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不穏と無謀3

 視界に映るその相手は、魔力量的にはそこそこ多い。それこそ、駐屯地の管理者ぐらいの魔力量は在るだろう。しかし、魔力量が多いだけの未熟者なのは直ぐに判った。年齢は結構上だとは思うが、魔力があまり使いこまれていないのが容易に判ったから。
 魔力が使い込まれているかどうかを何となくでも判断するには、魔力回路を視れば判る。使い込まれている、つまりは魔法をかなり使用しているような練度の持ち主の魔力回路は、重厚で硬質な感じになっている。ただ、正確に判断するのはかなり難しいので、細かい部分は何となくでしかないが。
 その観点からみて、こちらに向かっている者は年を重ねている割に、魔力回路が若そうなのだ。それが示すところはただ一つ、その膨大な魔力に胡坐をかいているだけの無能。
 それでもナン大公国は魔力量を最も重視する駄目な国なので、あんなのでも結構位が高いはずである。魔力量的に貴族と言われても納得出来よう。それはつまり、そんなゴミ相手でも気を遣わなければならないということで。

「はぁ」

 相手が部屋の近くまで来たところで、扉が開く前にそっと息を吐く。そして気を引き締めたところで、扉が開かれた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 扉から入ってきたのは、四十前後ぐらいの壮年の男性が一人。部屋の外の入り口近くで案内していた兵士が二人とも立ち止まったので、見張りかなにかだろう。
 入ってきた男性は部屋の落ち着いた上品さとは反対に、華美なだけで品の無い服装に身を包んでいる。勝手な思い込みだが、見た目の印象は所謂成金というやつだろうか。
 身長はボクより少し高く、百八十センチメートルぐらい。しかしよく見れば、巧みに偽装されているが、靴底が結構厚い。
 髪は後ろに綺麗に撫でつけられているが、香水を大量に振りかけているのか、においがきつい。顔は整っているのだが、服装同様に品が無く、欲望に忠実そうな淀んだ目をしている。
 一応その男性が入ってきたところで席を立ってみたが、男性はこちらを見下すように一瞥だけして、向かいの席にドカリと乱暴に腰掛けた。
 その尊大な態度に不機嫌そうな雰囲気は、面倒な予感しかしない。
 男性は座ったまま何も反応が無いので、とりあえず腰を下ろす。すると、向かいの男性は不愉快そうに片眉を上げた。
 しかし、何も言ってはこないようなので、気にしないことにする。それに、この人が誰なのかボクは知らない。会った事もなければ、見た事もない。
 部屋に静寂が満ちるが、こちらは一方的に呼ばれただけなので、話す事はない。状況説明を求めたいが、ここは相手の出方を窺う方がいいだろう。こういう相手はこちらから話し出すと苛立ちそうだからね。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 何か喋ろよと思ったが、男性は何か話すでもなく値踏みするような無遠慮な目をこちらに向けてくる。それがもの凄く居心地が悪い。思わずその原因を消し炭にしたくなるほどの不快感だ。
 そのまま暫く無言の時が流れたところで。

