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02 パーティを組んだ

 翌日の朝、ミラはすぐに私の元へやってきた。
 よほど張り切っていたのか、まだ暗がりが見えるほどの時間帯にやってきたため、私の意識はまだ覚醒しきっていなかったが、無理矢理叩き起こされてしまった。

 そして今現在、私たちは街にあるギルドの支部へと出向いていた。

「ようこそギルドへ、本日はどういったご用件ですか? 」

 受付のお姉さんが、ニコニコとした笑顔で快く出迎えてくれる。朝早くからご苦労様です、と、心の中で敬礼しておいた。

「はい! パーティーの結成をしたいんです!!」
「かしこまりました、それではこちらの用紙に必要事項をご記入下さいませ」

 そう言ってお姉さんが、パーティ結成に必要な書類を渡してきた。
 パーティは名前・構成員だけではなく、構成員の魔力値など、事細かな情報が必要になる。
 私は昨日確認したから魔力値は知っているが、ミラのは知らないので教えて貰う必要がある。

「じゃあミラ、魔力と適正を教えてくれる? 」
「分からないわ」
「えっ?」
「あたし、すてーたす……だっけ? 使えないの」

 ミラのその言葉に、私は耳を疑った。
 《魔能開示(ステータス)》は、小さい子供でも容易に使うことのできる初級中の初級魔法だ。それを使えないとなると……私以上に、魔力が無いと見た方がいいだろう。

「じ、じゃあ私が見てあげるね」
「ほんと!?  ありがとう、あたしも知りたかったの!

 ミラは大層嬉しそうに、目をキラキラさせながら私にお礼を言った。表情がコロコロ変わって、とても可愛らしい。

「えっと、《魔能開示(ステータス)》」

 私はなけなしの魔力を使って、ミラに向かってそれを使用した。


 ミラ・ダスティ
 火適正…77777
 水適正…77777
 風適正…77777
 地適正…77777
 その他適正…77777
 魔力…77777777


 
 ちょっと待て。

「わぁ、ゾロ目だわ」
「『わぁ、ゾロ目だわ』じゃないよ!!」
「きゃっ!?」

 私は取り乱して、ミラの肩をガッ、と勢いよく掴んで揺さぶった。
 だって、しょうがないじゃないか。こんな子供がイタズラで考えたような数値、今まで一度も見たことないんだから。

「魔法適正オール7万以上で!  魔力777万って!  一体、どうして、これで、魔法が、使えないのぉ!?」
「ちょ、やめ、のうみそ、こわれ、ぶぁぁぁぁ……」

 自分でも驚くほどの大声が出ている。歴史上で見てもかつて類を見ないほどの強大なその才能は、私という人間を狂わせるには十分すぎる情報だったのだ。

「ちょ、落ち着いて! 落ち着いてってば!!」
「はっ……ご、ごめん……」

 ミラに引き剥がされると同時に、私は正気を取り戻した。
 危なかった、このまま一生彼女を揺さぶり続けるだけの存在に成り果てるところだった。

「あたし、魔法の詠唱とか全然覚えられないし、魔力の組み立て? とかいうのも出来ないから……多分、魔力があっても使えないんだと思うわ」
「な、なんてもったいない……」

 彼女の言う通りいくら魔力があろうと、補助系統の魔法を使うには脳内で使う魔法に応じた魔力の流れを組み立てる必要があるし、攻撃魔法に至ってはそれに加えて詠唱も必要だ。
 それを覚えられないのならなるほど、確かに魔力以前の問題かもしれない。

「こっちに来てから割と本とか読んでるつもりなんだけど、なんかさっぱり頭に入って来ないっていうか……」
「だったら、前衛とかやった方がいいんじゃない? 戦士とか」
「あたしめっちゃ骨弱くて……」
「意外!!」

 結構男勝りな性格だから、割と肉体派なのかもと思ったけど違うようだ。

「それにほら、魔法ってめっちゃくちゃカッコいいじゃない!! ドーンってやったりズガガーンってぶっ放したり!! 」
「まぁ、たしかに……」

 語彙が有り得ないぐらい貧弱だけど、それには同意できる。
 カンパニュラが大火力の魔法を使ってるのを見るたびに思っていた。魔力さえあれば、私もあんな強大な魔法を撃ちたかったものだ。

 と、そんな事を話しながら書いているうちに、書類のとある事項のところで行き詰まってしまった。

「パーティ名、かぁ……」

 ここの場合は、センスが問われる。
 パーティの名前は、解体でもしない限り変えることは出来ないし、何より万に一つ出世でもした場合に、下手なパーティ名を轟かせたくはない。
 事実、Aランクパーティの一つに、ものすごくメンバーが強いのに、パーティ名がとても口に出来ないような卑猥なものであるため界隈からつまはじきものにされているところがある。

「パーティ名は後から登録していただいても大丈夫ですよ、悩みどころですし」
「じゃあ、そうします……」
「んー、あたしも思いつかないし、それでいいかなー」

 お姉さんの提案に、有り難く乗らせてもらうことにした。
 優柔不断な私では、この場ですぐに決められそうにはない。

「はい、それではパーティの登録は完了しました、今日からすぐにEランクのクエストを受注できるようになってますので、受けられる際はまた受付にてお伺いいたします! 」

 クエストは、一般人、はたまたお偉いさんなどから冒険者に向けて寄せられる依頼のことだ。
 難易度の高い順からA〜Eランクまであり、それに応じた報酬をもらう事が出来る。
 まぁ私たちは結成したばかりのEランクパーティなので、今はそれに相当する最低ランクのEランククエストしか受けられないけど。

