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23.新たな仲間とともに

 見慣れない天井に驚きながらフィーネは目覚めた。
薄い緑色の生地は日野春公太のテントの天井だ。
昨晩は雇い主のクララや従者のコウタ、アキトと共に、この簡易小屋の中で寝たことを思い出す。
最初は貴族と同じテントに緊張したが、アキトが作ってくれたココアやコウタが出してくれるゲームやお菓子に四人は次第に打ち解けていった。
ウノにジェンガか……楽しかったな。
フィーネは昨晩のことを思い出した。
ビスケットやマシュマロなんてものも初めて食べた。
カッテンストロクトの村に居たら一生食べられないような甘いお菓子も、ゲームが楽しくてついつい夜中まで遊んでしまったのもフィーネにとって生まれて初めての経験だった。
 フィーネはこれまで猟師の仕事を辛いと思ったことは一度もない。
むしろ自分の仕事を誇りに思っていたし、野生動物との駆け引きは心躍る場面もたびたびあった。
弟ももうすぐ成人だ。
そうなればフィーネは猟師仲間の誰かと結婚して、畑と狩りで生計を立てる一生を過ごすのだと漠然と考えていた。
自分には特定の恋人はいないが人は18歳くらいまでには結婚するものだ。
だから私にだってそのうち誰かが結婚を申し込むだろう。
そうじゃなければ両親が相手を探してくれるはずだ。
だって人生ってそういうもんじゃない? 
これがフィーネの、というよりもカッテンストロクトに住む大半の娘の考え方だった。
 だけど、昨日であったばかりのクララたち一行はフィーネに新たな世界を見せてしまった。
魔法を使ったモンスター戦、美味しい食べ物、遊び、貴族階級、町の駐留兵士などなど。
普通のカッテンストロクト住民にすれば縁のないはずのものばかりだ。
大抵の村人は村からほとんど出ることなく一生を終える。
出かけたとしてもせいぜい隣村かその隣村までだ。
王都ドレイスデンにいったことがある者などそれだけで尊敬の対象になるのだ。
フィーネの父親も商売の関係で都市ブレーマンにいくことがあるので、村では一目(いちもく)置かれる存在だ。
動物の毛皮を卸にブレーマンへ行く父をフィーネも常日頃から誇らしく感じていた。
だけど昨晩、フィーネはクララの従者に誘われた。
このまま一緒に王都へ来て欲しいそうだ。

王都よ! 
この私が王都ドレイスデンへ行くなんて! 
これまで人の一生を知っているつもりでいたけど全然ちがっていた。
人生って何が起こるかわからないものだったんだ! 

 軍務につくから危険な目にあうことも説明された。
王都までの道中だって山賊の襲撃があるかもしれない。
だけど、フィーネは自分の知らない世界を見てみたかった。
昨日垣間見たフィーネの知らない世界はそれくらい魅力的だったのだ。
カッテンストロクトへ帰ったら絶対に両親を説得しよう。
クララにまだ返事はしていなかったが、既にフィーネの心は決まっていた


