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《簡易あんぱん》


 ・体内に蓄積しているもしくは、受けた邪気(じゃき)を全体の65%を除去
 ・白鳳国特産の小豆(アズキ)を使用した餡子だが、甘さは少し強め。酒種生地ではなく、コッペパン生地でもふわふわでバターの風味があり美味!
 →酒種入りの生地ではないので、効果の値は低め




 効果以外の説明は、エリーでもなんとなくわかるが肝心の補正についてはさっぱりだ。


「スバル、この読みにくい単語って何?」


 スバル自身は異世界からの転移者でも、言語に不便はないらしいが『邪気』と言う項目については、エリーは聞いたことがなかった。


「あ、ここね? 邪気って言うのは……うーん、説明は難しいけど……僕がいた国の考え方にもある、病気の原因じゃないかと思われてるモノかな?」
「何それ? 魔力過疎じゃないの?」
「もともと魔法とか使えない世界なんだよ」
「ま、魔法がないの⁉︎」


 目の前にいる、美少女顔負けの美青年の持つ技術でさえ魔法がかっていると思うのに。よく聞けば、信じられてる魔力のような性質はあれど、この世界のような魔導器具も含めて、存在はしていないそうだ。


「魔力じゃなくて、幽霊……ゴーストの魔獣(モンスター)を見るかもしれないって力があるかも、って信じられてるくらいかな? とりあえず、邪気は悪い性質の力が体に溜まり過ぎると、病気になっちゃうだろうって思われててね?」
「それを、このアンパンが?」
「きっと、使われてる材料の関係もあるんだよ」


 そこから教えてもらえた内容は、冒険者としてそこそこ長いエリーでも、初めて聞くモノでしかなかった。

 なんでも、餡子に使われてる小豆(アズキ)と言う豆は、体に蓄積するかもしれない悪いオーラを取っ払う性質があるようで。

 それは、食事にも菓子にも親しまれ、食べ方も様々。餡子の種類も多種多様。

 彼の見解では、その性質が錬成後に現れたかもしれないと。


「じゃあ、解毒とも言えなくはないけど、強力な負の魔力を除去してくれる……使いようによっては人気商品になるはずだわ」
「まあ、とりあえず食べてみて?」
「そうね」


 まずは、味見をしなくては。

 そのままかぶりつこうとしたが、スバルから割った方がいいと言われたので、メンチカツの時のように出来るだけ真ん中を意識しながら割ってみた。

 途端、継ぎ目も何もなかったのに、パンの中から黒くも艶やかな餡子が出てきたのだ。


「す……っご! これどうやったの⁉︎」
「ふふ、日本のパン技術のお陰なんだよ」
「なになに? 教えて?」
「まずは食べて食べて」
「あ、うん」


 未知の知識に技術は知りたいところだったが、まずは試食。

 割った片方を皿に置き、せっかくなので餡子とパン生地が近い部分にかぶりつく。

 まず先に香ばしくもほんのり甘い、白いパンの柔らかさが口いっぱいに広がる。

 しかし、すぐにやって来たのは先日以来口にしてなかった餡子の優しい甘さ。

 メモにあったように、この間より少し甘めだがパンと一緒に食べれば程よく調和していて気にならない。むしろ、疲れた時には欲しい甘さ。

 ただ、このパンは美味でも難点が一つだけあった。


「む、むせる! の、飲み物!」
「はい、ここで牛乳!」
「ありがと!」


 飲み物があればなんでもいいと思ったが、飲んだ直後にその思考は一変されてしまった。


(お、美味しい! 牛乳が濃くない……むしろ、ちょうどいい!)


 牛乳は、直に飲むのはエリーにとっては苦手な事だった。

 少量ならともかく、独特の匂いや味の癖が強くてコーヒーや紅茶でなら飲める程度。

 それが、あんぱんの後に流し込んだだけなのに、小麦の風味が増して餡子との相性も絶妙。

 だがこの味わいは、エリーも少し覚えがあった。


「スバル! これ、アンコとクリームのパンに似てる!」
「せいかーい。完全再現じゃないけど、同じ乳製品だから合わないわけがないんだ」
「それに、これ……黒い種みたいな粒も香ばしくて」


 粒の箇所を噛めば噛むほど、香ばしさが増していき甘さで痺れた舌を休ませてくれる。

 飾り付けかと思いきや、予想外の活躍だった。


「それも白鳳の『胡麻』って言う種だよ。焼くと香ばしいし、種だから油もたくさん出るんだ。使い道は多いから、パンの生地に混ぜても美味しいし」
「キュ」
「納得ね! すべてがお互いを補っている……これ、いいわ!」


 効能については、今回エリーには現れていないが対象が対象なので仕方がない。

 しかし、エリーが賞賛の声を上げてもスバルは何故かため息を吐いた。


「けど、これ完全なあんぱんじゃないんだよね」
「これ……まだ未完全、って言うの?」
「うん。ある材料がなくて困ってるんだぁ」
「何? 言ってみてよ」


 今でも美味しいパンが、更に美味しくなると分かればエリーも協力は惜しまない。

 けれど、次にスバルが口にした内容には、エリーも首をひねらざるを得なかったか。


(リーゾ)から作るお酒の仕込みで出る……あまりカスみたいな食材なんだよ。酒粕(サケカス)って言うんだけど……もしくは甘酒(アマザケ)とか」
「……………………ごめん、どんなのか詳しく教えて?」


