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第24話 スパリゾート・恋文はわい

「な、何なんですか? ありすさん、その格好」
 思わず敬語をつけなければいけないほど、時夫はありすの姿を見てのけぞった。外で待っていた時夫達のところに、古城ありすは自衛隊員みたいな迷彩服を着て出てきたからである。
「戦争だよ。言ったでしょ。ホットな戦争が始まったのよ。恋文町で続いた冷戦が終わった」
「分かった、でも今回は何をするか先に説明してくれ」
「説明しろよぉ~♪」
 ウーが時夫をからかう。
「女王の手先が作った、町の機械時計を破壊するのよ」
「それは白彩の事か?」
「そう。白彩はちょうどこの町の中心に位置する。サリーの地上での最大の手先があの和菓子屋。この町で誘拐された人々は、いったんあの店につれて来られて砂糖人間に改造を受ける。なぜあんなに巨大な工場が存在すると思う? あの煙突。あれがこの町をおかしくしている」
『お菓子だけにね!』
 ウーが時夫に囁いてヒヒヒと笑い、ありすがキッと睨む。
「でも、私は白彩に直接行けないの。あそこへ行くと、私は科術の力を失ってしまう。だから、白彩に間接的に繋がる敵基地に攻撃を仕掛ける。すべては繋がっているから。地下の通路に入口専門とか、出る専門などもあるんだけど、それらの鍵は、全く違うどこかの何かのパズルを解いたりしないと開かない。でパズルを解くと、町のどっかの機械が作動する。作動すると、地下への入口が開く。この町自体が、巨大な機械時計みたいなものよ。一応、ゲームで当たりをつけた」
 ありすはそれをずっと研究してきたのだが、地下に進撃している内にありすの結界は破られ、全てが変わってしまったようだった。
「さ、これに乗って敵基地に急ぎましょ」
 ありすは店の車庫のシャッターを開けた。そこにはデンとシャーマン戦車が鎮座していた。車庫には二台の車が駐車しており、その内の一台が戦車だ。
「どどど、どっから持ってきたんだこんなもの」
「半年前、ネットオークションで店長が買ったの。アメリカのオーナーが手放して、シャーマン戦車をレストアして、武器を外して売り出していた」
 武器はないらしいので、ほっとした。ならもう一台の車でも良さそうなものだ。
「だってどうせ動かないし。もう一台もオーナーの車なんだけど」
 しかし普通はそっちを修理して運転するよな。
「こんなもん持って一体何処へ」
「だから、戦闘よ。行くわよ、最初の敵基地へ。デッパツ!!」
 ありす、ウーと先に乗り込んだ二人に続いて、今日もなぜか時夫も行く羽目となっている。何の能力も才能もないのに……と心中愚痴っていると、ガス欠だとかですぐガソリンスタンドに入った。ほこりをかぶっていたので洗車もするという。
 ありすが戦闘服を着て洗車マシンを睨んでいる時点で、次の展開に気づくべきだったのかもしれない。
「改造完了」
 洗車が終わって出てきた戦車は、すでにフル装備の武器を備えていた。ありすが魔改造でまた元に戻したらしい。洗車だけに戦車が整備可能なのか。
「パンツァー・フォー!」
 戦車は轟音を立てながら駅に続く車道を普通に走行していく。それがいい事なのかどうなのか時夫には判断がつかない。パトカーが通り過ぎないかヒヤヒヤする。もっともあの恋文交番の様子じゃ、ありすが戦車を乗り回したところでお咎めなしかもしれなかった。やがて恋文銀座が見える手前で左に曲がった。煙突が見えてきた。目的地はやはり白彩ではなかった。
「ここ銭湯じゃないか!」
 たどり着いたのは「恋文はわい」。この町でもう一つの巨大煙突がそびえる、スパ・リゾートとも呼ばれる大型銭湯店だ。恋文町は意外と色々な施設があるな、と時夫は思う。
 ひょっとして古城ありすは「銭湯」と「戦闘」をかけたのか。洗車と戦車といい、これらは全部意味論か? 意味論ってひょっとして駄洒落の間違いじゃないのか。いや、そのありすの横顔はというときわめてまじめくさっている。それはそれで……
「ま、待て! 駄洒落にはもううんざりだ」
「駄洒落じゃない。意味論よ。それに、この町では駄洒落にも注意しなきゃいけない」
 やっぱり意味論らしい。わけが分からない。
 目の前の大きな建物は三階建てで、一階部分は半分は椰子の木が生えた駐車場、半分は巨大な池と公園の上に建物が浮かんでいる構造だ。
「目標、三十メートル先。恋文はわい」
「おいおい、まさかとは思うがこんな街中で大砲をぶっ放す気か!」
「砲手徹甲、撃てぇ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「もぅ何よ」
「中には普通のお客さんだっているんだ。戦車で乗りつけたあげく、銭湯を破壊するつもりかよ? どう考えてもおかしだろ。それともここの奴らは皆、茸や砂糖だとでもいうつもりなのか。もっと穏やかな方法はないのか」
「やれやれ、行く前にチャント説明したじゃはずでしょ。ここは『場異様破邪道』だって。あたしが白彩にいけない以上、まずは、敵の誘拐基地『恋文はわい』をぶっ潰す。それがこの町の誘拐現場を制圧することであり、白彩への間接的な攻撃になるのよ」
「そう。金時、あの送水口を見て。露骨な誘拐をする地下帝国の出口専用って証拠よ。この町の誘拐現場を一個一個潰すんだよ」
 オマエら……。
「高い建物や大きな施設には必ず送水口があるモンだろ」
 白彩工場やこの恋文はわいが、敵の大基地だから送水口があるのではなく、大きい建物だから必然的に送水口があるのだ。確かに金ぴかの送水口には視線を感じるが。
「甘いわねぇ。その送水口にマークがついてるでしょ」
 ウーが指差した送水口には、六角形に蜂の頭のマークの、地下の女王のマークがしっかり刻まれていた。それは「恋文はわい」が地下の連中に占領された証拠だったが、こんなにはっきり記されているなら策敵するほどでもなかったような気がするのだが。
「だからって、誘拐されてる中の佐藤さんまで殺してしまうだろ! 第一ここに雪絵がいたらどうするんだ?」
 古城ありすはしまった、という顔をした。
「何か根拠でもあるの」
「……ああ、あるさ。感じるんだ」
 いや、ないけど。
「それなら覚悟しなさい。私達が単身、乗り込むのはまじで危険よ。それでも金時君、行く勇気ある? それとも、ここで待ってる?」
「いまさら、引き下がれるか」
 とうとう言ってしまった……。温泉とはいえ、某アニメのように異界の入り口という可能性もある。地下での出来事を考えると、中に何が待っているのか分からないし、ありすの作戦通り砲撃する方が正しかったかもしれない。
「分かったわ。君をこの戦いに連れてきたのは私だし、しょうがないわね。なら後でぶっ放すことにする。人質を無事救出して、雪絵さんがいなかったらね。やれやれ。じゃ行くわよウー。金時君、覚悟しなさい!」

