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第4話 旅に出ます

結局、その後は隣の部屋の蓮華と妹の会話が気になってゲームどころではなかった。
本当はゲームの続きをしたかったのだが、この家は壁が薄く隣の部屋の声が自然と聞こえてくる為、ゲームに集中できなかった。
細かい内容まではよく分からないが、『違うもん、お兄ちゃんの事なんて何とも思ってないもん!』と言うのはよく聞こえた。

(これはどっちだ!?本心なのか?ツンデレなだけか?これが本音だと当分立ち直れないぞ。レンゲちゃんもっと聞き出すんだ!)

『レンゲちゃんこそ本当はお兄ちゃんの事ずっと好きだったんでしょ?』

(なにぃ!そうなのか?くそっウサギの声は大きいのにレンゲちゃんは小声だ。聞こえない!なんて答えたんだ?)

そうこうして蓮華が帰るまではずっと隣の部屋との壁に耳を付けて盗み聞きをしていた。

(なんだろう。今日はとても疲れたよ。明日は日曜日だし、明日の朝にゆっくりと続きをしよう)

色々あって疲れ切っていたガクはすぐに眠りについた。


翌朝、起きてすぐに思ったのは、昨日のはどこまでが本当で、何処からが自分の妄想なのだろう、と言う事だった。
ステータス画面は指を振って表示する事で本当だったと言う事がすぐに確認できた。
付けっ放しのパソコンを見るとセグメント・ワールドの画面に《秘伝の種》が表示されていて、これも実際に起きた事だった。

(それならウサギが僕の事を大好きだと言ったことは?あぁそこからが妄想だ。)

一人でよく分からないボケとツッコミをしながら、セグメント・ワールドを操作していつものように誰かからメッセージが来てないかチェックする。

(さて、まずはこれを使ってみますか)

《秘伝の種》をようやく使用する。
効果音と共に種のグラフィックが割れて『魔導錬金術スキルを会得しました』と表示される。
スキル欄には《魔導錬金術》が追加されている。

現実世界のステータス画面を見てみると、こちらにも確かに《魔導錬金術》と言うのが追加されていた。

「うおおっやった!マジで入ってる!」

思わず叫んで、隣から『お兄ちゃんうるさい!』と叱られるが気にしなかった。
ゲーム内で新たなスキルを会得すると現実世界でも同期されるのが確認できた事は大きい。
ゲームでさえ頑張れば現実世界でもスキルや魔法を増やせるという事だ。

まずはゲーム内で《魔導錬金》を試してみる。
材料は課金して揃えてしまう。
ネットで調べながら《ビジターカード》を作ってみた。
元々課金すればいくらでも買えるアイテムだけあって簡単に作る事が出来た。
一度《魔導錬金》でアイテムを完成させるとそのレシピが登録されるが、現実世界のステータス画面上でもそのレシピは反映されていた。

(これは便利だな。ゲームで色々試してから現実で作れるから効率も良さそうだ)

あとは、現実で《魔導錬金》が使えるかだ。
ネックになるのはその素材集めになる。

『ビジターカード 魔導錬金素材
上質な紙 10枚
金粉 0.1g
インク 10ml
ブラッドストーン 1個』

素材はどれも現実にあるものだった。
ブラッドストーンはネットで調べると宝石の名前だった。
隣町にある大きなショッピングモールにパワーストーンのお店があるのでそこに行けば全て揃いそうである。

着替えてショッピングモールへ行くことにする。
すると階段を降りた所にウサギがいた。

「あ。う。おはよ」
「うん。おはよう、ウサギ」

ウサギは何故か顔を赤らめてモジモジしている。
久しぶりに挨拶をされた事に喜ぶガクはその事に気付いていなかった。

「お兄ちゃん何処かに出かけるの?」
「ちょっとね」
「あのさ。昨日なんだけど。聞こえた?」
「何が?」
「う。何でもない!早く行け!」
「ええー」

理不尽を感じながらガクは玄関をくぐった。


ショッピングモールに着くとまずはパワーストーンのお店に行く。
展示されている商品を探すがブラッドストーンが見当たらない。
人と話すのは苦手だが、創作欲の方が勝ったらしい。
意を決して店員に話しかける。

「す、すみません。ブ、ブラッドストーンと言うの、ありますか…」
「はい?」

声が小さかった為に聞き返されてしまう。

「あ、その、ブラッドストーン」
「ああ、ブラッドストーンですか。こちらになります」

端の方にあって見えていなかった。
店員が一つ取り出してくれる。

「こちらでよろしかったでしょうか」
「は、はい、それを二つ買います…」
「二つ、ですか?」
「は、はい」

(これだから外に出たく無いんだよ!)