 穀物で酒を作る文化など、葡萄酒が多いこの国では聞いた事がない。

 だが、主要材料がわかれば、いくらか候補は上げられる。おそらく、食文化が異なる白鳳か黒蓮か。

 その確証を得るためにも、スバルからの情報は必要不可欠だ。


「えっとね? 僕のいた国だと、(リーゾ)を元に作るお酒がほとんどで……最後に捨てがちだったカスも、色んな料理に使えるんだ。それが酒粕。見た目も凄いけど、匂いもきっついんだよね……だから、甘酒の方がまだ匂いは優しいけど」
「甘い酒? 果実酒じゃダメなの?」
「うん、ダメ。イーストや酵母と同じ扱いだから、果物じゃぁね」
「そう……やっぱり(リーゾ)が多いのは、白鳳と黒蓮ね」
「白鳳と黒蓮かぁ……僕、まだこの世界に来て数ヶ月だけど、店持ってからは遠出してないし」


 一度だけでも、行ってみたい。そう呟いたスバルの顔は、何処と無く寂しそうに見えた。

 憂い顔すらも美しいのに、エリーは逆に胸が切なくなってきて少し苦しい。

 考えれば、身内も友人もなにもかもと引き離されて、単身でこの世界に渡らされたスバルは、たった一人だ。

 どうして大精霊のラティストと一緒にいるのかはまだ聞けていないが、同郷なのはいない。
 転生者のヴィンクスについては詳しくは聞いてないが、のほほんとしてるスバルでも寂しいと思わないわけがない。

 それについては、エリーもなんと声を掛けていいのかわからなかった。


「ならば、店を休暇にさせて行くべきではないか!」


 突如、扉が開いたと思えば、入って来たのは不潔感丸出しの男。

 だが、その風貌を知らないアシュレインの人間はいない。


「ゔぃ、ヴィンクス=エヴァン、ス……さん!」


 敬称を抜きに呼ぼうとしたが、慌てて言い換える。

 しかし、ヴィンクス自身は特に気にもせずに、手にしてたらしい惣菜パンのようなのを食べながら入って来た。


「師匠? 今日来る予定でしたっけ?」
「いいや。急に仕事が片付いて、カーニャにも追い出されて買い出しに来ただけさ」


 弟子の質問に答えるなり、今度は彼の隣に堂々と腰掛けた。どこからどうやって、エリー達の会話を聞いていたかわからないが、街どころか国が注目する錬金師の言葉は無視が出来ない。


「ちょ……ちょっと、エヴァンスさん。急に何言って」
「ヴィンクスでいい。で、君の聞きたい事は私が言った事項についてだろう?」
「え、ええ……スバルをこの街から一時的にでも出すって、本気?」


 エリーも、出来る事なら遠出はさせてあげたいが。白鳳の方でも、馬車で一週間以上もかかる距離。

 簡単には行けないはず、と思うも、とりあえずヴィンクスの言葉を待った。


「ラティストの正体を知っているだろう? 彼の方も現世の見聞を広げるなら、今の時期しかない。私も、あちらに多少用があるから、連れてってもらう形になるが」
「待って待って言いたい事がわからないです!」
「あ、そっか。ラティストのテレポート?なら、世界中どこにでも行けるし」
「君今の説明だけでわかるの⁉︎」
「師匠はヒッキーだしね?」
「黙らないか、そこはっ」


 師匠の同行者として連れて行く。
 そしてあの大精霊も連れて行くと短距離で済ませられる事は、スバルのお陰で理解出来た。

 それならば、長期休暇を取らずとも他国へ行き来は可能だろうが。


「特に、清酒となれば白鳳や黒蓮まで行かないと手に入りにくい。あれは、美味すぎて流通の前で止まる代物なんだ」
「僕は、飲むのだと果実酒が好きなんですけどね……」
「君は、見た目を裏切らないなぁ。まあいい。それで、エリザベス=バートレイン。君も、表向きは護衛として来てくれないか?」
「は……え?」


 また話が急展開過ぎて、ついていけなくなりそうだった。

 ヴィンクスはエリーの反応を予想してたのか、持っていたパンを全て食べ終えてから、また話し始めた。


「私はともかく、スバルは護身術も大して出来ない。ラティストが同行してても、大精霊の攻撃魔法なんかを無闇に使えないしね」
「…………名目もだけど。資産家の娘であるあたしが行けば、スバルも安心すると?」
「察しがいい。そう言う事だ」


 スバルと出会ってから、恐怖症の方は完全じゃなくとも落ち着いては来ている。

 試験にもあった他のランクB冒険者の男とも組めたし、こうして久々の対面でも浮浪者紛いなヴィンクスとも対峙出来た。

 以前なら、きっぱり断った依頼だろうが、今は違う。


「……一度、ロイズさんとも掛け合いましょう。あたしの一存だけでは決められません」
「それはもう話し合ってきたさ。好きにはしろと言われてないが、概ね理解はしてくれている」
「あの……師匠? そんな大事なこと、ロイズさんから知らされてませんけど?」
「蝶も後から来る。ひとまずは、買い出しついでに私が伝えに来ただけだ」
「はーい」


 あのロイズを無理矢理丸め込めたかどうかはわからないが、エリーは少し安心出来た。

 スバルの顔から憂いがなくなり、まるで子供のように短い旅を楽しみにしてる表情になったからだ。


(……出会って短いけど、この人が生きやすい環境にはしてあげたい)


 そう思えるエリーにも、彼の嬉しさが伝わったかのように自然と口元が緩んだ。


「…………ところで、そこの咲き狐。えらく花の部分が綺麗だね?」
「「え?」」


 なんのことと、ヴィンクスの言葉にサクラを見てみれば。

 残ってたあんぱんをかじってたサクラの、首回りにあるクレイアの花が、咲き出した時のように美しく輝いてたのだった。

しおり