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第50回「それはいったい誰だ」

「こんなことをして、ただで済むはずが」

 衛兵がもがいた。彼は確かに不幸な身の上だ。平和な毎日を送っていただろうに、僕のような侵入者がやってきたおかげで、突然にこんな目に遭わされている。それは非業の死を迎えた僕にとって、同情すべき事象だった。
 こういう人間を救いたいから、僕は旅を始めたんじゃなかったのか。
 そう語りかけてくる自分がいる。
 なら、今こそ行動の時だ。

「ただで済まさないのはこちらの方でね。とりあえず、生きていたければ、僕の質問に正直に答えることだ。こんな国に義理立てしたって、いいことはない。もちろん、本当のことを言えば、これをあげよう」
「か、金」

 僕は彼に持っている金貨を見せてやった。一兵士の身分からすれば「たんまりと」あるそれを目にすれば、僕がどれだけ重要な存在かをわかってもらえただろう。

「そうだ。全部あげようじゃないか。この国から逃げ出しても生きていけるだろう」

 未来を解決する最善の方法は、大体において金であり、次に命の安全である。つまり、この二点が保証された時、多くの人間は、ひいては知的生物は容易く転ぶ。裏切っても非難されず、また新しい生活にも事欠かないとなれば、いよいよもって「忠誠」や「義理」にこだわる必要はないというわけだ。まして、薄給でこき使われているなら、当然その効果は大きくなる。保安要員には常日頃からたっぷりと給料を与えるべきなのだ。しかしながら、亡国となる国は必ずこうしたところの予算をケチって、削る。
 致し方のない事情もあろう。国家が大きくなるということは、それだけ既得権益層も膨張するということだ。本来は国を守る最前線に立つ兵士にさえ金も注意も行き届かなくなるのは、ある種、共同体としての末期的な症状であると言えた。

「この塔には、他にも要人がいる。ああ、サマー・トゥルビアスの他にもだ」
「僕はそいつらを全員解放しよう。何しろルテニアに楯突く身分だからな。連続殺人鬼みたいな凶悪犯がいなければいいが」
「いない。ここにいるのは廃嫡された王族や精神の病を得た方ばかりだ」

 僕はつい大仰にため息をついてしまった。

「ああ、いかにも王国らしいな。サマー、悪いがすべての扉を開放してくれ。出るか出ないかは中の人間の判断に任せよう」

 サマーは強くうなずき、たちまち階段を上り始めた。解放されたばかりの囚人には酷な仕打ちかもしれないが、どうせプラムは僕の近くから離れないだろうし、こうするより他になかったのだ。僕が召喚魔法を使って、鍵開けを代行させる手もあるが、結局はサマーにカディ・ヤオかどうかの確認を取らせなければならないのだ。それなら、手間を省いた方がいい。

「この国の闇を解き放つか」

 衛兵は言った。さっきまでは何か恐ろしいものを見る目を僕に向けてきていたというのに、今は少しだけ親しみを覚えているように感じられた。

「闇を認めない者に光は当たらないよ。さて、ここの牢がすべて点検し終わったら、君を外へと飛ばしてあげよう。家族はいるかい」
「母親がいる」
「それは大変だ。金を持ってすぐ逃げることだ。もちろん、この国に義理立てて、僕の報告をしても構わない。だが、責任は取らされるだろうな。国家はいつだって生贄を求めるもんだ」

 その通り。国家は常に生贄を要求する。偉い人間が生きるために、偉くない人間に非生産的な死を強いるのだ。それは決して部族社会における上古のしきたりではない。そう、たとえ未来になったとしても、同じような悲劇は起こりうる。
 みんな、「『誰か』のせい」にしたいのだ。
 みんな、「『誰か』が無能だった」ことにしたいのだ。
 みんな、「その『誰か』は自分ではない」と確信したいのだ。

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