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第36回「まだ見ぬ場所へ」

 隠し通路を進んだ先には、黄色い光が差し込む小部屋があった。そこには一本の石柱があって、幾何学模様が刻まれていた。見た目には不気味なオブジェに過ぎないが、僕にはその正体がすぐにわかった。

「祭壇、いや、転送装置か」

 そうだ。これは設定された箇所に転送するための装置なのだ。使うために魔力を注ぎ込む必要があるから、必要なだけの力を持っていない者はここで足止めされることになる。万一、ここまでの仕掛けや「子供だまし」を突破されたとしても、実力がない者ならここで足止めできるという寸法だろう。

「罠かもしれないぞ」
「そうそう、これは罠よ」

 プラムの言葉に、謎の声が同調した。どこからか観察されているというのは、どうにも気分が悪いものだった。

「罠を張っているやつが自分から罠と……言うことはあるな。何しろ、この声の主は僕が賢いと見抜いているようだ。賢者には賢者なりの引っ掛け方がある」
「神、自己評価が間違っている可能性については検討したか。破壊神リュウは実は力だけの脳みそ筋肉であるという仮説について、思案する余地を残しているか」

 プラム・レイムンドどのは辛辣だ。僕が自惚れているだけのバカである可能性について、容赦なく指摘してくる。悲しいことに、その可能性を否定しきるほどには、僕は賢くない。本当にすべてを知り尽くした賢者であれば、この程度のお使いでもたついたりはしないだろう。

「それは困ったな。僕の頭が悪くなったら、君を襲ってしまうかもしれない」
「その時は潔く自害する」
「抵抗しなさいよ」
「女みたいな物言いを」
「いいかね、プラムくん。優れた命というものは、自然と中性性を身に着けてくるものだ。だから、僕はこの世で最強なのはオカマだと思っている。それも自覚的かつ透徹的に自分を観察しているオカマだ。もちろんオナベでもいい。心身の性の同一性に悩みながらも、それをなお現実への嘆きと笑いに変えるという才能において、彼らは特筆すべきものがあるからね」

 僕の言葉を聞いてなお、プラムは懐疑の目をやめなかった。おかしな話じゃないか。僕は真摯に自分の意見を述べただけなのだ。もう少し正面から受け取ってくれないと困る。そんなドッジボールでボールを当てたら恨みがましい目で見られるようなことをされちゃ、僕としても傷つかざるを得ない。

「あの、どうでもいいけど、来るなら来てくれないかな。私、放置されてて寂しい」

 声の主は、その音調が本当に寂しそうだった。なので、もっと無視してやってもいいかもしれないと思った。

「こいつは放っておいてもいいんじゃないか」
「僕は放っておくつもりだが、たぶん、槍もそこにあるだろうからね。いや、たとえ無かったとしても、この声の主に吐かせる方が手っ取り早い。行こう」
「仕方ない。私も拷問に協力しよう」
「拷問するのが前提ってひどくないかしら」

 僕はプラムにも転送装置に手を触れるよう促し、彼女がそれを実行したのを待ってから、この石柱に魔力を注ぎ込んだ。魔力はたちまち電子回路を流れる命令信号のような役割となり、この部屋全体に張り巡らされた転送の仕掛けを起動させる。
 黄色い光があたりを包み込み、それからにわかに青白くなり、世界が歪み始めた。次元が変化しつつある証拠だ。
 やがて、体を浮遊感が包み込む。重力の楔から解き放たれて、僕らの肉体は強烈な世界変動の渦へと飲み込まれていく。転移魔法が僕らという物質を直接任意の場所に運ぶものだとしたら、転送装置は僕らという存在をいったんすべて解体し、それから任意の場所で再構成するものだと言っていい。
 そういうふうに考えると、転送装置による転送とは、いったん僕らの命を終了させ、新たな人生を別の場所で再開させるものとも言えるかもしれない。
 だとしたら、そこにいる僕は僕なのだろうか。本当に僕の命は連続していて、同じ僕がそこに存在しているのだろうか。もしかすると、今の僕はここで死んじまって、あちらの僕が僕らしき何か引き継ぐに過ぎないのではなかろうか。
 そんな不安さえも消し去るように、光の渦は柔らかく僕らを包み込み、何もかもを消し飛ばしていくのだ。
 ああ、この先に出た時にも、僕が僕でありますように。

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