ゲームやネットなら普通に話せるのに、現実では萎縮して上手く話せない。
今のガクの背中は汗でびっしょりである。

次に金粉を探す。
このショッピングモールには大きな製菓専門店が入っているのでそこに行ってみる。
こちらはすぐに食用の金粉が見つかった。
だが、一瓶に0.05gしか入っておらず、それでも300円した。
0.1g必要なので《ビジターカード》往復分に1200円もかかってしまった。
お小遣いの少ないガクには中々の出費である。
後で金粉を作る方法を探そうと真剣に考える。

(そういえば錬金術って元々は金を作り出すのが目的だったよな)

上質な紙とインクは文房具屋さんで手に入った。
結局、電車代も合わせると3000円近くかかってしまった。

帰りが遅くなり、ウサギに帰るのが遅いだの、心配はしてないけど遅くなるなら連絡くらいはするのが常識だのと怒られたのでこの日は何も出来なかった。
翌日の早朝、早速《魔導錬金術》で《ビジターカード》を作成してみる。
そう思ったがインクを出す器が無い。
下に取りに行くとまた妹と話さないと行けなくなりそうだ。
何か無いかと探していると、ベランダに使っていない植木鉢があり、その水受けのトレイが使えそうだ。

(とにかく全ての素材をこのトレイに入れて、と)

トレイの中にA4のコピー用紙10枚を入れ、インクを垂らし、金粉を2瓶分撒く、そしてその上にブラッドストーンを一つ置く。
あとはステータス画面から《魔導錬金術》の《ビジターカード》のレシピを選んで実行する。
MPを消費してスキルが発動する。
トレイの中身が光り出すと、ログには《魔導錬金》の手順が次々に流れる。

(かき混ぜるとかしないんだな)

魔女のイメージと間違えている。

「チンッ」

(出来上がりの音が古い電子レンジみたいだ)

トレイの中を見てみると確かにカードらしき物があった。
ただし、インクまみれで真っ黒になっている。
インクの分量が多すぎて余ってしまったのだ。
インクを拭き取ると何とかゲーム内の《ビジターカード》と同じ柄を確認できた。
どうせ使い捨てのアイテムだからこれで充分だろうと、2枚目に取り掛かる。
今度はインクの量を減らしてみたが、やはり余ってしまい真っ黒なカードが出来上がった。

(さて、作ったからには試さないとな)

靴は帰ってきた時に自室まで持ってきてある。
《ビジターカード》を一枚手に持ち、帰り用のもう一枚はシャツの胸ポケットに入れて置く。
さあ、実行だ、とカードをタップしてみるが何も起きない。
ゲーム内ではアイテム欄からカードをクリックするだけだが、現実世界でのステータス画面にはアイテム欄は無いし、物を持っていても所有している事にはなっていないようだ。
こうなると後は音声入力しか無いのであろう。

(ううっ、恥ずかしい…)

誰もいないのだから恥も何も無いのだが、今まで音声入力はしてこなかった分、今更感がある。
アイテム発動時のウェイクワードをネットで調べると、小さな声で音声入力をする。

「アクティベート《ビジターカード》」

『ビジターカード 移動先指定
移動先を指定してください
[ランダム遷移]』

やはり、ゲーム内の移動先は同期されていなかった。
「ランダム遷移」をタップする。
すると画面、では無く視界が歪み始め、軽い目眩がしたかと思うと「シュッ」と音がして、景色が一変する。

先程までいたガクの自室では無く、ガクは森の中にいた。
鳥の声が響き、緑の青々しい匂いが辺りに充満している。
CGやAR(拡張現実)のような作り物では無い、現実に別の世界へと移動したのだ。

「ふぁぁぁ、本当に世界転移したー」

だが、まだ別世界とは限らない。
日本の何処かの森の中という事も今のこの景色からは考えられる。
靴を履き、辺りを散策してみる。
草花はあまり詳しく無いが、見たこともない花がたくさん咲いていた。
日本ではなく外国の場合もあり得るため、まだ異世界に来ているかの確信が持てないでいる。
そもそもゲーム内では《ビジターカード》で移動すれば街の中にある転移ゲートに必ず出てきていた。
現実では違うのかもしれないが、辺りに街どころか人の気配も無いのが気になる。

