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独立した世界4

 時間は偉大ということなのか、人は学習するということなのか。
 平原に出て一日が経過した。何度も戦闘があったが、そのおかげで落とし子達と生徒達は連携が一応行えるようになってきていた。いや、あれは連携というよりも、単なる役割分担か。
 敵の発見は落とし子達の方が得意なようなので、これを落とし子達が担い、ついでに先制攻撃も落とし子達の担当だ。
 生徒達はその後の攻撃。落とし子達の次弾までの穴埋めと、防御を担う。
 ではボクはというと、当然だが生徒達側だ。とはいえ、威力に関してはかなり加減して、他の攻撃が当たった後に丁度倒せるぐらいを計算して放っている。それぐらいでなければ、他の生徒達が活躍出来ないからね。
 とはいえ、最後にきっちり倒しているので、もう近寄られることはなくなった。そういう意味では、防御が意味をなさなくなってはいるが、まあそこはいいだろう。防御が活躍しなくていいのであれば、それはいいことなのだから。多分、きっと。おそらくそうに違いない。
 そんな訳で、一日何度か休憩を挿みながら南へと進んでいった。昼には昼食がてらの休憩と、夜には野営を行い、交代で見張りをしながら就寝したが、なんだかかなり久しぶりに休憩しながら平原を歩いている気がする。それに、まともに野営したのなんて数えるぐらいしかなかったからな。ちょっと新鮮だった。

「・・・・・・」

 移動中は基本的に無言だ。会話は必要最低限しか行わない。それにしても、今しがた思い出した野営などのように、いつもと違うことをするだけでも新鮮さは味わえるものなのだな。退屈というのはこういうところで紛らわしていくモノなのかもしれない。
 そんな新たな発見があったのは、この学ぶべきものの無い討伐の中にあっての数少ない収穫であった。
 しかし、他には特に学ぶべきところが無い。落とし子の実力は想定通りだし、生徒達の実力に関しては既に収集していた情報の範疇なのだから。
 二日目からはその役割分担通りに行動したおかげで、危なげなく平原を進む。ここまでくれば、安定することだろう。平原に出る敵性生物は大体決まっているのだから。
 そうして進むと、日が暮れる前に一つの大きな建物を見つける。それは、ナン大公国が南側平原に築いた砦の一つであった。
 砦としての大きさは、おそらくハンバーグ公国の物よりも大きいだろう。よく分からないが、この辺りはまぁ、攻めの為の砦か守りの為の砦であるかの違いなのかもしれない。
 囲む防壁の高さは高く、四五メートルはあるだろうか。それ以上に中の砦が高いのでよく分からないが。
 そのまま日が暮れる前に防壁内に入ると、質実剛健とでも言い表せばいいのか、地味な色の砦が視界を埋める。四角い箱型の砦だが、上の方に帽子を被ったかのように少し張り出した造りになっている。あれは見張り台替わりなのだろうか?
 砦内に入ると、兵士達に混じって生徒の姿も目にするので、どうやらここもハンバーグ公国みたいに宿泊できるようになっているようだ。しかし、どこまで宿泊可能なのだろうか? 最南端の砦は流石に無理だろうが。
 ボク達のことは、監督役だった兵士達の内の二人が先導して砦内を案内してくれる。その迷いのない足取りは、最初からここで休む予定だったのかもしれない。
 兵士達に案内された部屋は五つ。二人で一つらしいが、こちらは九人だ。ということは一人だけ個室ということになるので、それが誰なのかと思ったら、落とし子の紅一点であるリリーの部屋のようだ。
 残った落とし子の男性二人は同室で、生徒達は元々パーティーを組んでいた五人が男子二人女子二人の二組に分かれ、残った男子生徒とボクは同部屋になった。これが女子生徒だったら、リリーと交代でボクが個室だったのだろうか? そう思うと、少し残念だ。
 部屋の中はとても簡素で、ベッドが二つ置かれているだけであった。
 他は窓も何も無い狭い部屋。まぁ、寝るための部屋なのだからこれで問題ないのだが。
 同室になった男子生徒は、背が高く彫りの深い顔立ちをした大人びた雰囲気で、男子と呼ぶのに少々抵抗がある少年であったが、年齢を聞けばボクより下で驚いた。二十代後半と言っても通じそうだ。
 そんな男子生徒と軽く挨拶だけ交わして、二つ在るベッドのどちらをどちらが使うかを決める。彼との会話と言えば、それぐらいだった。
 砦内には食堂が併設されているので、お腹が空いた人はそちらへ移動するが、ボクは早々にベッドに横になり就寝する。いつもより睡眠の質は浅いが、初めての場所で他に人が居るのだからそれはしょうがない。
 翌日はまだ薄暗い内に起床して、食堂でパンと水を少しだけ貰って朝食とした。食堂には既に落とし子の男性組が居て食事をしていたが、特に会話もなかった。
 暫くして準備が整ったボク達は外に出ると、三日目の討伐を開始する。ボクは後方支援担当なので、後ろから付いていくだけだが。
 役割分担も問題なく機能しているので、危なげなく敵性生物にも対処している。その安定した行動に正直そろそろ退屈してきた感がある。慣れというよりも、やることが大してないのだ。それでいて周囲には人が居るのだから、余計に疲れもする。
 ただ、この二日とちょっと落とし子達を観察してみて、やはり成長速度が速いものだと、改めて実感した。
 そんな事を感じはしたが、特に何事も無く三日目が終了する。途中で南門の方へと折り返したので、また同じ砦で宿泊だった。
 四日目も特に何かある訳ではなかったが、パーティーの方はこなれた感が在り、最初のような険悪な空気は無い。それでも、まだ少し競っている感じはあるが。
 しかし、今はそれもいい方へと働いている気がする。足の引っ張り合いだった当初と違い、高め合いのような空気さえあるのだから。
 まあ落とし子達はともかく、それでも生徒達側はあまり成長していない。技術面で微かに伸びた気がするものの、気のせいかもしれない。
 そんな事を考えながら変わり映えのしない討伐を行い、その日は終わった。討伐数はそこそこ稼げているのが救いかな。
 討伐最終日である五日目は、保存食を朝食として食べて野営を終えると、直ぐに行動を開始した。
 今日はこのまま南門へと進み、夕暮れ時までには駐屯地に帰り着く予定だ。やっとこのパーティーを解散できるが、その後は休日を挿んでまた見回りか。明日は何しようかな。
 上の空という訳ではないが、意識を一部別のところに向けながら討伐任務を行う。それでも問題なく討伐任務を行えるので、楽なものだ。
 そのまま夕方には南門に到着すると、門前で解散した。その時にあのお偉いさんらしい男性が居たが、特に何事も無く解散したので、何が目的だったのだろうか? そう思いつつも、現在独りで宿舎に向かっている。他の生徒達もそれぞれの宿舎へと移動している頃だろう。落とし子達は男性と共に兵舎へと行っていたから、今頃報告会でも開いているのかね?
 などと益体もないことを考えていると、宿舎に到着する。
 宿舎に入り自室に移動すると、二つ在る二段ベッドの片方の上段、自分に割り振られたそこへと、ベッド横に取りつけられている梯子を使って登る。

