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第91回「チャンドリカ始動」

 チャンドリカの会議室に、さらに多彩になった面々が集まった。プラム、サマー、スワーナ、サリヴァ、シェルドン、エンリケ、ディー。彼らは皆、この城をより良くするための力を有している。

「会議を始める。チャンドリカ、現状の報告を頼む」
「了解っす。現在、この城の財務状況は良好っす。ただ収入がほとんどないので、急いでその点を改善しなきゃいけないっすね。水と食料も豊富にあるものの、これもロンドロッグとの取引に依存している状態っす。できればこの城だけで自活できるようにして、拠点としての有用性を高めるのはいいっすね」
「ありがとう。財政問題については後ほど僕から提案を出す。食糧問題はディーに開拓を任せたい」
「専門じゃないですけど、何とかやってみます」

 今は宣伝の効果を期待する場面ではない。ディーには悪いが、文字通りの畑違いの場所でやりくりしてもらう他ないだろう。

「農耕や牧畜に関する本は、すでに仕入れてあるよ」
「そいつはありがたい」

 サマーの言葉がありがたかった。考えてみれば、彼女も現地での食料調達などで技能を持っているかもしれない。開拓担当はサマーに任せるべきだろうか。
 いや、なるべく彼女には財宝の調達担当であってほしい。戦時の指揮官、平時の冒険者。この形を維持するのが理想だ。

「あとは、ロンドロッグの選挙の話もあったな。これはどうなっている」
「選挙期間はまだっすけど、相変わらず情勢が怪しいみたいっす。ロリンダ・プールの陣営は相当な金を持っているみたいっすね」
「そちらも支援しなきゃいけないが……」
「その、ロリンダの資金源から金を奪うのはどうかしら」
「それはいい。選挙も優位に進められる」

 スワーナの提案に、サリヴァも乗った。
 行動としては魅力的ではあるが、危険も大きい。力でもって相手を叩き伏せるということは、不公正な選挙に力を貸したということになる。この世界ではまだ直接的な票の買収にそこまでの違法性がない。

「もしもロリンダ・プールを僕たちが潰したとして、それが露見した後が大変だ。現市長のメドラーノの立場が悪くなる」

 ただし、と僕は付け加えた。

「ロリンダの資金源は気になる。それが違法な出どころであれば、僕らが『かすめ取る』ことは何の問題もないだろう。ありがとう、スワーナ。君の提案で、きっとより良く前進することができるはずだ。サリヴァ、調査してくれるか」
「もちろん」
「では、そのまま他の人材の情報についても聞こう。君に依頼していたのは料理人だったか」
「それならロンドロッグに良い人材を見つけた。ナヒド・ヤントという娘で、かなりの腕前のようだ。だけど、実績という面では大きくない。あくまで料理のうまいお嬢さんといったところか。姉がロンドロッグ市庁舎に勤めているから、メドラーノの線から斡旋してもらえるかもしれない」
「なるほど。できれば、その子の勧誘活動を頼んでいいか」
「了解」
「また、諜報を担当できそうな人材も探してほしい。君やエンリケの活動範囲を広げたいし、防諜も必要だ」
「兄弟の注文に応えてみよう」
「『工員』および『商人』についてはすでに情報を受け取っているから、折を見てこちらで勧誘活動を実行する。いずれも遠方だからね。商人の方はその時が来たら詳細を聞こう。今はまだ後回しだ」

 視線を動かし、魁偉な闘将へと目を移す。

「シェルドン。君はいくらかの兵士を連れてきてくれたようだが」
「随行を希望する者のみ選んで連れてきた。この城の戦力になるはずだ」
「わかった。すでにここにいる者たちも含めて軍を再編し、訓練を開始してほしい。もしも人間と魔族の間で諍いが起きるようなら、訓練を分担するところから始めてくれ。この点については一日の長があるだろうから、一任したい」
「承った」

