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第48話 ギャングスターバックス

「自信あったのに……。あいつらパワーアップしてない?」
 黒水晶は、宮殿内をウロウロしている。
「女王はどこ?」
『あっちにいたよ。宮殿前でけんけんぱをやっていた』
 緑の眼の蜂人は答えた。黒水晶は、少し蜂人のテレパシーが分かってきた。女王はそこにいなかったが、地面にろう石で描いたけんけんぱの丸が残されている。
「……女王は?」
 黒水晶は、木の手入れをしている蜂人に訊いた。
『風呂じゃないかな。アヒルと海賊ごっこをしていた』
 湯気が立つ大きなローマ風呂には、黄色いラバー・ダックだけがプカプカ浮かんでいた。
『休憩室で椅子ピラミッドを作って座ってたよ』
 その休憩室にはピラミッドだけ残されていた。なんだか、跡を追っている気がする。いつも一歩遅い。黒水晶は、今度は廊下を通りすぎた蜂人を捕まえた。
『今、食堂で地上波のドラマを見てる』
 食堂だって? それは黒水晶がサリー女王を最初に探しに出た出発地点じゃないか。黒水晶はそそくさと食堂に戻ると、真灯蛾サリーは白彩製のキノコチップスを大皿に開け、椅子の上で膝を抱えて寒流ドラマを見ていた。内容は、極寒の地で起こる背筋も凍るミステリーだ。
「もーあんたの鉄人たち全然役に立たないじゃないのよーっ。あんたも食虫植物に食わせちゃうんだから」
 黒水晶をチラ見した女王はすぐ4KTVに視線を戻す。三流寒流ドラマが終わって「じじい放談」が始まった。
「お任せください。今度こそ、王様のアイデア並にアイデア溢れるこの私めに」
「確かに仕掛けは壮大で、随分凝ってたわよネー。……ダースベイダーもどきとか出てきてさ、テンション上がったワ。……でも捕まえられなきゃ何の意味もない……」
 なぁんのいみもない、と繰り返して、終始テンション低くサリー女王は黒水晶に言った。
「ここが我慢のしどころです。最後まで攻撃の手を緩めず、初志貫徹することが肝心要肝要かと存じます。南・東・北と結局脱出できませんでした。もうやつらは西に向かうしかない。しかしそこは禁断地帯。そこで彼らは、もはや逃げられない事を悟るでしょう」
 かしずいていた黒水晶はバッと立ち上がると、ニヤリとして右手をパチンと鳴らした。
「わーたぁーしぃーの記憶が確かならば、映画『猿の惑星』で、主人公テイラーは、遂に猿の世界の禁断地帯へと足を踏み入れたッ。そこでテイラーが見たモノとは……何と、何と、○○だった! まさにSF史上に残る衝撃的ラスト!!」
「○○って何よ。気になるジャン」
「詳しくは、BDをご覧ください。さてありす一行は何を見つけるのか! よーみがえるがいい! 西の鉄人、キラーミン・ガンディーノ。……出てこいやぁ!」
 もはや羞恥心も失せた黒水晶の手の示す先に、女王の視線が注がれた。黒ハットから薄い色の長い金髪をなびかせた背の高い男が、床から出てきた。
「あ、ガンマンか。今度は西だから西部劇?」
「……御意」

 ありす達は、漢方薬局「半町半街」の近くにある小公園にいた。十メートル四方もない、町の区画の余白部分を埋めたような公園。体勢を立て直すため、ありす達はいったん「半町半街」に戻ったが、今は普段から考え事をするために訪れるここのブランコに座っている。
「定刻軍は倒したけど、“北”は永久凍土は溶けるのに、春まで時間がかかるって。北はJ隊が封鎖している。J隊の小林店長は、しばらくHOTな洋楽DJで雪を溶かすのに、かかりきりだってさ。だから協力もできない」
「とすると、残るは西か……」
「さっき、アパートに回覧板入ってたけど見なかったの? 西側は禁断地帯よ」
 再びありすは警告した。
「何処が出してるんだ、そんな情報」
「市役所のブラックハウスよ。読んでないの?」