「・・・・・・ふむ」

 ベッド上段から、闇色に染まった誰も居ない室内を見回す。広さでいえば、砦で泊まった部屋と然して変わらない。それは高さもなので、二段ベッドが二つ並ぶこちら側の方が狭く感じられた。まあもっとも、他の宿舎に関してはよく分からないのだが。
 そんなことを思いつつ、着替えを済ませてベッドに横になりながら本を構築する。ついでに光球も出して手元を淡く照らす。
 この本ももうすぐ読み終わるが、他の本はもう読み終わってるんだよな。今後どうしようかな。

「街には行きたくないし・・・」

 前に少し見に行った街は物騒で、肌に合わなかった。あんな場所に行くぐらいであれば、読み終わった本を読み直した方が遥かにましだ。
 家に取りに帰った本も読み返したし、暇があれば本ばかり読んでいたからな。

「さて、どうしたものか・・・駐屯地に図書館はないし、資料室はあってもボクじゃ閲覧許可が下りないだろうし」

 今後の事を考えるも、妙案は浮かばない。浮かんだとしても、世界の眼でこの辺りに在る本を読み取るぐらいしかない。・・・まぁ、それでもいいんだが。

「面倒ではあるけれど」

 世界の眼は便利ではあるのだが、ボクでは色々と制約を設けなければ扱えないので、疲れてしまう。そうなったら。

「やっぱり訓練所かねぇ」

 クリスタロスさんのところへと赴いて、訓練所を借りての研究である。そういえば、クリスタロスさんのところも最近行ってなかったから、丁度いい。明日はクリスタロスさんのところへと行くとしよう。

