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第一話 窓無し

「神々の前に跪いて、祈りを捧げなさい」

暖かい陽の光がステンドガラスを通して、足元に鮮やかな色を映し出している。
お昼ごはんを食べて、すぐにこの教会に来たから眠くなってきていた。
目をこすりながら、神父さんに言われた通りに祭壇の前でお祈りをしようとするけど、普段からお祈りなんてしていないから、やり方がよくわからない。

(ちょっとリンくん!片足を立てて手は組むの!ちがうよ!腕じゃなくて手をこうするの!)

隣で同じようにお祈りをしている幼馴染のティルがこそっと小さい声で、僕の間違いをなおしてくれる。
周りには今朝方、同じ村からとなり町にあるこの教会まで一緒にやって来た同い年の子どもたちがいて、同じように跪いている。

「恩寵を授かりたい神にあなたの名前を捧げましょう」
「勇気と絆の神アゲートよ。我が名、ヴォルフ・ガイガーを捧げます」
「水の神ベリルよ。我が名、ティルズデイ・エッフェンベルガーを捧げます」

みんな必死になって拝んでいる。
僕もみんなに続いて名を捧げる。

「癒しの神セラフィナイトよ。我が名、リーンハルト・フォルトナーを捧げます」

この名を捧げる祈りは、ただ祈っているという訳ではない。
この国では、10歳になると教会で神々に名を捧げ、その神に気に入られれば、恩寵としてスキルを授かることができる。
どんなスキルが得られるか、いくつ得られるかで、自分の人生が大きく変わるから、みんな少しでもいいものが欲しくて、必死にお願いをしている。
僕が名を捧げた神は主に火と光、そして怪我や病気を治す力を持つ神様だ。
この神様を選んだのには理由がある。
僕の憧れの人、と言ってももう何百年も前の人だけど、その人がこの神様に名を捧げていたらしい。
だから僕も真似をして同じ神様に名を捧げてみた。

「さて。これで、あなた方には、神の恩寵が授けられました。一生を共にするのですから大事になさい。それから、その恩寵は、軽々しく他人に教えてはいけません。信頼のおけると思った人だけにするのですよ」

「「「はい」」」

ここまでが私の役目です、と言って神父さんは奥に行ってしまった。
代わりに親しみやすそうな修道士のおにいさんがいろいろと教えてくれるらしい。
若い、とは言っても僕達より10歳は年上に見えるおにいさんはニコニコと笑顔でスキルについての説明をしてくれる。

「それでは、これから神の恩寵…つまりスキルに付いてのお話しをするよ。まず、たぶんみんなもらえていると思うけど、ステータス・ウインドウという最も大事なスキルがあります。これを早いうちから使いこなせるようにならないと、大人になってから大変だからね。」
「俺、知ってるぜ!父さんの見せてもらったことあるからな!」

さっき必死に祈っていたヴォルフだ。
話が進まないから、大人しくしていてほしい。

「ステータス・ウインドウを見れば、どんなスキルをもらえたかが分かるし、自分がどれくらいの力や能力があるのかを知ることは、生きていく上でとても重要になるんだ。魔物と戦う時には特に役立つからね。まあ、まずは使ってみようか。慣れれば頭の中で思い浮かべるだけで使えるようにねるけど、最初のうちは声に出した方が成功しやすいよ。ステータス・ウインドウとコールしてごらん」

「「「ステータス・ウインドウ」」」

みんなワクワクしながらスキルを呼び出す。
僕も同じようにコールした。
周りからは、うおぉこれか、とか、やったぁできたぁ、という歓喜の声が上がっている。
でも、僕の前には修道士おにいさんの足しか見えていない。
あれ。おかしいな。声が小さかったのかな。

「ステータス・ウインドウ!」

ちょっと声を張ってしまったら、全員に見られた。
でも、何も起きない。何か嫌な予感がする。
この国ではステータス・ウインドウを持たない者は「窓無し」と呼ばれて人としての価値を下に見られてしまう。
ステータス・ウィンドウが無いと、スキルもわからず、ステータス値も知ることができないから、そんな自分の能力もわからないヤツは世の中からは役立たずな奴として扱われてしまう。

窓無しは千人に一人と、言われているけど、その人生は人によって大きく違ってくる。必ずしも役立たずのままで人生を終える訳では無いのだ。
というのも窓無しの場合は、強力なユニークスキルを持っている可能性が高いからだ。

スキルを知る方法がないので、せっかくのユニークスキルを使うこともできず、結局役立たずになり、働くこともできずに、最後は奴隷に落とされてしまうこともある。
ただ、偶然でも自分のスキルを知ることさえできれば、たとえそれが普通のスキルでも、活躍の場はいくらでもあるのだとか。
それがユニークスキルなら英雄にもなれる。
この国の騎士団長も確かユニークスキル持ちだったはず。
もし僕が窓無しなのだとしたら、スキルが何なのか早く見つないと、最悪奴隷にされてしまう。
そんな人生は嫌だ!

