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外伝「英雄シャノンの凱旋(1)」

 シャノン・ウォルフォード。彼は今や世界中に名を轟かせる冒険者であり、「勇者」の称号を認められた超人である。剣の腕は超一流であり、魔法も高等魔術までを悠々と使いこなす。凡人の誰もが思うだろう。英雄シャノンになりたい。雷声シャノンのように崇められたい。
 しかし、彼自身の思いは違う。

 故郷ルテニア王国。その有力貴族ウォルフォード家の長男として生を受け、何一つ不自由なく暮らしてきた。そんな彼が冒険者になったのは、ひとえに父ドラガンの野望のためだったと言ってもいいだろう。
 宮廷魔術師たちが、数ヶ月練り上げた魔力をもって行う転生の儀式。別次元の異世界より優れた人材を召喚するための儀式によって、リュウが呼び出された。彼の能力はすさまじく、真に勇者となるべきはこのリュウだった。

 だが、ここでドラガン・ウォルフォードは、その圧倒的な影響力でもって横槍を入れる。魔王アルビオンの討伐ではなく、ルテニア王国の国威発揚を主眼とした時、果たして転生者頼みで良いものか。
 その横槍は成功し、シャノンこそが真の勇者であるという「託宣」が捏造された。これはノヴァ教の運命神であるリディエがそう告げたのだと発表されたが、これも彼女を祀ったプラタプ神殿の祭司長が作成したものである。

 自分は、作られた英雄である。

 この事実は、常にシャノンの心の中でどす黒い闇となって渦巻き続けた。それが結果としてリュウをパーティーから追い出し、さらにはロジャーの離脱を招き、ついにメルとも喧嘩別れする結果となってしまったのである。
 現在の自分の姿を皆が見たら、指差して笑うだろうなと彼は考えていた。

「浮かない顔ね、英雄将軍殿」

 シャノンは声を掛けられ、思考の海から浮かび上がってきた。
 視界は再建途中のローレンス城を捉え、自分がどうしてここにいるのかという経緯を改めて報せてくれる。シャノン・ウォルフォードは、王国の摂政メルバ・ラヴィンドランの頼みを受け入れ、英雄将軍として故郷に凱旋したのだ。これから門をくぐり、アンブラム通りを凱旋行進し、メトカルフ競技場にて将軍への就任式が行われるのである。
 突然の悲劇に見舞われたルテニアにとって、シャノンの帰還は一大国家事業であり、魔王軍のただならぬ動きが噂となって伝わる中での、挙国一致のための儀式なのだった。
 その重責を担うことになる彼が振り返った先に、青髪の少女がいた。彼女の名前はジャンヌ・ダルク。王室の外交および軍事顧問であり、シャノンが帰還してくれるまでアルミラの傍にいてくれた人物だった。

「あまり、こういう場は慣れていないんだ。今までは気ままな冒険者だった。でも、これからは違う。俺が国を引っ張っていかなければならない」
「そうよ。貴方の活躍いかんによって、この国はさらに栄えもするし、衰えもするでしょう」
「死んだ父上のためにも、アルミラのためにも、必ず栄えさせてみせる」

 ドラガンはローレンス城の崩落に巻き込まれて死んだ。ちょうど出仕していたことが仇となったのだ。その後の動きは、まさしく激烈な政治の結果として表れる。
 ローレンス城崩落は事故か事件か不明であったが、魔王軍の関与が濃いという情報が得られたため、市中では「ローレンスの悲劇」、宮中では「王国第四事件」と呼称され、国家的緊急事態として位置づけられた。
 国王ハーシュ2世もまたこの惨劇に巻き込まれて死亡したため、4歳の幼王であるフランツ3世が急遽立つことになった。摂政には彼の母親であるメルバ・ラヴィンドランが就任している。

 そして、フランツ3世の婚姻相手として、シャノンの妹であるアルミラ・ウォルフォードが選ばれ、同時にシャノンへの帰還要請が出た。
 シャノンは帰ってきてすぐ、自分の存在が必要なことを確信する。先述の通りに国家の再構築が進められているとはいえ、他の有力貴族はなおフランツ3世を後継者として不適格だと断じ、反乱を起こしてでも王位を奪わんとしていた。もしもフランツ3世が殺され、ヴェネガス王朝が途絶えた場合、婚姻者であるアルミラの命も危ないのは必定である。
 そんなことはさせない、と彼は考える。アルミラは可愛い妹である。政治の舞台などに立たせたくはない、一個の人間としての幸福を全うしてほしい相手である。しかし、今や表舞台に引きずり出されてしまった。ならば、彼女を守る盾に誰がなるのだ。自分がなるしかない。そのように思い至り、メルの説得さえも振り切って、ルテニア帰還を果たしたのだ。