「そうと決まれば、もう寝ようかな?」

 まだ宵の口ではあるが、やる事もないのでさっさと寝てしまうのも手だろう。でも、その前にもうすぐだし本を読み終えてしまうか。
 黙々と残りを読み終えると、本を情報体に変換する。まだ日付は変わっていないが、その頃には隣のベッドの同室者が戻って来ていた。
 特に挨拶を交わすこともないので、そのまま就寝する。
 明日は早くからクリスタロスさんのところへと行って、話をしてから研究だが、最近行っていなかったから話は昼過ぎぐらいまでになるかもしれないな。同じような内容だけれども、クリスタロスさんはしっかり聞いてくれるからな。それに、落とし子達の話も少ししておくか。
 そうして明日の予定を頭の中で組み立てると、眠りについた。そして翌朝。
 まだ外が暗い内に目を覚ますと、極力音を立てないように降りてから部屋を出て、食堂へと移動する。
 食堂でいつものパンと水を貰ってそれを朝食とすると、宿舎を出てまだ地平に太陽が顔を出したばかりの外に出る。
 そのまま駐屯地内を移動して出入り口から外に出ると、人目の無い場所まで移動してから、そこで転移装置を起動させた。

「いらっしゃいませ。ジュライさん」

 転移して直ぐ、いつものようにクリスタロスさんが出迎えてくれる。それに挨拶を返すと、クリスタロスさんの先導で場所を移動する。
 場所を移した後に奥へと消えたクリスタロスさんを待つ間、いつもの席に腰掛けて一息吐く。
 視線を横に向ければ、前に贈った置物が目に入り、少し恥ずかしさを覚える。こればかりはいつまで経っても慣れないものだな。
 程なくしてお茶の入った湯呑を持ってきたクリスタロスさんがボクの前に湯呑を置き、その後に自分の前にも湯呑を置いて、向かいの席に腰掛ける。
 そうして向かい合わせに座った後、軽く言葉を交わして、クリスタロスさんのところへ来ていなかった時間を埋めていく。
 久しぶりに来たと言っても、数ヵ月ぶりぐらいだろう。いや、一ヵ月ちょっとぐらいか? その間の出来事を思い出しつつ要約して話すので、何日も話すという訳ではない。
 話す内容も似たような部分が多いので、大分省略できる。それでも、早朝に来てから昼過ぎまで話したか。もうすぐ夕方だ。
 クリスタロスさんは落とし子の話を特に興味深そうに聞いていたが、全体的に興味深そうな様子で、楽しそうであった。
 今日は休日で特に用も無いので、そのまま訓練所を借りることにする。
 クリスタロスさんに許可を貰って訓練所に向かうと、早速空気の層を敷いて研究の準備に取り掛かる。準備と言っても、空気の層を敷いてその上に座り、腕輪に時間を設定するだけだが。
 その後は土に向かって、魔力を籠めた指で模様を描いていく。
 頭の中で様々な模様を思い浮かべ、それを組み合わせては反応を確かめるというのを繰り返す。ある程度は模様も解ってきたが、未だに小型化までは上手くいっていない。
 暫くそうして反応を確かめた後、思いつくままに模様を描いていく。

「魔法の発現は安定して出来るようになってきたが、思うように、という訳にはいかないか」

 特定の魔法については発現は簡単に出来るようになったが、好きな魔法を思いのままに、という域にはまだ達してはいない。

「あの落とし子達を呼び寄せた模様の解析も上手くいっていないからな」

 落とし子達が来る際に使用された模様は、あまりにも複雑だった。様々な系統の魔法が入り乱れて書かれているのだから。中には系統別に分かれている場所もあったが、全体としては混在している傾向にある。
 なので、何処をどう反応させているのかが曖昧なのだ。近場の模様が連鎖しているのは分かるのだが、必ずしも隣同士とは限らないのが困るところ。

「飛び地で反応するとかやめて欲しいよ。ホント」

 連鎖するのが必ずしも隣とは限らず、一つぐらいなら飛び越して反応するのには驚いたものだ。それの法則は未だに解明できていないが、何となく関係性が強いモノ同士が反応している気がする。
 その辺りを調べつつ、仮説が正しいか実際に描いていくも、反応したりしなかったりがあって、一層困った結果になってしまった。

「関係する記号なのは間違いないだろうが、それだけではないわけか・・・うーん、成功したモノと失敗したモノ、それと実際に使われていた模様の一部を切り分けてそれを精査していくと何か判るか?」

