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不穏と無謀8

 そんな話をしながら戦況を確認した後、ナン大公国軍が撤退を始めたら連絡するようにプラタに頼むと、会話を終える。
 その際、ナン大公国が平原に出兵した時に連絡が無かった事について触れてみたが、プラタは謝罪するだけで理由を話してはくれなかった。ただ、何かがあったらしい事はさらりと告げられたが。
 そうして会話を終えた後、駐屯地周辺の見回りに意識を向けるが、相変わらず見回りという名の散歩であった。
 駐屯地周辺は開かれており、不審者が居たら直ぐに判るようになっているのだが、少し離れた場所に森が在る場所もあるので、油断はできない。
 それでも、防壁の内側には魔物を代表とする敵性生物が居ないので、そこまで気を張る必要はない。もっとも、魔物を創造したり、敵性生物を外から連れてきたりしている場合もあるので、完全に油断してはいけないが。
 まぁ、現在の大結界に穴は無いので、兵士が協力しない限りは外部から敵性生物を防壁内部に連れてくることは不可能だから、そちらは大分安全になりはしたが。
 ・・・そう考えれば、ほっといても奴隷売買組織は潰れて・・・いや、人間の奴隷なら内側で調達可能か。魔物創造もしていたから、危険な組織ではあったな。潰れてよかったのだろう。
 そんな組織も昔あったのだから、他にもあると考えた方がいい。なので、やはり警戒は必要か。
 とはいえ、だ。現在のところ、駐屯地が襲われたという話は聞いたことがない。駐屯地は外敵から人間を護っている場所なので、そこを攻撃する意味が無いのだろう。
 見回りは駐屯地周辺を回る訳なので結構距離があり、流石に一日では一周できない。駐屯地は防壁の前に出来ているので、片面は防壁で護られている。それでも結構な距離なのは、流石は大量の人間を収納しているだけある。
 その駐屯地周辺の警備は別に一部隊だけではない。なので一周する必要はなく、区画分けされた場所を複数の部隊で担当して見回るだけ。そのおかげで見回りは一日で終わる。ただし、連日担当区画を変えて見回りしているのだが。
 ナン大公国の学生と兵士以外は平原に出られない分、見回りは他国の生徒が多い。普段の駐屯地内では生徒よりも兵士の数の方が多いが、今は平原に出ている兵士の数が多いのだから、必然的にそうなる。
 普段の見回りを行っている兵士の数よりも現状の生徒の数が多い為に、駐屯地周辺に防壁周辺と防壁上の見回りを足しても、見回っている者達の密度が凄い事になっている。こんな状況で何か仕掛けようとする者も居ないだろうと自然と思えてしまうほど。
 まあそれでも油断は禁物なのだが、それでもそう思えてしまう光景だ。
 そんな見回りなのだから、普段の退屈さだけではなく息苦しさも感じて余計に疲れてくる。これからの事を考えると、休日を増やした方がいいのだろうか? どうせ討伐数が足りなくてここの滞在期間が少し延びるだろうから、その分今から休日にして延期でなくすのもいいかもしれない。

「ま、そうもいかないのだが」

 休日や各種見回りの期間や順番は多少は融通が利く。といっても、討伐期間は大して延ばせないのであまり意味はないが。任務に就く順番を多少は変えられる程度。
 他の門ではもう少し融通が利いたんだけどな。ナン大公国は規則が厳しいのか? だからギスギスしているのかも。
 それにしても、現在ボクが見回りをしている区画は、周囲に広がる平地に草すらほとんど生えていない。代わりに白っぽい砂が広がっているのが、何だか寂しい風景だ。
 少し先に草が生えた場所があり、砂地と緑地との境界が綺麗なので、この辺りはわざわざそうしたのだろう。
 見晴らしがいいので警戒はしやすいが、緊張感は無いな。周囲の一緒に見回っている者達は、防壁上の延長の気分なのか、のんびりとした雰囲気。
 そんな見回りなのだから、正直防壁以上に退屈な日々だ。
 そもそもからして、駐屯地周辺に一般人はほとんどやってこない。脅威を感じないのもしょうがないか。魔力視にも関係者以外は誰も何も映らないし。
 なので、結局研究を頭に思い浮かべながら見回りを行う。毎日宿舎に戻っているが、ボクに割り振られている宿舎は遠いので、ろくに休めないんだよな。
 その辺りの改善を要求したいが、これも直に終わるから我慢するか。これぐらいなら、ボクはまだ問題ない。ただ、他の生徒達はきついんじゃないかな? 何処か近場に宿泊施設でも設置しないと。
 そう思い近くの生徒達をよく観察してみれば、死にそうな顔の生徒の姿を発見出来た。・・・もしかして、のんびりしていると思っている雰囲気は、疲れすぎているという事なのかもしれないな。
 そう考えて改めて周囲を見回せば、沈んだ空気になっているのが分かる。顔色を窺えば、土気色とまではいかないが、少々青白い。他にもかなりの疲労が蓄積しているのが判るのが何名か確認出来た。
 これは色々と不味いのではないかと思うも、兵士達も一緒になって見回りをしているので気がつかないはずがないのだが・・・。問題ないのだろうか? まぁ、ボクの関与する事ではないか。
 人の事など知らんという訳で、目を逸らして意識も切り替える。このまま研究の事を考えながら今日の見回りも終えるとしよう。
 今日もまた退屈な時間が過ぎていく。次の休日は、予定では三日先か。長いな。早くナン大公国軍が帰ってこないものか。





