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041 温泉騒動顛末記 2

大女将と復活

「ねぇ、ウェスティナ。今の話、ほんとうかしら」

「ええ、母さん、本当の事よ。その場に いたわたしでさえ 何が起きたのか、何が起こっているのか解らなかったのだけれど」

「そう、そうなの。こんな身でなければ この目で確かめてみたかったわ。」

「それなら簡単です。僕が お連れしますよ。こう見えて鍛えていますので」

「あらあら、まぁまぁ。それは 嬉しいですわ。殿方に連れて行っていただけるなんて。」

その言葉を耳にしたミキ、先ほどの違和感の理由がわかったような気がした。そして ミキの雰囲気が変わる
「ですが…その前に ひとつお話を伺っても?いえ、質問させていただいてもよろしいでしょうか」

ミキの様子が変わったことに気がついた大女将であったが、
「ねぇ、ウェスティナ。わたし 喉が渇いたわ。それに お客さまにお茶もお出しするの忘れていたわ。宿の女将としては ちょっとマイナス点かしら?」

「あっ!すぐに用意しますね」と慌てて部屋をあとにするウェスティナ。普段のミキなら ここは『おかまいなく』とか『いえいえ、先ほど朝食をすませたところですので』と相手の負担にならないように気遣うはずところ…しかし 今回は 大女将の話に乗っかるようにしたのである。そして ミキが口を開く。

「いつから?なのです じゃぁ 解りづらいですね。いつから目が不自由になられたのです?」

「まずは、どうして?って聞きたいところよね。まだ誰にも、そうね。わたしが かかっている医術師以外には 知られていないはずなのに。でも それは 愚問のようね」
「確信していらっしゃるみたいですもの」

「えぇ、まぁ。最初、気になったのはあなたの…大女将の声です。咳がなかなか止まらない。そうお聞きしていました。それで 喘息?という病気にかかっていらっしゃるのかと思いました。ですが…声、そして息づかい。体力の消耗具合など色々気になることは たくさんあったのですが…一番の理由は」
「自分で認めるようで すっごく嫌なのですが わたしの容姿は 初対面で必ず 女性と勘違いされるんです。それも 事前に男性だって伝えていたとしても…ですが 大女将、あなたは違った。わたしを見ても…実際には わたしの方を向いては いらっしゃいましたけど見てはいなかった。いえ、見えていなかったのでしょう。そして 先ほどの発言。わたしのことを 躊躇うことなく殿方と仰った。それが 気づけた理由でしょうか、あとは まぁ 愛らしい声だとか…ね」

「あらあら、偉大な魔法使いさまは、偉大な医術師さま?でもあったのかしら。」

「でも、何故?なんです。何故隠す必要が…」

「そうね、一番の理由はウェスティナのことかしら。もし わたしの目が見えなくなっているとあの子が気づいたら あの子きっと四六時中わたしから離れることが 出来なくなるかもって思ったのよ。だったら目が不自由になってることは 隠しておいて他の…ちょうど倒れたときに咳き込んで そのままだったから…ね。あとは 医術師さまにお・ね・が・いして 慢性的な咳の症状…それで 静養が必要ってことにしたもらったの」
「この不自由になった目では…ね。宿の女将なんて とても勤まらないわ。医術師からも その目は もう治らないって、もし治せるとしたら皇都にいるかもしれないっていうリョージュンさまという高名な医術師さまだけだろうって」

ここで ミキは 懐かしいようなそうでもないような 意外な人物の名を耳にしたわけであるが…。

「うーん、確かに皇都には、リョージュンさんは いらっしゃいますね。僕の師匠ですが…武術の」
「ちなみに医術師ですよ…あの人」

「そ・それじゃぁ 皇都に行けば…行くことが出来れば…」

その言葉を聞きしばし考え込むミキであったが
「うーん、治りますよ。その目。…皇都までいかなくても」

「あなた 何を仰っているのかしら?」

「ちょっと失礼して 目を診させていただいても?」
そういうとミキは 返事を待つことなく 大女将へと距離をつめる。

「え?何…」

「えぇ、だから少し目を 診させていただいても?」

まぁ、皇都の商会主で、すごい魔法が使えるとウェスティナから聞いてはいたが 医術に心得があるとは聞いていなかったので 少し逡巡し…
「ええ、お願いしますわ」と決断した。

「ありがとうございます。それでは 診させていただきますね」

「うん、これなら大丈夫そう。少しの間目を閉じていてくださいね」そういうと…
「サーチ」「アナライズ」「トリメント・リカバリー」
立て続けに魔法を放つ。すると…
大女将の身体を 淡い光が包み 次第にその光が 目に集中して集まり一際眩い光を放ちやがて その光は終息していく。

「もう目を開けても大丈夫ですよ。ただし ゆっくり開いてくださいね」

何が起こったのか解らないままに…ミキの言うとおりに目をゆっくりと開けていく。そして 目を開けきったときに初めて目入ったのは…
「あの先ほどまで ここにいらしたミキさまは?」
そう、誰が見ても その第一印象は 変わらない。

