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第65回「その支配からの解放」

 プラムを守る必要はあるか。
 いや、彼女は信頼に値する。わざわざ気を回す必要はない。
 そう判断して、僕は僕の仕事に専念することにした。今やジャンヌに体を支配されたサマーが、魔王の槍とともに突き進んでくる。間合いは決死。悠長に考えている時間はない。ならば、選択すべき行動は一つ。迎撃である。ただし、これは積極的な後の先を意味しない。あくまでも専守防衛としての迎撃行動に限られなければならない。

 僕としては、この場を血で汚すつもりはなかった。サマーの血でもそうだし、僕の血でもそうだ。プラムの血なんか絶対に流させてやるわけにはいかない。チャンドリカにはちょっとだけ傷ついてもらわねばならないかもしれないが、彼にとって、この戦いはどれほどの痛みを伴うだろうか。
 慮っても仕方ない。敵はすでに目の前にいる。城中で出会ってしまったからには、戦わねばならない。「広いところへ行こうぜ」などと番長の喧嘩を気取って提案したところで、一笑に付される。それどころか、ジャンヌに体を乗っ取られたままのサマーが、再度どこかへ連れ去られてしまう可能性がある。このまま戦うしかないのだ。

「チャンドリカ。悪いが暴れるぞ。死なない程度に我慢してくれ」
「神、サマーを……殺さないでくれ」

 プラムの切なる声が響いた。僕がそんなに誰かを殺しそうな顔に見えただろうか。心外である。それが最善である場合にのみ、僕は殺害を決断するだろう。たとえそれが最善であったとしても、他に最善がないかをちゃんと検討するに違いない。
 もっとも、この場合のより良き選択肢という部分には、僕の気分や主観が大いに反映される。助けることが利益にならない場合は即座に見捨てるかもしれない。
 今はどうだ。見捨てることが利益か。くだらない。そんなはずがないのだ。助け出してこそ意味がある。

「もちろん。今や彼女と僕とは裸を見せ合った仲だ。助けるさ。全力でね」

 サマーが唇の端を歪めた。彼女の顔にはふさわしくない顔だった。歴戦の勇士は満面で笑うものだ。あんな安全な場所で策謀をこねくり回しているような顔をしてはいけない。そう、僕のような顔だ。戦士には戦士の顔が似合う。それを人は、また魔は、美しいと呼ぶ。僕だってそうだ。
 だから、かの哀れな少女に本来の笑みを取り戻す。これは僕の総意である。僕の細胞という細胞が求めた決断である。全会一致だ。覆る余地はない。

 僕は右手に光、炎、土の属性を発動させ、即席の光の剣を創り出す。多種の魔法を複合して詠唱することで、物理原則ではありえない行為が可能となる。ただし、僕の手のひらを出力点として規定しているため、手から離れれば消えてしまう。
 交戦規定は二つ。
 サマーを絶対に傷つけるな。
 ジャンヌを彼女の中から追い出せ。

 サマーの突進の勢いを削ぎながら、僕は受け流すように剣を槍の動きに合わせた。槍は力の方向を変えられて、寝台を直撃して粉砕した。ああ、今夜の寝床がなくなった。サマーの引き締まっているが柔らかそうな体を、代わりに布団としてやろうか。僕にハレムの主としての素質があれば、それを実行に移しただろう。
 寝台を破壊した彼女はそのまま壁を蹴り上がり、僕に向かって反転攻勢を仕掛けてきた。自分が傷つけられるわけがないと踏んでの大胆な行動だ。そして、それは当たっていた。僕はハンディキャップを負わされていた。オーケー、それくらいでちょうどいい。僕の人生はいつだって縛りプレイだ。

