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彫刻と余興3

 まず始めに、この手についてだ。
 自らの両の手に目を向けると、そこには傷痕が大量に在った。切り傷や刺し傷の他にも、擦過傷や火傷の痕など、手のひらという小さい場所に様々な痕が残っている。その為か、手のひらの皮は驚くほど厚い。
 傷跡だらけの手は、醜いといえばそうなのかもしれないが、一体何をすればここまで傷が付くのだろうか?
 それに、手から伸びる傷痕を追って袖を捲り腕を確認してみると、腕もまた傷だらけであった。
 今までにも腕や手を見る機会はいくらでもあったが、それでもここまで酷い傷は無かったはずだ。流石にここまでだと、意識を向けていなくとも気がついただろうし。
 突然どうしたのだろうかと困惑しつつ、恐る恐る傷痕に触れてみる。既に塞がって久しい感じなので全く痛くはないが、少しむず痒い。
 その感覚に、この傷痕が本物だという事を実感する。今まで何故気がつかなかったのか不思議なぐらいに、しっかりとした感覚だ。
 両腕の肘辺りまで袖を捲り傷痕を確認したが、流石にここで脱ぐ訳にはいかないので、今はここまででいいだろう。時間もあまりないし。
 さて、では何故急にこれが現れたか、だが・・・それは分からない。直前に考えていたのは、存在を隔てる仕切りについてだったから、その辺りが何か関係しているのかな?
 何も分からないので、その事について考えてみる。
 確か、そもそも存在を仕切っている部分は何か、という事だったな。
 自分の手に眼を向け、仕切りを観察してみる。並行して分析も行っていくも、それに関しての情報は出てこない。そこにあるのは、いつも通りに手についての情報だけで、残念ながら仕切り部分について書かれている情報は読み取れない。
 やはり存在の仕切りと、保管庫を創造した際の仕切りは別物のようだ。そう考えていると、食休みが終わる。
 手早く自分達が座っていた場所や、その周辺の掃除を終えて詰め所を出ると、整列して見回りを再開させる。
 詰め所に入る時間が遅かった為に、再開したのは昼過ぎどころか、夕方前とも言えそうな時間だった。視界には魔物の姿を捉えているが、帰りは防壁の内側の見回りなので、問題ないだろう。
 そう思っていたのだが、道中で魔物の発見報告を無線で知った部隊長の判断で、念のために、反対側に居る魔物を発見している部隊と合流することになった。少し前に大結界が破られたので、気になったのだろう。
 周囲には見回り中の他の部隊は居ないが、大結界からほど近い場所に警邏中の兵士達が居るようなので、直ぐに解決しそうではある。しかし、確認出来る魔物の数も多いからな。先程は一部隊では直ぐに殲滅は出来なかったし。
 それから程なくして、近くを警邏していた兵士達が駆けつけてきたので、近いとはいえ前回とは場所が違った事もあり、今回は大結界が破られるような事態にまでは至らなかった。
 迅速に事に当たりはしたが、それでもそれなりの時間が経過していたようで、もうすっかり夕方だ。
 魔物に対処した後に、戻って見回りを再開させたものの、程なくして世界が赤を過ぎて暗くなってきた為に、近くの詰め所に入っていく。
 詰め所の中には先客が居たが、互いに特に干渉するようなことはしないので、気にせず適当な席に着き、夕食を食べる。
 夕食を食べ終えたところで新しい部隊が入ってくるが、詰め所内はそれなりに広いので、特に問題はない。
 そのまま各自のんびりとした時間を過ごすが、ボクは漫然と窓の外に目を向けながら、仕切りについて考える。
 例えばボクのという存在の仕切りだが、これは解りやすく言うのであれば皮膚だ。しかし、実際は皮膚ではなく、皮膚の表面に周囲の魔力と、ボクという存在を隔てる何かが存在する。
 それが判っても、それは視えないし、理解出来ない。ただ、漠然と周囲の魔力と違う何かがそこには在って、ボクという存在が魔力に溶け込まないようになっている。という事だけが理解出来ているだけだ。
 保管庫を創った際には、保管庫を確保する為に周囲の魔力を区切っただけで、何というか、部分的に色分けしたに過ぎない。
 しかし、その色も周囲に溶けていき、連鎖して崩壊した。まるで結び目の紐を引いたら、簡単に解けてしまった様な感覚だろうか?
 そこまでは判ったのだが、そこまでしか判らない。存在が消えない理由が不明なのは依然として変わらない。これは一体何なのだろうか? そう思うも、何も情報が取得できない時点でお手上げだ。他に調べる手段をボクは持ち合わせていない。
 何か別の事から解明できないかと思うも、何も思い浮かばないな。まあそれはそれとしても、もしかしたら、この考えと急に現れた傷痕は関係ないのかもしれない。それに、周囲の反応は何も変わらない。それは周囲からは何も変化がないという事だろう。
 ならば、これはボク自身の認識の変化という事になる。そういう事であれば、一つ思い当たるものがあった。それは、欺騙魔法の存在。つまりは、この身体には元々欺騙魔法が掛けられていたか、現在ボクに欺騙魔法を掛けられているか、だ。
 しかし、多分後者は違う。自分の状態を調べた感じ、自分が惑わされている様な兆候はみられない。
 では、元から欺騙魔法が掛けられていたという事だが、そういうことであれば一人しか該当者は存在しない。なので、その相手に訊いてみることにした。

