バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第78回「凛として立つ」

 僕はすっかり気勢を削がれてしまった。ここにいる意味さえないと感じ始めていた。それほどにケイトリン・モンテイロという少女は出来が良く、素早い決断を下していた。
 今、僕の目の前にはうずくまる牛頭兵たちの姿がある。練兵場の広い空間で、数人とはいえ鞭の連打で手ひどい目にあって転がっている様は、相当なインパクトだ。

「弱いねえ。これじゃあ、あんたの希望を容れて、さらに資金を供出したとしても、アルビオン打倒なんて夢のまた夢じゃないかね」

 ケイトリンが挑発するのは、腕組みをして不機嫌に顔をしかめている男。彼こそがルンヴァル家当主シェルドンの弟、エンリケである。
 彼はさらなる反乱規模拡大のためにケイトリンへ金を無心した。それこそ暴力に訴えてでも引き出そうとした。だが、その結果がこのザマである。プラムも僕も何一つしていない。今だって、ケイトリンの後ろで情勢を眺めているだけだ。介入するのに最適なタイミングを伺っているが、さて、どうなるか。

「ケイトリン・モンテイロ。我々との契約を破るつもりか」
「私は勝つために投資をするんだ。それだけの権限が与えられているし、そのための目利きを発揮することを求められてもいる。エンリケさんよ、あんたの力じゃ、アルビオンには勝てないね」

 と、後ろのやつも言っている。そのようにケイトリンが話を振ってきたので、僕にも連帯責任が課せられたことを悟った。まあ、別にどうでもいい。引き続き沈黙を保つ。

「あんたにもわかっているはずだ。だから、さらに金を使おうと思った。エンリケ・ルンヴァル。あんたは数字を知っている。その上で挙兵の算段を立てたんだろうが、予測が狂いまくってどうしようもなくなってる。もう無理さ。無理の無理無理。損切りしないと、身を滅ぼすよ」
「確かに、アルビオンは強大だ。それでも、俺たちは立ち上がらねばならない。我が家の栄誉のため。魔王という称号の重みを守るため」
「あんたは失敗したんだ。これ以上、無様を継続しないことが大切だよ」

 そこでだ、とケイトリンが続けた。

「実は、後ろにおわすお方は、うちの支店長なんかじゃない。かつては勇者シャノンとともに旅をし、今は世界にたった一つ、すべてを敵に回して平和を作らんとする大いなる賢者、リュウさんだよ」

 エンリケの周りを固める兵士たちに、ざわめきが起こった。僕はそこそこ有名人なようだ。魔王軍については散々に苦しめたのだから、それもやむなしだろうか。ただ、顔が知られていないのは、現状では致し方のないところだろう。

「エンリケ、僕に考えがある。君は名誉ある撤退を行い、僕と行動を共にしてくれ」
「出し抜けに何を言うかと思えば……」
「僕は選択を迫られている。君たち一族をアイリアルから追放するか、それともこの街を完全に滅ぼすか」

 またも異様な緊張感が走った。当然だ。「降伏か死か」と問い詰めているようなものなのだから。
 僕はさらに言葉を重ねることにした。

「君たち一族と、その人望に付き従う兵士たちに、新たな戦いの場を与えたい。人類でも魔族でもない。全く新しい組織に迎え入れたいんだ。そうすることで、僕は魔王との契約を果たすことにもなり、この街に危害を加える必要もなくなる」

 エンリケは答えなかった。
 ケイトリンの言が正しいのであれば、彼は戦力を正しく比較する術を知っていることになる。ならば、ここで暴発することもないと考えるべきだった。その上で、いかなる選択肢が最善であるか、必死に正答を探しているのだろう。

「私はもうあんたたちに追加で金を貸すつもりはないよ。むしろ、ここであんたたちの首を取って、魔王に献上したいくらいでね。ただ、リュウがそれを許さないだろうから、代わりに私の首が並ぶことになるんだろうけど」
「僕は生首のコレクションをする趣味はないんでね。お尻を叩くだけで勘弁しておく」
「たぶん尻の肉が丸ごと持っていかれるだろう」

 ケイトリンは笑って、腰に手をやった。

「さあさあ、もう答えは出たはずだ。意味のない長考はやめて、唯一にして最適な選択肢を選ぶ時だよ」
「不確定要素に頼らなければいけないような博打は、ほとんど自殺行為に等しい。君は賢いだろう。だから、ここまで魔王軍の領域にいながら、半独立勢力としての立場を維持し続けることができた。今度は場所を変えて、それを続ければいいんだ」

 もっとも、彼からすれば風来坊のような相手に自分の未来を託すことも、充分に博打であることは承知しなければならない。僕が充分な力を有していることを証明する必要があるだろうか。だとすれば、それはどのような形で行われるべきだろうか。
 勇者シャノンの一行の風聞は、エンリケにも届いているようである。しかし、噂は噂でしかなく、実際に体験するのとでは大きな隔たりが生まれる。

「エンリケ」

 そこへ、思わぬ声が出てきた。プラムだった。

「私はプラム・アルティステ・シルヴァン・レイムンド。天眼を持つ者である」
「天眼……レイムンドの」

 エンリケの反応が目に見えて変わった。それどころか、忠誠を誓うように片膝を折った。他の兵士たちもそれを見て衝撃を受けたのか、彼と同様のポーズを取る。

「そうだ。レイムンドの係累にある者だ。私は貴方に宣告する。この賢者にして破壊神の言葉に従え。彼は私が認める、恐るべき災厄である。もし魔王を制さんとするならば、この力に抗うのは全くの無意味だ」

 朗々たる言い回しだった。僕が「恐るべき災厄」と表現されている件については物申したかったが、軽口を挟む場面ではないと重々承知していた。
 なおもプラムの荘重な言葉は続く。

「もしも従わぬようであれば、我が姉たるソフィー・ジネット・ロブリー・レイムンドが直々に征伐に来るだろう。アイリアルは徹底的に破壊され、塩を撒かれ、千年の呪いを受けることになる。それがこの地を支配する者の望みか。弱き民を導く者の矜持か。私は重ねて命ずる。すべての力を神に委ねよ。されば、必ずや栄光が待つことを、天眼の名において保証する」

 強い語調だった。僕の胸さえも大きく高鳴った。これほどまでに精神を揺さぶる言葉をプラムが持っていたとは、まるで気づかなかった。僕の目はつくづく節穴だ。彼女を単なる箱入り娘としか見ていなかったが、すばらしい胆力の持ち主だった。いや、そうでなければ、ここまでの隠れた働きは成し得なかったのだろう。

「偉大なる名を持つ方よ。エンリケ・ルンヴァルは、貴方の言葉に従うことを誓約する。この地に災禍をもたらさぬため、完全なる武力と智謀を発揮することを拝命する。我が兄、シェルドンにはもとより叛意なし。ただ我が甥、ディー・ルンヴァルへの直言をもって、かかる状況に終止符を打つ」

 力とは、それを行使する絶対値を指すのではない。あらゆる影響力を十全に活用することを指す。僕は今まさしくそのことを再認識した。
 だが、今回のプラムの働きは、頼りない僕への戒めとしなければならない。彼女の言葉がなければ、ここで流血の事態となり、引き返せない道へと猛進していた可能性がある。
 自分の限界を知り、仲間の特性を知ること。それが強さであり、僕に求められることだ。
 心を新たにし、空を見る。太陽はいよいよ僕らを強く照らし出している。この輝きが消える前に、アイリアルの反乱を完全に終わらせることができるだろうか。すべてはディー・ルンヴァルとの接触に懸かっている。

しおり