 伏木有栖市の市庁舎・通称「ブラックハウス」は、黒い国会議事堂のような外見の建物で税金の無駄遣いの象徴である。前市長のり・たまおの負の遺産として知られる。伏木市出身の「ヨッ、大統領」、「あなたののり・たまお」と海辺の仲間達はその強引な手腕で、伏木市と有栖市の合併時に市名を「伏木有栖市」に決定したが、お食事券にまつわる汚職事件や、「おい、水」とウェイターに水を要求したところから始まる「ウォーター・ゲット事件」、映画「ロッキー」にまつわるマニアック度を競った「ロッキー度事件」、そしてそれらに対する青梅街(ブルーベリータウン)で起こった前代未聞の大騒動の末に失脚した。
「そんなもの。俺、町内会なんて入ってないよ」
「厳重通達が出されてるよ。西は荒涼とした砂漠で、生きて砂漠を通り抜ける事はできない。しかも西側を支配しているのは、ブランコ・オンナスキー率いるメキシカンギャングの一味。何人もの住人が、恋文町から禁断地帯へ出て行って、そいつらに掴まって殺されている」
 そういってありすはブランコにキィキィ乗っている。西全体が「場異様破邪道」だ。
 北も十分禁断地帯だったはずだが、それは書いてなかったらしい。適当な回覧板だ。
 本当にこの町を脱出出来ないのだろうか。
「だけど俺たちに残された方角は西だろ。それに西に東京があるんだ。それなら西に行くしかない」
「たかがギャングじゃん……ダークスター国に比べたら、敵の規模もはるかに小さい」
 石川ウーがそうありすに言うと、ありすはもう何も言わなかった。

遂にありす達は禁断地帯へ!

 四人は小林カツヲから借りたJ隊のジープに乗っている。赤茶けた大地が広がっていた。どこまで行ってもネバダ砂漠、いや火星かという荒涼とした景色だ。これが本当に恋文町の西側なのだろうか。北の永久凍土との違いにあきれ果てて、時夫は言葉もなかった。いや、それは他の三人も同じだった。むろん、小林カツヲのCBA48度線の影響という訳でもない。
「南の知多家(しったか)町、東の土壷町、北の足留町、……で、肝心の西の漂流町はどこにある?」
 隣町のはずだが広大な赤茶けた大地。ビュオオオオ……。
 意味論恐るべし。地形まで変えてしまった。脱出以前、今までこんな事あっただろうか?
「こんなに走って、漂流町が見当たらないなんておかしい。南・東・北とも状況が違う」
 確かに、ありすらを阻むものは何もないにも関わらず、隣町が存在していない。砂漠、砂漠。どこまで行っても砂漠……。
「あの台形の山は何だ? デビルスタワー?」
「ネズミーランドのビッグサンダー・マウンテンじゃないの?」
「確かに方角的には正しいけど、千葉にあんな高い山ないよ」
「本物なの?」
「マットペイントかもな」
 といった会話を時夫とウーがしている通り、デビルスタワーもどきが地平線に見えている。昔は船橋に、バブルの落とし子、史上最大の屋内スキー場・ザウスがあったのだが。
「どっかでノビーが石油でも掘削してそうな光景ね」
「誰が?」
 時夫がありすの独り言に反応する。
「ノビーよ。ノブヒコ・オチアイ」
「知らねー」
「西の方面は……簡単に言うと、弱肉強食よ」
 つまり、西だから「西部劇」の意味論が働いている事を、古城ありすは予想した。だが、どこまで行っても隣町の「漂流町」は陰も形も見えない。一軒の建物も見当たらないのだ。
「あづいぃ……どっかに入ろうよぅ」
 石川ウーは早くもバテ気味だった。
「全く、文句ばっかりなんだから」
 確かに太陽がカンカンに照りつけ、どこにも冬という感じはない。J隊の戦闘車両ジープという奴は、北で見たところ屋根着きが多かったが、コレは屋根が着いてない。いや、借りてる分文句は言えないが。
「あ、ちょうどいい日陰になる店があるじゃん。コーヒー飲めるよ。あたし喉渇いた」
 砂漠になぜかぽつんとあったその店の名は、『ギャングスターバックス』。古城ありすはジープを停めると、情報収集のつもりで中に入った。入り口の透明な自動ドアを開けて、さらに店内丸見えの観音開きの戸「スイング・ドア」をバンと開ける。カウンター上の表示を見ると、サンドイッチとコーヒー屋だ。
「何コレ……どれが一番大きい奴?」
 飲み物のサイズが、Ch・M・Gと書かれている。