『兄さん』

 ボクは内側に声を掛ける。この身体の持ち主へと。

『どうかした?』

 直ぐに、いつも通りに感情の乗らない平坦な声が返ってくる。

『訊きたい事があるんだけれど』
『何?』

 そんな兄さんへと、ボクは急に身体中に傷痕があるのが見えた事の説明と、兄さんが欺騙魔法を掛けたのではないか、という問いを行った。

『なんだ、やっとそこに気がついたのか』

 ボクの話を聞き終えた兄さんは、どこか呆れた様にそう返す。

『何で?』
『ん?』
『何で治さないで隠しているの? 兄さんなら傷痕ぐらい簡単に治せるでしょう?』
『そうだね・・・なんというか、記録かな』
『記録?』
『自分の歩みの結果さ』
『歩みの結果・・・』

 ボクは自分の手に目を向ける。どんな道を歩めば、こんな傷だらけになるのだろうか?

『ああ、だけれど、君が気になるなら治していいよ。そこまで固執している訳でも、大切にしている訳でもないから。見た目が悪いのは自覚しているし』
『・・・・・・あ、いや』

 傷痕というのは、治療するのが難しい。ただ傷を治すだけであれば治癒魔法で何とかなるが、治った後である傷痕を完全に消す為の魔法は存在しない。
 なので傷痕を僅かでも除去するには、何日も何日もかけて、少しずつその部分を削り取っては治癒させていくか、欺騙魔法などで見た目を誤魔化すしかない。ボクの蘇生魔法でも、古傷を治すのは不可能だ。

『? ・・・ああ、無理なのか』
『うっ!』
『ならば、こちらで治そう。君が望むのであれば、だが』
『・・・いや、いいよ。驚きはしたけれど、ボク以外には見えないようにしてあるみたいだから、不便は無いよ』
『そう?』
『うん』

 傷痕が在るから動きが制限される。ということはない。というよりも、今まで気がつかなかっただけで、今までも変わらずこれはここに在ったのだから。それに、傷痕を隠す為の欺騙魔法が機能している様なので、外からの見た目は特に変わっていないみたいだし。

『ならいいか。他に何か在る?』

 兄さんの言葉に、少し考える。訊きたい事は山ほどあるはずだが、咄嗟には思いつかない。しかし、折角なので、先程考えていた事ぐらい尋ねてみるか。

『うーん。なら、ちょっと訊きたいんだけれども、ボク達と世界を区切っているこれは何なの?』
『・・・ふむ。それを説明するには、今の君では理解が足りないな』
『どういう事?』
『今の君にそれを説明するのは難しいという事さ。だから、そういうモノだと思っていればいい』
『そ、そうなの?』
『ああ。それに・・・この世には、知らない方がいい事もあるからね』