 土の上にそれらを離して個別に描いていく。あんまり反応されて変な方向で発動されても困るからな。偶然の産物は時に恐ろしい結果を齎すものだから。
 それを終えると、左右に成功した例と失敗した例で分けて描き、一つ一つ細かく眺めていく。

「・・・・・・うーん・・・やはり反応しているのは関連しているモノ同士だよな・・・では何故失敗している? こちらも同じように関連しているモノ同士なのだが・・・うーん・・・」

 左右を見比べ、首を捻る。暫くそうして眺めていると、珍しく閃くものがあった。

「もしかしたら! えっと、成功している側は・・・そして失敗している側はっと・・・ああ、やっぱり!」

 閃きのままに調べた結果、成功している方の模様は関連したモノなだけではなく、間に在る記号なりが逆の位相である事がわかった。要は、水と水の間に火があるような感じだ。ただし、これも例外が在るようなので、確かな事はもう少し調べないといけないが、それでもかなりの進歩だろう。
 最後に確かめる為に新しい模様を描くと、どうやら推測は正しかったようだ。

「あとは、この間に反対の性質の記号を挟んでも問題ないのがあるのが何故か、だな」

 幾つも描いたうちの一つだけだが、他と違う結果を見せた模様を眺める。

「確かに反する記号なのだがな・・・んー」

 注意深く観察を続けると、反応していないようで、僅かではあるが飛び地にも反応を示しているのに気がつく。しかし、かなり弱い。

「反応はしている・・・か。うーん、何でこれだけこんなに反応が弱くなっているのか。この記号が悪いのか?」

 そう思い、他の反対の性質を持つ記号に書き直すと、しっかりと飛び地で反応した。

「ふむ?」

 次は別の模様に、失敗した例外の記号を割り込ませてみる。法則に則って数十の模様に割り込ませた結果、一つだけ無事に反応した模様があった。

「?」

 それを観察しながら思考を巡らせていると、突然体内に電流が走る。

「っ! 時間か・・・」

 腕輪の設定を解除して、一息吐く。その後、描いていた模様を消していく。

「むぅ。そう何度も閃いてはくれないか」

 無念ではあるが、次までに仮説程度は検証できるぐらいには閃いていればいいが。
 そう思いつつ、片付けと確認を終えて訓練所を後にする。今日は久しぶりに前進出来た気がするな。
 訓練所を出た後にクリスタロスさんにお礼を述べて戻ると、暗いなか周囲を見渡す。

