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第24回「命を数えろ」

 戦闘は終わった。僕はマルーらラルダーラの一行と合流し、リスクを考慮してさらなる追撃を中止した。「勝ちすぎる」ことも時には危険となるのは歴史が証明している。元の世界で言えば、普仏戦争がその典型例だろう。
 僕たちはチャンドリカ城へと引き上げた。激戦が行われたことが窺える、惨憺たる有様だった。城壁は各所が崩れ、塔もいくつか崩落していた。いや、一本は僕が崩したんだった。城内には敵味方の死体が散乱し、血の匂いが充満していた。いや、味方はチャンドリカが食った魂だ。死んだ魂がさらに死ぬかどうかはわからないが、少なくとも、この戦いで倒した敵兵の分は増強できるだろう。
 そう考えると、恐ろしい存在ではある。いずれ周辺諸国が警戒するのは避けられず、やがて他の大国も動く可能性が高い。それまでに準備を整えなければ、悪夢的な敗北は免れない。
 城内の広間の一角で、チャンドリカが生き残りに指示を飛ばしていた。彼も血まみれだったが、元気なところを見ると返り血なのかもしれない。それでも、総大将たる彼のところにまで、敵の刃は届いていたのだ。危ないところだった。

「チャンドリカ、生きてたかい」

 声を掛けると、チャンドリカがとてもうれしそうに笑顔を見せた。こうしてみると、とても愛らしい少女のようにも見えるのだ。

「いやあ、今回ばかりは死ぬかと思ったっす。激ヤバのマジヤバで、絶対に官能小説みたいな展開なるもんだとばかり」
「リュウよ、こいつは男なのか女なのか」

 マルーが当惑している様子だった。しきりに顎の古傷を触っている。

「さあね。強いて言えば城だ」
「性別が城ってあんた、めちゃくちゃじゃないか」
「まあ、自分は自分っすから……。でも、本当に助かったっす。自分たちだけなら、確実に負けてたっすよ」
「間が良かったね。それは君に運があるということだ。大丈夫、これが君に意識が芽生えて最大の危機だったと言えるように、とことんごついダンジョンを作ろうじゃないか」

 ここが僕の本拠地となり、また最大のビジネスモデルにもなるのだ。ここに難攻不落の要塞迷宮を建築することで、世界のパワーバランスを変えることができる。
 現状、この世界は攻撃側が有利である。大砲の研究が進み、魔法の破壊力が増大し、さらには両方の組み合わせによって、地上にも地下にも有効な打撃を与えることができるようになった。さらには、各地を旅している勇者たちがいる。僕が所属してたシャノンのパーティーにしてもそうだが、彼らは卓抜した能力による潜入と攻略が上手く、これは各人間国家にとって非常にコストパフォーマンスが良かった。現在に至るまで、異世界からの勇者候補の召喚が試みられているのはそのためだ。
 なぜ異世界から呼ぶのか。学術的レベルでの証明は行われていないが、他世界とは人体の組成が違うという仮説が有力だった。これにより、被召喚者は肉体的および魔力的成長が目覚ましく、単独でのミッションをこなせる勇者になれるのだ。
 一方で、この世界にもそうした成長面において優れた「天才」が生まれることがある。シャノンとメルはこのタイプだ。彼らはこの世界の人間だったが、恵まれた才能によって勇者たちと互角以上に戦うことができた。ごく少数のレアケースに入るのが、僕の仲間で言えばロジャーだ。彼は純粋に努力のみによって僕たちについてきていた。はっきり言えば、パーティーの中で未来を見通す能力に長けていたのは彼だったろう。それは召喚や才能では鍛えることができない、人間力と言っていい分野だったからだ。

「ああ、リュウ」
「何かな」

 僕は思考を中断し、マルーを見た。彼女は天才と努力とどちらのタイプになるのだろうか。僕としては後者ではないかと推測する。総合的な判断として、彼女は「自ら掴み取った者」のように思えたからだ。ただ、それにしては破格の身体能力を持っているので、もしかしたら才能があって努力もしたパターンに入るかもしれなかった。

「金をもらっていいかな。傭兵のくせに給金の話を忘れてたことに今さら気づいたよ。死んだやつには遺族にも送るんでね。今回はあまり死んでないみたいだけど、話しておかないといけないだろうから」
「いいことだよ。支払いは今まで通りロンドロッグの経理を通してからでいいかな。もちろん、こちらには財源がちゃんとある。ほら」

 事前にチャンドリカから預かっていた宝石を懐から取り出し、マルーに渡す。彼女はそれを見ても決して動じず、むしろ我が子を慈しむような表情を見せた。

「チャンドリカには宝石がたんまりあるって話だったが、本当だったんだねえ。上乗せをもらえれば、ちょっとだけ新規採用も増やすよ。まあ、ボチボチ考えておくれ」
「きっちり考えるさ。僕はここを一大拠点にしようと思っているんだ。アルビオンにはアルビオンの理想があるだろうが、僕にだって僕なりの思想がある。せいぜい神らしく裏から操るよ」
「城の修繕も必要っす。どこもかしこも穴だらけ。自分、もう丸裸の気分っすよ」
「壁や門は衣服代わりか。そういうものかもしれないな。これから地上も地下も開発するからには、技術者や作業員の手が必要だ。種族を問わずに集めよう」

 次の目標は人材集めになるな、と僕は思った。どこから連れてくるか。あるいは協力を依頼するか。広い視野を持って考える必要があった。

「あと、もう一つお知らせすることがあるっす。降伏してきた敵はどうするっすか」
「僕らの共同体に加わりたいなら、そうさせればいい。故郷に帰りたいんなら、その意志を尊重しよう。チャンドリカ、他に必要なものがあったらどんどん言ってくれ。君も君の中の魂も、えらく消耗してるだろうからね」
「お言葉に甘えるっす」

 それからプラムも合流し、夜が来る。
 戦いは終わって、静かな眠りの時が訪れる。
 そのはずだった。

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