 まだ出会ったばかりの、ヴィンクスやラーシャルゥにもきっと。


「……帰れるは、帰れる。だが、ヒトを巻き込んだのは今までになかった。理由はあるはずだが」
「よ、良かった……」


 帰れる事に安心すると、ほぼ同時にお腹が空いたのか腹の虫が暴れ出した。

 そう言えば、昼ご飯時だったのを思い出して肩にかけたままの魔法袋(クード・ナップ)を降ろした。


「お兄さん、食べ物とか口に出来ます?」
「? 嗜好品でしかないが、出来なくはない」
「だったら、帰り方教わる前にご飯食べませんか? 僕が作ったサンドイッチなんですけど」
「…………ヒトの子の食事か。何千年ぶりか……俺の事はラティストと呼ぶがいい。敬称も不用だ、スバル」
「うん、ラティスト!」


 そうして、分けてあげた二種類のサンドイッチをいたくに気に入り、ラティストは住処からスバルについてくると決意してしまった。

 契約の儀を交わし、ヒトのように過ごしていくうちにサクラを忘れてしまってたが。パートナーと言うような番の存在も最近まで忘れてたらしい。

 それだけ、スバルとの生活を楽しんでくれてたのだと、スバルは少し嬉しかった。

 だけど、あの時口にした女性らしき名前はきっとそのパートナー。

 絶対見つけてあげたい。そう思いながら、スバルはサクラの分も追加しながら朝食の準備を続けた。

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