「わたしです。わたしが ミキですよ」
と、ちょっとふて腐れたかのような声をした ミキ、その人であった。

「あ!ほんとに ほんとに ミキさん?ですのね。そのお声は 確かに先ほどまで 話をしていました。そうですか…わたしの演技も見抜かれてしまうはずです」

「ウェスティナが すっごく綺麗な男性と申しておりましたが…百聞は一見に如かずとは このことですね」
と、大女将とミキが 和やかに話をしていると お茶の準備を整えてウェスティナが 戻ってきた。

「なになに?わたしがいない間に 楽しそうに話が 弾んでるみたいだけど…お母さん、変なこと言ってないでしょうね?」

「あら、変な事って何かしら?あなたが 七歳まで お「言わせないわよ」稽古事が嫌だって我が儘言ってたってこと?」

「あっ!そっち」

「そりゃそうよ、うちのお婿になるかもしれない人に向かって 娘の恥ずかしいこと言う訳ないじゃないの」と、それはもう くったくのない笑顔で 話す大女将であった。

「ミキさん、改めてお礼を言わせて貰うわ。」
「ほんとうに ありがとうございます。わたしを 治療してくださって。まさか もう一度この子の、ウェスティナの笑顔を…ほんとうに ありがとう。感謝します」

大女将の発言に?を浮かべるのはウェスティナである。
「ほんとに さっきから何?わたしを おいてけぼりにしちゃって」

まぁ、いずれは 詳しい話をウェスティナに話す日が来るかも知れませんが 二人して…。
「「な・い・し・ょ」」と声を揃えて告げるのであった。

「そうそう、ミキさん。わたしんことは これから フロリアと呼んでくださいね」

「娘から話は 伺いましたけど…なんでも娘のことは 若女将、わたしのことは 大女将って呼びますって話のようでしたけれど…ミキさんには フロリアとそう呼んでいただきたいものですわ」

「はぁ、では フロリアさんと呼ばせていただきますね」

「あら、フロリアって 呼び捨てにしていただいてもよろしかったのに」

「も・もしかして お母さん…」

「ふふ」と笑って煙に巻く大女将、いえ フロリアであった。

「それじゃぁ その新しく出来たっていう外風呂を見に行きましょうか?」

「えっ、でも母さん。ふらつくからって…ここ最近ずっと外にいくこともなかったはずじゃ?」

「あぁ、それなら もう心配いらないわよ。さきほど こちらのミキさんが 治して、治療してくださったもの」

「え?だからさっき 感謝とか治療とか……って。えぇぇぇぇぇ!だって だって医術師の先生が もう回復する見込みはとか って えぇぇぇぇぇ!」

「もう さっきから えぇえぇ賑やかね。少しは落ち着きなさいよ」

「えぇ?だって」

「はい、この話はここまで。ひとまず わたしも見てみたいのよ。新しい外風呂、貸切り家族風呂っていうのをね」



「えぇぇぇぇぇ!」が フロリアの第一声であった。
母子ですね~などと暢気に思っているミキである。

「これが 新しく出来たっていう外風呂よね?ミキさんが この宿に宿泊なさったのが 昨日なのよね?ね、どうして、どうしてこんなに早く それも こんな立派なものが出来てるわけ?」ふぅふぅと息も切れ切れに話すフロリアであった。

「だから言ったじゃない、わたしにも 何がなんだかって」

「これが お風呂に入りたいためだけに造ったっていう新しい外風呂なの?」
「ミキさん、これって ほんとうにお金とか」

「はい、いただきませんよ。いえ、いただけませんよ。僕が勝手にやったこと。ほんとうに 僕の我が儘でしたことなんですから…ただもし 次に僕が 泊まりに来るときがあったら…えへへ。今度は フロリアさんに 案内してもらいたいです」とフロリアを しっかり見つめながらまだまだ引退するには 早いですよと思いを込めてミキは 言ったのであるが…。

「そ・そんな。えぇ。えぇ。もちろんです。そのときは わたしが 案内させていただきますわ」と頬を染めながら 肯くフロリアであった。

「もしかして お母さん、引退するつもりだったの?せっかく元気になったのに」

「あら、あらあら。まんまとミキさんに乗せられてしまいましたわね。ふふ。でも そうね もう少し頑張ってみようかしら…ね」と楽しそうに、にこやかに会話するウェスティナ母子。
そこには 昨日までの張り詰めたような 堅苦しい感じの会話ではなく ほんとうに幸せそうな母子の姿が見られたのである。(影)

「さて 外風呂の件も片付きましたし、わたしの体調も ほんとうにすっかり良くなったことですし 今夜の夕食は わたしに任せていただけるかしら?わ・か・お・か・み」
「もちろんミキさんも…夕飯食べて 行かれますよね?」と これくらいの気持ちは 受け取って欲しいとの願いを込めてミキに伝えるのであった。


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