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第40回「破壊神、その心の内」

「足元を見てくれたもんだ。しかし、それだけ重要な将だったら、なぜルテニアは処刑せずに取っている。考えられるのは捕虜交換のためか、あるいはもっと別の何かを得るためか」
「サマーほどの魔力を持った魔族を手に入れるということは、人類組織にとっては貴重なサンプルを得るも同然よ」

 虫の好かない話ではあるが、真実ではある。いたいけな少女がいったいどんな目に遭わされているか。僕としては、今すぐにでも助けてやりたい。ましてや知人の妹だ。まあ、リリとは知人というほどの仲ではないかもしれないが。
 しかし、まだ納得がいったわけではない。さらに掘り下げてみる。

「だとしたら、今ごろは生きたまま解体されているかもしれないな」
「実験体を殺してしまうのは下策よ。いかに生かしたまま苦しめつつ、同時に研究を行うことができるか。それが良い科学者、あるいは魔道士であるかを示す指針になる」

 生かさず殺さず。
 つまりは、そういうことだ。ああ、嫌いだ。僕はひどく気分が悪い。もう小賢しい真似はやめにして、世界を滅ぼす大戦争を引き起こしてしまいたい。
 だが、それはまだだ。まだ早い。僕には力があるが、僕の手駒には力がない。とんだクズみたいな思考だが、これは事実だ。チャンドリカは僕のために戦う優秀な兵になるが、あくまでも未来の話だ。今はまだあまりにもか弱く、簡単に捻り潰されてしまうだろう。
 力が必要だ。人も魔も、怪物さえも馴致して、ただひたすらに一つの目的に向けて驀進させる。
 僕の望みは何だ。
 世界征服か。
 いいや、そんな大それた野望は持っていない。結果的にそうなるかもしれないが、それはあくまで目的の先にある果実に過ぎない。
 僕は人間が小さいんだ。頭がいいことを褒められたいし、強いことを素直に称賛されたい。シャノンとともに旅をしていたのは、それが最も褒められる手段だったからだ。しかし、彼らは僕を放逐した。僕もそれでいいと思った。心の中の邪鬼に蓋をして、田舎に引きこもって余生を過ごそうと思った。

 甘いねェ。実に甘い。
 そんなんじゃ、一生後悔しただろうサ。

 僕の中の悪魔がそうささやく。その通りだ。一生後悔しただろう。だからこそ、リリ・トゥルビアスには心から感謝しているし、命令したであろうアルビオンには大変な恩がある。ならば、リリの妹たるサマーを救出するのも道理だろう。
 だが、僕はいずれ恩を仇で返すかもしれない。少なくとも、サマーには僕の傍で戦ってもらいたい。魔王軍の最前線で戦ってきたほどの力の持ち主なら、今後、魔王に服していない種族の懐柔にも役立つだろう。

 そうだ。
 その通りだ。
 僕は破壊神という一個の軍団を作らんと欲している。

「神、助けに行こう。サマーのことは私も知っている。あいつは良いやつだ」

 良いやつか。誰かのことをそう言ってあげられる、君はもっとすごく良いやつだ。プラム、プラム・レイムンド。君が僕の本心に気づいた時、果たして付いてきてくれるだろうか。付いてこなくても寂しくはない。そう思っていたが、毎日寄り添っている君がいなくなると、正直、ほんのわずかだが、寂しくなりそうだ。
 ともあれ、サマー・トゥルビアスの救出については、三者の意見は一致しているのだ。これ以上の回答の引き伸ばしはやめよう。

「悪いやつじゃないなら、助ける価値はあるな」
「そうだ。私だって、好かないやつなら放っておく。だが、あいつのことは助けたい」
「わかった。約束は守れよ、ジャンヌ・ダルク」

 僕はジャンヌの目を見た。彼女の青い目は僕の心を見透かしていそうだったが、別に構わなかった。たとえ全世界を焦土に変えてでも、僕という存在の重さをわからせてやる。この意志が揺らぐことはないのだ。
 あの洪水の中で死に、新たな世界に転生し、なおも戦って、戦って戦って、しかし放り出された者の気持ち。
 わかれとは言わない。
 ただ自分たちのした行為に絶望して欲しい。
 そのためならば、僕はいずれ地獄に落ちようと、煉獄を這いずり回ろうと、絶対的な力を振るって君臨するつもりだ。

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