 あれから更に十日が過ぎ、事前にプラタから報告は受けていたが、ナン大公国軍が戻ってきていた。しかし、未だにナン大公国軍全軍は戻って来ていない。それでもやっと、生徒が平原に出る事が許された。
 という訳で、今日からまた平原に出る。駐屯地周辺の見回りにも飽き飽きしていたので丁度いい。退屈な見回りに比べれば、退屈な討伐任務の方がずっとマシだ。
 久しぶりに出た平原は、魔物で溢れていた――らよかったのだが、生徒が平原に出るのを制限されていた間も、兵士や一部生徒達がしっかりと仕事をこなしていたようで、通常よりやや戦いやすいぐらいでしかなかった。それも直にいつも通りに戻るだろう。
 それにしても事前に決まっていたとはいえ、久しぶりの平原だというのに、今回の討伐期間が二日というのは些か酷いのではないだろうか? これでは満足に討伐数が稼げないのだが・・・。
 まあ今更文句を言ってもしょうがないので、今は敵性生物の討伐に専念するけれど。いや、専念ってほどではないか。敵性生物を討伐しながらも、頭の中では別のことを考えているのだから。
 まだ生徒達が平原に出始めて間もなく、それでいて平原に出ていた兵士達が戻ったばかりの僅かな間。本来なら平原に出ている生徒と兵士の数が一時的に少し減っている今が討伐数の稼ぎ時なのだが、相変わらず近場に生徒が固まっている為に、門から離れないと中々戦えない。しかし、平原に出ている期限が短いので、あまり遠くへは行けないので非常に困った。
 一応南を目指して進んでいるが、討伐数は以前とあまり変わらない。
 監督役も面倒だが、討伐期間の方が邪魔くさい。それにしても、何故に討伐期間が毎度設けられているのだろうか? 東側平原の後半のように、大まかな期限だけでいいと思うのだが。
 現状でも討伐規定数の達成が不可能というほどではないのが何ともいやらしい。
 しかし、五年生を最短の六ヵ月で進級出来る生徒の方が少ないという。大抵が討伐数が足りなくて、居残りする事になるとか。なので、これは多分わざとなのだろう。何が目的かは知らないが、陰湿なモノだ。
 考えれば考えるほど気分が沈んでいくので、あまり細かいことは考えないようにする。
 今は研究だ。規定討伐数は、討伐任務をこなしていたらいつか達成するだろう。気楽に行こう、そう気楽に。
 最近は、クリスタロスさんのところでの研究も結構進んでいる。罠の方も順調に維持出来ているし、模様の解析も他の研究も色々と進んでいる。最近では罠を作っている途中に発見した、魔力が魔法を貫通する事について研究しているが、どうもあれは魔法の密度が関係しているようだ。
 魔力が貫通できる魔法の密度があるようで、現在はその見極めを行っている最中。それが済めば、魔力の魔法に対する貫通力の強化は出来ないか研究してみる予定。
 そこまで済めば、それを利用して何か出来ないか考えないとな。魔力で魔法を消せればいいが、その辺りも研究してみよう。もしかしたら新しい攻撃手段か防御手段になるかもしれない。
 そういう訳で、最近は模様の研究ばかりではない。新しい道に派生しているが、同じ研究をしている者は居るのだろうか? 居るならその成果を見せてくれないだろうか? 一から研究するのも大変だからな。
 などと考えつつも、新しい題材にワクワクしている。魔力だけで攻撃と防御をこなせるのであれば、そもそも魔法が必要なくなるかもしれないな。それに魔法の発現と違い、魔力を精製する必要も無いので、攻撃にしろ防御にしろ発現までがかなり早くなる。戦闘においてはそれだけでも有利になれるだろう。それに魔法を貫通できるのであれば、相手の防御も意味を成さないという訳なのだから。
 夢が広がるが、まずはどこまでできるのか、何が出来るのかを見極めるところからだな。

