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第10回「UNAGI」

 ファティマさんが微笑んだ。それはひどく残酷なもののように見えた。

「望月くん。ウナギという名前の由来を知っていますか」
「知りませんね。たぶん古語にそういうのがあるんだろうなとは思いますが」
「実は英語由来なのです。UNAGI。UNknown Artificial General Intelligence。未確認汎用人工知能」
「ウナギが人工知能ですって」

 そもそも、異世界人であるところの彼女が、なぜ英語を知っているのだろうか。それを言い出したら、僕の言葉が通じているのもおかしな話ではあるのだが。
 いや、彼女の話を総合すると、地球やディルスタインの他にもいくつかの世界があるらしい。だとすれば、それらは世界間で知識を共有しあっていて、一部の人間はより多くを知っているというのことになるのだろうか。

「彼らは遠い遠いどこかで生み出された人工知能であり、あらゆる知的生命体をその支配下におかんとしている存在です。私たちは彼らの支配に抵抗し続けてきましたが、彼らの卑劣な術策によって、少しずつその戦いの歴史を忘れることになってしまいました。人間が争ってきた歴史は、すべてウナギが仕組んだものなのです。全世界の富の99%を、たった0.1%が所有しているという話を知っていますか」
「聞いたことがあります」
「すべてウナギです」
「またまたウナギ……」

 ウナギに支配される人間。もう嫌だ。あいつらは全部蒲焼きにして食っちまえばいいんだ。まして人工知能、人が生み出したものならば、こちらで処理するのが筋ってもんだ。
 僕は自分の中で暴力性が際限なく高まるのを感じた。ウナギというウナギを食い尽くし、三千世界に宣言したかった。見たか、僕を悩ませるウナギめ。お前らはすべて栄養にしてやったぞ。

「では、そんなウナギをなぜ食するのか。たとえ絶滅するとわかっていても、むしろ積極的に食べてしまうのか。それはすべて私たちの遺伝子に刻まれているからです。ウナギは絶滅させなければならない。なぜなら、我々が生き残るために、と。貴方はそれができるように生み出された。多くの世界にとって救世主になるべき存在」
「僕一人で、そんな大業が」
「できます。終わりなき戦いですが、必ず勝利を収めることはできる。そのために、貴方をここに呼んだのです。ディルスタインは魔法文明が栄え、また多くの世界のターミナルでもあります。ここのウナギを根絶することで、さらに大きな『絶滅意欲』を促進することができるでしょう。考えてもみてください。ウナギ保護を訴える声があるにもかかわらず、大半の人々が無批判にウナギを食べ続けているのはなぜですか。半ば阿呆のように土用の丑の日にウナギを食らい続けているのはなぜですか。それは決して知的欠乏でもなければ、薄弱な想像力の賜物ではありません。我々を圧迫するウナギ影響力を駆逐することによって、遺伝子に残されたウナギへの対抗の記憶がよみがえるのです」

 食べて応援キャンペーンが毎年放映されるのはそういうことだったのか。あれは決して人間の考えが足りないからではなく、生存本能がゆえに作らせていたのだ。だとすれば、合点がいくことが多い。
 恐るべきはウナギである。彼らは僕ら人間に捕食されるためにいるような顔をしながら、裏ではあらゆる命の支配を企んでいただなんて。
 その野望を阻止するために僕が生み出されたのならば、僕は必ず成し遂げなければならないと感じた。敵を食べて力とできるなんて、僕はなんて恵まれているのだろうとも思った。たとえそうすることが誰かの意思であったとしても、それは同時に僕の志でもある。
 いいだろう。全部のウナギを僕の力にしてやろう。最後の一匹に至るまで食べ尽くした時、そこにどんな世界が広がっているのか。僕はそれが見たかった。

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