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不穏と無謀9

 とりあえず、今は液体が魔法に浸透するかどうかは試せないので、その考えは一旦横に措く。
 では他に何か在るかといえば・・・思いつかないな。そもそものこと、魔法が何かを通すなんてこと自体考えなかった訳で。そうなっては防御系統の魔法があまり意味を成さなくなるからな。特に大結界のような簡単に動かせないものは危うい気がする。
 とはいえ、そんな簡単なものでもないのだが、不可能ではないからな。
 まぁ、それについては完成してから考え・・・いや、現在の技術だけでも十分脅威か。
 確か今人間界を護っている大結界には、周囲の魔力を取り込む機能を組み込んでいるので、無系統の魔法も組み込んだ多重層の結界になっていたはず。なので、現状ではあれを貫通して突破させるのは難しいはず。それでひとまず安心だろうが、ボク以上の技術を持っている者が居てもおかしくないから油断はできないが。
 新しい世界を知ると、新しい可能性に気づいてしまうというのは厄介だな。いくら手抜きの結界だとしても、直に改良したくなりそうな気がしている。
 さて、他に魔法を浸透させそうな気がするモノもないので、やはり魔力の改良を頑張った方がいいか。

「・・・うーん」

 そう思ったところで、そろそろ寝た方がいいかと思い目を閉じる。明日はクリスタロスさんのところで研究だが、貫通魔法に関して研究しないとな。





「そろそろ岩は集まったかな?」

 深い深い森の中。おどろおどろしい雰囲気を放つその森の中に、雰囲気に似つかわしくない可愛らしい少女の声が小さく響くも、誰に届くでもなく周囲に溶けていく。

「んー・・・まだか。組み立てもあるから早めに揃えてくれると嬉しいのだが、まあいい。まあいいか。結局これも嫌がらせでしかない。あれはあまりにも強すぎる。だからこれも嫌がらせ。この程度でどうこう出来る訳がない。それに、ここでの事など既に把握しているのだろう? 君が把握していないなどありえない。そのうえで見逃している。・・・当然か。これは君の、いや、あの方の意思に反していないどころか、むしろ望まれた通りなのだから、君が邪魔するはずはない、か」

 少女は顔を上に向ける。しかし、森が深くてろくに空は視認できない。
 それでも少女は上空を睨み付けながら、険しい表情を浮かべる。

「何故君、なんだろうね。あの時に戻れるのならば、もう少し注意を払うべきだったのかな?」

 少し後悔するような声音で少女は独白する。しかし直ぐに首を振って顔を前に戻した。

「それでも私如きの言葉では無意味か。いや、私がもっとも長く傍に居たのだ、無意味というほど届かない、という事はないと思いたいな」

 自嘲するように苦笑すると、少女は森の中を歩きだす。
 森の中は大木が適度な間隔を空けて立っているので、結構広々としている。ただ、その大木が大きく枝葉を拡げている為に、森を覆う天井となって日光を遮ってしまっていた。
 清涼な空気の中、少し固い地面を歩きながら、少女は昔を思い出しながら考える。

「あれは、あの方の意向に沿ってはいるも、それ以外の部分では勝手に動いている。管理を任されている以上それは問題ないのだが、しかし、やはりあれは・・・」

 少女は小さく息を吐くと、自分の身体を見下ろして不思議そうに言葉を紡ぐ。

「しかし、私はここまで感情的だったか?」

 昔の自分を思い出した少女は、小さく首を振る。

「あの子ほどではないにせよ、私もそこまで世界に関心を持っていなかった。それが現在こうなのは・・・やはりこの身体が原因なのかな? ・・・違うか、あの方と共に居たからか。そしてこの身体を得てそれが強くなったのだろう」