「チコ・メディアーノ・グランデかな」
「じゃ、チコは小さいからチコか」
「たぶん、スペイン語だから違うと思うよ。意味は合ってるけど」
 ありすはたまたま知ってたようだが、ウーが戸惑うのも無理はない。どうやらチェーン店らしいのだが、何故日本でスペイン語の表記になっているのだろう。一行が戸惑ってカウンターで固まっているにも関わらず、口髭のメキシコ人店主は何も教えてくれない。とりあえずグランデが一番大きいサイズだという事は分かった。
 バン!とスイング・ドアを開ける音がして、時代錯誤な格好をした男達が入ってくる。テンガロハットの二人組の男。西部劇? しかし帽子の下は「へのへのもへじ」。歩く案山子のようだった。男達はバー風カウンターで注文に戸惑っているありす達をあざ笑い、あざやかに注文していく。
「ダークモカ・バーズアイチリ・フラベチーノのメディアーノと、テサディージャ」
「……マリーシャープスのハバネロ・カプチーノのグランデ、とゴルディータ」
 ……なんじゃそりゃ。魔学の呪文か? 注文が激ムズい上、不穏なネーミングのフレーバーが登場している。ありすらも真似てしどろもどろで注文すると、どれもこれもナチュラルで辛いものばっかり、出てきたものは一つ残らずメキシコ料理だ。
「ポイントカードは?」
「ポイントカードポイントカードって……いちいちウルさいわね! ポイント星から来たカード人かよ!」
「ありす、落ち着けよ」
 カウンターの上をグラスが走って出てきた。
 着席して実食。本来、甘いはずの飲みモンまで辛くなっている。これでは、喉を潤すどころではない。加えて、他のテーブルを見るとフルーツにも唐辛子がたっぷり載っている。そのフルーツと思しきモノは、よく見るとサボテンの葉だ。
「ひぃーっ、辛い。かぁらい」
 こりゃあ、激辛じゃない、「撃辛」だ。ウーは水をがぶ飲みした。
「ヒーハーーーー!!」
「今度は逆にHOTな料理が敵とか」
 時夫は環境の変化に順応できない。
「がははははは!」
 へのへのもへじが、戸惑うありす達を観てカウンターで笑っている。
「おい見ろよ、あの西部に相応しくない格好」
 といいながら、痰つぼに痰を吐く。
「よそ者だぜ。恋文町から来たのか?」
「いいカモだな」
「恋の香りがするぜ」
「恋の香りってどんなだ? バニラエッセンスみたいな香りか?」
「ガハハハハ!」
「何あいつら、感じ悪いわね」
「ほっとけ」
「それもそうね。店長、こっから先、西はどうなってんの?」
 ありすは店長のメキシコ人に尋ねた。
「禁断地帯だよ。行っちゃいけない」
 店長は首を横に振った。
「その禁断地帯に行けば、どうなるの?」
 ドッ。
「ハッハッハッハッハ!!」
 あの二人が満面のへのへのもへじで笑ってる。ありすはムッとした。
「またさっきの連中。……さっきから何がおかしいのよ!」
 遂にありすは声を掛けた。挑発に乗ってしまったのである。
「やめときな。嬢ちゃん達、あそこはギャングのブランコ一家の縄張りだぜ。つまりオレたちの縄張り。一般人は通行禁止なんだよ」
「はぁ? 何よあんた達。マサカ。このあたしの邪魔をしようっていうの?」
「まぁまぁありす。いきなりこんな場所で科術を使おうってのか?」
 時夫は展開が速すぎやしないかと気になった。
「あからさまに茸か何かのヒトモドキよ。この面構え、急場しのぎのね。急いで作ったって感じ」
「もう喰わねーのか? 恋の味なら別にしねェーけどよ」
「あらぁ~奥さん、あ”だじも味わいたいわぁ~。ワハハハハハ!」
「このっ……」
「辛いモンが喰えねーとはいけねーな。あーららー、こーららー、いーけないんだー、いけないんだー♪ センセイにいってやろー♪ おーいセンセイ!」
 すると二人は、遅れて入ってきたもう一人に声を掛けた。
「もう一人居たらしいぜ……、ありす」
 黒ハットに長い金髪を靡かせたその男は、ほかの二人の仲間とは明らかに違っていた。片方を眼帯し、残った右目が鋭く光っている。
「ここにいたか。ジャック、ニック」
「センセイ、待ってましたゼ」
 そして、先生?
