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002,初めての……



 膝丈ほどの高さの草が少しずつ短くなっていく。
 森の下草はそれほど高くはなく、むしろ草原のほうが歩きづらそうなほどだ。
 藪の類が点在しているが、結界魔法を自身にかければそれほど問題ない。
 攻撃手段としてはまったく使えないが、身を守ることに関してはこの結界魔法は非常に優秀だといえる。
 特にLv1でも使える、自身の身体を覆うようにして追従する結界――追従結界小は藪に突っ込んでもかすり傷ひとつ負わない。
 耐久度もそれなりにあるので、枝葉程度では結界が壊れることもないだろう。
 魔物の不意打ちを受けたらその強さにもよるだろうが、初撃くらいなら防いでくれるだろう。
 壊れてもすぐにもう一度結界を張り直せばいいのだ。

 森の中は鬱蒼と枝葉が生い茂っているせいもあって、薄暗い。
 だが、おどろおどろしいというものでない。
 藪をかき分けてまっすぐに乱魔探知で反応した場所へ向かっているが、藪や木の根が邪魔をしてそれなりに時間がかかりそうな気がする。
 移動の際に結構音もでているので、それに引かれて魔物が近寄ってくる可能性もある。
 まあ、研修である程度習ったとはいえ、森の中を音を立てずに進むのは難しい。
 そういう能力があるなら別だが。

 しかし、幸運なことに音に引かれて魔物がやってくるということもなく、目的の場所に到達することができた。
 そこは少し開けた森の広場となっているようなところだった。
 土がむき出しとなり、そこだけ木々どころか草の一本も生えていない。

「これが……」

 乱魔探知という魔法は、その名の通りに乱れた魔を探すことができるものだ。
 魔は魔力、または魔脈と呼ばれるものであり、魔法の源となる力の塊。
 正常な魔力や魔脈は害を齎すことはなく、むしろ周囲に様々な益を齎す。
 だが、様々な事象が重なり合い、正常ではなくなった魔力や魔脈は害しかもたらさなくなる。
 例えば、正常な生物を魔物へと変えてしまったり、自然を破壊もしくは異常に成長させてしまったり。
 乱れた魔の影響で起こる現象は予想がつかない。
 だが、大半は危険で恐ろしいものとなる。
 これらを放っておくと、最終的にこの世界そのものへと影響を与えかねないほどなのだ。

 故に、オレたちのような者が派遣される。
 そう、乱れた魔を調え、正常に戻すことこそがオレたちの仕事なのだ。
 先に別の世界に派遣されている先輩方が行っている仕事も同じものだ。
 まあ、その世界によって多少の違いはあるようだけど。

 今回は初仕事ということで、乱れた魔もほんの少しのようだ。
 魔脈のような巨大なものを調えるのは、結構な大仕事になるがこれくらいなら研修で習ったとおりにやれば問題ないはずだ。

「では、やるか」

 まずは周囲の安全を確保する。
 これは結界魔法があるオレには簡単だ。少し大きめに結界を張っておけば済む。
 結界魔法Lv1でも、自在結界という結界を自分の思うとおりに自由に張れる魔法がある。
 多少魔力を多く使うが、乱れた魔を調える仕事を行うオレたちには予め魔力を多く持たされている。
 そうでもなければ世界に影響を及ぼすようなものに干渉し、調えるなんてことはできないのだ。

 自在結界を周囲に張り巡らせ、追従結界小をもう一度自分にかけ直す。
 これで安全はだいぶ確保されただろう。

 軽く深呼吸をして、本命の魔法を唱える。

「魔調律」

 言葉は短くとも、効果は絶大だった。
 乱れた魔により、草一本生えなくなった場所から次々と膨大な魔力が解放され周囲に拡散していく。

 通常、魔力はその目には見えない。
 だが、魔力が濃く、膨大な量になれば違ってくる。

 解放れた魔力が拡散していく様子は、幻想的であり、畏怖すら覚えるほどに圧倒的だ。
 研修で習ったことではあるが、やはり実際に体験してみると違う。

 感じたことがないほどの感動と畏れ。
 涙が自然と流れるほどに心を揺さぶる光景は、数秒のようにも数分のようにも感じられた。
 だが、終わりは唐突に訪れ、乱れた魔によって破壊されていたその場所は今や何事もなかったかのような静けさに満ちている。

「……ふぅ」

 涙を拭い、初仕事が無事完了したことを確かめる。
 乱魔探知を唱えれば、この場所にあった乱れた魔がなくなっていることをしっかりと確認することができた。

 これで、仕事は完了。
 これが新しいオレの仕事、調魔だ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 先程唱えた乱魔探知により、次の乱れた魔の場所は大体把握できた。
 とはいっても、乱魔探知は一番近い乱れた魔を発見できる魔法だ。しかも大体の方向と距離しかわからない。
 乱れた魔が先程のような魔力が溜まっているだけの魔力溜まりなのか、巨大な川のような魔脈なのかはわからない。
 まあ、魔脈の場合はある程度位置が判明しているので、研修でも教わっているけどね。
 次に向かうべき乱れた魔は、位置的に魔脈ではないだろう。
 魔脈だと周囲に魔物が大量に集まっているのが普通なので、できればもっと戦力を充実させてから挑みたい。