 そう思えば、感情というものが絆のように思えてきて、少女は幸せそうに微笑む。

「やはり凄いな。元々は奇妙な存在だと思っただけだったのだが・・・まぁ、そこに惹かれたのだけれど」

 少女は親しげな声音でそう呟くと、運命の出会いを果たしたとある日の事を思いだす。
 その日、少女は奇妙な魔力の流れを感じて興味を惹かれた為に、直接そこに見に行った。
 向かった先には、一人の女性の中に居る二人の存在。少女が気になったのは、女性の中に居る二人。先祖返りでもしたのかと思う二人の内の片方は特に興味深く、それでいて死にかけていた。
 少女は迷わずその死にかけている方に飛び込む。
 少女が飛び込んだ方は、もう片方の存在に魔力を始めとした様々なモノを吸い取られていた。その中に生命力もあったものだから、少女が飛び込んだ時には、その者の命は風前の灯火であった。
 そんな状況であった為に、少女はまずそれを保護すると共に命を与える。ただ、吸い取る力が強すぎるようで、完全には防ぎぎれない。
 しょうがないので、少女は魔力をある程度犠牲にして生命の維持を優先させる。そのおかげでそれは助かったものの、吸い取っていた方が逆に死んでしまった。
 しかし、少女はそれも当然だろうと切り捨てる。
(まだ世に生まれ出てさえいないというのに、強欲過ぎるのも考えものね)
 吸い取っていた方は全てを欲して、母親ではなく手近な存在に手を付けた。しかし、その手近な存在はかなりの魔力や生命力の持ち主であった為に、未成熟な身体ではその膨大なモノに耐えられず、崩壊していった。それでも、そんな相手を殺せるぐらいに吸い取れる器の方も大概ではあったが。
 そうして元凶が取り除かれても吸い取られた力は直ぐには戻らないらしく、少女が同化してまで助けたそれは、弱ったままであった。
 その事に少女は疑問を抱くも、原因が分からない。いくらそれに力を分け与えて力が弱まっているとはいえ、魔力に関して少女が分からない事などないはずだった。
 だというのに、それの魔力は一向に戻っていかない。
 少女がその事に疑問を抱き探っている間にも時は過ぎていく。その間、それは世界から苛烈な仕打ちを受けていた。それは虐待。いや、あれは虐待というよりも拷問だった。
 それを主に行っていたのは、それの両親。まるで私刑でも行使しているかの如く惨たらしいその行いは、何年も続いた。そして、それは遂に動き出したのだが、少女はその時を振り返って思う。あの時に彼は人間であることを止めたのだろうと。
 動き出した後のそれは凄まじかった。
 まずは外を観察し、力を付ける。その後に植物や虫を解体して調べていく。それから興味を動物に移し、鳥や犬猫などを捕えては、調べながら解剖する。それも徐々に対象が大きくなっていき、時には人間を含む死体を何処からか調達してきては解剖を行っていく。
 やがてそれは生きている人間に興味を移し、社会に馴染めずに距離を取った者達を中心に狡猾に罠に嵌めて、時には襲撃を掛けて捕えては、実験材料としていった。
 そんな事も、何かしらの答えが出てからはピタリと止める。
 解剖を止めたそれは、次第に人間界の外に目を向けるようになったが、そこからがまた凄絶な旅路となった。
 それは外で様々な種族と出会い、そしてその度に殺された。
 しかし、それはただ殺されるだけではなく、最期まで相手を解析しながら死に、そして当然の様に蘇ると、遂には逆に相手を倒して解剖していく。
 そんな旅でそれは、人の身でありながらもドラゴンまで倒してしまう。それどころかその先まで足を踏み入れ、更にその先にも歩みを進めた。
 少女はその旅の後、それの魔力が戻らなかった理由を知る。というよりも、それに教えられた。

「それを飼っていたのか!?」

 旅の終わりごろに、少女にそれが見せたモノ。それはかつてそれから様々なモノを吸い上げていたモノの意識。魂とも呼ばれる存在の根幹。
 それはその魂を見せて、少女にそれが常にいた事を教えた。