「……ジャック・ニック・教職?」
 「弱肉強食」、それが言いたいだけじゃん!
「こんなところでサボッテんのか。ところでお嬢さん、学校給食はお嫌いか?」
「なんでこれが学校給食なのよ? 全部メキシコ料理じゃん?! 言っとくけどここ日本だから。給食ったらソフト麺、揚げパン、冷凍みかんに決まってるでしょーが! 先割れスプーンでぶっ刺すわよ。でも、グリンピースご飯だけは苦手だったけど。全く、なんでこんなに撃辛なのよ」
 ありすありす、それ昭和の給食だ。しかし食器をよく見ると、給食で出されるアルマイト食器だ。
「撃辛じゃない、『劇辛』だ! オレはアフターデスソースの……」
「帰る!!」
「オマエはYOSHIKIか?! ……好き嫌いは……ダ・メ・だッ!」
 YOSHIKIが何とかと今キラーミンが言ったのは、ありすは以前ググッた事があるから知っている。X・JAPANのYOSHIKIが激辛カレーが辛すぎてリハーサルを帰ってしまった事件の事である。要するに千葉のVIPなロッカーにしか許されない行為だ。
 だがこのソース顔の教職、オーラがハンパない。身長は百九十、それにヒールの高いブーツを履いているので、1ダースベイゴマ並の大きさがある。
「俺はブランコ一味のキラーミン・ガンディーノだ」
 こんなセンセイがおるかーッ!
「ギャング学校殺し屋科の凶死(きょうし)だ!」
 というか、すなわち一流の殺し屋である。
「で、どっちがジャックでどっちがニックよ」
「えーとこっちがジャック……いや、あっちがジャックでこっちが」
 テキトーか!
「嬢ちゃんは……」
「ミルクでも飲んでろっての? 千葉は酪農国内第四位よ。そのセリフは言わせないわよヒトモドキがッ」
「まだ何も言っとらん!」
「フッフッフ。ありすちゃん、ここはあたしに任せてくんない。どんな早撃ちか知んないケドさ、『科術』には勝てないんだから」
 西部劇好きのウーは立ち上がって中腰姿勢のまま、胸に両手を持っていった。科術の光線を放とうとしているのだ。
「ほほう……やるのか。言い忘れたが、早撃ちでオレの右に出る者はない」
「ふふん、何ともありきたりなセリフ」
「ちなみに左に出るものは千人、前に出るモノは七十億人」
「何が言いたいのよ! キラーミン某とかいうの」
「忠告はしたゼ」
 連中は注文を受け取ると、カウンターにコインを指先ではじいて投げると出て行った。
「釣りは要らん」
 良く見ると、メキシコ2ペソ金貨だ(日本円で6千円程度)。
「へのへのもへじのくせにー!!」
 キラーミン教諭だけは「へのへの」ではない。
 ウーは後を追って店を出た。仕方なく三人も店を出た。
「もー!!」
「もー!!」
「もー!!」
「もーもーうるさいわよ。文句ばっかり」
「モー」
「あたしじゃない」
「じゃ誰よ、モーっていったの」
「……牛」
 ギャングスターバックス前の道が、牛で埋め尽くされていた。これではしばらくジープを出せない。すでに、ジャック・ニック・教職の姿はどこにもなかった。
「牛がどっか行かないと出られないわね。ちょっとあいつらを追いかけてくる」
「いや、一旦引き返した方がいいかも」
 ありすは腕を組み、思案している。
「何ありすちゃん、あんな『へのへのもへじ』を警戒してるの? まさか」
「別にギャングなんかを心配してるんじゃない。西が禁断地帯だからよ。ここから先は禁断地帯の意味論が働いている」 
「そんなの行ってみないと分からないでしょ。あたしアイツらを絞り上げて、西の脱出路を探り出してみる。イヤならこの店で待っててよ」
「ちょ、ちょっとウー!!」
 ウーは駐車場に三人を置いて、店の裏に回った。
 西には西部劇の意味論が働いている。それは確かだ。科術師ウーにとっては怖くもなんともないのだろう。もしシャーマン戦車があれば、拳銃相手なんて冗談みたいなもんなんだが。だがありすはその事よりも、「禁断地帯」の意味論にナーバスになっていた。

しおり