 種族間対立は根の深い問題だ。その点、人魔ともに扱ってきたシェルドンであれば、上手くこなしてくれるだろう。

「エンリケ。軍事情報について、何かあるか」
「情報の収集を開始して間もないが、いくつか入手している。ルテニアの政変については知っているか」
「ハーシュ2世の死」
「そうだ。それに始まるフランツ3世の即位、メルバ・ラヴィンドランの摂政。雷声シャノンの英雄将軍への登用」
「僕はすべて把握しているが、改めて皆に説明してくれ」

 エンリケはうなずき、僕がサマーに聞いた内容を適切にまとめて共有した。

「これに付随して、ルテニアで大規模な反乱の兆候がある」
「継承問題での内戦は避けられないか」
「しばらく対外的な軍事活動は行えないだろうな。他には、魔王軍が戦争の準備を開始している。各地で動員が掛けられ、いくつかの軍事拠点で侵攻軍の編成が始まっている。今回の戦いではアルビオン自らが軍を率いるようだ」
「魔王の親征……」

 サマーの言葉が、事態の大きさを物語っていた。もともと歴代の魔王は内部の動揺を抑えるため、自ら兵を率いて打って出るということはほとんどしなかった。やるとすれば、概ね防衛戦争に限られていたのだ。今回のような侵略戦争に際して指揮を取るということは、反対勢力をも取り込んだ侵攻計画が存在することを示唆している。

「これに伴い、アクスヴィルやキルゴールなど、人類国家も召集や傭兵確保、さらには冒険者の登用を行っている。大規模な戦闘が予測されるな。現状の情報は以上だ」
「わかった。引き続き調査を続けてくれ」

 提案のターンだ。
 僕は「財政問題の解決について」という前置きから入った。

「腕利きの商人の登用による財貨の運用を考えているが、そのためにも原資となる資金が必要だ。現在のチャンドリカの物資は今ある者たちの運営費用に回すため、どこからか別個に調達する必要がある。この問題を解決するため、僕とプラム、それにサマーの三人で財宝の発見を主眼とした探索を行おうと考えている」

 それから先日の寝物語にした内容を語り、財宝探索の有用性を説いた。

「このストリンガー兵器廠の有用性は、単なる財宝発掘の夢想的なロマンだけでなく、古代に失われた防衛に有用な兵器が手に入る可能性にも繋がっている。僕としてはそれをぜひ手に入れたい。もちろん、時間は有限だ。一定の期限を設けて、それで発見できないようなら諦める。次善の策として、シェルドンの訓練した軍とロンドロッグのラルダーラ傭兵団を組み合わせて、人間と魔王の戦争に介入して資金を得ることも考えている。現実的な策ではあるが、悪い意味で注目を集めかねないから、あくまで控えのプランだ」
「つまり、いつでも実行できるように準備しておけってことですね」

 ディーは聡明な青年だ。僕の意図を完璧に汲み取ってくれた。

「その通り。量で劣る僕らとしては、ある程度の質を担保しなければならない。シェルドン、君の働きに期待する」
「心得た。だが、そのための準備に資金を拠出してもらうぞ」
「もちろん。ロンドロッグの商人たちを儲けさせてやろう」
「リュウ、こちらも信頼できる者を雇用して、情報収集の範囲を広げたい」

 挙手したのはエンリケ。さらにはサリヴァも僕を見た。

「それなら、私も、大丈夫だよ、兄弟。後ろ暗いやつは入れない。諜報担当とは別に、話をつけられるやつがいる」
「こちらも同じだ」
「わかった。チャンドリカから資金になるものを受け取って、使ってくれ」
「神、提案がある」