「それで? それをどうするんだ? 今すぐ棄てる事を勧めるが?」

 かつて強欲だったその魂に、少女は不愉快そうにそれに訊く。
 そんな少女に、それは魂を暫く代理として据える事を教える。

「代理?」

 それの答えに、少女は怪訝な声で問い返した。

「保険って。これから何か起こるというのか?」

 それの答えに、少女は意味が分からないと首を傾げる。そんな少女に、それは詳しく説明していく。

「本当にそんな事が?」

 疑わしそうに少女はそれに問うたものの、それは「おそらく」 とだけ返した。
 昔を振り返ると、今思えばという事が多々あるもので、少女もこの時の話を思い出して、なるほどと納得する。

(あの時には既に視えていたという事だろうな・・・話の流れから察するに、産まれてきた辺りでは既に。いや、もしかしたら私が見つけた時にはもう・・・?)

 少女は世界の眼という高度な眼を持っている。これは魔力が在る場所の様子を、魔力が作る輪郭を捉える事で把握できるという代物。魔力により調べられる事であれば何でも調べられるが、少女ほどになれば、そこに何が在るのかさえ細かく判るほど。
 そんな少女でも、現在そこに何が在るのかぐらいしか判らない。しかし、それが持つ眼は更に上、最上位の眼である神の眼。
 神の眼は、現在のみではなく、過去も未来も全てを視通す事が出来る異常な性能の眼。現在のどこどこで何をしているかだけではなく、過去のどこどこで何をしていたのかも判り、未来のどこどこで何をしているのかまで判る代物。
 それ故に、少女は話の流れから最初からその神の眼をそれが修得していたのだと推測した。

(しかし・・・)

 そこまで考えたところで、少女は疑問に思う。少女が修得している世界の眼でさえ、まともに運用しようと思えばかなりの処理能力が必要になってくる。それは普通の人間では不可能で、少女のような超常の存在でなければ成し得ないほど。
 視える範囲を制限するなら別だが、世界の眼ですらそうなのだ。それ以上の性能を誇る神の眼をまともに運用しようとすれば、少女でさえ不可能だろう。なにせ、神の眼は万人の思惑や考えまで全て見通してしまうのだから、それさえ処理するとなると、人間では直ぐに脳が焼き切れるか、何かが壊れて精神が狂ってしまうだろう。
 それがどこまで機能を使用していたかまでは不明ではあるが、それでも赤子が御せるような代物では絶対にない。

(・・・最初から規格外だったということか)

 そうなると、少女にはあれが大人しく色々と吸われていたのが奇妙に思えてくる。それに、もしも神の眼を最初から所持していて、尚且つ使えたとなると・・・。

(私が助ける事も最初から知っていた? でも、何故?)

 そう思い至ったところで、少女は疑問に思う。
 少女は確かに強いのだが、仮にあの吸収を自力で何とか出来たのであれば、少女の助けなどあれには不要だったはずだし、その後も少女は大して役には立っていない。だからこそ、少女にはあれが自分を傍に置いた理由が分からなかった。
 少女は暫くの間立ち止まって思案したものの、今まで不明だったものに直ぐに答えは出ない。それに、はじめから少女では理解しきれない相手でもあるので、考えるだけ無駄なような気もしていた。

(そういう訳にもいかないのだけれども・・・)

 しかし、常に傍に居た者として、少女はそれの一番の理解者で居たいと願っている。
 その地位も最近は危うくなってきているのだから、特に理解したいと強く願っていた。
 少女にとって最初、それは庇護の対象であった。それも次第に親が我が子に向けるようなモノへと変わり、友のように変化した。
 そして、今では素直に敬慕を向けられる相棒だと彼女自身は思っている。ただ、そこには恋慕にも似た想いも混ざっているからか、少女は自身の現状に苛立ちを覚えていた。

(・・・やはりおかしいな。感情が現れるのは分かるが、あまりにも強すぎる。それとも、感情とはこんなものなのだろうか?)