 カポーン。

 十分後。巨大な富士の絵が掲げられた大浴槽に浸かりながら、時夫は壁の向こうから聞こえてくる古城ありすと石川ウーのキャッキャウフフと楽しそうな声を聞いていた。真昼間なので、客も疎らだ。このところの疲れが全て吹っ飛んでいく。……最高だ。
 他にも浴槽には色々な種類があった。バブルバス、コールドバス。赤い水の浴槽。そして正体の分からないトロピカル風呂。入るとなぜか水がピリピリする。痛いほどではないが、帯電しているらしかった。浴槽の壁面に、色とりどりの石が埋め込まれていた。その中の一つを指でこすると、ポロッと取れた。確かに、ハワイ風かもしれない。それらを梯子しながら、雪絵は一体どうなったんだろうと考える。のぼせてきたのでオゾン風呂に入るのは中止した。行きに見た売店には本当にバカダミアナッツが売っていた。誰が買う、こんなモノ。
 脱衣所に出てバナナ味ミルクを購入し、扇風機前に陣取ってグイグイ飲む。いや~完全に疲れが取れたぞ。さて、帰るか。
「ちょっと待て。おいありす!」
 廊下でありすと鉢合わせする。
「何大声出してるのよ。どう、バブルバス気に入った? ホント疲れ取れるよね~」
「気に入ったじゃないでしょ。戦闘は一体どうなったんだよ。ホットな戦争とやらは。戦車に乗ってまで駆けつけたのに。ここ、確か君の言う場異様破邪道なんだろ」
 今も駐車場に戦車が停っている。だのに、ゆったり流れた一時間。
「あーそっか。そうだよねぇ」
 こ、このダルそうなリアクション。来たときとの温度差。
「で、うさぎは」
「なんかまだ羽化中みたい」
 ありすのいう羽化中とは、化粧中のことだったようだが、蝶みたいに言わないでくれ。ありすの方は、すでにばっちりメイクが完成している。やはり「科術」か?
「別に遊んでなんかないよ。来るとき言ったけど、地下の入口は恋文町にいろいろある。それらはすべて、恋文町の町のシステムを一つ一つ稼動する事でゲートが順に開かれる。動力とか、操作部屋とかね。それを一つ一つ調べてるの。ゲームの策敵でここ来たときにも、お風呂入ったの。だって銭湯来て入らない手はないじゃないの? 戦闘中であっても要するにエネルギーチャージ場所って事よ。それでさっき分かったんだけど、オゾン風呂は危ない。たぶん入ったらそれっきり吸い込まれて出て来れない。君、入らななかったみたいね。無事でよかった」
 戦闘もしないでエネルギーチャージとか。そして底なし温泉。危ないじゃないか……入る前に調べてくれ! 
「まさかうさぎは入ったんじゃないだろうな」
 ……なんだその曖昧な顔は。
「いいや……だから羽化中よ。雪絵は見なかったけど、そっちは?」
「……い、いや」
 なんで男風呂には雪絵が居ると思うんだ。
「だとすると、居るとすれば館内の何処かね。ここにもお座敷がある。ゲームやってる時、そこが怪しいと思ったのよ。行きましょ」
 それならますます大砲ぶっ放しちゃいけないだろう。相変わらず石川ウーの姿が見えないまま、ありすは移動した。ウーには一度は地下に雪絵をさらった前科がある。ありすは彼女を放っておいて大丈夫なのだろうか。
 目的のお座敷は風呂と同じ一階部分にある。二階から上もお座敷のようだが、目的地は違うらしい。長い廊下の障子を開けると、中は五十畳程度の大部屋だ。空き部屋らしい。

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