「ね、せっかくだし結成記念に一個受けましょ! 景気付けに、ね! 」
「うん、そうしようか」

 ミラに言われるがままに、私たちはお姉さんに頼んで、クエストを一つ受注することにしたのだった。




「あっ、ここ! 10個目見つけたわ! 」

 ミラが嬉しげに、木の根元に生えてるベリーを採取して見せてきた。

「ミラ早いね、私まだ6個だよ」
「この調子でいけば日暮れまでには50個集まるわよね! 」

 私たちの受けたクエストは、高齢のおばあちゃんが出したらしい、ベリー採取の依頼だ。どうも最近、森から変なうめき声が聞こえて来て怖いとの事で、代わりに行ってもらえる人を探していたらしい。
 それを採るために、私たちは街の外れの森に来ているのだった。とても地味な依頼だけど、こういうのから地道に始めなければならない。

「あっちの方にいけばもっとあるかもしれないわ、行ってくる! 」
「あっ、ちょっとまって、それなら……」

 私の目から外れる場所に行こうとするミラを呼び止めて、私は頭の中で魔力の流れを組み立てる。

「《共鳴(レゾナンス)》」

 そして、私の唱えられる数少ない魔法の一つを、私とミラの両方にかけた。
 一瞬だけ淡い光が二人を包み込むも、数秒してからそれは収まった。

「え、何今の、何を……」
『これで大丈夫、行っていいよ』
「うわびっくりした! 頭の中に声が……!? 」

 私が心の中で喋った事が上手く聞こえたのか、ミラが驚いた様子で耳を塞いだ。
 これが、《共鳴(レゾナンス)》という魔法だ。この魔法の効果が続いている間は、心の中で意思を通じ合わせることが出来るし、その相手の居場所を割り出すことが出来る。
 例えば、小さい子供が遠くに遊びに行く時に、親がこの魔法を使っておけば、万が一の時に子供をすぐに探し出す事が出来るのだ。

「へぇー、こんな便利なのが……じゃあどんだけ離れても平気なのね? 」
「いや、私は適正が低いから500mが限度だね……あと30分しか持たない」

 平均の魔法使いであれば、10km以上は離れても全然平気なんだけど……ここもやはり、才能の差というかなんというか。

「そっか、じゃあさっさと採取しちゃいましょ」

 そう言ってミラは、タッタッタ、と私の見えない所まで駆け出して行ってしまった。

『……ほんとにあたしの声も聞こえるのかしら』

 あ、早速頭の中に声が響いてきた。どうやら半信半疑みたいだ。

『聞こえてるよ』
『わっ、ほんとに通じ合ってる!! すっごーい! 』

 トーンがかなり高い声が脳内にこだまする。何やらガッサガッサと草を踏むような音も聞こえるので、興奮してピョンピョン跳ねたりしてるのだろうか。いちいち挙動が可愛らしい。

 その後は15分くらい黙々と、ベリーを積み続けた。時々ミラが『聞えてるー?』とか、『あーあー、テステス』だとか確認してくる以外は、あまり脳内会話はしなかった。
 
『ね、ラズカは何で冒険者になろうと思ったの? 』

 沈黙を破ったのは、ミラのその話題だった。

『え? 冒険者になった理由……?』
『そう! あたしは成り行きでなったんだけど……せっかくだからお宝とか探してお金ガッポガッポ稼いで美味しいもの食べたいわ! 』

 自分の欲望に忠実な子だなぁ、ミラは。

 ……冒険者になった理由、かぁ。
 それはもちろん、ある。そのために冒険者になったのだ。
 だけどそれは……こんな私には、きっと到底無理な事で。きっと言ったら笑われてしまうだろう。
 そう思うととても怖くて、言い出す事が出来なかった。

『……言いたくないなら大丈夫、もっと信頼してもらってからでもいいから』
『そっか、ごめんね』

 いけない、ミラにも気を使わせてしまった。こんなんだから、私は。
 ますます自己嫌悪が強くなっていく。こういうところがダメだって、自分でもよくわかってるのに。

『でもラズカ、ひとつだけ聞いて、あたしは…………………きゃあっ!? 』
『ミラっ!? 』

 ミラが何かを言いかけたところで、大きな悲鳴をあげる。もしかしたら、何かあったのかもしれない。
 私はミラにかけておいた《共鳴(レゾナンス)》を辿って、ミラが居るであろう場所へと走っていく。
 意外にもすぐに、ミラは見つかった。遠目で見たら、尻餅をついているのがわかった。

「ミラ、何が……」
『来ちゃダメっ!! 危ないわ!! 』

 声が聞こえる範囲にいるのに、何故か脳内で叫び声をあげるミラ。一体何があったんだろう……。

「グルゥ………」

 --その理由は、ミラの目の前に居た『それ』を見て、すぐにわかってしまった。

「……あ、ぁぁ……」

 私の喉から、声にならない叫びが漏れ出ているのを感じる。
 仕方ないだろう、だってこればっかりは……命の覚悟をせざるを得ない程の相手が、そこには立っていたのだから。

 禍々しく伸びた、2本の巨大な角。
 口から飛び出る程に巨大かつ、幾重にも上下に重なり合う牙。
 まるで夜闇のような黒さを持ち、岩のように硬いであろう体皮と、一対の巨大な翼。
 古来より、様々なお伽話で、英雄譚で、伝説と謳われ続けてきた、『暴力』の象徴。

 そこに居たのは俗に言う……《ドラゴン》と呼ばれる怪物だった。

しおり