 そう言うと、兄さんは『それじゃあ』 と告げて内側に引っ込んだ。

「・・・・・・」

 いつも以上に感情を感じさせない声音だったが、どんな秘密があるのやら。気にはなるが、わざわざ警告されたのだ、無暗に首を突っ込まない方が賢明だろう。
 兄さんとの話を終えた頃には、夜中になっていた。起きている部隊員もほとんど居ない。
 窓の外に広がる暗闇の中は、いつも通りに生徒と兵士達、あとは魔物が移動している姿が確認出来るだけだ。
 しかし、兄さんにああ警告された以上、保管庫の仕切りに関しては、別の方法を考えなければならないな。もっとも、最初から理解不能だったので、そのつもりではあったが。
 では、どうしようかな? 外部に保管庫を創らなければ、目指す魔法道具の作製は厳しい。しかし、いい案が思い浮かばない。
 そのまま思案を続けて朝を迎える。
 挨拶を終えて朝食を食べている内に、先客だった部隊が先に詰め所を出ていく。暫くして、ボク達も詰め所を出て見回りを始める。
 今日は道中何も無ければ、ギリギリ東門に到着できるかもしれない。といっても、防壁の内側には何も無いので、大丈夫だろう。半日以上経ったので、大結界の方も問題ないだろうし、視界には、その周辺を重点的に警邏している兵士達の姿も確認出来る。
 他には、防壁の内外ともに特に異常は確認出来ない。大結界に近い魔物はちらほら居るも、大結界周辺を警邏している兵士達が一時的に増えている様なので、大きな問題にはなりそうもない。
 そのまま、若干移動速度を上げながら見回りを行っていき、何事もなく昼になると、詰め所に寄って休息を取る。それが終わると、見回りを再開した。
 防壁の内側は平和なものだが、途中でボクの実家がある町を遠くに確認した。だからといって特に何かある訳ではないが、懐かしさは感じる。あそこに引きこもっていた時は、何も知らなくて平和であったのにな。
 今は引きこもりたいというよりも、独りになりたい。ここの宿舎は半ば一人部屋ではあるが、周囲には人が居るので、気になって仕方がない。どこか邪魔の入らないところで、独りひっそりと暮らしたい。払暁や宵闇のような薄暗い世界なら、なおいいだろう。
 そんな夢想をしながら見回りを行い、東門に到着した頃には日が暮れる直前であった。
 東門前で解散すると、ボクは宿舎に戻る。
 ボクに割り振られた宿舎は、東門から若干遠い場所に建っている。普段であればそこまで気にはならない距離だが、日が暮れても到着しないと、少し遠いんだなと、実感してしまう。
 宿舎に到着すると、一度自室に寄ってからお風呂に入る。部屋にギギは居なかった。
 浴室で身体を改めて確認したが、全身隈なく傷だらけであった。あまりにも傷だらけの為に、言葉も出ない。
 そのまま入浴を済ませてお風呂から上がると、部屋に戻り就寝の準備を行い、布団に包まる。
 明日からは平原で討伐任務なので、今日は早めに寝ることにする。討伐任務中は多分寝ないだろうから。
 プラタやシトリー達と一緒なら安心して眠れるんだけれど、いくら弱い敵ばかりの平原でも、どうしても周囲が気になってしまう。
 そんな時は、周囲に結界を張る魔法道具を使用すればいいらしいが、人間界で手に入るのは、弱くて値が張る。まぁ、平原ではそれでも問題ないのだろうが。
 それならば新しく創るか、足首に嵌めている魔法道具を改造すれば手っ取り早いのだが、監督役の魔法使いも居るので、そういうのを使用するのは、やめておいた方がいいだろう。