 馴染みの薄い感情というモノに、少女は戸惑い眉根を寄せて難しい顔をする。
 そんな風に感情に翻弄されながらも、少女は森の中を再び歩み出しながら続きを思い出す。
 それが、魔力をはじめとしたかつて吸われたモノが中々回復しなかった理由を少女に教えた後も奇妙な出会いがあったりしたが、直ぐにその時が訪れた。

(封印・・・今に比べれば大したことがなかったとはいえ、既にこの世界で最も強い存在になっていたあの方を封印したモノ。それとも、封印された事よりも封印で済んだ事の方に驚くべきなのだろうか)

 少女は当時のことを思い出してみても、相手は封印ではなく抹消する気でいたような気がしていた。そして、その威力は凄まじかったのも覚えている。なにせ術者自身も休眠に入ったほどに全力の攻撃だったのだから。
 もしもあれが外で行使されていたら、世界が崩壊しかねない威力を誇っていた。と、少女は当時を振り返りながら推測する。普通に考えて、そんなモノを食らって短期の封印で済む方がどうかしているだろう。

(もしもあれを食らったのが君だったならば、その時はどうなったのだろうね)

 少女は死を模して創られたような女性の姿を思い浮かべ、そんな無意味なことを考える。少女が思い浮かべた人物は、その当時はまだ存在していなかったのだから。
 しかし、もしも同様の攻撃を現在のその思い浮かべた相手が受けた場合だが、女性は封印されず、それどころか負傷はするも、余裕で耐えきるだろう。その負傷の度合いも、戦いに全く支障が無い程度の軽微なもの。
 そこまで詳しく理解している訳ではないが、どれだけ考えてみても、少女は女性がやられるとも封印されるとも思えなかった。

(・・・本当に忌々しいまでに強いものだ)

 少女は内心で盛大に舌打ちするも、あまりにも彼我の差がありすぎて、それも虚しいだけ。
 しかし、少女も別に弱い訳ではない。少女の強さを等級で表せば、四級に僅かに届かないぐらい。それも直に四級に上がることが出来るほどの強さがある。
 かつて一部から最強と目されていたドラゴンの王でさえ、五級に届くかどうか程度の強さなので、たとえドラゴンの王を百体同時に相手取ったとしても、少女にとっては脅威にはなり得ないほどの戦力差。

(強さ、か。願えばもしくは叶えてもらえるのかもしれないが・・・)

 それだけの強さを持っていたところで、少女の表情は暗い。それは頭に思い浮かぶ忌々しい女性に劣るからというのもあるが、それ以上に、強さの源が自分が受肉している肉体だからであった。
 もしも少女がその肉体を捨て去った場合、少女の強さは六級の中位から上位といったところだろう。
 つまりは、その肉体を強化出来れば更に強くなれるという事になるも、その肉体にも限界がある。そしてその限界が近いのを少女は理解していた。
 それでもその肉体を用意した者であれば、更なる高みを目指せるだけのモノに改造できる。それは少女も理解していたが、頼むのには抵抗があった。何故ならば、その相手こそ敬愛する相棒なのだから。

(あの方に呆れられるのは嫌だな。でも、今更な気もするんだよな・・・)

 件の女性もその相棒が創造した者なのだが、その目的は己の役目を継承させる事。だが、最大の理由は自分を越えさせる事。少女の相棒はあまりにも強すぎたのだ。強さの等級は最強を示す一級のなかの最上位。しかし実際は、それ以上の強さを示す基準が無いだけという存在。
 だからこそ己よりも上の存在を探しているのだが、残念ながらこの世界には存在しない。そんな現状だからこそ創ったのだ。
 そんな相手だ、そもそも張り合う方が間違っているのだろうが、少女はどうしてもその女性が気に食わなかった。
 結果として嫌がらせを画策している今が在るのだが、いつ考えても情けなくなる話である。
 ただ、つまりは少女が女性を越えるには、相棒の協力が不可欠だという事になるので、結局は頼まねばならない。