「お前がオーガストか」

 無理に低い声を出しているような声音で、男性が話しかけてくる。やっと口を開いたか。

「はい、そうです。本日はどのような御用件でしょうか?」

 頷きつつ、本題を促す。そうすると、男性は「うむ」 と何やら芝居がかったように頷いて、本題を話し始めた。
 そこまではまぁ、よかった。礼を失した態度でも、小物がやれば滑稽で様になっていたのだから。ただ、本題の方がため息しか出ない内容だった。
 その本題について思い出す前に、まず目の前の男性の名はスキャフト・ロウというナン大公国の貴族らしい。そして、肝心の本題だが、今回わざわざボクを呼びつけたのは、彼の息子に代わって苦情を、というか半ば脅迫をしにきたようだ。
 それだけで呆れるも、肝心のその息子について、ボクは記憶に無い。だが、目の前の男性が言うには、彼の息子――リチャード・ロウという名前らしい――もジーニアス魔法学園の生徒らしく、また入学した時期がボクと同じだったのだとか。
 そんな息子が彼に告げた話では、どうも二番目のダンジョンを攻略する際に、ボクが彼の息子を罠に嵌めて貶めたらしい。残念ながらボクにはその事について全く記憶は無いのだが、そもそも第二のダンジョンを攻略する頃と言うと、はじめてペリド姫達と一緒パーティーを組んで攻略した辺りだろう。
 第二のダンジョンはクリスタロスさんが住まうダンジョンだが、ダンジョン内に召喚されている魔物は楽しめないぐらいに弱い。そして,
ボクは途中でクリスタロスさんと出会ったので、ダンジョンの最奥までは行っていない。
 男性の話が事実だとしたら、それまでの間の出来事だと思うのだが・・・少なくとも何かしらの小競り合い程度はあったのかもしれない。
 話し終えてこちらを尊大に睨む男性の姿を眺めながら、第二のダンジョンに入る前から、クリスタロスさんのところに至るまでの間について思い出していく。

「・・・・・・」

 ダンジョン前に集合した後、それからダンジョン内に入って、それで森の中に出たんだったか。そのあと進んで・・・その辺りで何かあったような? えっと・・・そういえば、誰かに絡まれたような気が?
 その辺りの記憶を掘り起こそうと集中すると、朧気ながらも思い出していく。そういえば、男子生徒に絡まれたような記憶がある。原因は定かではないが、こちらは悪く無かったような記憶が在るのだが・・・。
 そう思い目の前の男性の方に目を向ける。相変わらず尊大な態度でこちらを見下したように眺めているが、彼の中では決定事項なのだろう。その態度からはこちらの話など聞く気が無いように見受けられる。それでも一応話してみるか。少しずつ記憶も鮮明になってきたことだし。

「あの」
「なんだ? 貴様の謝罪程度では赦されんぞ?」
「いえ、そうではなく。そちらの話と私の記憶では差異があるようでして」
「差異? 言い訳をしても無駄だぞ?」

 胡散臭げにこちらを見ると、不快げに鼻を鳴らした。
 少しイラっとしたが、とりあえず思い出したダンジョンに入る前の絡まれた出来事と、ダンジョン内で攻撃された出来事を丁寧に話した。つまりはあの男子生徒がリチャード・ロウなのだろう。
 しかし、説明を終えても男性の態度は変わらない。彼の中では、今の話はただの苦し紛れのいい訳なのだろう。どうやら本当に話を聞く気はないようだ。

「ふん! そんな無様な言い訳が通ると思うか! お前は私を舐め過ぎだ!」

 どっちがだよ! と言い返したいところだが、ここはぐっと我慢して、穏やかに返すように心がけなければならないだろう。こんなゴミでも一応は貴族だ。問題が発展して、最悪国を亡ぼすことになるのは面倒だし。それに、なかにはまともな貴族も居ると信じよう。
 しかし、どうしたものか。事実を述べても欠片も聞く気がないようだし、今までの言動から見るに、これは面子のようなものだと思う。ジーニアス魔法学園には結構お偉いさんの子弟が集っているので、そこでやらかした息子の失態をどうにかしたいのだろう。つまりこの男性は、本当は事実を知っている可能性もある訳で。実に厄介なものだ。
 そんな可能性を頭の片隅で考えつつ、目の前のゴミに返答する為に口を開く。

「いえいえ。ロウ殿の見縊ってなどおりませんとも。ただ、先程話したのが事実なだけです」
「ほぅ。それはつまり、お前は私が嘘つきだと言いたいのか?」

 つい気持ちが先行してしまい、少々尖った言い方になってしまったが、勝ち誇ったようないやらしい笑みを浮かべるゴミに、今の反省も忘れて、はいそうですと頷きたい気持ちになるが、ここもぐっと堪える。

