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森の魔女と白銀の少年

昔々のその昔、人里離れた森の奥深くに一人の美しい魔女が住んでいました。

ある日魔女が森に薬草摘みに出かけると、木陰からグルルグルルと唸り声が聞こえきました。

「おやまぁ。この森でアタシに立てつこうとするやつがいるなんて。顔を見せな!」

魔女はキッと睨みつけると、木陰を目がけて手を振りました。魔女が最も得意とする風の魔法です。




ビシッ、バシン。




大木は一瞬にして真っ二つ。ミシミシミシと音を立てながら倒れてしまいます。

するとその後ろにあったのは、年端もいかぬ一人の少年の姿。

輝くほどにまぶしい銀色の髪に、透き通るような白い肌は魔女の目をひきつけます。

しかし、その美しい姿とは裏腹に、少年はまるで狼のように四つんばいになって、真っ赤な目で魔女を睨みつけていました。







「おやまぁ、お前は人間かい? それとも狼なのかい?」

これは珍しいものを見たとばかりに、魔女が話しかけます。

しかし、少年はグルルグルルとうなるばかり。言葉が通じているかどうかも分かりません。

すると魔女はふっと力を抜き、腕をダラリと下ろします。

その瞬間、少年は魔女を目がけて一目散に駆け出しました。

あっという間に魔女に飛びついた少年が、真っ白な喉笛に噛みつこうとしたその瞬間。

「キャンっ!!」

少年は身体を大きくのけぞらせ、地面に叩きつけられてしまいました。

「ふんっ! 十年、いや百年早いね」

その手に残った電撃を振り払いながら、魔女が少年を見下ろします。

すっかり体がしびれてしまった少年は、動くことができません。

しかしその目だけは、キッと魔女を睨みつけていました。

「面白いね、まだやろうってのか」

少年の紅玉のように真っ赤に染まった目を見つめながら、魔女が不敵にほほ笑みます。

「よしわかった。それならウチにきな。いつでも相手してやるさ。さて、よっこらせっと」

魔女は少し乱暴に少年を抱き上げると、えっちらおっちらと家へ帰っていきました。







それから十余年の歳月が流れ、少年はすっかり大きくなりました。

魔女の腰ほどしかなかった身長も、今や頭一つ抜け出すほど。

日々鍛え上げられたおかげで、筋骨も隆々としています。

真っ白な肌はそのままに精悍な顔つきとなった少年は、街に入れば黄色い声に包まれていることでしょう。

「さぁ、今日もかかってきな。返り討ちにしてくれるさ!」

十と余年の間毎日続けてきた対決、今日も魔女はやる気満々です。

しかし少年も負けてはいません。虎視眈々と隙を窺いながら、ジリジリと距離をつめていきます。

そして。

パキッと枝を踏む音を合図に、少年が一気呵成に襲い掛かりました。

スピードとパワーであっという間に魔女をねじ伏せると、にまっと笑みを浮かべながら大きく口を開きます。

「ったく、お前はいつまでたっても成長しないんだから」

魔女はふうと一つ息を吐き、呪文を唱えます。

すると魔女の周りに電撃が走り、少年をたちまち吹き飛ばしてしまいました。

魔女はゆっくりと立ち上がると、パンパンと服をはたきます。

「今日も私の勝ちさね。いったいいつになったら私を負かしてくれるんだい?」

痺れて転がっている少年を見下ろしながら呟く魔女。

十と余年続けられた勝負は、まだまだ終わりそうにありませんでした。







しかし、終わりの時は突然にやってきました。

翌日、魔女が洗濯ものを干していると、少年がグルルとうめき声をあげながら近づいてきました。

「なんだい、まだダメだよ。洗濯物を干し終わったらたーんと相手してやるからさ」

魔女はそう言いつけると、しっしと少年を手で払いました。

幼い頃に厳しく躾けられた少年は、魔女の言うことはきちんと聞くはず。

しかし、今日の少年は違いました。

少年はグワン!と一つ吠えると、洗濯物を干していた魔女の背中から飛びかかったのです。

「こらっ! 何するんだ……!」

魔女が少年を怒鳴りつけようとしたその瞬間。




ターン




一発の銃声が森の中に響き渡りました。

鳥たちが慌ててバタバタと飛び去っていきます。





ドサリ





次に魔女が耳にしたのは、自分に覆いかぶさろうとしていた少年が地面に倒れ込む音でした。

「チッ、邪魔が入ったか……」

森から現れたのは数人の屈強な男たち。

彼らが手にした銃の一つからは、まだ煙がたなびいていました。

「たかが女に一人にこんなにも高額な賞金がかかってるとはな。まぁ、恨みはないが死んでもらうぜ!」 