「・・・・・・あ」

 そこで気がつく。ボクは寝なくても何とかなるが、監督役の人は大丈夫だろうかと。

「・・・・・・ま、まぁ、しょうがないか。うん」

 しかし、そう思う事にして、深くは考えずに、ボクは就寝する事にした。


 そして翌朝。まだ薄暗い内に目を覚ますと、朝の支度を済ませる。
 今日から平原で討伐任務に就くので、朝食を食べたら東門に移動だ。
 食堂でいつも通りにパンを貰い、食す。相変わらず美味しいが、日に日に食が細くなっているのか、食べられる量が減ってきている。流石に残しはしないが、次からはまた量を減らさないといけないな。
 そんな朝食を終えて宿舎を出ると、東門の前で先に来ていた六人と合流する。軽い挨拶を交わして話を聞くと、どうやら全員同じパーティーメンバーらしい。
 東門の駐屯地近くにある学園から来ているらしく、駐屯地に寝泊まりしてる訳ではないという。朝早いのも、その分早く出ているからだとか。
 そんな他愛のない話を互いにしながら時間を過ごすと、少しずつ人が増えていき、時間内に全員が集合する。
 東門では、今までと違い平原で野営を行う為に、ここに集まった全員は、単に一緒に大結界を出るだけで、同じ班とかそういうのではない。帰りはそれぞれ時間が異なっている。
 大結界の外に出ると、各パーティーに監督役というお守り役の兵士が最低一人は付き、各々行動を開始した。
 ボクはとりあえず、東を目指して歩き出す。
 今回の予定では、五日は平原で討伐任務に就く事になっているが、これは延長も短縮も可能だ。ただし、短縮は続行不可能などの特別な理由が必要になってくるし、延長もそこまで長々と延ばせる訳ではない。
 それはそれとして、期限は五日もあるのだ、慌てる必要はない。それに、これは東門に来て最初の討伐任務なので、そういう意味でも、慌てる要素は皆無だな。
 そう思っていると、東側に歩き始めてそう経たずに、最初の魔物と遭遇する。
 その魔物は、大小様々な球体が三つ連なった姿をしており、背中の部分に羽が生えている。それにお尻? の部分がやけに大きく、よく見れば、先端に細く鋭い針の様なモノが伸びているのが見て取れた。
 体色は全身黒地で、その上に鮮やかな黄色の縞が引かれており、顔の部分には牙の様な鋭い顎も確認出来るが、目に当たりそうな部分が見当たらない。
 しかし、不思議なことに羽音は一切しない。忙しなく羽ばたいているので、少しぐらい音がしそうなものだが。
 そんな魔物が四体飛び回っている。飛んでいる高さは膝丈ほどなので大した事はないが、大きさは人間の大人よりも大きいので、存在感があった。
 とりあえず距離があるので、魔法で攻撃する。折角なので、前に創った付加武器で戦おうかと思ったが、事前に準備していなかったので諦めた。いきなり取り出すのもだが、短剣の鞘から長剣を出すのを見られるのも不味いだろう。まぁ、思いつきでしかないので、別にいいのだが。
 気持ち強めに火の矢を四本発現させると、それを一気に放って、正確に魔物に命中させていく。
 放った火の矢が命中すると、魔物は炎上して直ぐに消滅していった。やはりボクにとってはそれほど強い相手ではない。それでも油断するつもりはないが。
 手早く魔物を消滅させると、東進を再開させる。
 平原は広いはずなのだが、平原に出ている生徒や兵士達が多く、また所々に拠点も建っているからか、やけに狭く感じる。それに加えて、魔物の数がやたらと多いのも原因だろう。
 東に移動を始めて直ぐに、また魔物と遭遇する。しかも、あちらもこちらに気がついているようで、急速に接近してくる。数は七体と大所帯だ。
 直ぐに遠くに見えてきたのは、地を這う魔物であった。
 それは頭と胴体とお尻なのか、先程と同じように球体が三つ連なり、左右に脚が幾つも伸びている。体色は艶のある黒色で、頭と思しき先頭の球体には、触覚の様なモノが付いている。
 そんな魔物が七体。全く同じような姿形をしている。大きさだって同じだ。
 魔物達は綺麗に隊列を組んでこちらに向かってきている。その様子は壮観ではあるが、厄介でもあった。なので、近寄られる前に土の槍で貫くことにしたが、魔物は体表に魔力を集めて防御を固めている様なので、少し威力を高めに創造していく。
 魔物の移動速度も考慮したうえで狙いを正確に測り終えると、地面から魔法を発現させる。それで土の槍が七体全ての魔物の身体を貫き、消滅させた。
 まだ東門からそこまで離れていないというのに、これで十一体も討伐出来た。本当に、ここの平原は賑やかな事で。そう実感しつつ歩みを再開させる。
 暫くすると、拠点のひとつである砦が離れたところに見えてきた。
 その建物は、それ自体はとても大きく頑丈そうではあるも、何処か安っぽい雰囲気がある。しかし、周囲を囲む壁は厚い。ただ、防壁の高さはそこまで高くはないようで、建物の一階部分が完全に見えないぐらいの高さであった。
 そんな砦の中は、生徒や兵士達が大勢存在しているのが視える。ここは他の砦よりも人が多いらしいが、現在が昼前なのを考慮すれば、他の拠点も概ねこんな感じなのだろう。
 そんな砦を横目に、ボクは更に東へと進む。
 視界には大量の魔物が確認出来るので、このまま何処に向かっても遭遇できるだろうが、とりあえずこのまま東進を続ける事にする。
 監督役を気遣い、昼になったら休憩するべきかどうか悩みつつも歩くと、直ぐに目的の魔物に遭遇した。
 数は五体で、四足歩行の獣型のようだが、一体だけ異様に首が長かった。
 周囲の四体はただの犬のようにも見えるのだが、どうして一匹だけ姿が違うのだろうか? 脚の長さも、その魔物だけとても長い。
 面白そうではあったが、目視が可能な距離まで近づいたので、観察は諦め討伐することにする。
 直ぐに火の矢を五本発現させると、その魔物達目掛けて一気に放つが。