「いえ、そんな事はありません。どうも、互いに認識の不一致が在るようで」
「認識の不一致? はっ! 君の捏造だろ? よくて記憶違いだ。少し時が経っているからな」

 馬鹿にするように笑いながら、憐れむような目を向けてきた。
 その態度にイラっときて、つい殺すかとか物騒な思考が一瞬脳裏に過ったものの、直ぐにその考えは頭の外に追いやる。
 しかし、このままは不味い。このゴミの目的は、ボクに謝罪させたいのだ。それも大勢の前で。多分そこそこのお偉いさんの前でさせたいのであろうが、正直それは無意味なことだ。ボクが謝罪したところで意味は無い。流石に目の前のゴミもその辺りは理解しているのだろうが、もうそうしなければならないところまできているのかも知れない。このゴミの家の事などボクには関係のない話だが。
 関係ないはずだが、だからといってゴミが諦めるとも思えないので、どうするか考える。まず直ぐに思いつくのは、殺すこと。しかし、それはそれで難しい。人を一人亡き者にするのは大変なのだ。といっても、死体の処理は魔法で分解してやれば済むので、問題はそこじゃない。面倒なのは、社会的な方の話だ。
 たとえばの話。今ここでゴミ処理をしたとして、その死体も完璧に処理したとしても、ゴミが部屋から出てこないのは問題だ。ここは兵舎なので部屋の外には兵士達が居るが、その兵士達はここにボクが居る事も、ゴミが居る事も知っている。そんな中でゴミが消えたら、真っ先に疑われるのはボクだろう。部屋には他に誰も居ない訳だし、これは当然の帰結である。
 死体が残らないのも面倒なことになる可能性もあるので、もしも殺害という手段を取るならば、ここでは駄目だ。この場は適当にいなして、ボクから離れた時に消すとかしなければいけない。それも病気などの突然死を演出した方がいいだろうな。
 まあとにかく、殺害は駄目だ。ではどうするか? 少し考えると、一つの魔法に思い至る。それは禁忌故に、使わないように記憶の片隅に追いやった魔法である、精神干渉魔法。
 精神干渉魔法にも色々あるが、今回は記憶への干渉だ。といっても難しいことをするのではなく、ちょっと記憶を改変するだけ。
 ゴミが最初にこの話を聞かされた時は分からないが、ボクが一年生の時の話なので、結構時間が経っている可能性が高い。そんな昔の事を改変するのはちょっと時間が掛かるので、もっと簡単に分かりやすく、この会談でこちらの都合がいいように事が運んだことにする。これで解決だろう。
 相変わらずゴミが優越感に浸っている目を向けてきているが、憐れなそれは無視して、魔法の発現を準備する。準備するといっても数秒程度だ。
 直ぐに準備が整うと、早速魔法を発現させる。
 ゴミは技術はないが魔力量は在る。ただし、それは一般的な人間の魔法使いの基準では、でしかない。人間界の外の世界での基準で考えれば、むしろ少ない方。ではボク自身と比べてみるとどうかだが、ゴミは魔力が無いに等しい。
 そんな相手なうえに、数秒とはいえしっかりと時間を掛けて構築した精神干渉魔法であるのだから、抵抗など皆無。発現と同時に簡単に精神干渉魔法に掛かった。

「・・・・・・のはいいんだが、あんまり使っていなかったとはいえ、加減を間違えたか?」

 精神干渉魔法はほとんど使用してこなかった魔法だ。それでも魔法の発現には問題ないのだが、念のためにと丁寧に魔法を構築した。前回エルフのリャナンシーを逃がした際に簡略化して使用した結果があまりにも不気味だったから。しかしその結果、予想以上の効き。

「・・・さて」

 目の前の虚ろな表情の人間を眺めながら、どうしたものかと思案する。目の前の人間は、どう見ても完全に精神を掌握し過ぎて人形状態になっていた。
 幸いなのは、この部屋にはボクとこのゴミ以外には誰も居ないこと。扉の外には兵士達が立っているようだが、どうせこのゴミが第三者を嫌がったのだろう。
 まあそれはいいとして、一応元には戻せるので、とりあえず当初の予定通りに、この話し合いはボクの説明にゴミが納得して円満に解決したという記憶に改ざんしていく。この辺りは経験が不足しているが、それでも手順や匙加減は問題なかったので、直ぐに終わった。
 自分では完璧に出来たと思うが、少々不安に思いながら精神を戻すことにする。後遺症も無く戻ってくれることを祈りながら。
 緊張しつつ、精神干渉魔法を解除する。失敗したらこのまま廃人として過ごすしかなくなってしまうので、それは流石に少し気の毒だ。その際は楽にしてあげよう。
 そんな事を考えつつ様子を見ると、精神干渉魔法を解除と同時に顔を俯かせたゴミが動き出し、こちらへとゆっくり顔を向ける。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 まだ虚ろげな瞳と少し見つめ合うと、段々と瞳に正気の光が戻ってきた。

