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第67話 マジカルインストール マジ卍

 世界最終パイ投げ戦争が繰り広げられているさなか、白彩工場にレート・ハリーハウゼンが姿を現した。
「ありすさんッ! 本日はワタシの店『千代子とレート』は閉店デス! 何かオカシイと思ってた。年末がイツマデモイツマデモ終わらないナンテェー。日本中がそうなんですカー。どうなんですカァー」
 レートは両手で顔を覆い、天を仰いだ。この人、だんだん片言になってくるな。胸の漢字は「公衆便所」に変わってる……。ぽげムたマークの缶バッジは相変わらず胸についていた。
「でしょ」
 集合的蒸器の向こう側から返事が返ってきた。ありすの顔は店長の顔にくっついている。
「ここで最後の戦いが行なわれると聞きました……が、これはパイ投げですか? アレ? あなた方、一体ナニがどうなってるんですっ?!」
 レートは忙しく全員の顔を確認しながら状況把握に努める。だがその結論として全く訳が分からんので、話を元に戻した。
「とにかく、このままではいつまで経っても正月が来ないではアリマセンカ! 妻も私も、ムカ着火ファイヤーデスッ」
 レート・ハリーハウゼンよ、この状況の理解は放棄か? と時夫は思った。さておき、今日までレートは忙しそうだったからありす達も放っておいたのである。だがつい先ほどウーに言われた事で、レートはカレンダーの異常に初めてハッとしたらしい。
「その日本語覚えない方がイイヨー」
 黒水晶の顔に移ったウーがからかった。
「どーやら、この状況を改善できるのは、たまたまここへ来た私以外にないようデスネ。最終兵器を持ってきました。ザッハトルテェ!!」
 欧州のチョコレートケーキの王様で応酬! アリスの大好物チョコである。
「あざす!」
 店長の顔についたありすの目鼻口が返事をする。
「軽いなー」
 ありすについた時夫の目鼻口がレートに横目を投げる。本当にありすなのか?
「それ黒水晶よ!」
「何?!」
「こっちが本物よ」
「嘘つくな、コイツ。レートさん、騙されないで」
「あんたがあたしのフリしてるんでしょ」
「なんですってー!! それはこっちのセリフ!」
「お二人ともお静かーに! どっちが本物でも、どっちが偽者でも、全く問題アリマセン! ありすさん!! あ、向こう側か。いやこっちかな? これで黒水晶の科術に勝てます。……イキマスヨー!!」
「な……投げんの? もったいないナ」
 と、どっちかが口走った。そう言うと思った。顔が入れ替わってるので、髪の色だけではどっちがありすでどっちが黒水晶か判定できないが、ありすが好きなら黒水晶もザッハトルテが大好きなはずだった。主人の嗜好を継承している。つまり、そういう事だ。
 レートの空手チョップで二つに切られ、半月状態となったザッハトルテは抜群のコントロールによって、ありすと黒水晶の両者の顔めがけて飛んでいく。黒水晶は食べまい食べまいと必死に抵抗するも、つい魅力に抗えず口にした。
「……うまっ」
 ザッハトルテの勢いは止まらなかった。二人ともバクバクと食べまくる。その結果として、たちまち全員の顔が元に戻っていく。一体このチョコレートケーキにどんな秘密が? 元に戻った黒水晶は女の子座りをして、しらけ顔の隣の店長を尻目に、いつまでもザッハトルテを食べていた。
「あ……あぁおいしぃー!」
「今だッ。マジカル・インストール!!」
 ありすの人差し指が、黒水晶の無防備なハートめがけて、無限たこ焼きのような光の玉を一列で飛ばした。ザッハトルテに夢中になった瞬間、黒水晶の結界は破れていたのだ。そしてありすの科術が一瞬だけ有効になったのである。
 あっけに取られた黒水晶の身体は、手脚から先にバラバラの鉱石に砕け散り、ありすの右手の中で、鉱石の形へと再構成されていく。白彩で黒水晶が形成していた科術結界は完全に胡散霧消し、ありすは白彩で科術の力を取り戻した。店長のまんじゅうで一時かなりのピンチに陥ったが、黒水晶とのフュージョン(一体化)によって、ありす自身の変化が始まった。
「ありす、背中に何か見えるよ?!」
 ウーが驚愕しているのも無理はない。ありすの背の左右に蝶と蛾の羽が生えたオーラが可視化している。古城ありすは、科術師としてパワーアップしたのだ。
 果たして首だけになった黒水晶は煩悶の表情を浮かべたまま、床をゴロンと転がって、容器の中にストンと落ちた。
 黒水晶の首が、容器から生えたそのカニのような脚でシャカシャカと走っていく。
「オ、オマイは物体Xのスパイダーヘッドか?! マジ卍」
 その首だけ黒水晶は、暗がりへと飛んで逃げ込んでいった。
「追いかけて!」
 なんという執念。黒水晶は首だけになっても、下へとエレベータで降りて行った。