「ほぅ」

 放った五本の火の矢は魔物に全て命中したものの、首の長い魔物だけ、当たる直前に気づいたような反応をみせていた。
 それに感心しつつも、油断は出来ないと改めて気を引き締める。いくら加減していたとはいえ、不意を衝いて気づかれるとは思わなかった。当たったのは、単に相手が弱かったからに過ぎない。もしも相手がもう少し強かった場合、火の矢を避けるか防ぐかしていたことだろう。
 西門と北門での平原と、ここに来てから見回り中に見てきた平原の様子などの影響で、知らぬ間に慢心していたようだ。奇襲をするのであれば、もっと隠密性を重視しなければならないな。
 そう改めて思いつつ、東進を続ける。
 少し離れたところに生徒や兵士達が戦っているのが確認出来るが、東門からというより、砦からそう離れていないこの辺りであれば、敵に囲まれてしまうような事態はそんなにないのか、視界内では、そんな姿は視られない。
 直ぐ近くに居る魔物に向けて進みながら、ボクは後ろを付いてきている監督役を務めている魔法使いの男性の方へと、密かに目を向ける。
 時刻は昼がちょっと過ぎたぐらいなので、休まなくても大丈夫だろうかと思ったが、流石にまだ疲れたような様子は見られない。それに、どうやら食事の方は移動しながら食べている様で、何処からか取り出した乾パンらしきものを口に放り込んでいる様子が確認出来た。
 それならば大丈夫かと思ったところで、遠くで目標の魔物を視認する。
 視認した魔物の数は三。その魔物は四足歩行の小動物の様で、後ろ足を使って跳びはねている。
 その姿はウサギに似てはいるが、決定的に違うのは、頭頂部から生えている羽のように大きな耳だろうか。その耳は、身体よりも大きい。
 そんな大きな耳を、羽ばたくようにゆっくり動かしているのは、周囲の音でも集めているのだろうか? 
 それでいて、忙しなく周囲を窺って顔を動かしているのだから、その動きだけは小動物感がよく出ている。内包魔力から推測できる強さの方もそこまで強くはなく、まだ最下級の域を出ないようだ。しかし、それでも油断するつもりはない。
 さっきの教訓を活かして、敢えて火の矢を選びながらも、隠密性を重視する。
 発現させる火の矢は、魔物の数と同じく三。隠密性を上げる為に、周囲の魔力に溶け込むように、魔力の質を調整する。込めた魔法の密度はそこまで高い訳ではないので、この辺りはそこまで気を遣って手を加える必要はないだろう。
 そうして発現させた三本の火の矢を、離れた場所に居る魔物達に放つ。
 どうやら今回は上手くいったようで、魔物に気取られた様子は見られなかった。
 それに安堵しつつ、もう少し改良していく点を考察しながら歩みを進めていくと、魔物以外の敵性生物の反応を感知する。
 視た覚えのあるその反応に記憶を探れば、程なく思い出す。どうやらこの先に、串刺しウサギが一体居るようだ。さっき似たような姿の魔物を見たばかりだが、運がいい。
 とりあえず近づいてみると、起伏の乏しい平原のまっただ中に、一本の細長い角が地面から生えている。螺旋を描くように捻じれた見た目のその角は、乳白色をしていて、平原の中では少し目立つ。
 見えるのは、地面から十センチ前後ぐらいではあるが、よく見れば僅かに左右に揺れているその角は、自ら居場所を伝えている様なモノだ。
 さて、問題はそれをどうやって討伐するかだ。このまま攻撃したら、角を攻撃してしまうだけになってしまう。出来れば角は無傷で回収したいところだ。
 その為、地面か背後から攻撃する事になるが、串刺しウサギ自体はさほど強くないので、離れた場所に魔法を発現させても、威力の方は問題ないだろう。
 まずは正確に串刺しウサギの位置と状態を確認していく。
 それが終わると、串刺しウサギの背後に魔法を発現させる。発現させる魔法は、より隠密性を重視して風の矢だ。
 それらの準備が整うと、串刺しウサギに向けて背後から風の矢を放った。
 放たれた風の矢は、気づかれる事なく串刺しウサギの胸元辺りに深く突き刺さる。
 それでしっかり絶命させたのを確認すると、周囲を警戒しながら、串刺しウサギの死体に歩み寄る。