「・・・大丈夫ですか?」

 無事に意識が戻ったことに内心で安堵しつつ、素知らぬ顔で心配そうに問い掛ける。

「え? あ、ああ。大丈夫だ。すまない、少しぼうっとしてしまったらしい」

 ボクが掛けた声に反応して急に動き出したゴミは、周囲を素早く確かめるように目を動かした後、ボクに目線を固定して頷いた。会話が円満に終わったということになっているので、先程に比べて随分と柔らかい答えだ。それでも尊大な部分はまだ残っているようなので、素でこれなのだろう。

「そうでしたか。無事なのでしたら良かったです」

 笑みを浮かべながら、無難にそう返しておく。ちゃんと記憶の方の改ざんも済んでいるようで一安心だ。

「ははっ! 要らぬ心配を掛けさせたな。それでえっと、すまぬが、どこまで話しをしただろうか?」

 記憶の改ざんは無事に出来たようだが、まだ少し混乱しているようだ。しかし、どこまで話したかと聞かれても困るのだが、そうだな・・・。

「丁度、私との問題がご子息の勘違いだったという話が済んだところです」

 折角なので、結果を知る為に踏み込んで確認をしてみる。

「あ、ああ、そうだったな。今回はわざわざ呼び出してしまって、すまなかったな」
「いえ、双方の誤解が解けて何よりです」

 記憶の改ざんが上手くいっていたのを確認して、安堵の笑みを浮かべて言葉を返す。これで面倒な話が終わる。もうこんなのの相手は嫌だ。
 そういう訳で立ち上がると、ゴミも立ち上がり一緒に部屋を出る。ゴミが外で兵士に用事が終わった旨を伝えている内に、ボクは他の兵士の案内に従い、先に兵舎の外に出る。
 外に出ると、太陽がかなり傾いていた。もう少しで夕方になりそうなので、今日の休日は丸々潰れたという事か。少し腹立たしいが、今更何か言ってもしょうがないだろう。
 自分にそう言い聞かせて気持ちを抑えながら、宿舎を目指して歩いていく。

「しかし、相変わらずろくな奴じゃないな。あれは親に似たのだろう」

 迷惑を掛けられた少年を思い出したことで、その事に憤慨する。あの時も不快だったが、まだ迷惑を掛けてくるのか。

「・・・んー。しかしこれは、根本に対処しなければいけないのだろうか」

 あのゴミについては問題ないだろうが、その大本であるゴミの子どもについても対処しなければならないかもしれない。その事に思い至り、面倒くさいことになったなと、そっとため息を吐く。この際要らぬ矜持など失った方がいいだろう。ただ問題は、あれが今どこに居るかだ。まだジーニアス魔法学園に在籍しているのか、それとも挫折して戻って来ているのか。

「あれが話を聞いていたということは、帰ってきているのか?」

 性格は論ずるに値しないほどに酷いものであったが、実力の程はそこそこ高かったので、それなりに進んでいてもおかしくはない。

「うーーん」

 それならば、一度実家に戻ったということになる。流石にここまで進級しているとは思えない。それか伝言を誰かに託したのか。
 たとえそうだとしても、どこまで話が伝わっているかも心配した方がいいか。今回のゴミが単なる使いっぱしリとは思えないが、今回だけで全て終わりとも思えない。貴族とは、本当に厄介な生き物だな。