「ああ、そういえば」

 プラタからの報告にあった落とし子達の容態はどうなっているのだろうか? 結局落とし子達は死にかけたらしいが、今は治療している最中だとか。治ったらまたエルフに挑むのだろうかと思うも、その後の容態は聞いてないのでどうなるかは分からない。まぁ、今すぐ再戦しても負けるだけだ。
 とりあえず死んではいないようなので、監視は継続。ボクがではなく、プラタ達がだが。
 今のところプラタから追加の報告は無いので、大人しくしているのだろう。死にかけたほどの怪我がそう簡単に治るとも思えないので、ほぼ確信している。
 一般的な治癒魔法では、かすり傷は治せても重傷までは治せない。精々が薬の効能を高める為の補助程度なのだから。
 しかし、南の森のエルフか。そんなに強いのであれば、一度見てみたいな。いつか訪れたいと思っていたが、どうしたものか。ここの討伐期間では、転移無しで全力で移動しても南の森への片道分ぐらいしかないから、九年生まで待たないといけないのだろうか・・・長いものだ。
 今からとなれば、休日にでも転移で密かに赴くしかない。でも、それは貴重な休日を潰す事になるからな。ううむ、悩ましい。
 暫く考えてみるも、答えは出ない。
 学園に帰るのであればその時にでも転移してもいいが、もう進級まで学園に帰ることもないからな。
 それなのに貴重な休日を潰すのは嫌だな。・・・よし、諦めよう。
 それよりも研究だ! 魔法を貫通した後、その魔力を魔法にする方法でもいいし。
 魔力の浸透については前に調べたが、その実戦での活用については考えていなかったからな。

「うーーーん」

 魔力自体で魔法の代替が出来ればいいのだが、その辺りも難しい。まだ遠距離で魔力を魔法にする方が簡単な気がするが、この辺りを形にしていかないと。

「魔力をかき集めても障壁代わりにはならないけれど、圧縮すればなんとか? そうなると、無属性魔法と同じようにならないだろうか?」

 敵性生物を探してはそちらに赴き、倒しながら考える。流石にろくに形になってもいない思いつきを、いきなり実戦で試すような真似はしない。とはいえ、試したい衝動はあるけれど。
 討伐数は相変わらずで、思ったように伸びはしない。何処かに大群でも居ないだろうか? 森近くならまだしも、この辺りでは兵士達に狩られているか。
 まぁ、もうそれはいいや。ナン大公国の滞在期間が延びることはほぼ確定事項だからな。
 思考を戻して、周囲に満ちている魔力を眼にしながら、その活用法を思案する。触れられない魔力をどうにかするというのは難しいが、プラタにでも訊けば何か分かるかもしれない。
 しかし、何でもかんでもプラタに訊くのも気が引けるから、もう少し自分で頑張るか。という訳で、まずは魔力というモノについて考えてみる。
 魔力の最大の特性は、距離が関係ないというところか。この特性を利用しているのが転移魔法だから、結構重要な特徴だ。
 次の特徴は、世界に満ちていることか。濃度や純度は異なるが、世界のどこにでも魔力はある。その魔力は、妖精が作り循環させてるという。
 魔力の純度についてはいまいち分からないが、前に一度プラタに純度が高い魔力というものを体験させてもらったが、とても神秘的な感じがして、清々しさもあった。そこに神が居ると言われても信じたかもしれないほどに。
 そんな魔力を見るには特別な眼が必要になってくる。それが魔力視と言われている眼だが、この眼を使えば周囲の魔力が視え、流れや濃淡により周囲の状況も分かるようになる。
 これを応用して規模を大きくしたのが、世界の眼なのだから。まぁ、これはもう少し特殊な魔法だけれど。それに多分逆だ。世界の眼が在って、魔力視が在るのだろう。
 そういった特性を思い浮かべ、魔力を活用する方法を思案していく。魔力を魔法の代用とする場合、それは無属性魔法と同じようなもの。ただ、無属性魔法では魔法を貫通しないので、全く同じという訳にはいかないのだろう。難しいものだ。
 魔力を遠距離で魔法にする場合、精製や発現を遠距離から行うのが難しいうえに、時間が掛かる。それに相手に察知されやすくなる為に、決め手に欠ける。切り札というには弱い。