男の一人がそう言うと、魔女目がけて一斉に銃口が向けられます。

魔女はゆらりと立ち上がりました。

「貴様ら!! この世に生まれてきたことを後悔するがいい!!」

少年と同じように目を真っ赤に染めた魔女が、大きく腕を振るいます。

すると空がにわかに掻き曇り、たちまち立っていられないほどの暴風が吹き荒れました。

「な、なんだっ!?」

余りに強い突風に、男たちは立っていられません。

すってんころりん転んだかと思うと、今度は風にあおられて身体が浮かんでしまいます。

風はますます強くなり、渦となって男たちの体をひねっていきます。

「ゆ、ゆるしぐぼあぁ!!!」

やがて風が収まると、そこには五丁の銃だけが残されていました。







「おい、しっかりするんだよ!!」

魔女は慌てて少年に駆け寄ると、その腕にしっかりと抱き寄せます。

少年の胸から流れでた血が、白い肌を真っ赤に染めていました。

その血を何とか抑えようと、魔女は必死に少年の胸に手を当てます。

しかし、魔女にはその血を止めることができませんでした。

なぜなら、魔女は『治癒』の魔法を使えなかったからです。

「なんで、なんで私はあの時……!」

魔女はかつて、自らの「不老」を得るため「治癒の魔法」を代償として奉げました。

美しい姿を保ちさえすれば、治癒などできなくても強大な魔力で何でもできると思ったからです。

しかし、現実は甘くありませんでした。

何年たっても老いることがない魔女は、人々から気味悪がられ、やがて忌むべき存在として追われる存在となってしまったのです。

何人もの賞金稼ぎが、魔女の首を狙って襲ってきました。

しかし、強大な魔力を持つ魔女に勝てるものなどいません。

戦いに飽きた魔女は、人里離れた森の奥深くで、一人ひっそりと暮らすことにしたのです。

「不老になったって一つも良いことなんてありゃしなかった。もうこんな暮らしは終わりにしたいんだ! おい、お前は私を殺してくれるんじゃなかったのか!」

魔女が半狂乱になって叫びます。

とめどなく流れる血を何とか押しとどめようと、少年の胸を強く強く押さえます。

するとカハッと血を吐いた少年が、口をパクパクと動かし始めました。

その口元に吸い寄せられるように、魔女が顔を近づけます。

「ア……リガ……ト……、オカ……ア……サ……」

それは少年が魔女の下へやってきてから初めて発した『言葉』でした。

その言葉に、魔女は泣き崩れます。

なぜ私はあの時治癒の魔法を手放してしまったのか。

もう不老などいらない。

神よ、ただ一度だけで良い。

私に、私にもう一度だけ、治癒の力を授けてください。

魔女は天を仰ぎながら必死に祈りました。






それから一年後、森の奥に成長した白銀の少年の姿がありました。

胸元についた傷跡は、彼にとっては誇らしい名誉の勲章です。

「ゴハン、マダ?」

たどたどしいながらも、少年は言葉を発します。

「もうちょっと待ちなって。ほら、今日は鹿肉のステーキだよ」

年老いた老婆が運んできた木皿の上には、大きな大きなステーキがドンと載っていました。

「タベル、ヨイカ?」

「あいよ、たんと召し上がれ」

老婆がそういうと、少年は大きな口を開けてステーキにかぶりつきます。

老婆ははぁ、とひとつため息をつくと、少年の頭をピシャリと叩きます。

「こら! ちゃんとナイフとフォークを使いなさい! 」

「……メンドク」

「めんどくさくない! ちゃんとしないなら、没収だよ!」

「……ボッシュ、ヤダ、ツカウ」

少年はしぶしぶナイフとフォークを握ると、悪戦苦闘しながらステーキを切り分け始めました。

あの日の魔女の願いは天に届き、少年は一命を取り留めました。

正に奇跡と言ってよいでしょう。

しかしその代償として、魔女は「不老」を失いました。

それまで止まっていた時が一気に押し寄せ、しわくちゃの老婆となっています。

治癒の魔法もあの時限り、二度と使うことはできませんでした。

それでも、魔女は満足していました。

少年を「人間の生活」へと戻すための時間を残してくれたのですから。

とはいえ、命の蝋燭は残りわずかです。

少しずつ言葉も覚えさせ、人としての生活にも慣れされているものの、不安は尽きません。

そう思うと、躾も厳しくなります。

「キョウモ、オマエ、タオス」

いつしかステーキを食べつくしていた少年が、立ち上がって声をかけてきます。

「ったく、お前は本当に成長しないねぇ。まぁいいさ、まだまだお前には負けやしないよ」

そう話す魔女の口元には、微笑みが浮かんでいました。

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