「うん。綺麗なままだな」

 串刺しウサギの頭頂部に生えている一本の細長い角を、風の刃で根元から綺麗に切り離すと、それを空の背嚢の中に入れながら、背嚢の中で情報体へと変換していく。
 今回の角の長さは、二十センチほどと短かったのは幸いだ。おかげで背嚢の中に綺麗に収まるので、情報体へと変換しながら全て背嚢の中に仕舞っても、怪しくはない。太さも五センチあるかどうか程度なので、背嚢にすんなり収納できてもおかしくはないだろう。
 さて、後はこの角をどうするかだが、売ってもいいが、何かに加工してみようかな? 表面に程よく艶があって、少しキラキラと光を反射させているので、素材として人気があるのも頷ける。装身具にすれば、さぞ喜ばれる事だろう。
 折角なので、その際に簡単な魔法でも付加しておけば、価値も上がるというもの・・・まあもっとも、折角作ったのであれば、売る事はしないが。しかし、ボクの場合は、あげる相手が限られているからな・・・。
 とはいえ、別に贈る相手が居ない訳ではないので、何か考えておこう。それに、素体を創造したものではない既存の品で用意するというのは、あまりしたことがないからな。一度情報体として保管した以上、複製ぐらいは簡単に行えるので、練習がてら加工の訓練でもしてみよう。
 そう思いつつ、歩みを進める。とりあえず、今日はずっと東進し続けるかな。
 しかし、ここの平原は本当に賑やかなものだ。
 少し離れた場所で戦っている生徒達を眺めつつ進み、近くに居る別の魔物へと近寄っていく。大分日も傾いてきたが、日帰りではないので、好きに行動出来るのは楽でいい。
 視認できる位置まで魔物に近づくと、それは二足歩行で、全身ツルツルとしている姿をしていた。
 両手足は丸く、指の様なモノは確認出来ないので、どうやって、丸太の様に太いがほとんど真っすぐな脚で、転ばずに移動しているのだろうか? 魔物というものは、実に不思議なものだ。
 そんな魔物の体色は、薄緑のような白色で、大きさはボクとそう変わらない。顔は口の部分が前に伸びていて、開いた口の中には、鋭い歯がびっしりと並んでいる。その姿はどことなく爬虫類を思わせるが、記憶の中には無い生き物なので、元が何かは不明。
 よく分からないその魔物の数は七。
 数は多いが、円陣を組んで何かを話し合っている様にみえる。しかし、音が届く距離ではないので、たとえ何かを話していたとしても、声までは聞こえてこないけれど。
 その知性を感じさせる行動は興味をそそられるが、今はそれどころでもないので、さっさと倒してしまおう。どっちにしろ、ぐずぐずしていたら近くの生徒か兵士達に狩られてしまうのだから。
 そういう訳で魔物を倒すべく、魔法を発現させる。たまには水系統の魔法でも使おうと思い、水の矢を七本発現させると、それぞれの矢の中に、渦巻く様な水流を起こして放つ。それで威力が少しは上がるので、無意味ではないと思う、それでも、何となくでしかないが。
 放たれた七本の水の矢は、一矢一殺とばかりに、一体につき一本の矢が魔物の頭部と思われる部分に吸い込まれるように命中する。
 魔法に特に気づかれるような事はなく、七体の魔物は同時に消滅した。
 討伐が無事に完了すれば、更に東へと進む。