「・・・うん?」

 そこでふと自分の思考に違和感を覚えるも、それも微かなモノで、気のせいだと直ぐに思い直す。
 そんなことよりも、今考えるべきはもしも次が来た場合だ。その場合、少数であれば今回のように精神干渉魔法でなんとか対処可能だろう。しかし、大人数で来られた場合は、少々面倒なことになる。力押しは出来るだけしたくはないが、大人数で来る可能性はかなり低いだろうから、今はそれを考慮しなくてもいいか。
 とりあえず、あれの動向を監視しながら今後について考えるとしよう。
 これに関しては、自分でやっておくか。世界の眼も単体の対象の監視であれば、そこまで負担ではない。条件だって結構絞ればいい訳だし。
 そういう事で、監視を開始する。ほぼ映像だけに頼り、音声は無し。詳しい情報もあまり取得していない状態なので、ただ動向を眺めているだけだ。頭の片隅でその映像を常時監視しつつ、一旦この問題を終える。

「しかし、折角の休日だったのにな・・・」

 試したい研究もあっただけに、休日が一応の終わりを迎えたので、その考えが浮かぶ。これから行こうという時だったうえに癒しの時間でもあったから、余計に腹立たしい。今からでも何か嫌がらせでもしてやろうかと思ったものの、それは自重した。

「さっさと戻ろう」

 歩く速度を上げて進んでいく。それでも宿舎に到着した頃には日が暮れていた。今日は無駄な時間を過ごしたな。変化を望んでも、こういう刺激は求めていないのだが。





 そこは奥深き森の中に在って、急に開けた直径四十キロメートルほどの円形の広場。
 その広場には、石で造られた建造物がかなりゆとりを持って建てられており、そこかしこに何者かが暮らしていた痕跡が容易に確認出来るが、現在そこには誰も暮らしてはいない。とはいえ、建造物の様子を見るに破棄された様子はなく、それどころか未だに何者かがしっかりと管理しているのが窺える。
 他に目を惹くのは、その建造物がやけに大きく造られていることか。それこそ人間向けではなく、少なくともその倍以上の大きさの者向けに造られているのが、建物の高さから判る。なにせ建物の入り口からして、人間界を囲む防壁の各門並。もしくはそれ以上に大きいのだから。
 森の中に突然現れたその広場には静寂なる時が流れていたが、その静寂を破るドシンドシンという腹に響くような重たい音が遠くから近づいてくる。
 広場を囲む森は深いものの、木々の間隔はかなり広い。太古の樹とでもいえばいいのか、あり得ないほどに太い幹に、高さは見上げても頂上が見えないほど。それでいて、枝葉は天を覆うかのように広がっている。
 重い音は、その森の中を広場目指して進むように響いていきている。
 暫くして重い音と共に広場に姿を現したのは、一人の巨人。身長五メートルあるかどうかだが、人間をそのまま大きくしたような見た目で、幾つもの獣の皮を繋げた皮鎧を見に纏っていた。
 その巨人は肩に大きな岩が担ぎ、広場の中を進んでいく。

「グウウゥゥッ!」

 重い足音を響かせて広場の中央近くまでやって来ると、そこには巨人が担いでいるような大きな岩が積み上げられている場所が在った。
 岩を担いでいた巨人は腕に力を込めると、そこに大岩をそっと下ろした。

「ふぅ。随分と岩も溜まってきたな」

 大岩を下ろした巨人は、一見乱雑に積み上がっている様に見える大岩を見遣りながら、息を吐きつつそう呟く。

「しかし、この岩は何する為の岩なんだ?」

 大岩を運んできた巨人だったが、その大岩の用途までは聞かされていなかったようで、首を傾げて疑問を口にする。しかし、周囲には誰も居ないので、それに対する答えは得られない。

「まあいい。次の岩を探しに行くか」

 巨人は気持ちを切り替え、頭から疑問を追い出すと、踵を返して来た道を戻っていく。
 それから程なくして、別の方向から重い足音を響かせ新たな巨人が近づいてきた。





「ふぅん」

 そんな巨人達の様子を、上空から眺めている暗褐色の艶めかしい肌を持つ一人の女性が居た。

「また面白――余計なことしているみたいですね」

 椅子にでも腰掛けているような恰好で空中に浮かびながら、女性は艶やかな自分の唇にほっそりとした美しい指を当てて、思案しながら眼下の光景に目を向ける。

「それにしても、こういう形で我らが女王に反旗を翻しますか。いえ、この場合は嫌がらせかしら? あの方は別に女王の部下ではありませんものね」

 どこか笑うように口にしながら、女性は森の更に奥へと目を動かす。しかしそれも一瞬のことで、直ぐに眼下へと目線を戻した。

「もっとも、何かしらするのは予定通りですが・・・それにしてもこの程度ですか。期待外れですね」

 失望したような言葉ながらも、しかしその声音には多分に面白そうな響きが含まれている。
 女性は嫣然としながら眼下の観察を続けるも、その目は背筋が凍るほどに冷たい光を放つ。

