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どうする? と聞かれても、約束したのだ。渡さないといけない。
「お、お願いします」
鞄から手紙を取り出して渡すと、楓さんは
「ご利用、ありがとうございます」
と芝居がかった仕種で一礼して受け取って書類ケースのような鞄にしまった。
気になる事はたくさんあるが、詮索禁止、と言われた以上は聞けないと思った。
手紙も渡したし、ここにはもう用はない。
「ああ、ちょい待ち。なっちゃん」
暗くなる前に帰ろうと踵を返した時、声を掛けられた。
「大人としてどうしてもなっちゃんに言いたいことが二つ」
振り返ると、ぴっ、と指を二本目の前に突き付けられる。
「一つ目。なっちゃんはまだまだ子供だ。子供は我が儘を言うもんだ。言いたいこと言って、やりたいことやって、怒られたり失敗したり、そうやって少しずつ大人になっていけばいい。なっちゃんは、まだ子供でいて良いんだよ。我慢しなくていい。肩の力を抜いてみな。もう少し、生きるのが楽になるさ」
唖然とした私に構うことなく、指を一本折り話を続ける。
「二つ目。もう外真っ暗だから。送ってくよ。相棒がそろそろ来るから待ってな」
「え? でも……」
「回収よし、片付け良し、後は仕掛けのチェックか」
戸惑う私の事などお構いなしに帰り支度をする楓さん。
そのまま、ついておいで、と部屋を出ていくので慌てて追いかける。
私が部屋を出るのを確認して、電気を消した。
「軋むなぁ。そろそろ油挿したほうが良いかな?」
ギギギ、と扉を開けて入っていったのは、先ほど制御室と言っていた部屋だ。
パチ、と電気を点けたその部屋は備品室よりも広く、左の壁一面には謎の金属扉が複数あり、正面と右側の壁にはびっしりとモニターが設置されていた。
モニターの前には長机が設置されていて、机の上にはパソコンのキーボードのようなものが置かれている。
「あの、さっきの話……」
「ん?」
楓さんはパチパチとキーボードのようなものを押す度に、モニターが点いていく。
「……我が儘、言っても良いって。でも、無理です。誰も、私の話なんて聞いてくれないもの」
話を聞くどころか、存在すら無視されているのに。言えるはずがない。
昨日勇気を振り絞って、生まれて初めて主張した出ていくという意思は、保護者同意書と共に握り潰されてしまった。
「聞いてくれる人がいないってんなら、俺や要が聞くよ? 何でも言ってごらん」
パチパチとスイッチを操作するたびに、モニターの画面が切り替わっていく。
モニターは、この建物の内外を映していた。女性らしき人影が駐車場のロープを外して、一台の車が入ってくるのが見える。
「少なくとも、聞いてくれる人がいるってわかっただけでも、心が軽くなるでしょ?」
振り返って笑う楓さんの言う通り、少しだけ息苦しさが消えた気がした。
よくわからない作業に没頭する楓さんの横顔をじっと見つめていると、何だかそわそわしてきた。
楓さん相手だと、本当に何でも話せそうな気がしてくる。不思議な人だ。
聞いても、良いのかな? さっき、何でも言ってごらんって言ってくれたし。
聞いちゃダメなことはダメって言ってくれるよね?
「今やってるのが、仕掛けのチェック、ですか? 仕掛けって?」
「ん~っと。なっちゃんはさ、ここの噂、どんな風に聞いてる? 入る時怖かった?」
「怖かったです。えっと、子供の霊が出るとか、黒い影に追いかけられるとか聞きました」
「そ。うーん、まだまだだなぁ。本当は、そこから、昔ここでこんな事件が~なんて噂話に発展してもらいたかったんだけど。やっぱりそれっぽい話を作ってばら撒かないとダメだなぁ」
楓さんは喋りながらもパチパチとキーボードのようなものを次々にいじっていく。
「ここまで言ったからもう気づいたかもだけど。この建物はさ、人工的な心霊スポットなんだよ。こうして」
ぴっ、とボタンを押すと、画面の中に小さな人影のようなものがパタパタと走り去っていった。
何となく、きのこのように見えたのはきっと気のせいだろう。
「プロジェクションマッピングで映像流したり。こうして」
ぴっ、とまた別のボタンを押すと、先ほどとは違う画面に映っていた机がガタガタと揺れ、部屋の反対側へスーッと動いていった。
「ポルターガイストを模倣したり。ね。他にも色々。今は手動でやってるけど、赤外線センサーで人が近くまで来たら作動するようにセットしてある」
誰にも言わないでね、と楓さんが困ったような顔で笑った。
何のために、と聞こうとした瞬間――
「楓、大変大変っ! って、ちょっと! 何女の子連れ込んでるの!?」
バタン、と扉の軋みなど関係なく勢いよく開けて女性が入ってきた。
すぐに私に気付いて楓さんに詰め寄る。
柔らかな月の光のような長い髪の美しい女の人だ。
さっき楓さんが言った相棒さん、だろうか。