「さて、どうしたものか」

 平原を移動しながら考える。
 段々と周囲に居る人も増えてきたので、平原に出ている生徒の数がまた増えてきたのだろう。もう少し南に行こうか・・・そう思うも、そんな時間的余裕はないか。本当にどうにかならないものかね。もう少し生徒に優しくてもいいと思うのだが。こういう厳しさは求めていない。短期で戦ったからって強くなるとも思えないし。一体どういう方針なのだろうか。
 まあそれはそれとして、今のところ切り札と呼べるような魔法をボクは持っていない。重力球のような強力な魔法はあるものの、ここぞという時に使えるような魔法はなく、また意表を突くような奇抜な魔法も持ち合わせてはいない。だからこそ、切り札足りえるモノが欲しいのだが、現在形になりつつある罠は受動的なので運用が難しいし、魔法も組み合わせや運用次第なのかもしれないが、そういった戦闘の才能の無いボクでは、どちらも上手く使えないだろう。出来て罠のある場所に誘導するぐらいだ。それも最初に。

「うーん・・・戦闘経験が少ないからかな?」

 閃きとは、無意識の内に経験や知識などを関連付けて形にする事らしい。要は点と点を結ぶ事なので、基礎が無ければ意味が無い。そして、ボクにはその基礎が足りていない。だからこそ閃きには頼れないが、研究は出来る。というかそれしか出来ない。だからこそ研究しているのだが、それも上手くいっていない。でも、魔力で魔法を貫通して攻撃出来ることは能動的な切り札になりそうだから、気合いを入れて取り組んでいる。
 今までの研究で分かった事は、魔法にはかなり小さな隙間が存在する事。魔力はその隙間を浸透することが出来る事。魔力が魔法を貫通するのも、この浸透を促すことで素早く魔法を通過するから。これは研究の成果というやつだ。
 しかしこの浸透だが、同系統では魔力が魔法に吸収されてしまう為に通過が困難なのだ。もっとも、普通の魔力では無系統の魔法でなければ防げないが。
 因みにこの浸透だが、無属性魔法は浸透できない。何故かと思ったが、考えれば簡単なこと。魔法で魔法は貫通出来ない。当然の帰結だった。
 しかし、無系統の魔法とは、魔法とは名ばかりの魔力の塊に近いモノだ。それでも、魔力の塊に近いモノと魔力の塊では違うのだろう。その差は僅かだろうが、その僅かな差が決定的な差になり得るという事か。
 まあともかく、無系統の魔法では魔法は貫通しないが、魔力の浸透をある程度は防げる。これも魔力に色を付けられたら意味を成さないのだが、魔力に色を付けると目立つので、見つかりやすくなるという弊害がある。その辺りを考えれば、護りには無系統の魔法も混ぜておいた方がいいということだ。今後はそうするとしよう。
 そこまで考えたところで、では、その場合の護りの突破の仕方だ。対策を立てられたなら、その裏をかく。当たり前だが、大事な思考。ただし、裏をかかれたらその対策を練らねばならないし、対策を立てられたらまた裏をかかねばならない・・・いたちごっこではあるが、それも相手がそれに思い至るよりも早く上に行けばいいだけの話。
 そういう訳で、まずは次の手を考える。魔法を貫通させるという最初の段階に対する対策を立てたに過ぎないのだから、早く次の段階に進んでおかねばならない。たとえ魔力が魔法を貫通する事を知るものが居ないとしても、だ。
 今回の課題は無系統の魔法の護りを突破するというもの。それも色を付けていない魔力で。