「誰も居ないね」

 一応周囲の確認を済ませると、駐屯地へ向けて移動を開始する。転移装置を起動した場所から駐屯地まではそこまで離れていないので、直ぐに到着出来た。
 駐屯地に戻ると、そのまま宿舎へと移動して自室に戻る。室内に入ると今日は珍しく全員が揃っていたが、特に会話は発生しない。
 全員思い思いに時を過ごしているので、さっさと上段の自分のベッドへ移動して横になると、魔法で身体を綺麗にしてから着替えて眠りにつく。
 そして翌朝。
 まだ暗いなか目を覚ますと、全員寝ているので静かに下に降りる。
 部屋を出ると、食堂に寄ってから宿舎を出る。今日からまた見回りだ。
 大結界を張り替えたことで緊張感のない見回りが続いているが、どうやらそれは他の者達にも徐々に広がってきたようで、いつまでも何も起こらないので、見回りの時の空気が少々弛緩している気がする。
 まぁ、それでも余程のことがない限りは大結界は大丈夫なのだが、任務中ぐらいは気を引き締めた方がいいだろう・・・人の事を言えた義理ではないのだが、ボクは常に視界はとっているからそれで許してもらおう。
 門前で集合して、防壁上へと移動する。今回の見回りは生徒と兵士が半々といったところか。
 東門と違い、一応こちら側では大結界近くまで敵性生物が近寄ってくることが時たまあるのだが、だからといって大結界をどうこう出来る訳もないので、援軍を要請したら無駄な足掻きをただ眺めるだけしかないのだ。退屈だし、そんな光景ばかり見ていれば気も緩むというものである。
 そんな見回りを東と西で行っていくが、今回の行き先は西。
 西はユラン帝国方面なので、東に比べれば平原に居る敵性生物も若干小粒だ。最初の見回り任務だけで、観察は十分だったほど。それは東も同じだが、流れてくる敵性生物の質が違うので、差はある。
 途中の詰め所も造りは何処も同じで、入り口付近に広間があって奥に仮眠室が在るという造りだ。
 細かな所は違うが、一番の違いは境界近くの詰め所に詰めている兵士の質だろうか。やはりハンバーグ公国の兵士の方が魔法使いとしては質が高い。
 しかし、正直ボクにはどれも似たようなものだ。確かに差は判るが、だからといって僅かな差でしかないからな。
 そうして退屈な見回りを三日ほど続けて終えるが、次の日は東側への見回りだ。
 西側と然して代わり映えのしない見回りを、東側でも三日掛けて行う。途中で落とし子達を見掛けたが、また他の生徒と一緒に行動していた。しかし、今回は前回よりは生徒が少し弱いので、役割分担をしていてもやり難そうだ。落とし子達はまた成長したようだし尚更。まぁ、生徒の数は以前よりも多かったが。
 変わった事と言えばそれぐらいで、他は相変わらず同じようなものだ。まぁ、おかげで研究について考えることは出来たけれど。
 そんな見回りを終えた翌日。次は討伐任務の為に平原に出る。
 今回は監督役が一人付いただけで、通常通りの討伐任務。期間は三日だが、大して変わらない。
 頭の片隅で研究の続きについて考えながら、見つけた敵性生物へと攻撃していく。全て一撃で倒せるだけの調整も、大部慣れてきてほぼ無意識で行える。
 遠距離でも魔力視で捉えてさえいれば肉眼で視認出来なくとも問題ないので、わざわざ敵性生物へと目を向ける必要すらない。
 討伐期間中は監督役が気になったので、三日の内に一回休憩を挿みはしたが、あとはずっと歩き続けたおかげでそれなりに討伐数を稼ぐことが出来た。
 茜色の世界の中、南門で監督役と別れて宿舎を目指そうと移動を始めたが、そこで視界に落とし子達を捉える。何やら兵士数名と話をしているが、最近よく目にするな。
 視線を切って移動を始める。ボクに割り当てられている宿舎は駐屯地の端の方なので、少し早足気味だ。
 そうして移動しても、宿舎に到着した頃にはすっかり夜になっていた。

「ふぅ。相変わらず遠いな」

 陰で落ちこぼれの宿舎とも言われているだけあり、端の方が丁度いいのかもしれない。しかし、移動するのが大変なので、もう少し何とかならないものか。いくら端と言っても居住区画内での、ではあるが。
 駐屯地全体でいえば、居住区の外に物資などが集積されている区画がある。そこには駐屯地や門周辺を警固する兵士達の大勢が住んでいたりもするので、住み分けといった方が正確かもしれない。
 宿舎内に入ると、自室へと移動する。室内には誰も居なかったが、服と身体を魔法で綺麗にしてからベッドの上段に移動して、着替えてから寝ることにした。
 そろそろお風呂に入りたいが、それは学園に戻ってからにしよう。明日からはクリスタロスさんのところで研究だ。あれから考えていたことを試してみるかな。
 仮説とも言えないものかもしれないけれど、それでも可能性があるなら試してみないとな。しかし、五年生まで行けば退屈なものだな。いつもと違う行動と言われても、中々難しい。その辺りも考えていかないと。
 まあとにかく、今はさっさと寝てしまおう。明日も朝が早いのだから。





 翌日。まだ暗い内に目を覚ます。室内には誰も居ないが、静かに移動して食堂に向かう。
 食堂でいつもの朝食をさっさと食べた後、宿舎を出て外の空気を吸い込む。
 最近は一気に暑くなってきたが、それでもまだ早朝はやや涼しくて過ごしやすい。といっても日中に比べたらなので、薄着で何とか過ごしやすい程度だ。
 それに薄着と言っても、ボクは長袖の制服を着ている。あまり右腕に嵌めている腕輪を人目に晒したくないからだが、いくら生地が薄くとも、長袖は長袖だ。多少魔法で工夫をしていても、半袖よりは熱を持つ。
 かといって、魔法を多用して常に快適に過ごすのは何か違う気がする。自然は自然のままでいいというのも在るが、この変化まで拒絶してしまっては、本当に刺激が無くなってしまうという部分の方が強いのかもしれない。
 深く呼吸をして外気を取り込み肺の中の空気を入れ替えると、駐屯地の出入り口を目指して移動を開始する。
 現在居る宿舎から出入り口まではそれなりに距離があるので、移動は早足だ。
 それでも出入り口に着いた頃にはすっかり朝になっていた。まだ幾分薄暗いとはいえ、一般的な家庭では朝食ぐらいは用意されている頃だろう。
 駐屯地の出入り口を護っている兵士に身分証を提示して外に出ると、そのまま前回と同じ人目のない場所へと移動する。・・・宿舎から出入り口に移動するよりも、出入り口からここまで移動する方が早いだろう。それぐらいに近い場所と言えばいいのか、宿舎の方が遠いと言えばいいのか悩みどころではあるが。
 人目のない場所である、小さな林のような場所まで移動すると、念の為に周囲を確認してから、転移装置を取り出して起動させる。