 今度はプラムだ。彼女が発言するとは思わなかったので、僕は何だか嬉しくなった。

「神はこのチャンドリカにおける立場を確定させるべきだと思う。国王でも構わないし、そのまま神でも構わない。しかし、何らかの権威付けがあることで、皆の諸活動にも影響を及ぼすことが可能だろう。勇者シャノンが『英雄将軍』という仰々しい称号をもって迎えられたのは、その宣伝効果が高いからだ。神にも同じような呼び名をつけることが相応しい。もっとも、私はどんな呼称になろうとも、神は神だから他に変える気はない。それは先に言っておく」
「プラムの提案は非常に魅力的で興味深い。もっともな意見だと思うが、みんなはどう考える」
「兄弟の名前を押し出すことに、本人が同意するのなら問題ない。だが、シャノンと行動をともにしていた賢者リュウともなれば、恨みを持つ輩もいるだろう。私がその一人だからな。その点での欠点を許容する気があるのなら、ぜひつけるべきだ」

 サリヴァは腕組みをして言って、不敵に笑った。彼女は今でも僕を恨んでいるようだが、憎しみが愛と言ったり、非常に高い貢献を見せてくれたり、よくわからない部分が多い。それでも、お墨付きを得られたのは心強い。
 この意見がきっかけになってか、全員がそれぞれの見解を出した。どれも肯定、ならびに消極的肯定、条件付肯定だった。どうやら僕は神でありつつ、世俗的な称号を求められているようだ。

「わかった。では、次回に集まるまでにみんなで案を持ち寄ってくれ。次回は……三ヶ月後、夏の終わりに集まろう」

 最後に確認を行う、と僕は述べた。

「僕とプラム、それにサマーはストリンガー兵器廠の捜索に当たる。リーバウ遺跡の最寄りの街、マクルーグの宿である『隼の館』を拠点として活動しているから、何かあれば使いを立てて教えてくれ。サリヴァは人材担当、エンリケは軍事情報担当、シェルドンは訓練担当。ディーはこのあたりの開拓の可能性を探ってくれ。ただ、これは空振りに終わる可能性も大いにある。だから、その場合は他の担当を手伝ってほしい」

 おそらくはシェルドンが訓練の手を必要としているだろうが、僕はそこに投入することをためらった。シェルドンとディーの親子は不仲だという事実に思い当たったからである。なので、すぐに思考を切り替えた。

「そうだな。スワーナはこれからチャンドリカを中心とした巨大ダンジョンの設計を開始する。もっとも、最初のうちは小規模ダンジョンから始めて、少しずつ拡張していくことになるだろう。そのためには付近をくまなく歩き回って、現状の把握や地質の調査を必要があると思う。だから、ディーは彼女の護衛をしてやってほしい」

 チャンドリカ、と僕は生きた城に呼びかける。

「君は引き続きこの城を上手く動かしてくれ。大変だと思うが、頼む。また、腕利きで協調性のあるやつを見繕って、シェルドンの訓練ではなくスワーナの護衛に割り当ててほしい」
「問題ないっす」
「では、他に質問のある者は」

 プラムが挙手したので、彼女の発言を促す。

「サマーを財宝探索に連れて行く必要性を感じない。もし巨額の富を発見したとしても、サマーがいるといないとで結果は変わらない。何か危難が迫ったとしても、どうせ神は自分で自分の身を守ってしまうだろうからな。もちろん、私も同じだし、サマーも同じだろうが、足手まといになる可能性のある者は少ない方がいい」
「あら、プラム。貴方、私がいるのはお邪魔かしら」
「違う。ちゃんと言ったように、足手まといになる可能性の排除が目的だ」
「それならいいけど。友人の気分を害したくはないからね」
「他にも財宝の情報はいくつかあるというから、サマーには今後、財宝の探索隊を率いてもらう可能性がある。何しろ戦争をするまでは時間が掛かるだろうし、そんなものをせずに外交面で拡張できれば、それに越したことはないからね。そのためにも、サマーには冒険者としてのスキルを磨いていてほしい」