(分かってはいるんだけれども・・・それに、今は難しい)

 少女は現在の相棒の様子を思い出す。
 何をしているのかまでは理解出来ないが、それでも忙しそうにしているのは理解できる。そんな中で私的な頼み事をするというのは、中々に心苦しかった。
 少女は難しい顔で苦悩する。
 しかし目的を考えれば、答えは最初から出ている。悩む理由は個人的なものだ。まぁ、目的自体も私的なものに変わりはないのだが。
 暫く難しい表情のまま考え込んでいた少女は、意を決した顔で遠くに目を向ける。

「迷っている場合でもないか。それに、あの方は・・・」

 そこで不意に少女は悲しい顔を見せる。長いこと一緒に居ただけに、相棒と想うそれのことは誰よりも理解していると自負しているから。

「私の事に興味がない。それはあいつの事もだ。知っている、知っているさ。あの方が何に対しても、おもちゃほどの興味も抱いていない事も。そして、ほとんどの事に木石ほどの価値も見出していない事も。だからこそ、私を見てほしいんだけれども」

 ははっと少女は力ない笑い声を零す。
 ただ自分を見てほしい。幼子が親に向けるような拙い願いだが、その程度のことが少女にとっては何よりも大事なことであった。それこそ命を賭けても全く惜しくないほどに。
 そんな少女だからこそ、確信をもって言える。それは、少女を苛立たせている女性も同じ考えだろうと。あれもまた、彼に自分に興味を持ってほしいだけなのだと。
 二人のそんな些細な願いだが、それは多分、叶わない。しかし一つだけ可能性があった。それこそが、彼よりも強くなること。だがそれは、ほぼ実現不可能な奇跡。ただし、彼に協力してもらえれば可能性が出てくるのだが、それでも途方もなく困難な道のりであることには変わりはない。

「・・・難しいね。まあいいや。あんまり拘っても前に進めなければしょうがない。そんな愚かしい真似をしていては、本当に興味を失われてしまうからな」

 そこまで考えたところで、少女はぶるりと身を震わせた。

「それは怖いな」

 震える声で小さく漏らした少女は、ぎこちない笑みを浮かべて前を見る。

「もう少し準備の様子を見守ったら、会いに行こう。その頃には心の準備が出来ていればいいな」

 少女の緊張した願うような声は、静寂が支配する森の中に消えていった。





 深い深い森の中で、ざわりと周囲が騒めく。それと共に周囲は一瞬で戦闘態勢に入ると共に、強い敵意と殺意をそれへと一斉に向ける。

「・・・・・・」

 その濃密な害意に晒されながら、その中心に居る人物は全く気にした様子は無く、立ち止まって何かを探すように周囲に目を向けている。
 周囲を見回しているその人物は、腰の辺りまで伸びた光を吸い込むような深い黒髪をしており、足下まで届いている丈の長い真っ黒な服と黒に見える濃い紺色の靴で身を固めていた。
 そんな全身暗い色の姿の中にあって、黒い服の縁を彩っているやや明るい黄色がやけに浮いている。しかし、裾から僅かに覗く透けそうなほどに白い手がそれ以上に目を惹く。

「・・・・・・」

 侵入者であるその人物が、満月の様に神秘的な色を宿した瞳を周囲に向けていると、周囲で警戒していた者達が一斉に攻撃を仕掛ける。
 闇を払うどころか視界を埋めるほどの様々な色の光が侵入者を襲うも、それで手を緩めることなく、周囲の者達は侵入者へと次々攻撃を仕掛けていく。
 暫くそうして攻撃が続いて光が収まると、狭い範囲に集中した苛烈な攻撃だった事を示す傷痕が出現する。しかしその爆心地には、変わらず立って周囲を見回している無傷の侵入者の姿。
 それを確認した攻撃を仕掛けた者達が驚愕に息を呑む。と、そこで侵入者は顔の動きを止めて一点を見詰めた。
 侵入者の視線の先に居た者達から緊張した空気が流れ、中には小さく悲鳴を上げる者も居た。