「なあ、リン。どんなスキルがもらえた?教えあいっこしようぜ」

いきなり何を言い出すんだヴォルフのやつ!やめてくれよ!

「もう…。あのね、さっき神父様が言ってたでしょ。あんまり簡単に人に教えちゃダメだって」
「信頼できない人には教えてはいけないんですよ」

ティルズデイ……ティルがヴォルフを注意して、その隣にいるティルと仲良しのルナが暗にヴォルフは信頼できないから教えたらダメだ、という意外と厳しいことを言っている。
でもよかった。このまま、みんなで教え合う雰囲気になってしまったら、僕が窓無しだという事がバレてしまうところだった。
でも、明日、僕達の村に帰るまでに何とかしないと、さすがに家族には隠し通せる気がしない。
ステータス・ウィンドウが使えないというのはもう仕方がない。
窓無しが後からステータス・ウィンドウが使えるようになったという話は聞いた事がないから、僕は窓無しとして一生生きていかないといけないだろう。
それはもうどうにもならない事だから、すっぱり諦めて次に切り替えよう。

教会を出ると、この町まで同行してくれた村の大人達がさっき取ってくれていた宿に戻ってきた。
男女別に大部屋を一部屋ずつ取ってあり、一度それぞれの部屋に入ったあと、僕はティルを呼んで宿の外に連れ出した。

「少し歩こうか」
「う、うん」

このとなり町は僕達の村から歩いて半日くらいの場所にある近さだけど、村と違って人は多いし、道沿いには屋台がたくさん出ていて賑やかだ。
5、6歳の頃からお祭りの時とかにはティル達と一緒によくここまで遊びに来ていた。
ふと横を見るとティルは何故か俯いて歩いていた。
ティルがいつもと違うのがちょっと気になるけど、まずは僕のスキルを探るための手掛かりを探したい。
ユニークスキルはその人の性格や癖、普段の生活習慣とかが大きく影響するらしい。
その為にも幼馴染のティルに色々僕の事を聞いてみたい。

「ねぇ、ティル。ティルは僕の事どう思ってるの?」
「ふえっ!?リリリリンくんのこと!?き、急にそんなこと聞かれても…。えっと、今ここで言うの?ホントのこと言っていいの?」
「え?なんか怖いんだけど。小さい頃から知ってる仲だからさ。僕の事は僕以上に知ってる事があるかもって思ったから、何でもいいから教えて欲しいんだけど」
「あ、ああ!…ああ…そういう…。そうね。リンくんはそういう子だったよね。そっちの話とかになるわけ無いのに期待したわたしがバカだったのよ」

そっちの話ってなんだろう。
何か分からないけど期待させちゃったみたいだ。

「えっと、ごめん?変な事を聞いてるかもだけど、こんな事ティルにしか頼めないんだ!」
「うぐぅ。違う意味だって分かってるのに!勘違いするなわたし!ふう、わかったよ!リンくんの性格とか普段なにしてるかとか、そういうのをわたしから見たリンくんを話せばいいんでしょ?」
「うん!ありがとう!ティル!」
「うぐぐ、この笑顔、ずるいぞ!耐えるんだわたし、何年これに晒されて来たと思ってるのよ!」

ティルは何か楽しそうだ。
いや苦しんでるのかな。
でも、口元がダラけているから、幸せそうだしまあいいかな。

「そうねぇ。リンくんはね、や、優しいとこがあるよ。わたしが困っているといつも助けてくれるから!」
「う、うん。そう言うのじゃなくて、もうちょっと具体的に目に見える特徴とか無いかな」
「むう!これ言うのちょっと勇気出したのにー!ふんだ!そう言うオンナゴゴロに気付けないのがリンくんのダメダメなトコロだよ!」

駄目な所は要らないんだけど、ティルが怒り出したから指摘しない方が良さそうだ。

「あ、そうだ!リンくんはカラダを動かすのは苦手なのに何かを作るのは得意だよね。いつも息切らしながらだけど村長さんちの本棚作ったり、この前は水車小屋の歯車直してたよね!あれすごかったー」

ふむ、僕は物作りは趣味でやってるし、村の道具とか家具も作ったりしている。
体力が全然ないからとても時間がかかるけど。
そう言われれば僕は新たに物を作り出すとか、仕組みを考えるのは好きだな。