 プラムは「わかった」とだけ答えた。納得したかどうかはさておき、この場はこれで問題ないだろう。

「他には」
「敵の襲来があった場合に備えて、ロンドロッグとの関係を密にする必要があると愚考する」

 挙手から指名を受けると同時に、エンリケが言った。

「また、協力関係を構築する流れの中で、どのような防衛体制を敷いていくのかという意識の調整も重要だ。現状ではチャンドリカとロンドロッグの意識の共有はできていないものと考えるが、間違いないか」
「指摘どおりだ。ロンドロッグには市民軍、およびラルダーラ傭兵団が駐屯しているが、もしも敵軍が接近した場合の対応を含め、日頃から意思を疎通しておくべきだ。チャンドリカ、こちらとあちらからそれぞれ人員を出し合って、連絡事務所を設けよう。その交渉はサリヴァに任せたいが、どうだろう」
「だそうっすけど、サリヴァの姐さん」
「妥当な対応だろう。よしよし、私に任せておきな」

 考えればいろいろと課題はあるものだ。僕の至らなさを皆が補填してくれるから、これほど助かることはない。思えば、冒険をしていたころも、シャノンやロジャーはよくフォローをしてくれた気がする。メルに関しては、僕が穴埋めをした思い出しかないけれど。
 しかし、僕はありがたくも優れた能力を持つに至った。それを自覚して、使えるものはとことん使い、進むべき道を進んでいかなければならない。その先にあるのが激烈な破壊の嵐だとしても、もはや目をそらすわけにはいかないのだ。

「他にはないか」

 沈黙だけが返ってきた。

「よろしい。以上が今後三ヶ月の行動の指針となる。みんな、いろいろと大変なこともあるだろうが、相互扶助で乗り切れていけたらと思う。金が足りない。人が足りない。そういう部分も出てくるだろうが、なるべく早く解決したい。そのための三ヶ月だ。緊急のことがあれば、すぐにでもマクルーグにいる僕に伝えてくれ。ああ、使いは必ず四人以上の集団を複数出してくれた方がありがたい。全員に同じ情報を与えて、その上で向かわせるんだ」
「どういうことだ」
「戦場の伝令にしてもそうだけど、必ず相手のところにたどり着くという確信は持たない方がいい。道に迷う。野盗に襲われる。いろんなケースが考えられる」

 歴史がそう教えてくれている。
 かのフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトが、ついにその野望を終わらせることになったワーテルローの戦い。その成否を決めた一因が、伝令の不着や意味不明瞭な内容の伝達だった。この時の参謀長であり、後にフランス大元帥となるスールトは、かつての偉大な参謀長であるベルティエ元帥と比較されて「失格」の烙印を押されている。
 しかしながら、そのベルティエにしてから、人格的にも問題があったとされる記述があるところに、人間の、いや生命の複雑怪奇さが秘められていると言えるだろう。

 今、僕のもとに集った者たちは、いささかの関係性のこじれはあるものの、非常に性質良好な者たちばかりだ。でも、いずれはそうではない者たちも参集してくるだろう。またそういう者たちを上手く扱わなければ、僕の目指すもの、すなわち百年、千年の平和などは到底実現できないだろう。
 平和はまた戦争の準備期間である。より良く戦う力を整えた者に名誉が降り注ぎ、栄典が与えられる。いずれ人間や魔族が完全に融和し、その性情から憤怒、嫉妬、横暴が消え失せた先に、「真の平和」は待っているかもしれない。だが、現時点の命はそこまで高尚ではない。戦力なき平和はありえず、暴力なき非戦もまたありえない。僕は最大の暴力の所持者たる破壊神として、この世界に君臨しよう。そのための一歩が、今この瞬間だ。

「今、ここにいる者たちは必ず称えられる日が来る」

 僕は言った。

「たとえ血にまみれた手で掴んだ平和であっても、何もかもをあきらめた無抵抗の最期よりはマシだ。最高の目的のもとに、最大の歩みをもって進み、最良の未来を手に入れよう。僕はそれができると信じているし、君たちにもそう信じていてほしい。この目的を阻む者がいたとしたら、たとえそれがかつての仲間であったとしても、決然と戦いを選択し、これを徹底的に排除する覚悟だ。以上、みんなの健闘を祈る」

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