30分程歩くと森の中に幅1Mくらいの道を見つけた。
獣道とは違い、轍や人の足跡を見る事ができる。
人がいる。馬車くらいの文明もありそうだと一安心する。
この街道を辿ればいつか街に出られるかもしれない。

その時、茂みを掻き分けて大きな壁のような肉の塊が出てくる。
何が現れたのか分からず立ち尽くすガクだが、ハッとして上を見ると肉の塊に豚の頭がくっ付いていた。
これは肉の塊ではなく、オークであった。
よく見ると両手両足もちゃんと有り、右手には手斧をぶら下げていた。

(いきなりオークだと!?くそっ、そうかゲームじゃ無いからゲームバランスなんて考えられてないのか。武器とか何にも用意してないぞ)

ゲームと同じつもりで別世界の街を観光する気でいたため、戦闘の準備などなにもしていなかった。
最悪、《ビジターカード》で元の世界に戻れるが、せっかく揃えた材料費くらいの元を取れるまでは帰れない。

「アクティベート!《ファイヤボール》!」

魔法名を叫ぶ時に同時に目線でオークにカーソルを合わせると最速で魔法を飛ばす事が出来る。
サッカーボール大の火の玉がオーク目掛けて飛んで行くと、オークの腹に火の玉が当たり大穴を開ける。
武器も持たないガクを見て甘く見ていたオークは手斧を振り上げることもなく、その場に地響きを立てて倒れた。

「うへぇぇ。思ったより威力あるなぁ」

ファンタジー系のゲームなら大抵中盤以降に出てくるような敵をたった一発の魔法で倒してしまった。
ゲームバランスも何も無い現実世界だけに、想定とは違う結果になる事もあり得そうである。
逆に言えば威力のありそうな派手な魔法でも実は役立たずという事もあり得るという事だ。

(魔法で何とかなりそうだけど、早く街を見つけないと不安だよ)

焦る時ほど、思い通りににはならないものである。
先程の魔法が炸裂した音を聞きつけて、今度はオークが全部で5体現れる。
倒した個体と同じ群れなのか、倒れているオークを見つけると興奮し始める。
一体ずつ倒していては間に合わない。
一撃でも食らえばそこで終わりだ。
ガクの所まで辿り着かせる前に全てを倒し切らないといけない。

「アクティベート!《水神招来》!」

ゲーム内で訪れた事のある中華風なセグメントで覚えた魔法だ。
強力な水圧で水の塊をいくつも打ち出す。
…はずだったが、何も起きない。

(失敗した?エレメントが対応してい無いのか?)

ログを見ると魔法は発動しているようだが、エレメントの互換性がないというエラーが出ていた。
魔法に必要な要素というのはエレメントと呼ばれていて、本来はその魔法やスキルの発祥地にしか存在していない。
だが、性質が似ていて互換性がある要素であれば、今いるセグメントのエレメントに変換する事で発動する事が出来る。
だが今回の魔法ではこのセグメントに変換出来るエレメントが無かったようだ。
簡単に言えばこの世界には水神様がいなかったという事になる。
それならば違う系統にして見る。

「アクティベート!《ほのいかずちのおおかみ》!」

今度は和風なセグメントで覚えた魔法だ。
水属性から雷属性にも変えてみた。
この世界に「火雷大神(ほのいかずちのおおかみ)」という神様がいれば発動する筈だ。

オーク達の頭上に黒い雲が現れ、そこから轟音と共に雷がオーク目掛けて次々と落ちる。

バリバリバリバリッ!!

オーク達は皆丸焦げになりバタバタと倒れる。
それでもまだ雷は止まず、辺りの木々もなぎ倒されて行く。

「威力有りすぎだろ!」

結局、辺り一面が焼け野原になってしまった。
オーバーキル過ぎる。
MPの無駄である。

「適切な魔法を選ばないとMPが足りなくなりそうだよ」

MP回復のポーションも《魔導錬金術》で作れるようだが、その素材は日本、というより地球上では揃える事が出来ない。

ポーン
『レベルアップ Lv2
レベルが上がりました。
HP:26→33
MP:35→47』
ポーン
『レベルアップ Lv3
レベルが上がりました。
HP:33→51
MP:47→68』
ポーン
『レベルアップ Lv4
レベルが上がりました。
HP:51→83
MP:68→104』

「おおっ、一気に3つもレベルが上がった!しかし、この辺はゲームっぽいままなんだな」

レベルアップにより最大MPは増えたが、残りのMPは少ないままだ。
早く街を見つけて宿に泊まるなりして回復しなければいけない。

(そう言えばこの世界のお金とか待ってないぞ。RPGなら魔物を倒せばお金を落とすけど、あれじゃなー)