「それにしても、まだ準備段階の更には初期段階とは。気長なものですね。これはまだまだ時間がかかりそうですから、代わりの者に任せても問題なさそうですね」

 そう言うと、女性は遠くに目を向けて何処かへと連絡を行う。程なくして連絡を終えると、女性は森全域に眼を向ける。

「巨人というのは、存外数が多いものですね。まぁ、これだけ広大な森を管理しているのを思えば納得ですが」

 女性は単独で、直線距離で五千キロメートルを超える場所も在るほどに広大な森全域を容易く監視してみせると、小さく口元に笑みを浮かべた。

「しかしまぁ、何度確認してもやはり隠れるのが下手ですね。もっとも、あれで隠れているつもりならですが。それにしましても、これをどう処理なさるのでしょうか? このままでも大したことにはなりませんが、それでも面倒なことにはなりそうですね」

 監視しながらそう思案するも、その答えを出すのは女性ではない為に、早々にその考えは横に措く。
 そうして時間を潰していると、女性の近くで魔法が構成された。一瞬のその反応に女性がそちらへと顔を向けると、そこには全身を鎧で覆った様な男性が一人と、身体の一部を鎧のようなもので覆われている男性が二人、姿を現す。

「あら、貴方が来るとは意外ですね」

 全身を鎧で覆った様な男性を目にした女性は、驚いたように口にした。

「別に私が君の代わりではないよ。今回は代わりになるこの二人を連れてきただけだ。それと、一応現状をこの目で見ておこうかと思ってな」
「なるほど、そうでしたか。それで、実際に見た感想はどうです?」
「そうだな・・・つまらない、だろうか」
「ああ、やはり」

 男性の感想に、女性はそうだろうなと頷きを返す。女性が監視の交代を要請した理由の一つは、まさにそれなのだから。

「まあいい。それよりも、この者達が引き継ぎ要員だ。何か申し渡しがあれば、今の内に済ませておくといい」
「そうですね・・・特にないですね。まだ監視しているだけで、何事も起こってはいないですから」
「そうか。では、戻るぞ」
「ええ、そうですね。それでは、後を頼みましたよ」
「「はっ! 御任せください!」」

 男性の後ろに控えるように立っていた二人の男性が勢いよく声を出して了承したのを確認した女性は満足そうに頷くと、前に立つ男性の方に顔を戻す。

「では戻りましょうか」
「うむ」

 女性の言葉に男性が頷くと、二人は一瞬でその場から姿を消す。後には一部が鎧のようなモノに覆われている二人の男性が残された。





 退屈な日常。まぁ、それにも大分慣れてきた。それこそ日常なのだから、当然と言えば当然だろうが。
 見回りも何事も無く終わったが、前回の休日で研究が行えなかったので、進展の方は乏しい。最近結構進展していたからいいが、罠の様子ぐらいは確認したかったな。
 クリスタロスさんのところへの転移自体は宿舎からでも出来るのだが、それは色々と面倒だからやめておく。それに一回見送ったぐらいで罠が駄目になっているようであれば、今回の罠は失敗という事になる。なので、それはまあいい。でもなぁ、色々と試したい事があるんだよな。異世界との扉の模様ももうすぐで最適化できそうな気もするし。
 そんな不満を抱きながら従事した見回りが終わった翌日からは討伐任務だ。前回討伐数が大分稼げたのでまた安全圏に入っているが、油断せずにいこう。あと少しだし。