 翌朝、クララたちは増援がやって来るまで駐留するメルセデス達に別れを告げて再び王都への道を歩き出した。
メルセデスたちは総出でクララ一行を見送る。
彼女たちがいなかったら今回の任務はここまでうまくはいかなかったはずだ。
それぞれが感謝の思いでクララたちを見送っていた。
「残念だったなぁ。アキトさんかコウタさんと結ばれたら人生安泰だったのに」
「ホントよねぇ。まあ儚い夢だったってことよ」
若い兵士たちがこんな会話をしているのをメルセデスとペトラが離れたところで聞いていた。
「よかったのかあれで?」
メルセデスの質問にペトラはとぼけてみせる。
「何の話ですか?」
「もちろんアキトのことだ。お前アキトのことを自分からふっただろう?」
「坊やに興味はありませんからね」
「バカが、誠実そうなアキトのことだ。逆にお前が迫れば案外簡単に結婚話が成立してたんじゃないのか? そうなれば晴れてお前も貴族の奥様だ」
「よして下さい。そんなのガラじゃありませんよ」
豪快に笑うペトラを見てメルセデスは寂しそうに微笑んだ。
「まったく不器用な女だなお前は。本気でアキトに惚れたのか?」
「そんなんじゃありませんよ。あの坊やは……」
「やっぱり惚れたのではないか」
「もうこの話はおしまいです! 自分には夢がありますからね。結婚なんてどうでもいいです!」
「夢?」
「はい。平民からたたき上げで中隊長にのし上がります」
「夢ねえ……。まあ、それくらいお前なら可能だと思うぞ」
「そうですか? じゃあ隊長がさっさと出世して私を引き上げて下さいよ」
「ああ。きっとそうしてやる。私ももう二度と結婚する気はないしな。せいぜい出世に人生の目標を置いてみるさ」
メルセデスは戦場に倒れた亡き夫のことを思い出していた。
騎士としての武技はメルセデスに劣っていたが、誰にでも公平で、家庭を大切にする男だった。
かつては夫と子を作り、育て、家を繁栄させることを当たり前と考えていた。
しかし身籠る前に夫はなくなってしまった。
人生の目標はもうどこにもない。
何をしていいかわからないからメルセデスは騎士という任務に励んでいた。
遠ざかるクララの後ろ姿を見ながらメルセデスは思った。
「(従妹殿は私のようにはなるなよ)」
いまや豆粒ほどの大きさになった4人の後ろ姿は更に遠ざかり、やがて森の中へと消えた。


 二日ぶりにカッテンストロクトに戻ってきた。
馬のブリッツと俺のバイクは無事だろうか?
「分解とかされてないよな俺のバイク。すごい心配だ」
「バイクって何ですか?」
フィーネはまだ見たことがなかったな。
「二輪の乗り物だよ」
「ああ! 村の噂になってますよ。魔道具とか馬型のゴーレムとか皆が言ってました」
どちらかというと魔道具? になるのかな。
「動力は魔力じゃなくてガソリンだけどね」
「ガソリン?」
「燃える水みたいなものだけど……」
俺がそう言うとクララ様が納得した顔をした。
「それならば私も聞いたことがある。南のバルデン州ではそのようなものが取れるそうだ。臭水(くそうず)と呼ばれて灯火に利用されると聞いたぞ」
臭水<<くそうず>>って確か原油の古称じゃなかったっけ? 
日本でも昔から越後地方で原油がとれたらしい。
吉岡によると天智天皇に献上されたり、江戸時代にはカンテラが作られて販売されたなんて記録もあるそうだ。
この世界でも採掘権が得られれば大儲けが出来そうだが、精製技術や販路、油田の維持管理、人材の確保など道のりが長すぎる。
俺は何も世界一の富豪になりたいわけじゃない。
楽して小金が欲しいだけなのだ。
吉岡を見るとアイツも食指は動いていないようだった。

 馬小屋まで迎えに行くと、ブリッツは小さくいなないて喜びを表してくれた。
それから少し拗ねたように鼻を鳴らしながら顔を擦りつけてくる。
こいつは気位が高くてクララ様以外の人間は乗せようとしないけれど、意外と甘えん坊のところもあって可愛い。
俺のバイクもスタートボタン一発でエンジンがかかった。
神官さんはちゃんと預かってくれたようだ。
そう思っていたら、本当は皆怖くてバイクには指一本触れなかったらしい。
いたずらされてなければ何でもいいや。

 昨晩クララ様はフィーネを従者に誘った。
俺と吉岡も賛成だ。
フィーネはよく気が付くし頭も性格もいい。
年齢より幼く見えるが中身はしっかりとした大人だもんね。
狩りで鍛えた身体は従者としても申し分なくやっていけることだろう。
後はご両親の説得だったが、フィーネの両親はフィーネが従者になることをとても喜んでいた。
領地を持つ貴族の従者になることは栄達とみなされるようだ。
エッバベルクでは人不足だったが、王室直轄領のこの辺りは意外と人が多いようだ。

 これで懸案事項だった従者の頭数は揃った。
俺たちはクララ様の直属の部下として王都警備隊に編入されるそうだ。
ようはお巡りさんのようなことをするらしい。
犯罪の取り締まりなんて俺と吉岡に出来るのかな? 
若干の不安を抱きながらも、俺は王都での生活を楽しく夢想していた。

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