「・・・・・・」

 しかし、侵入者はそんな事を気にした様子は無く、黙って顔の動きを固定させている。その姿は、何かを待っている様にも見える。
 緊張から静寂が続いていると、そこに暗いながらも大きな声が響く。

「シサノーネ様!!」

 周囲から飛び出して静寂を破った人物へと視線が集まると、場に安堵の空気が漂った。

「アルセイド」
「はい!」

 飛びだしてきた人物が侵入者の前で止まると、侵入者がその人物の名前を静かに口にする。
 それに返事をしたアルセイドは、浮遊していた身を下ろし、地上に足を付けた。それに周囲がどよめく。

「久しぶりですね」
「お久しぶりです。シサノーネ様!」
「アルセイド、私は――」
「わざわざシサノーネ様が直々にこの森においでになられるとは、本日はどのような御用件でしょうか!?」
「・・・アルセイド」

 アルセイドがシサノーネと呼ぶ侵入者に用件を尋ねると、侵入者は静かにアルセイドの名前を呼んだ。
 穏やかな声音で呼ばれた自らの名に、アルセイドはびくりと肩を跳ねさせる。それは非常に静かな声音であったが、隠しようのない強烈な怒りが滲んでいた。

「さ、先程の攻撃でしたら――」
「違います。まずは人の話を聞きなさい」
「は、はい! 申し訳ありません!」

 素早く何か気に障ることでもあったかと思考を巡らせたアルセイドは、先程侵入者を囲んでいるエルフ達が行った愚行を思い出し、それについて言及しようとしたが、言葉の途中で侵入者自身に否定されてしまう。それと共に受けた注意に、アルセイドは緊張した面持ちで返事をして謝罪する。

「・・・はぁ。では、まずは訂正から行いますが、私の名はシサノーネではなく、プラタです」
「え? ど、どういう意味でしょう、シサ――」
「もう一度だけ言います。プラタ、です」
「っ!!」

 どことなく疲れたように名の訂正を行ったプラタに困惑を見せるアルセイド。そこにプラタが優しいながらも有無を言わせぬ声音でもう一度自らの名を告げる。それが最終通告である事を分かりやすく伝える殺気を言葉に含ませながら。
 それを受けたアルセイドは、必死の形相で素早く何度も上下に頭を振って、しっかりと了承をプラタに伝えた。
 そんな両者の様子を見守っていた周囲の者達、エルフ達は、己らの守護神ともいうべき精霊であるアルセイドの様子に、困惑と緊張を浮かべる。中にはアルセイドが放ったシサノーネという名を耳にして、絶望したように顔を青ざめる者も居たが。
 しかし当のプラタとアルセイドは、二人を取り囲んでいるエルフ達などまるで気にする事なく話を続ける。

「それでシサ――プラタ様は今回如何様な御用向きでこちらに? それにそのお姿は?」

 アルセイドは一瞬呼び慣れた方の名を口にしかけて、瞬間プラタから発せられた、それだけで人が殺せそうなほどの濃密な殺気に、慌てて訂正して要件を問うた。ついでにその見慣れない姿に対する疑問も。

「別に難しい要件ではありません。つい先日人間と戦ったと思うのですが、その感想と被害などを聞かせてもらえればと思っただけです」

 プラタの返答に、アルセイドはそういえばと口を開こうとしたが、まだプラタの話は続いていた。

「それと、つい最近急激に強くなった者達についても何か知っていれば」
「! 流石はプラタ様。では最初の話ですが、まず人間との戦いでの被害はありません。強いてあげるならば、攻撃に用いた労力ぐらいかと。感想としましては、相変わらず弱かったことぐらいです。そういえば、今回は攻撃してくる人間の数が少なかったですね。その為、人間の被害も多くはなかったかと」

