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 メモには、香味ダレが筋組織回復を、塩ダレの方は現れてる通りに視力回復。それぞれ値は完全ほどではないものの、現れてる効果はまずまずのところだ。

 カーニャは先に香味ダレを食べたから、人間とは違っても筋肉痛のようなのがほぐれていったのだろう。
 ヴィンクスの視力回復も出てるように、弟子のポーションパンは今回もいい出来だった。


(ポーションとしては、店頭用だからいいが……ラティストが関わってるせいか値以上に効果が強い)


 それに気づいてるのは、ヴィンクス以外だと商業、冒険者のギルドマスター達くらいだろう。
 明日の試食会で、一度聞いてみるべきか。

 それを片隅に置きながら、今度は香味ダレに手を伸ばす。包装紙を剥けば、塩ダレよりずっと濃い色の液体をまとったからあげパンとのご対面。

 迷わず三分の一ほど口に入れれば、甘じょっぱいタレと香味野菜が口いっぱいに広がってきた。


「……甲乙つけがたいっ」


 カーニャは塩ダレも美味しそうに食べているが、ヴィンクスの言葉に首を強く縦に振った。


『おいひぃよね〜、どっちも!』


 精霊は本来飲食を人間ほど必要としないが、ヴィンクスと生活することでたくさんの美味を口にしてきた。
 その中でも、軽食とは言え『スバルのパン』は最上級に位置されてるらしい。

 だから、二週間前から今日までこのパンのために空腹を耐えに耐えた。
 その最上の品を知ってしまうと、スバルの生み出すもの以外物足りなくなったらしい。それ故に、耐えているのだ。


『ほんと、おいひぃ〜っ! 塩ダレは胡椒とニンニクで濃いのに、挟んでるレモンのお陰で後味さっぱり。お肉は鳥なのに柔らかくってやっばい! パンはふっわふわ! こーみダレのも甘じょっぱくて好きだけどぉ〜、後に食べるなら塩ダレの方だなぁ!』


 彼女なりに、食べる順序を決めてたようだ。
 その順序も悪くないが、ヴィンクスとしては後に濃い方を食べればしばらく余韻に浸れると思っている。

 最も、以前この手の話題で大喧嘩したことがあるので彼女が感じてる余韻を邪魔する気はない。喧嘩したら、後々面倒な事が色々出来てしまうからだ。


『あ〜したのお土産、絶対だよぉん?』


 最後の一口をきちんと食べ終えてから、ヴィンクスの方に人差し指を向けてきた。おまけに銀の瞳は、魔法灯(ランプ)の下で反射してるように見えてキラキラと輝いている。

 未知なる美味への期待感はヴィンクスも求めてやまないので、口はパンでいっぱいだったから空いてる手の親指を立てた。


『えっへへ〜、な〜んだろうなぁ〜?』


 満腹で機嫌が良いうちに、気になる事を聞いておいた方がいいかもしれない。

 ヴィンクスは食べかけを包装紙の上に置いて、少し姿勢を正した。


カフィラレイア(・・・・・・)、聞きたい」
『…………用件は? 我が主(マスター)


 彼女の真名(契約名)を呼ぶと、感情全てを無に帰したようにカーニャも姿勢を正してヴィンクスを見据えてきた。


「……お前も食してわかっただろうが、このパンにラティストの気配があったはずだ」
『……然り』


 問いかけに、彼女は少しだけ顎を引いて答えてくれた。
 自身の手元にはもうないが、残った包装紙に微量に宿る彼の気配を探ってるのか手をかざした。


『食して感じた。()御方(おんかた)の御力は、わずかだがパンの方に。この包み紙にも感じるが、あの方が触れた頻度が高い方よりも口に入れる素材に宿っている』
「ならば、この紙に書かれてるよりも効果は絶大?」
『然り』


 種族は違えど、精霊(・・)の言うことならまず間違いはない。

 あの無愛想美形青年がスバルの相棒兼副店長になってまだひと月と少し。主に接客を任せてるらしいが、仕込みなども少しずつ手伝いをさせてるそう。

 その仕込みの具合がどこまでかはわからないが、料理をあまりしないヴィンクスでも多少の知識はある。おそらく、カーニャの告げた事を照らし合わせれば生地の仕込みもしくは、仕上げか包装。
 そのどれかで、ラティストの力が食品に移ったのかもしれない。

 精霊の力が接触だけで移るなんて実証されていなかったが、これは新しい発見になるだろう。


(ますます、明日確認しなくては)