「しかしまぁ、今回は平和なものだ」

 門前で待っている間、そんな事を思う。今までの各門では、大なり小なり面倒な事があった。今回も不穏な動きはあるものの、それでも表面化していない分、平和である。このままボクの感知せぬところで事が進めばいいのだが。それでいてボクに影響がないなら喝采を送りたい気分ではあるが、そう都合よくは進まないだろう。なにせ死の支配者の標的は全世界なのだから。
 面倒なものだと思うも、そうも言ってはいられないだろう。かといって何か対策も取れないし、罠も設置型が何とかぐらいだし。
 もっと研究しなければと思うも、その為にもクリスタロスさんのところに行きたい訳で・・・やめよう。結局そこに行き着いてしまうのだから。
 頭を振ると、何か別のことはないかと思案を巡らす。研究以外となると・・・何があったっけ? 手持ちの本は読み返すだけだが、内容は全部覚えているからな。
 困ったものだが、暫く思案して何も無い事に行き着く。あれ? 研究以外には何も無い・・・のか?
 そんな筈はないと思い直し、もう一度思考を回転させていく。きっと何か新しい趣味的な何かを発見できるはず。

「・・・・・・んー」

 空を見上げて考える。まだ若干の暗さが残っているものの、綺麗な青空が広がっている。やや冷えた空気に包まれながら、人が集まるまでもう少し時間が掛かりそうだと頭の片隅で考えつつ、研究以外の楽しみについて思考していく。
 まずは読書だ。しかしこれは先程思い出した通り、現状では手持ちには新しい本が無いので、どうしようもない。というより、これから討伐任務なのだ、本を読みながらの討伐は手間だ。
 では他にはと考え、彫刻が頭に浮かんでくる。しかし、これも読書同様に討伐しながらは大変なので、却下となる。
 次は何かないかと考え、昔やっていた魔法の改造を思いつく。改造と言っても、既存の魔法を組み直したり合わせたりして、新たな魔法や改良した魔法を創ろうという行為。これなら討伐しながらでも可能ではあるが、研究とあまり変わらないような気がするので、今は保留としよう。
 では次に何かないかと必死に考える。もしかしたら新しい趣味を見つけられるかもしれないと、淡い期待を抱きながら。

「んー・・・んぅー」

 ゆっくり流れる雲を目で追いながら、他に何かないかと考える。気づけば結構な時間が経過していたようで、もうそろそろ出発の時間だろう。
 もうすぐ時間がきてしまうが、ギリギリまで他に何かないものかと頭を働かしていく。しかし、時間がきても何も思い浮かばなかった。しょうがないので、今回は魔法について考察してみるとするか。気分転換には・・・多分なるだろうさ。
 そう思いつつ、集まった者達と共に門の外へと出ていく。
 平原は相変わらずで新鮮さは乏しい。門付近は戦っている者達が多いので、早々に移動を開始する。
 背後から付いてくる監督役は相変わらず鬱陶しいものの、それに構ってもいられないので、居ないものとしておくか。
 さて、一定数は稼がなければならないので、サクサク進んでいこう。今回は二日の予定なので、ぐずぐずもしていられない。
 歩く速度を上げて進みながら、視界に入る誰も戦っていない相手に向けて進んでいく。たまにその途中で取られたりするも、それもまぁ、よくある話だ。
 それにしても、任務期間も後半になっているのだから、もう少し討伐期間が在ってもいいと思う。東門だと最後はずっと平原に出ている状態だったのにな。
 ついそんな事を考えてしまうのもしょうがないと思う。なにせ討伐規定数は東側平原と然して変わらないというのに、討伐期間が南側はかなり少ないのだから。いくら戦闘回数や一度で遭遇する数はこちらが多い傾向があるとはいえ、これでは期間内に終わらず延長戦に突入する生徒が多く居そうだ。
 今のところボクはぎりぎり何とかなりそうだが、それもどうなるかはまだ不明。それは今回の討伐数次第でもあるな。

「えっと、次は・・・」

 獲物を探して周囲を探っていく。敵は居ても相手が不在の敵はそう多くはないので、探すのも一苦労だ。もっと南側を目指していかなければならない。
 二日という短い時間でしっかりと一定数の討伐を行うべく、ほとんど走るような速度で南へと移動していく。これはこれでまぁ、いいのだろう。

しおり