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26.冬晴れの蒼い空の下で

 ちょっと心配していたが俺も吉岡も問題なく狭間の小部屋に移動することが出来た。
もう吉岡をおんぶしなくてもセットで召喚されるということが確認できてよかった。
これからは二人で持ち上げることが出来るのでかなり重いものでも運べるようになるな。
今後はいろんなものをあちらの世界に運ぶことになるだろうから、吉岡という得難い仲間が出来たのは本当に運がよかったと思う。
「先輩、スキルいっときましょうよ」
「おう!」
忘れちゃいけないスキルゲットタイムだ。
今まで取ったスキルは「勇気六倍」「種まき」「麻痺魔法」「気象予測」「ヤモリの手」の5種類だ。
役に立つけど今一つ派手さに欠けるな。
今度はどうだろう。
自分のくじ運の無さは自覚しているので期待しないでひいてみよう。

スキル名 水上歩行
水の上を歩けるスキル。
海や湖の上を自由に歩ける。勿論走っても大丈夫だ!

今回も微妙なのが来ましたね。
いや、嬉しいんだよ。
面白そうだしね。
ただ、もう少し派手な攻撃魔法とか武術系のスキルが欲しかったんだよね。
これはこれで役に立ちそうだからいいけどさ。
海難救助のスペシャリストになれそうな気もするよ。
「また面白い感じのスキルがでましたね。だんだん忍者っぽくなってませんか?」
言われてみればそうかも。
壁を這いあがり、水の上もスイスイ歩けるのはお城とかに潜入するには役立ちそうだ。
……そんな任務はやりたくないなぁ。
でも、次の帰還時に黒装束を用意しておこうかな。
何かの役に立つかもしれない。

 青い扉をくぐって戻ってくると、そこは神殿の中庭だった。
「お帰りコウタ、アキト」
「ただいま戻りました」
辺りは夕闇に包まれ月の光がクララ様の銀の髪に()()えとした光を落としていた。
「うわあ、本当に召喚獣だったんですね!」
フィーネも俺たちを出迎えに来てくれていた。
「まあね。あんまり(けもの)という自覚はないんだけどさ」
「あはは、そうですね。まるで勇者召還の勇者様と同じですもの」
「勇者召還? なにそれ?」
「各国が異世界から呼び寄せる勇者様のことですよ。ものすごいギフトを授けられて召喚されるそうですよ」
そんなのがあるのか。
俺たちとどう違うんだろう。
「クララ様も勇者召還というのをご存知ですか?」
「ああ、いろいろな国が行っているようだ。異世界の人間を呼び寄せる召喚術だと聞いている。世界の壁を越える際に神々からギフトと呼ばれる大いなる加護を授かるそうだ」
そこは俺たちと同じだな。
「基本的に若い世代で、この世界に順応しやすい人間が召喚されるようだ。ギフトがあり厚遇が約束されているので今のところ目立った問題は起きていないと聞いている」
本人が納得してるんならいいんだけどね。
相手の意思を確認しないで呼び出すのはどうかと思うぞ。
「それからコウタ達と違う点は、勇者召還された者は元の世界には帰れないということだな」
それは可哀想すぎないか?
「恋人や家族を残してきている人もいるでしょうに……」
「いや、それがな、召喚される人間は元の世界に未練が少ないものばかりらしい。逆にそういう人間でないと召喚は不可能なのだそうだ」
ほう、それならいいのかな? 
当事者じゃないから何とも言えないな。
「それにしてもこの馬車みたいなものはなんだ? 馬車にしては小さいようだが」
クララ様が早速リヤカーに興味津々だ。
「これは俺のバイクにつける荷車ですよ」
「これをバイクに……。南方にあるロマール帝国の戦車のようだ」
馬に直接つなぐ二輪の軽馬車のことだな。
でも125㏄のバイクとリヤカーではそんなカッコいいものではないような気がする。
せいぜいロバにつないだ小さな荷車みたいなもんだ。
「フィーネにはこれに乗ってもらおうと思ってさ」
俺の言葉にクララ様とフィーネが驚いた。
フィーネもクララ様も当然歩いていくと思っていたのだ。
従者は歩くがこの世界のスタンダードな考え方のようだ。
「そんな、私は歩くからいいですよ……」
「コウタ、アキト、気持ちは嬉しいのだが従者のそなたたちにこのようなことをしてもらっては主としての私の立場がない……」
二人を困らせてしまったか。
「あんまり気にしないでくださいクララ様。バイクは元々先輩が持っていた乗り物ですし、この荷車も私の祖母が遺してくれたものです。どちらもわざわざ購入したものではありません」
吉岡がとりなそうとしている。
「そうですよ。家にあったものを持ってきただけですから気にされることはないんです。私はクララ様が召喚して下さるだけでいろいろな能力が身につくんですから、クララ様が心配されることは何もありません」
俺たちがいろいろ言ってもクララ様は最後まで気に病んでいるようだった。
「だったらクララ様に一つだけお願いをしてもいいですか?」
「うむ、なんであろう?」
「こちらの世界で時々商売をする時間を下さい。私と吉岡は向こうの世界で仕入れてきた商品を是非こちらの世界で売りたいのです」
クララ様の目が喜びに輝いた。
「もちろんだとも。そういうことなら私も協力しよう。騎士爵の名前を出せば会ってくれる商人も増えるはずだ。知己(ちき)の貴族に紹介状を貰うことも出来るだろう」
クララ様が仲介してくれれば大きな商家が相手でも門前払いをくらうことは少なくなりそうだ。
クララ様は自分が俺たちの役に立てるとわかって喜んでいるようだった。