(私の情熱……アレだけは絶対に孵化させる! 工芸菓子のフェラーリことアレを! たまごっちより大切に育ててきたんだから。アレを、あの女に阻止されてなるものか!)

「ドシロウト共! まだ俺は倒れておらんぞ」
 黒水晶を追おうとしたところ、店長が立ちはだかった。だが、ありすは予想済みだ。
 集合的蒸器たちが騒がしく声を発している。例の中身の肉まんが音を出しているのだ。
「お持ち帰りですか? 食べていきますか? ご飯にする? お風呂にする? それとも私?」

 たこやきの中にたこやきが!
 そのたこやきの中にたこやきが!
 そのまたたこやきの中にたこやきが!
 ……(くりかえし)

「オラオラオラオラァーッ」
 二刀流フライ返しのありすの手つきから、光弾が集合的蒸器と立ちはだかる店長に向かって放たれた。パワーアップした無限たこ焼きに、集合的蒸器が続々と爆発してゆく。その蒸気の中で、店長はまだしぶとく生き延びていた。
「集合的蒸し器を壊しても、一度生を受けたものはもう簡単には無くならない。白彩は滅びぬ、何度でも蘇るさ! はは、わははははは!」

 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!
 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!
 たこやきの中にたこやきが!
 HEY!!

「ギヤァアアアアアアー!!」
 人を素人呼ばわりする失礼な店長は、ありすの無限たこ焼きにぶっ飛ばされ、元の茸の姿に戻った。その茸愛ゆえ、自らを茸と同化した親株茸。しばらくすればまた復活するだろう。こいつにも、「死」という概念があるのかどうか未だによく分からない。
「科術のレシピで、町を正常化するわよ!」
「ブラジャー!」
 ウーとレートが協力して、たちまちこの店にある材料を包み込んだ即席のぎょうざアラカルトが作られていく。
「はらたま! きよたま!」
 ありすが各種のぎょうざに科術の呪文をかけた。すると、煙突から新たに浄化の煙が流れ出て、町は元の姿へと戻っていった。
「アイツを追うわよ!」
 一同は地下エレベータへ乗り、黒水晶の生首を追った。