「・・・うーむ」

 敵性生物討伐は無意識で行えるまでに慣れたので、思考のほとんどを研究に注ぎこめる。残った部分で周辺の警戒と討伐。それに南門に帰る時期について思考しておくのを忘れない。
 それらを頭の片隅で処理しながら、大部分の思考で普通の魔力で無系統魔法の壁を突破する方法を模索していく。
 とはいえ、警戒するべきは全方位の防御だろう。ただの面での壁など迂回すればいいのだから脅威ではない。何せ、魔力に距離は関係ないのだから。
 それでも全方位の防御となれば話は変わってくる。隙間が無ければ攻撃は通らない。
 その場合を想定して魔力の貫通を研究するのだが、現在は無系統魔法以外なら一応の解決となっている。正直魔法など止めて、これを主武器にしたほうがいい気がする・・・いや、そうすることにしよう。その方が何かと都合がいい。無論、人間界では基本は今まで通りに普通の魔法を使っていくが。
 そういう訳で、かなり重要な研究になってきた。もはや模様以上だ。そこで、最初にこの貫通する魔力に呼び名を付けるとしよう。いつまでも貫通する魔力では何か気が抜ける。まずは形から、というやつだ。

「ふむ。そうだな」

 とはいえ、あまり気取った名前である必要はない。分かりやすさ重視でいくから・・・うーん・・・貫通魔法でどうだろう? 魔法ではないが、聞いた相手が勘違いしてくれるかもしれないし、もしも貫通させた後に魔法を構築出来るならば、あながち嘘にはならないだろう。決して考えれるのが面倒とかそういう訳ではない。
 貫通とついてはいるが、貫通魔法と言われれば突破力のある魔法に思えなくもないからね!
 という訳で、この貫通する魔力は貫通魔法と呼ぶことが決定しました!
 ・・・・・・・・・・・・。
 ふぅ。誰に言うでもなく脳内で発表会を開いたが、さっさと研究を再開するか。でないともうすぐ南門に到着してしまう。無駄に時間を掛け過ぎた。
 えっと、今ある問題は無系統魔法の対策だったな。
 そもそも、この同系統では貫通し難いというのは、系統が一緒、つまりは同質であると、相手の魔法がこちらの魔力を消費出来てしまうのだ。
 魔法は自身の魔力のみならず、周囲の魔力も消費して存在を維持しているが、この場合、同質でなければ消費するのに効率が悪くなってしまって、消費しきれなくなる。
 当然のことだが、周囲に満ちている魔力は無系統だ。なので、外部の魔力を消費するのは難しくなり、必然的に自身の魔力を消費していく事になる。その結果、魔法の自然消滅という事に繋がるのだが、魔法の使い手が才能や知識がある場合、ある程度維持したい魔法には、周囲の魔力を同質に変換して消費させる機能を組み込む。
 無系統魔法だけではなくこちらの対策もしないといけないのだが、わざわざ同質に変換して魔力を消費する場合、まず同質に変換するという手順を踏む、それも自動で行うので、元から周囲の魔力と同質の魔法である場合に比べて、手間がかかり消費出来る魔力量が結構減ってしまい、結果的には余計に消耗してしまう場合だってある。
 ただ、効率よく変換できる場合は持続時間が延びるものの、それでも永久に維持できるわけではない。延びても周囲の魔力を変換できない魔法に比べて五割ほど長持ちするぐらいだ。
 それでも五割延びるならばと組み込むのだが、その程度なので、こちらの対策は今は後回しでいいだろう。
 問題は周囲と同質の魔法であった場合。
 その場合、少なくとも何もしていない魔法の倍以上長く持続する。もっとも、無系統魔法はあまり使われない魔法なので、そこは気にしなくてもいいのだが。
 ただ、防御魔法とは別に使う場合、手間が大してかからないというのが問題なだけで。

「さて、どうしたものか」

 要は同質の魔法と馴染まなければいいのだが、それをするには色を付けるか、別系統の魔法で覆うかしなければならない。貫通させることを考えれば魔法にする訳にはいかないし・・・困ったものだ。
 そんな風に無系統魔法に対する対策を考えている内に南門に到着する。
 後は宿舎に戻るだけなので、平原での討伐以上に思考を割かなくていい。
 周囲は暗くなってきたが、いつものことなので、足早に駐屯地を進んでいく。
 とりあえず問題点を簡潔に纏めると、同質の魔法と魔力の親和性をどうにかする必要があるという事か。無系統魔法だからではなく、同質だからが問題なのだ。それとも、同質だと魔法が魔力を消費する事が出来るというのを気にした方がいいのかな?
 まあとりあえず、同質であるという点に着目してみるか。同質だから魔法も魔力を消費する訳だから、問題は同じはずだし。
 しかし、質か・・・一時的に系統を偽る? でも、その場合は魔法を掛ける必要が出てくるから・・・精製した魔力では、質が変わるけれど、何重もの魔法で護られていたら何処かで引っ掛かるかもしれないな。
 変幻自在の魔力の発見を目指すか、どの系統にも属さない新たな系統の発見を目指してみるか。もしくは、同質でも消費されにくい魔力の開発?

