「醜い」蜥蜴姿
目立たないような質素な作りの馬車を今回は利用した。城のものは旅に向いていないことと、豪華な馬車で人目を引くのを避けるためだった。
日が昇り各自が朝食を取り終ったところで、一行の旅は再び始まった。蜥蜴の姿に戻ったアミアは座席に置かれた柔らかい布の上に横になっている。その隣にはリリンが座り、王女の緊張をほぐすように体を撫でていた。
ゆっくり進む馬車、日が遮られた車内。睡魔が徐々に襲ってきて、アミアは遂には目を閉じた。そうして眠りに入っていたのだが、急に揺れが止まったような気がした。目を開けるとそこには誰もいなかった。
王族が普段使っている馬車と違い、出入り口は布で覆われているだけのもの。アミアは座席から飛び降りると、入口に近付き、布を顔で押す。少し押しただけでは何も見ることができず、身を乗り出す。すると、体がするりと滑り落ちた。
「きゃあ!」
「王女様!」
悲鳴を聞きつけてリリンが飛んできた。しかし、リリンだけでなく、タラも駆けつけてきていた。
蜥蜴姿を見られたと、アミアは羞恥心でいっぱいになる。タラの反応が怖くて目を閉じた。リリンに抱えられ馬車に戻るが、蜥蜴の姿を見られたのは確実だった。
「王女様」
蜥蜴姿でも涙は出るようだった。車内でさめざめと泣くアミアをリリンが抱きしめていた。
「大丈夫ですよ。王女様」
タラという掴みどころがない若い兵士、しかし友達になれそうな青年だった。蜥蜴姿の自分を見て、一昨日の蜥蜴を連想したに違いなかった。あの時、容赦なく剣を振り下ろしたタラ。
醜い蜥蜴、殺してもいいと思えるほどの存在。
青年は蜥蜴姿をそう思ったに違いない。
アミアはタラが今考えていることを想像し、胸を痛める。涙が次々と零れ落ち、リリンの青いドレスを濡らした。
★
一日が終わる。
泣いているうちに、日が沈んだようだった。
体が光を放ち、人間の姿に戻る。
しかし、アミアは馬車を降りる気になれなかった。
「王女様……」
「今夜は馬車の中で食事を取るわ」
リリンにそう言い、アミアは座席に深く座る。日中寝ていなかったにも関わらず睡魔は訪れなかった。
「……王女様」
外から声を掛けられ、アミアはびくっと体を震わせる。それはタラだった。
「外で食事をしませんか?あの、俺……王女様の蜥蜴姿、綺麗だと思いました。光が当たると虹色に光ってとても……だからあの」
叔父に言われたのだろう、アミアはそう思った。蜥蜴姿など、好かれるはずがないのだ。
「……ごめんなさい」
咄嗟にその言葉が出た。他に思いつかなかった。
「……王女様」
タラの足音が遠ざかる。そしてリリンが食事を持ってきた。外で食べるようにと言ったにも関わらず、忠義心の厚い侍女は共に車内で食事を取るようだ。
「王女様。明日、ナアンに到着するそうですわ。それまでの我慢ですから」
リリンの言葉にアミアは頷くことしかできなかった。
「アミア、出てこい」
夜もかなり更けた頃。
馬車にランプを置き、本を読んでいると声が掛けられた。
「タラは寝ている。日中馬車に籠っていたんだ。外に出ないと運動不足になるぞ」
叔父だ、アミアはほっとして馬車を出る。
「今日は申し訳ありませんでした」
「お前が謝ることではない。大丈夫か?」
泣き腫らしたのがわかるようだ。ケシは馬車から下りたアミアに尋ねた。
「はい」
「アミア。タラは気にしていない。だから、お前も気にするな」
短い言葉だった。何を意味しているか、わかっている。だが、アミアには慰めにしか聞こえなかった。
蜥蜴姿、タラは本当は見たくもないのだろうと思っていた。
アミアの様子に叔父は息を吐く。
「思いこみが激しいところは姉そっくりだな」
「思いこみなどではありません」
王女は信じなかった。ケシはまたしても溜息をつく。
結局、アミアは再び馬車に戻り、その夜一人で読書を続けた。