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第4回「ウナギのために鐘は鳴る」

 僕が侵入者を打ち倒すのなんて、縄跳びの二重跳び以上に簡単だった。それくらいあっけない相手だった。

「まさか、こんな、一瞬で」

 リゼルと名乗った彼女は信じられないみたいだけど、これが現実だ。彼女は僕のそばに倒れている。自分に何が起きたのかもわかっていないのかもしれない。だが、もう全身に力が入らないようで、立ち上がることはない。

「ウナギは滋養が豊富ですから、食べれば食べるほど強くなるのは当たり前のことです」
「当たり前なはずがあるか。魔法を使えるわけでもない君が、どうしてこんな」
「その答えは私が教えてやろう」

 支部長、樺山さんとタチアナさんがやってきた。

「樺山さん」
「望月くん。君はタチアナさんから魔法を教わることになるが、実はすでに君は魔法を使えるんだ」

 そいつは初耳だ。

「どういうことだ」

 リゼルにとっても初耳だったらしい。そりゃそうだ。僕だって驚いているんだから。でも、その驚きは決して大きなものではない。

「君はこの世界の人間ではないんだよ」
「そうだったんですか」

 うん、驚きは大きくない。そういうこともあるかもしれないなあ、とは漠然と考えていたことだ。まるで自分を見つめる大きな目が、その真実を昔から教えてくれていたみたいだった。

「すんなり受け入れるところか。そこはもっと食い下がるところだろう、おい。望月くん、か。そして、樺山。どういうことだ。説明しろ」
「わかっていないのは貴方だけですよ」
「タチアナ……」

 タチアナさんが僕の傍までやってきた。いい匂いがした。もしかしたら、この人を食べるとおいしいかもしれないと考えた。
 さすがに、この思考はちょっと異常だ。
 僕は考えるのを中断した。

「望月さんはうっすらと理解されています。そうでしょう」
「ええ。なんとなく、僕の中にあったもやもやが少しだけ消えた気がします。そうか、この世界にいた人間ではないんだなって、すごく納得できて」

 話が早いのは好ましいぞ、と樺山さんが言った。

「党が記憶を失った君の『身体検査』を行った時、実に驚くべき事実を次々に発見した。ディルスタインの絶滅派と連絡を取り合い、こうしてタチアナさんに来てもらったのも、その一環だ。すべては君の体内から始まったんだよ。何しろ、君の腸内には無数の魔法印が刻まれていた。そうだ。君はウナギを食べることで、その魔法印を活性化させ、無限に強くなることができる」

 そういえば、ポパイだってほうれん草を食べれば無敵になっていた。マリオは星を取れば無敵だった。カービィもマキシムトマトを食べれば全快だ。うん、何かを食べたら超人的になるというのは、人類が原初から持ち合わせていた思想であり、同時に真実であったに違いない。

「僕は時々自分の強さに驚くことがありました。そういうことだったんですね」
「もちろんウナギでなくとも効力を発揮するだろうが、現段階において、君の実力を十全に発揮するにはウナギが一番だ」
「ならば、おかしいではないか。騙されているぞ。君の力の源がウナギだというのなら、むしろ僕たちと共闘できるはずだ。そう、ウナギの保護派と。であれば、君はずっと無敵でいられる」

 リゼルが叫んだ。その声音の弱さは、どこか哀れですらあった。
 なるほど、彼女の言うことにも一理あるかもしれない。だけど、僕がウナギを保護する側に回ることは決してない。

「それどころか、不老不死でもいられる」

 タチアナさんがそう続けた。
 あれ、僕って、ウナギを食べていれば不老不死なのか。

「なら、ウナギ絶滅などという狂った思想に手を貸すべきではない」
「いいえ、僕はそうは思いません。ウナギは、やはり絶滅されるべきです」

 ここで、僕は口を挟んだ。哀れな希望に手を伸ばした彼女に、絶望的な答えを返してあげるべきだと感じた。それが僕の義務だった。聖堂騎士という大仰な呼び名の少女に、一切の救いを与えないという行為が、どこか快楽を伴っているのかもしれなかった。でも、僕はそれ以上にウナギを食べたいのだから、結局は幻に過ぎないようにも思えた。
 実際、僕が言っていることは真実なのだ。
 ウナギは絶滅されるべきである。
 この考え方は、一片も揺らぐ余地はないのだから。

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