 翌朝、バイクに取り付けた荷車は問題なくスムーズに動いていた。
「どうだ吉岡?」
「多少揺れますけど許容範囲内ですね」
「これくらい馬車に比べたら全然揺れてないですよ」
フィーネの評判は上々だ。
連日の晴天のお陰で道に雪はない。
時速5キロくらいで走っても問題がなかったので20キロくらいまで上げてやったらキャーキャー言って喜んでいた。
クララ様がすごく羨ましそうな顔をしていたから誘ってあげたら、いそいそと乗り込んできたぞ。
「このバイクというのは馬の倍近くの速さが出せると言っておったな?」
「そうですね。平らな道ならそれくらいは出ると思います」
80キロ弱が限界だな。
砂利道でそんなに出したら怖いからやらないけどね。
「その……一度体験してみたいのだがよいだろうか?」
「二人乗りでよろしいのですか?」
「うむ。……ここなら誰かに見られる心配もない……」
ああ、前から乗ってみたかったけどエッバベルクの住民に二人乗りの現場を見られるわけにはいかなかったということか。
きっと騎士だけあって乗り物には興味があるんだろうな。 
連結器は簡単に外れるのでリヤカーを外してクララ様と二人でバイクに乗った。
クララ様にはヘルメットの代わりに兜を被って貰う。
「それでは行きますよ」
エンジン音を響かせてバイクが走り出す。
徐々にスピードを上げていくと車体が上下に揺れて、それまで離れていたクララ様の身体がくっついてきた。
……。
防弾ジャケットなんて着てなければよかった! 
何をご丁寧にこんなもの着てるんだよ。
バカバカバカ、俺のバカ!
あれ? 
耳元で聞こえるクララ様の息遣いが荒い。
怖いのかな?
「もう少しスピードを落としますか?」
「いや、もっと上げてくれコウタ! 私たちは今、風になっているぞ!」
喜んで興奮していただけか。
そういうことならリクエストにお答えしましょう。
スロットルを回してエンジンを唸らせる。
風になった俺たちは雪解けの丘陵(きゅうりょう)を土ぼこりを上げて駆け抜けた。
丘のてっぺんまで上がりエンジンを切って休憩する。
「コウタ、また乗せてくれないか?」
「もちろんですよ」
蒼穹(そうきゅう)(あお)ぎながら呟くクララ様の手は今だ俺の背中に添えられたままだった。

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