消し炭と化したオークからはお金が出てくる気配も無く、よくある冒険者ギルドへ討伐部位を持っていく、というのも出来そうにない。
最初に倒したオークなら穴を開けただけなので、もしかしたら何かドロップしているかもしれない。
だが、ゲームの中ではなく現実世界なのだから、そんな都合のいい仕組みになっている筈もなく、オークの亡骸が有るだけだった。

(ステータスとかレベルアップとかはゲームっぽいのに、こういうのはやけに現実的だな)

途方に暮れていると、後ろからまた何かが現れる気配がする。
また、魔物かと身構えるがそこに現れたのは騎士だった。
全身金属製の鎧で身を包み、腰にはロングソードを帯剣している。
兜を取ると、やや緑がかった長い髪が流れ、エメラルドグリーンの眼を持つ女性だった。
その後ろからは同じような鎧姿の騎士達が何人も出てくる。

「先程の雷帝の裁きは君が行使したのかな?」

(日本語?いや、喋っているのは確かに外国語だ。あのアビリティがこう役立つとはね)

セグメント・ワールドは様々な世界を行き来するゲームだけあって、設定上は話されている言語も多種多様であるという事になっている。
プレイヤーには初期に貰えるアビリティとして全員に《全言語翻訳》というものが与えられている。
結果として、どのセグメントでも日本語で読み書き出来て話すのも日本語で良い、という無駄に凝った設定であった。
だが、今となっては、このアビリティがあるお陰でこの女性の話す外国語も日本語で理解出来ていた。

「ん?言葉は分かるかな?」
「あ、は、はい。言葉分かります。雷帝の裁きというのは知らないですけど、この辺の魔法は僕が使いました」

嘘や誤魔化しはしてはいけないような気がして、ガクは素直に答えてしまう。

「ふむ。そうか、派手にやらかしたな。む?倒したのはオークか!それも5体?いや、あちらのも君か?」
「あ、はい、そうです」
「これは火龍の槍か。君は若く見えるがかなりの高位魔道士のようだな」

なんと答えて良いものかわからず固まっていると、騎士達は何かを話し始めてしまった。
こんな時にどうしていいか分からず、手持ち無沙汰になってしまう。
近くにあった木の葉っぱの数を数え始めたところで、先程の女性騎士がまた話しかけてきた。

「待たせてすまない。そうだ名を名乗っていなかったな。私はガリア騎士団団長のシャルロット・ダングレームと言う。シャルでもロッティーでも好きに呼んで構わない」
「あ、ガクです。ガク・カスミザワです」
「ふむ。ガクだな。ガクは何処かの教会や魔導士連合に所属しているか?」
「え?い、いえ。何処にも所属はしていません」
「そうか!それなら我がガリア騎士団に入らないか?」

唐突な申し出に理解が追いつかない。
何故いきなり会ったばかりの人に騎士団に入れなどと誘うのか。
人を信用できないガクはこの騎士団長も自分の事を騙そうとしているのではないかと疑い始める。

「すみません。そう言うのは間に合ってますので遠慮します」
「むう。そうか。なら少しだけでいい。これから行く村に魔物が大量発生しているのだが、その討伐を手伝ってはくれないだろうか」
「手伝い、ですか」
「報酬は出す。金貨5枚でどうだろうか」

そう言われても金貨の価値がわからない為、判断に苦しむ。
だが、このまま何処かの街に行けたとしても、この世界の貨幣を全く持たないのでは、宿どころか食事すら出来ない。

「分かった。金貨8枚までだそう。ダメか?」
「姫よ。我が団にはあまり余裕はありませんぞ」
「セドじいは相変わらずケチくさいな。それくらい良いであろう」

価値が分からず悩んでいたのだが、報酬が足りないから渋っていたと思われたらしい。
いつのまにかシャルの隣に来ていた老騎士が苦言を呈している。
白く長い髭をたくわえ頭は禿げ上がっている。
優しそうな眼をしているが、何処かシャルの言動に呆れているようでもある。

「わ、分かりました。手伝います。それに金貨5枚で良いですよ」
「それでいいのか?だが助かる。我が団もあまり予算が無いものでな」

金貨の価値は後で街にでも行った時に調べれば良い。
まずは、金貨5枚を手に入れてみる。
それで足りないようであれば、街で何か仕事を探せばいいだろう。

しおり