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ナイフ

 パシャン バシャッ
 遠くで水音が響く。
 深織は毎日、ここにきて泳ぐ。
 午後の日差しは、まだ暖かかった。
 それでも、海の水は冷たい。
 深織は、人魚のように泳ぐ。
 美しく軽やかに・・・・・・。
 僕はそれを、ボーと浜辺で見ていた。
 
 傷はもうすっかり消えていた。
 記憶は戻ってこない。
 深織と静かに暮らす日々が、続いていた。
 あれから、頭痛が時々する。
 そして頭痛とともに、僕を呼ぶ声が聞こえる。
 その向こうに、僕の失った記憶があるんだろうか?
 パシャ   パシャン
 深織の姿が、人魚と重なる。
 そう、あの夢の中の・・・。
 水の中の人魚。
 あの、夢は?
 
 「カイ、何考えてるの?」
 気がつくと、深織が泳ぐのをやめて僕のそばに来ていた。
 「また、人魚の事?」
 深織が髪を拭きながら、隣に座る。
「違うよ。深織の姿に見とれてた」
 「人魚みたいで?」
 深織にはなんでもお見通しみたいだ。
 「うん」
 深織は、少し悲しげに僕を見る。
 その瞳に何が映っているのか、僕は気づかなかった。
 いつもの深織と違う。
 海が、赤く染まりはじめた。
 日が沈みかけている。
 深織は、海の向こうに視線を変えた。
 しばらく黙ったまま、水平線のかなたを見ている。
 
 日がもう沈んで、辺りが暗くなり始めた。
 「『人魚姫』ってお話知ってる?」
 そう言ってきたのは、深織だった。
 「さあ?どんな話だっけ?」
 そんな話があるのは知っている。
 でもどんな、話だった?
 「あのね。人魚姫が人間の王子様を助けて、恋をするの。
 そして魔法使いに頼んで人間にしてもらって、王子様の元へと行くのだけど、
 王子様は人魚姫のものにはならなくて、王子様を殺せなかった人魚姫は水の泡となって消えるの」
 深織の瞳は、何を見ていたのだろう?
 人魚姫の話をしながら、遠い海を見つめている。
 「それが、何?」
 なぜ、こんな話をするんだろう。
 「カイの見てる夢って、人魚姫に似てるなと思って」
 そういえば、1度目の夢は僕が人魚に助けられる夢。
 次は、魔法使いが出てきた?
 「それじゃあ、僕は王子様ってわけ?」
 深織がプッと吹き出した。
 「クスッ。そんなわけないじゃない」
 あ、やっと元の深織みたいだ。
 「もう寒くなってきたし、家にもどろっ」
 深織が振り向いて言った。
 「そうだね」
 冷たい風が頬にあたる。
 このままが、いいのだろうか?
 
 
 夢を見た―――
 人魚の夢。
 人魚が人間になっている。
 人魚(?)が、僕のベットのわきに立つ。
 手に持っているのは、銀のナイフ?
 その手がゆっくりと、あがる。
 そして、僕に振り落とされて・・・
 ―――――――――――!!
 
 目が覚めた。
 また、人魚の夢?
 なぜ僕が、殺されるんだ?
 まるで『人魚姫』みたいな――
 ――人魚姫――?
 王子様が僕なら・・・
 人魚姫は深織?
 ちがう――
 あれは、人魚姫じゃない。
 深織だった。
 そうだ、深織は僕の・・・
 ―――キィィ――――ン
 !!
 頭痛が、考えをさえぎる。
 何かを思い出しかけてるのに・・・
 ―――・・・・・・サ・・・ミ・・・――――
 誰?
 僕を呼ぶのは――
 意識がゆっくりと沈んでいった。

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