 要件を聞いたアルセイドは驚きつつ、まずは先日起こった人間との小競り合いについて答えていく。

「なるほど」
「次に最近急に強くなった者達についてですが、よく判っておりません」
「どういう意味ですか?」
「ああいえ、特定は出来ておりますが、何故急に強くなったかが判らないのです」
「・・・そうですね。それならばしょうがないでしょう」

 少し考えるような間を空けたプラタは、納得したと頷いた。

「それで」
「?」
「そのお姿はどうされたのでしょうか?」
「ああ、この身体は人間界に置かれていた人形です。現在はこの人形の身体を借りている状態ですね」
「そうだったのですか。しかし、何でまたその人形に憑依されたので?」
「最初は成り行きでしたね。しかし、今はご主人様に近い姿で居たいからでしょうか」
「ご主人様、ですか?」
「ええ。現在私は人間の男性に仕えています」
「え!? そ、それは、ど、どういう事で、でしょうか?」

 プラタの発言に、アルセイドは狼狽して幾度も言葉を詰まらせながら問い掛ける。

「ふふふ。そのままの意味ですよ。私は現在人間の男性に仕えているのです。・・・ああ、その方は先の戦いには関係ない方ですので安心してください」
「わ、笑っ!!」

 冗談にも聞こえる、ほとんど棒読みで感情の判り難い声ながらも、アルセイドには確かにプラタが笑ったのが解り、あまりの驚愕に混乱する。
 しかしそれもそのはずで、プラタという、かつてシサノーネと呼ばれていた妖精には、感情と呼べるものが一切なかった。そもそも肉体も無く、今回のように何かしらの目的をもってアルセイドを訪ねてくるのはこれが初めてのことであった。いや、訪ねてきたこと自体初めてか。
 そんな事もあり、アルセイドはその異常事態に大変混乱しているのだが、プラタはその事を気にしている様子はない。それどころか、逆に相手の反応を楽しんでいた。
 プラタが念の為に付け加えた説明だが、アルセイドは聞いていない。それでもプラタは別に構わないと思い、話を先に進める。

「それと最初の攻撃ですが、私は別に気にしていませんので安心してください」

 未だに混乱しているアルセイドを眺めながら、プラタは周囲を確認する。
 二人を囲むエルフ達は、どうすればいいのか困惑しているようで、プラタを囲んではいるが、これからどういった行動に移すべきか決めかねている様子だった。
 そんな中で、プラタは目的の人物を周囲に発見する。

「・・・・・・」

 目の前のアルセイドが事態を飲み込もうとしているのを眺めながら、プラタは目的の人物を調べていく。
 その対象は二人のエルフ。周囲の他のエルフよりも魔力量が一回り程多い者達。つまり、プラタがアルセイドに訊いた、急に強くなったエルフ達であった。
 顔をアルセイドに向けながら、相手に気づかれないように探っていく。魔力の質や潜在能力、肉体構成や素質に身体能力など、完全に判る訳ではないが、プラタは外からある程度相手の実力を測ることが出来た。その計測によると、魔力量同様に全体的に能力が向上している。ただその振り幅は大きく、僅かしか向上していないモノもあれば、五割ほど増しているモノまで様々。
 あとはそれを使いこなせているかどうかだが、魔力の流れを見る限り、急に強くなった力に振り回されている状態のようだ。
 プラタはそう見抜くと、今の内に始末しておいた方がいいのだろうかという考えが浮かぶ。同時にこのまま観察してみた方が有益かもしれないという考えも浮かび、少し考える。

(・・・・・・そうですね、視た限り強くなったとしてもドラゴンの王に届かない程度。ならば放置でいいでしょう)

 相手の考えを探る為にも、今は放置しておくという結論を出したプラタは、混乱から回復したアルセイドへと意識を戻した。

しおり