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042 立つ鳥跡を濁さず…されど

立つ鳥跡を濁さず…されど

フロリアが作った夕食は、ほんとうに美味しかった。もとは、夫を流行病で失った後、その家を改築して 娘と二人食べていけたらと始めたのが この宿の始まりだったらしい。それが 五年経ち十年経ち そして今年で十五年目を迎えたときには、この小さい規模の町の宿としては、かなり名の売れた宿屋になったようである。馬車預かり所を完備し お風呂も用意されており ついには 天然のお風呂…温泉完備の宿である。それに加えて というよりも ここまで この宿を有名にしたそもそもが 大女将、フロリアの手料理であったのだから その腕前は 言わずもがなであろう。

「ミキさん、当宿自慢の女将のおまかせ夕定食は、いかがでしたか。お気に召されましたでしょうか?」

「はい、十分堪能させていただきました。僕、ここまで美味しい料理を食べたの久しぶりのような気がします。これは 次にお邪魔したときには もっと色々食べてみたいなって思いました。ごちそうさま」

「それは、良かったですわ、でも 次にお見えになったときには…」そういうとフロリアは、ウェスティナの方を見て「あなたのお料理も一品か二品は 入っていると良いわね。頑張って」

「というと、今までのは?」

「うちのシーラの手によるものですわ」

「シーラさんの料理の味も素晴らしかったですね」

「そう仰っていただけると シーラもますますの励みになるでしょう」

「はぁ、わたしもこれから お料理修行が 始まるのか…ちょっと憂鬱かも」

「何言ってるの、うちの宿の発展は 女将の料理にありとまで言われているのよ」

「次期女将のあなたが そんなことでどうするの」

「うっ」

「さて ミキさん。明日の出立は、何時頃に?」

「そうですね、やはり朝一で 出立しようかと。ですので 六の刻ぐらいでしょうか」

「そんな早朝からなの?」

「そうなりますかね」

「それでは お弁当が必要になるわね。こちらで 用意いたしますので よろしければお持ちくださいませ」

「えっ!ほんとうですか。ありがとうございます」
「これで 道中の楽しみが増えました」

「それでは そろそろお開きにしますかね」

「「「今夜はどうもありがとうございました」」」

「いえいえ」


翌朝、六の刻前

「忘れ物は……うん、ないね。あとは 食堂へ行って お弁当をいただくだけだね」

「なぁ、ヒサさんや」
「なんだい、タケさん」

「今回、俺たちって ほとんど出番なかったよな」

「そうだな、台詞も少なかったし…まぁ 若の暴走を止めることも出来なかったしな」

「いやぁ、あれって 暴走の一言ですむもんか」と窓の外を見やる。そこには つい先日出来上がったばかりの貸切り家族風呂と名付けられた天然温泉の湯を使った外風呂が…そして もう一つ。こちらは ほんの今し方出来たばかりの露天風呂、周りは塀で囲まれているもののその名の通り星を眺めつつゆったりとした気分を味わえるようになっている外風呂である。まぁ 上から野生の飛竜が飛び込んでこないとも限らないので結界を張り巡らせている。

「なんでも若が以前暮らしていた国では、ありふれた風呂の様式だそうだけど ちょっとこのあたりでは珍しいよな」

「需要なんてあるんかな」

「まぁ その辺りのことは 俺たちには わかんねぇや」

「そうだな」

二人が 話していた露天風呂、この後 行商で各地を回っている商人から広まっていき 我も我もと押さんばかりの利用客で文字通り悲鳴をあげたそうである。貸切り家族風呂の方も、身体に傷を負った者や夫婦水入らず、あるいは 子どもが小さくて でも 周りへの迷惑を考えたらお風呂を楽しめないと言った者たちからの口コミで こちらもまた 大盛況となった。まぁ この小さな町の名物宿となったのである。


「ほんとうに お世話になりました。お弁当もありがとうございます。いまから 食べるときが 待ち遠しいです」

「何を仰いますやら、私どもの方こそ このような素晴らしいものをご提供していただき感謝の念に堪えません」

「ふふ」
「はは」

「はい、そこ!もう二人してこそこそ話しているの」

「あら、ウェスティナったら焼きもち?」

「な・何を言っているのかなぁ。母さんは。そんな訳ないでしょう」

「あら、そう。それよりも いいの?あなたも挨拶したかったのでは?」

「そうよ、そのつもりで 早くから頑張って起きたのだから」
「ミキさん、ほんとうにありがとう。母から聞いたわ。治療が難しいって言われて それで わたしに女将の座を譲って、でも完治が難しくって 目がもう完全に不自由になってしまったらわたしが 四六時中はりついて仕事が手につかなくなるかもって。そんな状態の母を、そして わたしとこの宿を救ってくれてほんとうにありがとう」

「うぅん、僕は ただお風呂に入りたかっただけだから」

「あら、じゃあ わたしも母も そしてこの宿もみんなミキさんのお風呂好きに助けられたってワケになるわね?」

「あはっ、そうかも」
「こちらこそ あのとき僕の好きなようにさせてくれて ほんとうにありがとう。だから 今回のことはお互い様だよね」
「だから 握手しよ」

「握手?」

「うん、握手。仲良くなったとき、仲直りするとき、お互いの気持ちを込める挨拶のしるし」

「どうするの?」

「ちょっとお手を拝借。こんな感じ」

「へぇ、なんか良い感じね。相手のぬくもりが伝わってくるって感じで」

「じゃぁ、また」

「うん、いえ。はい、またのお越しをお待ち申しております」

「じゃぁ フロリアさん、若女将。行ってきま~す」

「「お世話になり申した」」


「ほんとうに 良い方たちだったわね」

「えぇ、ほんとうに」

「あのお二方も素晴らしい方々でしたわ」

「あら、シーラさん。あちらのお二人のことなにか知ってらっしゃるの」

「えぇ、元傭兵グループ・『雷鳴の響鬼』のリーダーのヒサさまとサブのタケさまでいらっしゃいました」

「「えぇぇぇぇぇ!!」」

「そんな有名どころのお二人だったの?」

「えっ!なんでシーナさんが それを知っていらっしゃるの?」とウェスティナ。

「それは わたしが あの方たちに 救われた村の者だからです」

「あぁ、何年か前に 馬鹿な領主のせいで酷い目にあった村があって その時に 村人たちが決起して領主率いる領兵と戦った。そのとき 村人たちの誰一人も失うことなく勝利に導いたというあの伝説の?」

「そうです」

「あれ、でもその話に出てくる雷鳴の響鬼の方達って すっごく男前な…」

「あぁ、それは ですね…」

と、まぁ ミキさまご一行が 旅だった後のクライン・スタットのとある宿では とりとめない話で従業員と女将たちが盛り上がっていたそうな。


「へぇっくしょい」
「へくち」

「どうされたんです?お二人とも。お風邪でもひかれましたか」

「うんにゃ」
「あぁ、これは たぶん噂されてんだ」

「だな」

「「てか こんな登場の仕方、望んでねぇ」」



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