「うん。これは僕の一面だね。あとは何かないかな」
「んーと。さっきの優しい、って話だけど、それとはちょっと違うかもだけど、人が困ってたり、何か大変そうな時はいつも助けようとしてるよね。リンくん体力無いのに荷物持ってあげたりさ。あと、リンくんの一言でうまくいくようになるとかよくあるね……。んーなんだろなー。周りのみんなに指示を出す?のが上手って言うのかな」

支援系という事かな。
それか指導者的な能力が実はあるとか?
この辺りのスキルが得られていないか調べてみようか。
ティルが側にいるからバレないようにこっそりと試そう。
ティルにだけは僕が窓無しと言うことを知られたく無い。
あ、いや、ヴォルフとかにも知られると面倒だから嫌だけど、ティルに嫌われるのは一番嫌だな。

(クレイエールン)

ティルに聞こえないように小さい声でスキル名をコールしてみる。
このスキルは先代王が使っていたという、超強力なユニークスキルだ。
何も無いのに、掌に乗る大きさなら何でも好きな物を創り出すことが出来るというとんでもないスキルだから、物作りが好きな僕なら或いはと思ったけど、流石にこんなレアなスキルは無いか。
何も現れなかった掌を見つめる。

「リンくん?雨降ってきた?」
「あ、いや、平気だよ。気のせいだった」

あまり目立つやり方だとティルはよく僕の事を見てる時があるから気付かれそうだ。
もっとこっそりやらないと。
ポケットに入っていた飴を取り出して両手で挟み込む。

(フェルミーニヒフルディヒング)

今度は僕のじいちゃんが昔戦争の時に使っていた、と聞いたことがあるユニークスキルだ。
こうやって手に挟んでコールすると手を開いた時には二つに増えているという、物を増やすスキルだ。
食料不足の時にじいちゃんがみんなの食べ物をこれで増やして廻っていたらしい。
でもこれも飴は一個のまま。失敗だ。

「リンくん、今度はお腹空いたの?むー、女の子と歩いてるのにちょっとデリカシー無いんじゃないかな?わたしとじゃつまらないっていうの?あ、くれるの?ありがと。…おいひぃ」

これって、一つずつ試してくのってとても大変なんじゃないのか?
しかも、一回毎にティルの相手してかなきゃならないのか。
あれ?もしかして結構まずいのか?
そうだよ。こんな当てずっぽうで無数にあるスキルの中から自分が得られたスキルを当てるなんて無理な話だったんだ。
それが簡単に出来れば窓無しが無能扱いされる事なんてあるはず無いもんな。
僕の人生終わった?
いやいやいや。
まだ何か手があるはずだよ!
何か手掛かりが無いか!

そう言えばじいちゃんも窓無しだったんじゃなかったっけ。
だってさっきのユニークスキルを持ってるんだから!
そうだよ、確か小さい頃に聞いた話にユニークスキルを見つけた時の苦労話って言うのがあったはず!
ああっ!もっとよく聞いてれば良かった!
まさか自分が同じ苦労を味わうとは思わなかったから、適当に聞いてたあの頃の僕を叱りたい!

「リンくん?今日なんか変だよ。さっきの儀式でいいスキルが貰えなかったの?」
「だだ大丈夫だよ!問題なんて一つもないよ!ホントだよ!」
「あやしい…。ねぇ、困ってるんならわたしが聞くよ?わ、わたしはリンくんのこと、す、す、す……すごく心配だから……。ふう、わたしやっぱりダメダメだー」

ティルもなんか変だ。
途中からなんの話だか分からなくなった。
ああ、でもティルの顔を見ていたら思い出してきた。
そう言えばティルもじいちゃんの話を一緒に聞いてた気がする。
そうそう、ティルが色々質問してたっけ。
そうだ!ティルがあの時試しにやってみたんだった!
確かあれは…

「シノニム ユニークスキル」

そうそう、こんなコールだった。

「リンくん?!ホント大丈夫?」
「あはは。大丈夫、大丈ぶっ!!あ、ああ、ホントダイジョブ」

なんかウィンドウが出た!
だけど、その後すぐにティルが心配そうに覗き込んできたから、ティルの顔でウィンドウが見えなくなった!
近いよ、ティル!
ティルの方が少しだけ背が低いから覗き込むようにして顔を近づけてくる。
え?何?ちょっといい雰囲気?
だけど、ティルの頭の後ろ辺りにチラチラと見えてるウィンドウも気になる!
何が出たんだ?ユニークスキルなのか?
この状況、どうすればいいんだ!?

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