「うーーん」

 幾つか案が思い浮かぶも、どれもこれも難しそうだ。変幻自在な魔力や未発見の魔力の研究は、新しい発見の部類に入るだろうから、結構な時間が必要となるだろう。それに運も必要だ。
 同質でも消耗されにくくするのも難しそうではあるが、この中ではまだ簡単そうな感じがしている。
 うん、やっぱりこれかな。
 研究対象を決めたところで、宿舎に到着した。足早に移動していたとはいえ、結構長いこと悩んでいたらしい。
 そのまま割り当てられている部屋に在る自分のベッドに移動すると、服と身体を綺麗にしてから着替えを済ませる。
 ベッドに横になると、先程悩んだ末に決めた事について思案していく。魔力の質を変えずに、魔力の吸収を抑える方法について。
 直ぐに思いつく案として、魔力を保護する事を思いつくも、これは魔力に魔法を掛けている状態なので、今回の目的には使えない。
 魔力に魔法を貫通させる事が目的なので、魔法を貫通する妨げとなる魔法を掛けることは本末転倒だ。

「ふむ。表面の変質? いや、それをするなら状況に応じて変わるようにしなければならないか・・・」

 今回の目的には魔法は使えないものの、魔力の質を変える分には問題ない。ただし、最低でも二種類の質になるようにしなければ、目的を達したとは言い難いが。

「変化する魔力・・・魔法に頼らず出来るのか?」

 口の中で転がしながら、言葉を吟味していく。質を変えるだけというのであれば、まだ出来そうな感じはする。おおよその目途ぐらいは付いているし。ただ問題は、魔力の質を変える時期をどうやって見極めるか、となる。自動で質の変化を感じて表面の質を変えるには、魔法を混ぜ合わせる必要が出てくるから・・・。

「魔力に魔法を混ぜる? いや、隙間を通るのだから意味ないか」

 魔力が魔法を貫通するには、魔力が魔法を浸透していかなければならない。その為には魔法に在る極小の隙間を抜けていかなければならないが、そこを抜けられるのは魔力だけであって、魔法は不可能。
 ではなぜ魔法は無理かと言うと、魔力は小さな粒子が寄り集まってるだけのような存在なので魔法の隙間も通っていけるが、魔力はその粒子が集まり大きな形になったような状態なので、隙間よりも大きくなって隙間を通ることが出来なくなるから。なので、魔力で表面を覆おうとも、魔法では魔法をすり抜けることが出来ないのだ。
 しかしこの魔法の隙間、魔力以外には通れるものは無いのだろうか? ふとそんな疑問が浮かぶ。もし他にも魔法を通過できるモノがあれば、もしかしたら何かしらの解決の糸口になるかもしれない。

「うーん。小さな隙間を通れるモノ、か」

 ここで空気などとは言わないが、さて何か在っただろうか? 染料、いや水はどうだろうか? 表面の質を変えるという想像から色の変化を想起してしまったが故の発想だろう。
 まぁ、そんなことはどうだっていいのだが、水つまりは液体であれば魔法を浸透するか、と問われれば、ボクの知る限りでは不可能だろう。もしも可能であれば、魔法の膜に包まれて水の中に入るなんて出来ないだろうし。

「・・・いや、そうとも限らないのか」

 浸透には時間が掛かる。ボクが魔力で魔法を素早く貫通出来ているのは、研究の成果でしかない。通常では何ヵ月や場合によっては何年という歳月を掛けて浸透していくものだ。そして、魔法の膜で包んで水中を進むにはかなりの魔力を必要とするので、持続時間はそこまで長くはない。なので、その程度の時間で浸透を確認する事など出来ないだろう。
 つまり現状の知識では、水が魔法を浸透しないという結論を下すのは早計だということになる。予想では浸透しないとは思うが、それでも確定ではない以上、調べてみなければならない。

「と、いってもな」

 現在はベッドの上。そんなところで水を使うのは躊躇われる。それも魔法で出した水ではなく、普通に汲んできた水の方が望ましいからな。

「はぁ。こういう時こそお風呂だろうにな」

 水を使い、尚且つ濡れても問題ない場所といえば、お風呂場だろう。それも個室であれば密かに試す事が出来る。しかし、ここには個室のお風呂はないんだよな・・・残念なことだ。ああ、本当に残念だ。

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