 とりあえず聞きたいことは終わったので、ヴィンクスは姿勢を崩してからあげパンの残りを軽くかじった。

 今日は行き帰り結構走っていたので、筋肉痛のようなのが少しずつほぐれていく。血液を通じて体の中を巡り、あっという間に軽疲労も取れていった。


『…………ね〜ぇ、明日のための食材ってー……オーク肉とかだったっけ?』


 こちらも姿勢を崩したカーニャが、ヴィンクスを見ながら少しぬるくなっただろうカフェオレを口にしてた。

 飲みながらも、美味しいと言ってくれるあどけない笑顔に少しだけ口元を緩める。


「ああ。オーク肉のモモ肉や一角虎のヒレ肉。初回で使うなら妥当だろう?」
『スバルならぁ〜、どれも美味しく仕上げてくれそう!』


 ただ、ヴィンクスはともかく料理経験がほとんどないカーニャには想像がしにくいらしい。期待に満ちた声を上げてすぐ、首を大きく横に傾げ出した。


「……説明が欲しいのか?」
『あたしがお料理出来ないの知ってるくせにぃ〜』
「お前の場合、触れない(・・・・)からな。オーク肉の方は、揚げ物のサンドイッチでカツサンド。一角虎のヒレ肉は似た感じでカツレツのサンドイッチ。治癒草の粉末は、チーズやトマトと一緒にピザパンになるそうだ」
『​───────……ぜーんぜん、わっかんなぃ〜!』


 これでもわかりやすく説明したつもりだが、やはり知識がないとイメージがしにくいようだ。

 カーニャはマグカップを両手で抱えながらも、さっき以上に首を大きく横に傾げるだけだった。


『それって、ヴィーの前世の知識(・・・・・)?』
「…………ああ、そうだ」


 ヴィンクスは、生まれも育ちもこの街アシュレインで間違っていないが、『前世』は違ってた。

 異なる地、文化が存在する世界から魂だけがやってきた存在。いわゆる、異世界からの転生者。

 スバルはその逆で『転移者』だが、どちらもこの世界では『時の渡航者(とこうしゃ)』と呼ばれる稀有な存在とされている。

 だが、所持する知識や能力を悪用されぬように、ごく一部にしか打ち明けていない。今現在知ってるのは、冒険者と商業のギルドマスター達などほんの一握り。


(……理解者を増やすのは、徐々にで良い)


 ヴィンクスはともかく、スバルはまだ転移してきてたったの三ヶ月。店を構えることになったのにも色々あったが、あの平穏さを壊したくはない。

 錬金師の師としても、はじめは嫌でしかたなかったのが、生み出されるパン達の味への魅力に色々絆されてしまった。他にも、見た目超絶美少女顔の美少年の裏表のない性格とか。

 随分と、気難しく偏屈だと揶揄されてきた自身では考えられない事だ。

「…………まあ、明日は楽しみに……って⁉︎」

 残りを食べようと包装紙に手を伸ばしかけたら、からあげパンが浮いていた。

 魔法も使ってないヴィンクス以外にこんな芸当が出来るのは、向かいに座ってるカーニャしか無理だ。

 慌てて掴むも、引力で引き寄せていくようにカーニャの方へと力が働いてて重い。


「これは私のだろうが!」
『だぁってぇ、残してたんだもぉ〜ん』
「一人二個ずつだろうが!」


 無理に両手で口まで引き寄せて、手ごとからあげパンを放り込んだ。

 口に入ればカーニャも諦めたようで、『あーあ』と残念がった声が耳に届く。

 噛みながらも、残ってたパンに挟まってた大きめのからあげがジューシーで甘じょっぱいタレと絡んで最高に美味しかったと思った。


『あ〜あ、明日もいいけどぉ〜。その後はヴィーのお仕事でご飯食べられなぁぃ……』

 こうなると、日頃から多少は食事を作るようにしようかと思っても、実行された日があった試しがないので『うん』とは言えないヴィンクスだった。

 とりあえず、引き受けた伝書蝶の送達だけはきちんとやっておくことに。





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【からあげの由来】




ヴィンクスとカーニャが大好物の『からあげ』

日本の食卓でお馴染みのからあげですが、起源と言われてるのは明らかになっていません

漢字でよく使われる『唐揚げ』は中国から伝わったため、たまに見かける『空揚げ』は衣をつけずに揚げることから命名の由来になったそう

日本唐揚協会によると、『からあげ』は日本独特のもので、戦後食料難に備え養鶏場を多く作るという国の政策の下、美味しい食べ方が色々な形で発展していき、鶏のからあげが多く食べられるようになったそうです

おまけになりますが、日本最初のからあげは雉肉を揚げたのが江戸後期に作られたと資料にはありました

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