 変わらず後ろから監督役の魔法使いの男性が付いてきているが、大丈夫だろうか? 時折ひっそりと様子を窺うが、まだ大丈夫そうだ。これからも夜通し狩りを行い、更に休むことなく日中も討伐を続ける予定なので、何処かで一度は休憩した方がいいだろう。監督役は保護者であり報告者なので、邪険には出来ない。
 まぁ、頭上の映像記録があれば、報告に関しては問題ないだろうが、この監視球体の事は生徒達には知らされていないから、いくらルール学園長がボクが監視球体の存在に気づいている事を知っているとはいえ、公然と監視球体には頼れないだろう。密かに活用してくれる可能性はあるが、期待はしない方がいい。
 そんな訳で、監督役の男性の様子を窺いつつ進む。とはいえ、初日なので問題ないだろう。
 東へと歩いていると、視界に捉えていた魔物の集団の一つがこちらに気づいて動き出す。どうやらこのぐらいの視界の広さであれば、この辺りの魔物よりは、視界が広いという事なのだろう。
 それが判っただけでも収穫だが、まだ確定ではない。とりあえず、こちらに向かってきている五体の魔物に対処するか。
 離れているので姿はまだ微妙にしか見えないが、速度的に獣型だろう。
 それから数秒後、暗視越しに確認出来た魔物の姿は、全身を大量の毛に覆われた四足歩行の獣であった。細部が判らないほどに全身毛だらけなのだが、色々不便そうだな。
 そんな事を頭の片隅で考えつつ、火の矢を魔物の数だけ発現させると、こちらに駆けてきている魔物目掛けて全て射出していく。
 夜の闇に赤の線を引きながら魔物へと飛んでいった火の矢は全て命中し、刺さった魔物を炎上させていくも、その直後に消滅した。どうやら思った以上に深く矢が刺さったようだ。毛むくじゃらで判り難かったが、想定していた以上に大柄だったのかもしれない。
 しかし、これで一日で三十二体も討伐したのか、多いな。でもこれなら、東門から一気に増えた必要討伐数に、あっという間に到達できるだろう。
 そろそろ時刻も日付が変わる頃なので、足の向きを変えて北へと向かってみるか。
 という訳で、北へと方向を変えて進んでいく。
 そうすると、直ぐに魔物を発見するも、既に何処かのパーティーが戦闘している。視たところ、生徒八人と魔物三体で戦っているようで、接近を許してしまっているようだ。
 ちょっと圧されている様な感じではあるが、八人は二人一組で行動しているようで、固まっている魔物三体を、四組で間隔を広めにとって、包むような半円に囲っている。それでいて、四方から魔法を撃ちかけているが、火力が足りていなかったのか、一体の魔物が正面の生徒二人へと跳びかかってくる。
 それに咄嗟に反応出来なかった生徒達であったが、監督役の魔法使いが二人と魔物の間に障壁を張ったおかげで、二人は傷を負う事はなかった。もしも、あのまま監督役の魔法使いが障壁を張らなければ、魔物に襲われた二人は最悪命を落としていたことだろう。
 それからは半分の生徒が魔法で攻撃しつつ、残りの半分、攻撃役の隣の生徒が防御の担当を始めた。
 しかし、それでも殲滅出来たのは数十秒後であったので、もしかしたら、ボクは既にやらかしているのかもしれない。・・・まぁ、それはもういいか。気にするだけ疲れるだけだし。
 そういう事にしたボクは、その生徒達から少し離れた場所に居た魔物の許へ移動し、到着した。

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