襲撃
「タラ。アミアとリリンを連れて逃げろ!」
それは不意に起きた。
平和な旅、あと少しでナアンに入る矢先だった。
男達の荒い声が聞こえ、馬が嘶いた。
がくんと馬車が急停車する。
扉代わりの布が乱暴に開けられ、タラが姿を見せた。
どうして、体を引きつらせるアミアの体を青年は迷うことなく抱いた。
「こっちへ」
それはリリンへの指示だった。
森の奥へ逃げる。注意を引き付けるのはケシだ。
「ナアンの領地まで必死に逃げろ!」
「はい!」
タラの緊迫した返事が聞こえ、ぎゅっと体を抱きしめられる。
爪が――アミアはタラの体を傷つける気がして、抵抗しようとした。
が、それをタラは許さなかった。
「動かないでください。俺が必ず守りますから」
可愛らしい、そう思った彼とは別人だった。図書室でアミアを背中にかばった時と同じ顔。
「リリンさん、後ろを振り返らないで。隊長なら絶対に大丈夫です!」
叔父に絶対に信用を置いているようだった。いや、そう信じることにしているのだろう。
アミアを片手で抱き、リリンの手を掴むと、タラは走り出した。
「いたぞ!」
男達の声がした。
姿を現したのは二人。
「リリンさん。王女様を」
タラはリリンにアミアを預けると、剣を抜いた。リリンを庇い、二人に向かって駆ける。
血が飛び散った。
アミアはリリンの腕の中で一部始終見ていた。
タラの剣はまず右手の男の腹部を刺した。左手の男が襲い掛かるのを見て、男の腹から剣を抜き、振り切る。男の腹部から首にかけて斜めに傷が入り、血が散った。
返り血でタラの服が赤く染まる。
リリンの震えがアミアにも伝わった。城内でこのような場面に遭遇することはない。アミアも同様で、リリンの腕にしがみつく。
男達はまだ死んではいないはずだった。だが地面に倒れたまま動かなかった。
温かい、いや熱いほどの熱がアミアの体に触れる。タラはリリンからアミアを受け取り、抱きかかえていた。
「血が……」
服に血がついているのに気がついたらしい。タラはマントを脱ぎアミアを包む。そして強く胸に抱いた。
「さあ、行きましょう。もたもたしていたら追っ手がまた来ます」
リリンの腕を空いている手で掴み、タラは再び走り始める。
その心臓の音をアミアは全身で感じていた。同時に風を切る音が聞こえる。
「見てください。家が見えます!」
どれくらい時間が経ったのか。リリンが息を切らしながら叫んだ。
前面によく肥やされた畑が広がっていた。
「あれがきっと領主の屋敷ですね」
民家に近づいた三人に話しかけてくる者はいなかった。ただ遠巻きに見るだけだった。三人は民家を通り過ぎ領主の屋敷を目指す。
民家まで追っ手がくることはないはずだった。だが、ケシの無事が心配で、早く助けを送ってもらう必要があった。
門まで辿りついたが、門番は一行をなかなか信じてくれなかった。
許可が下りたのは、リリンのおかげだった。侍女頭に世話になったものがおり、タラ達がアミア一行だと証言してくれたのだ。
アミアがその姿を現し言葉を話せば、混乱は生じるが話は早かったはずだ。しかしタラは、震えるアミアをその腕に感じたのか、その姿を人前に晒させることはしなかった。
「ラズ・ナアン。私が王女アミアです」
やっとの思いで領主――ラズ・ナアンの部屋に案内してもらい、アミアは自分の姿を見せることにした。
ラズは眉を顰め、アミアの胸が痛む。
しかし温かい手が体に添えられ、安堵する。それはタラだった。
ワズリアンの血を分ける四領主の一人で王族、その言葉を待たず、タラは王女の代わりに現状を報告した。
タラの態度にラズは苛立ちを見せた。しかし親衛隊長でもあり、友人でもあるケシを救出するために、即座に兵を送ることを決めた。