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SS 空白の誰か

※ 人魚視点 ※

 夜の海岸は、漣《さざなみ》の音のみが聞こえている。黒い膜に覆われた少女を送り届けろ、という命を受け、桟橋《さんばし》まで連れてきた。……具体的な《《場所》》を聞いていなかった。

「この辺で良いか……。」
「……。」
「あなたも大変ね。聞こえていないでしょうけど。」

 もう、投げ捨てて帰りたい。無気力な少女を不憫《ふびん》に思うが、私に出来る事は無い。垣間見た記憶では、この桟橋で5番目の御方は少女と釣りをされていた。
 この桟橋に寝かせておけば、誰かに気づいてもらえるかもしれない。

「人に見られると面倒だし。よっと……《《解放》》。」

 黒い膜が消えていき、少女が夜風に晒される。しばらくすれば、目を開けるだろう。それまで待つなんて事はしない。そろそろ帰ろうとした所で、違和感を覚えた。

「この子の服……記憶の服とは違う? 私たちの服と雰囲気が似ているような……。」

 あぁ、御方の施《ほどこ》しを頂いたのだろう。|不運の象徴《5ばんめ》の施しとは、数奇な運命《もの》ね。
 守られている少女に世話を焼く必要は無い。深海へ潜行しながら海底を見ていると、少し離れた岩陰から一定間隔で泡が浮かび上がっていく。
 こんなところに? ちょっと寄り道……何あれ? 移動している?

「これは……どれだけの咎を背負わせたの? あの子に。」

 透明な|半球形の物体《ヘルメット》が、|深海を一直線に《エラのもとへ》這《は》っていた。

――――――――
※ エラ視点 ※

 私が目覚めた時、目の前には満点の星空が広がっていた。
 体を起こす際、口元に当たる円柱形の筒を手で押し退《の》ける。邪魔……。
 すると、今までの硬さが嘘のように変形し、ネックレスになった。こんなの、いつ着けたっけ。
 それに、いつ寝たっけ? あ、釣りをしてて寝ちゃったのかな。
 辺りを見回すが、釣り竿は無い。落としちゃったかな。
 桟橋から乗り出し、海面を見るが見えるはずもなく。
 明日、潜《もぐ》ってみて見つから無かったら諦《あきら》めよう。収穫ゼロかぁ。明日、何食べよう。

「そういえば、ずっと寝てたのに……。」

 お腹は減っていない。むしろ、ぽっこり……。こんなに食べられるはずがない。《《昨日》》だって、やっと捕まえた魚を《《みんな》》で――トルーデと私と、えっと……。

「あれ? 誰だっけ。」

 胸が締め付けられるような息苦しさを覚える。桟橋に座りながら、今日の出来事を振り返る。忘れてはいけないような気がして。
 ……ん~。思い出せない。とりあえず別荘に戻ろっと。

 桟橋から砂浜を見ると、私の家の明かりが点いていた。多分、トルーデがいるのだろう。
 不意に、昼間の光景が脳裏に浮かぶ。《《既視感のある》》光景。一緒に釣りをして、泳いだりして……。

「あなたは、誰? 何で……こんなに。」

 頬を伝う涙が、止まらない。
 トルーデが私の泣き声を聞いたからか、別荘から走ってきた。

「エラ……よね? どこ行ってたの?」

 私の数歩前で立ち止まり、私に問うてくる。トルーデは何を言っているの、と顏を上げた私を見て、トルーデは剣を抜く。

 振りぬいた――月明かりを反射する騎士剣は、青白い軌跡を残し……

 とても綺麗だった。

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