 その戦力の充実のさせ方だが、オレは仕事で乱れた魔を調えている。
 仕事ということは、無論報酬が発生するということだ。
 求人のキャッチコピーにあったように、やればやるほどボーナスが出る。
 乱れた魔を調えれば調えるほどボーナスが出るのだ。

 そして、ボーナスはこちらの世界と元の世界、両方で発生する。
 こちらの世界の場合は、新たな能力の獲得ができるポイント。
 元の世界は、金銭。

 もちろん、乱れた魔の大きさや危険度などによって報酬の度合いは変化する。
 今回の場合は、非常に簡単だったが初仕事ということもあって、報酬もちょっとだけ色がついている。
 元の世界の場合は、五万円ほど。
 通常だったらあの程度の乱れた魔なら一万円がせいぜいなので、かなり太っ腹だ。
 こちらの世界のボーナスは能力の獲得だが、あの程度だと複数の乱れた魔を調えなければいけない。
 しかし、色がついているので今回だけはいきなり能力の獲得ができるだけのポイントもらえたようだ。やったね!

「獲得方法は、カードの裏面だったか」

 身分証カードを取り出し、裏面を確認すると現時点のポイントで獲得可能な能力の一覧が表示されている。
 本来、このカードの裏面には何も書かれていないのだが、オレの場合は特別というわけだ。
 ちなみに、カードに書かれている文面は自由に表示非表示を選択できる。身分証カードの提示が必要な場合に面倒に巻き込まれることもないだろう。

 ああ、ちなみに賞罰欄だけは非表示にできない。
 まあこれは納得の仕様だな。
 犯罪者なら非表示にしておきたいところだが、それが罷り通ってしまっては面倒この上ない。
 なので、うっかり犯罪を犯さないようにしないとね。
 ちゃんと研修でその辺も学んでいるから問題ないとは思うが。

 さて、新たな能力の獲得だが、現状では攻撃手段が短剣しかないので魔法系の攻撃手段を確保しておきたいところだ。
 何せ調魔魔法を使うにあたって大量の魔力がいるが、逆に言えば普段は魔力を持て余すことになる。
 実際に先程乱れた魔を調えたが、使った魔力は結構な量だった。
 全体の七割程度は使ってしまってしまっているのだからね。
 もっと大きな乱れた魔の場合は、魔力が足りないだろうから休憩しつつ長時間の仕事になることだろう。
 いずれはそういった乱れた魔や魔脈を調えることを考えると、魔力はもっともっと増やしていくことになる。
 魔力を増やす能力もあるので、それらを獲得するのだ。
 しかし、そうなると日常ではやはり魔力を持て余すことになる。
 結界魔法や生活魔法では、微々たる量しか使わないのだから。

 そういうわけで、現状では物理的な能力よりも魔法を優先したほうがいいという結論になる。遠距離攻撃もできるし。

 この獲得可能な能力も事前の研修では不明だった部分だな。

 選べる魔法は、土魔法と水魔法の二種類。
 どちらを選んでもポイントを使いきる。
 だが、どちらを選んでもLvは1から始まるので魔力がいくらあっても強力な攻撃手段にはなりえない。
 それでも、物量で押せるので十分に強いと思うが。

 乱れた魔は今後も積極的に調えていくことを考えれば、今それほど迷う必要はないだろう。
 なので、さくっと土魔法を選択してみた。

「よっし、攻撃手段ゲット!」

 土魔法Lv1でできることはそれほど多くないが、小石程度の大きさの石をそこそこの量ぶつける――礫や、こぶし大の土を射出できる土弾がある。
 攻撃手段としてはやはり心もとないが、ないよりはマシだし、連打すればそこそこいけるだろう。

 そのほかにも結界魔法の自在結界同様にLv関係なく使えるのが、土操作。
 土をある程度操れる魔法だが、せいぜい穴を掘ったりする程度といったところか。
 土壁を築いて防御手段とするような方法を取る場合は、結構な時間がかかる。
 防御手段は結界魔法があるからやらないけどね。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 新たな能力も獲得したので、そろそろ移動を開始するとしよう。
 この世界にきてまだそれほど時間も経過していない。
 太陽の位置もまだまだ中天に届くかどうかというところだ。
 所持品には、水筒も携帯食料もある。
 生活魔法もあるから水筒は必ずしも必要ではないが、一応水を入れておこう。
 では、さくさくいこう。

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