 彼女は魔王の槍をポールダンスでもするかのように全身で抱え込んだかと思うと、物理法則に反して突撃してきた。僕はそれを合気道の達人のようにいなしてしまい、彼女を床へと誘導した。石床はこの激烈な破壊の衝動に耐えられず、大きくえぐり取られた。激しい音が空間を満たした。
 狭い。どうにも狭い。
 僕には腹案があった。この状況を解決するための手立てだ。
 だが、戦場が狭かった。それはもちろん僕にとって有利にも働いていたし、不利にも働いていた。不利は現状を見れば明らかだが、有利なのはサマーもまた攻撃オプションが制限されるという面だ。槍は突くばかりが戦い方ではなく、薙いだり払ったり叩いたりすることができる武器なのだが、この限定的戦場ではそれも限られてくる。

 その通り。限られているのだ。
 僕はこの事実を有効に生かさねばならなかった。危険を冒さずして利益の甘い汁だけを吸うわけにはいかない。
 まるで陸で暴れる大型のシャチのように翻ったサマーに、僕は光の剣を消失させ、両手を大きく広げて対抗した。さながら柔道家が暴漢に相対しているかのような構図になったはずだった。
 柔よく剛を制す、という意味ではまさしく正しい形ではあった。

 サマーは槍を回し、猛然と僕に突きを加えてきた。
 やった。無防備な僕に対し、戦術を刺突への切り替えた。これを待っていたんだ。
 僕は脇腹の肉をえぐりに来た一撃を、ほとんど避けずに前へ一歩進むことで対応した。これにより生じる現象とは、つまり、僕が槍を抱え込むことができるということだ。

「掴んだぞ」

 脇腹には痛みを感じていた。たぶん出血しているはずだった。ほのかに防御魔法をまとっていたのに、とてつもない貫徹力だった。たぶん、並の人間の兵士なら十人近くをまとめて貫通することができただろう。
 僕は全身に力を込めた。
 すると、サマーを覆っていた青白い炎が、急に悲鳴を上げるように動きを激しくした。

 気づいたか。
 気づかざるを得ないよなあ。
 僕が、君を、食い尽くそうとしているんだから。

 僕の考えは単純だ。サマー・トゥルビアスをジャンヌ・ダルクが支配しているのは明白である。人体実験の末に生まれた産物として、ジャンヌはサマーの意識を乗っ取ることができた。それはマルー・スパイサーと同じように、体内あるいは体外への魔法印の刻印という形で行われた可能性がある。
 だが、体外というパターンは考えにくい。僕は彼女の肌を見たが、そこまで激しい損傷を確認できなかった。ただ、プラムが可哀想に感じた大きな傷。あれは拷問でついたのではなく、体を切開して縫合した際に残ったのではないだろうか。だとすれば、体内に彼女を操作するための印が刻まれている可能性がある。

 マルーの場合は、その印の効果によって、他者からの攻撃的な魔法を防ぐことに成功していた。しかし、サマーは意識を乗っ取られるという、継続しての魔力の注入を要する現象が発生している。水が流れなければ川は生まれない。ならば、どこかに供給源があるはずだ。
 そこで考えられるのが、この槍だった。怪しい魔力を放つ槍。先ほどは貧相に錆びた槍だったものが、突然に力に満ちている。これは槍そのものに供給機構として、ひいては洗脳機構としての魔力発生装置としての役割があるのではないか。

 聖女の槍には解呪の力がある、とコンスタンティンは言った。ジャンヌもそうした作用は認めていた。すなわち、聖女の槍こと魔王の槍には、対象の魔的素因子を中和してしまう効果があると考えられる。
 ジャンヌはこの効果を利用し、いや、おそらくは生み出し、槍を通じてサマーを支配していると考えられる。理屈はこうだが、要は槍さえなんとかしてしまえば、サマーをジャンヌの支配から解き放つことができると考えた。

 何より、この槍の魔力は魅力的だ。

「リュウ、恐ろしい人。この槍の魔力を吸い取るなんて」

 サマーの体がよろめいた。明らかに青白い炎が弱まっており、周囲の空間の歪みも小さくなっている。ジャンヌの支配が消えかけているのだ。
 とどめの時だ。

「解呪の力だったな。君にくれてやろう、ジャンヌ・ダルク」

 僕は奪い取った魔力を拳に集中させ、抱え込んでいた槍を離すと同時に、解呪の力を放射した。

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