 蒸し暑い。エレベータが到着した地下階には、奇妙な植物が群生していた。
「なんだここは……」
 植物の先端に、無数の小人が連なっている。
「オルキス・イタリカね。ニンゲンそっくりの花をつける。どうやらここは、黒水晶の人体実験の現場らしいわね」
「そんなモンがこの世に存在するとは……」
 他にも、よく見ると、小さな髑髏が無数に枝にくっついている枯れたキンギョソウ。女性の豊満な赤い唇みたいな植物とか、まるで悪役仮面みたいな花、さらにアングロア・ユニフロラというゆりかごの中の赤ん坊など、ありとあらゆる擬人化植物が生えていた。あぁ恐ろしい、恐ろしい。これは、マッドサイエンティストの館ではないか!
「気味が悪いなぁ」
 おそらく、ここからありすらが東西南北脱出を図った際に立ちはだかった、数々の強敵たちが現れたのであろう。さらにその奥へと奥へと進むと、今度は近代的な研究所が現れた。
 途方もなく巨大な卵がその中心に置かれている。大きさはざっと五メートルは下らないだろう。その装置のデバイスの近くに、黒水晶の生首は居た。
「往生際が悪いわよッ!」
「か、身体なんか、いくらでも再生できるんだからねッ! それがお前たち有機生物と、あたしら珪素生物との違いなのよ!」
 地球の生命は炭素で構成されるが、珪素も炭素と同族で原子価が四つで、結晶生命体が存在する。結晶生命体は劣化することがなく、再生能力も炭素生命に比べてはるかに高い。黒水晶や、ファイヤーストーンの擬人化たるキラーミン・ガンディーノはその珪素生物だった。
 何やらもっともらしくSF理論を口走った黒水晶は、首だけになっても舌でボタンを押して科術機械を操作している。そうして巨大卵の孵化を開始した。
 亡き店長が形を作った巨大卵に、黒水晶はこれまでの町全体のお菓子化によって回収した「魂」を込めている。もはや、「ドウエル博士の首」。リンゲル液に浸かる必要は本来ないはずなのだが、おそらく珪素生物とはいえ人間化が促進している為だった。マッドサイエンティスト黒水晶は、その生命の誕生の瞬間を前にして笑っていた。
「諦めて、潔く負けを認めなさい!」
 ありすは走り回る黒水晶博士の首を捕まえて、カプセルを外すと、リンゲル液がドバッと床に流れ出た。首を回収し、マジカル・インストールで最後の欠片を元の鉱石の姿に戻した。さて卵から目を離した瞬間、
「孵化するッ!」
 時夫が叫んだ。

 ドズズーー……ン

 孵化したばかりの砂糖菓子の怪獣は、あっという間に膨張して地下の天井を突き破った。粉塵を撒き散らし、地上階の蒸し器を蹴散らすと、大糖獣カシラは雄たけびをあげた。体長およそ五十メートル。白彩の菓子細工は雉、孔雀、白い虎、Tレックス、カシラとどんどんレベルアップしたのである。すでに和菓子でも洋菓子ですらなかった。その菓子界のキメラ(鬼子)たるカシラは、工場の屋根を突き破って外へと出て行った。結果として集合的蒸器のあった工場は大爆発した。恋文町の意味論という意味論が吹っ飛んでいく。いいや、この町の意味論は今、おかしな光線を吐くカシラに集約されていた。さらにこの一連の破壊によって、地下へのエレベータは完全に埋まったのである。
 白彩の店主が創造し、黒水晶が命を吹き込んだ巨大な菓子細工の化け物が恋文町を破壊していく。カシラは、おかしな光線を吐き、再度街をお菓子化しているのだ。
「コイツだけでまた町がお菓子化されるわ!」
 何とか難を逃れ、地上へ出たありすは呆然と見上げた。
「やれやれ、これまでの苦労が一瞬で水の泡か! せっかく皆が町を浄化してくれたのに。まるで、B級映画の展開じゃねーか!」
 時夫はさじを投げかけた。
「いいや? むしろ楽しくなってきたわね!」
 とウーが言った。
「……え?」
「『コマンドー』、『プレデター』、『ゴジラ対キングギドラ』! かつてB級映画の帝王、レイ・ハリーハウゼンは、観客たちに特撮映画を楽しんでもらおうと、B級映画を作り続けた」
 そうか。レート・ハリーハウゼンというパン屋の謎が解けたような気がする。彼はパンでワニを作り出した。それが彼の意味論なのだ。
「B級こそ、映画通は純粋に映画を楽しめるものだからよッ」
 ……楽しんでどうする。

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