「いらっしゃいませ。ジュライさん」

 転移時特有の一瞬の浮揚感と白く染まる視界が晴れると、聞き慣れた優しい声音が耳に届く。

「今回もお世話になります。クリスタロスさん」

その声に返事をして軽く言葉を交わした後、クリスタロスさんの先導で場所を移す。
 落ち着くほどに見慣れた部屋で、ボクはいつもの席に腰掛け、部屋の奥へお茶を淹れに行ったクリスタロスさんが戻るのを静かに待つ。
 この部屋を始めて訪れたのは一年生の時だが、あれからもう二年ぐらい経ったのか。クリスタロスさんとの付き合いも結構なものになってきているな。
 思えばここへはダンジョン探索で来たのだったか。今でも、外ではジーニアス魔法学園の一年生が探索していることだろう。しかし、ここへ辿り着けた者は誰も居ない。ボク以前も誰も辿り着けていなかったようだし。
 まあもっとも、外で番人をしている鳥の身体に人の頭が乗った存在であるフェニックスを突破するのは困難であろうが。あれは今のペリド姫達でも厳しい相手だ。
 そんな懐古をしていると、クリスタロスさんが奥からお茶を持って姿を現す。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 目の前に置かれたお茶に、お礼を言う。クリスタロスさんの淹れてくれるお茶は美味しいので、ここに来る楽しみの一つでもあった。
 少し熱めの湯呑を手に、お茶を口に含む。少々熱いので一気には飲めないが、それでも十分味が分かるので問題ない。この熱さにも、もう慣れた。
 向かいの席にクリスタロスさんが腰掛けたのを確認後、前回来た時から今回来た時の間に体験した話をしていく。内容は変わり映えのしない退屈なモノだが、それでもクリスタロスさんは楽しみにしているようなので、しっかりと話をしていく。やはりここに閉じ籠っていると外の様子が気になるのだろうか? それとも単純に会話をするのが目的なのかもしれない。ほとんど一方的な話なので、会話とは言えないだろうが。
 それでもクリスタロスさんの期待に応える為に話を続ける。話すことで個人的にも振り返ることが出来るし、見回りや討伐中も退屈だがこうして話す為に周囲を確認しながら行えるので助かっている。
 そうして話をしていくと、昼頃には話し終える。やはり話すことがない為に、纏めるとそこまで長い話ではなくなるな。
 話を終えると、残ったお茶を飲み干して訓練所を借りることにする。クリスタロスさんに貸してほしいと頼むと直ぐに許可が出たので、早速訓練所に移動する。
 訓練所では空気の層を敷いて、腕輪を設定してから腰を下ろす。

「さて、始めるか」

 準備が出来たところで指に魔力を纏わせ、土に線で模様を描いていく。

「えっと、飛び地の反応についてだから、まずは前回の復習を軽く行ってみるか」

 そういう訳で、前回のまとめを行っていく。模様を幾つも描いていき、反応を再確認していく。それを終えると、早速見回りや討伐中に考えていたことを試していく。

「法則に則っても反応しないのは、もしかしたらその間の記号の力が弱いからかもしれないと思ったのだが・・・どうだ?」

 記号や文字にも反応の強さがある。それは大きさや配置によって変わるので、もしかしたらと思ったのだ。なので、試しにやってみると。

「おお! 当たりだったか!」

 結果は上々。次は何故そうなるのか考えてみる。

「そもそも何故飛び地で反応するのか、だが。間に反対の性質のモノを挟んでいるところから察するに、この反対の性質という部分が関係していると思うから・・・」

 ふむと思案する。間に挟むモノの反応の強さが影響して、尚且つ反対の性質を持つモノだから・・・。

「反発でもしているのか?」

 そう考えれば色々と納得がいく。反発しているからこそ、飛び地と反応できるのかもしれない。

しおり