「貴方は今も深い悲しみの淵に沈んでいる」

 ジャンヌが言った。彼女はゆっくりと歩きながら時々立ち止まって、シャノンの顔を見上げる。シャノンの体格からすると、ジャンヌのそれはだいぶ小さくなるのだった。

「そんな中で、なおも国家のために尽くそうとしている。こんなに親孝行で、こんなに誰からも愛される人はいない。私は貴方の帰還を歓迎するわ」
「ありがとう、ジャンヌ。帰ってきた俺の前で、父の死や妹の運命に対して涙を流してくれたことを、一生忘れないし、恩義として捉えよう」
「ごめんなさいね。私こそ恥ずかしいところを見せてしまった。でも、ウォルフォード卿はすばらしい人物だったし、先王陛下にもお世話になったから、つい。何より貴方の妹はかわいそう。まだ6歳なのに、この先の人生を定められてしまった」
「ああ。俺のように冒険者になることもできない。自由に誰かを愛することも許されない。だから、せめて……静かに暮らせる豊かで平和な王国を作り上げたいと思う」

 シャノンはジャンヌについて、すばらしい人格者であると感じていた。初め王室の外交および軍事について深く関わっていると聞いた時は驚いたのだが、彼女の見識は紛れもなく三大陸で随一のものであるとの評判を耳に入れ、また実際に話してみてそれが正しいことを確信しつつあった。

「だから、今後もルテニアに力を貸してほしい。この国には貴方が必要だ」
「もちろん。今が大変な時だからこそ、全力を尽くすことにする。摂政殿下もそれを望んでくださった。私はそれに応える義務があるし、そうする意志がある」
「貴方がいれば、必ずやこの危難も乗り越えられると信じている」

 戦鼓の音が響いた。シャノンのもとにも芦毛馬が届けられる。

「さあ、貴方のお披露目よ。また夜に会いましょう、将軍閣下」
「行ってくる。ヴァスーダの加護を」

 戦いの女神の名を呼び、シャノンは芦毛馬にまたがった。ジャンヌは城の中へと消えていく。門の向こうから歓声が聞こえてきた。

「閣下、よろしければ御下知を」

 ルテニア王家に長く仕える将軍、グスタフ・ヴァルカニア・ロズランの声が響いた。完全武装の彼は戦場で尊敬を集める男であり、宮廷では古き良き貴族の伝統を守る才人でもあった。
 シャノンは英雄将軍という称号のもと、数多い武功を重ねてきたロズランよりも上位に置かれている。
 彼は不満だろう、とシャノンは思っていた。しかし、それを口に出すことはなかったし、無論声に出して謝罪することもなかった。彼が格下になったのを納得するほどの働きを見せればいいのだ。それが上に立った者の務めである。

「諸君」

 シャノンは叫んだ。雷声の面目躍如とでも言うべき激烈な声が、門前はおろか城さえも揺るがし、さらには門外の歓呼の声さえもかき消した。

「今こそ偉大なる道を歩む時だ。友を失った者もいるだろう。家族を失った者もいるだろう。私はそのすべてを背負おうではないか。それが将軍としての役目であり、貴族としての義務であり、英雄としての尊厳である。諸君らの魂は、常に私とともにある。さあ、怒りと悲しみに包まれた民たちに、我らなおここに立てることを証明しようではないか」

 大きく腕を振り、真紅のマントを翻す。

「開門」

 門が開き、太陽の光が射し込む。兵士たちが叫び、将軍が吼える。民衆はそれを聞いて初めは慄き、それから歓呼を爆発させる。前進の戦鐘が鳴り、隊列が動く。監視塔の兵士が旗を降った。その上にも、ルテニアの国旗は堂々とはためいている。
 ある人はそれを熱狂と呼ぶだろう。
 ある人はそれを狂乱と呼ぶだろう。
 だが、絶望の底から引きずりあげてくれる手が差し伸べられた時、人はかくも希望の炎を瞳に燃やす。
 壮絶な歓声が鳴り響く中、シャノンたちの勇壮な隊列は力強い表情で歩んでいく。徒歩の者も馬上の者も、誰もが新しい王国の旅立ちを信じている。その中心にいるのが、英雄将軍シャノン・ウォルフォードなのである。

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