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進級と訓練2

 そのまま特に反対意見が出る事も無く、何故だか実力を試されることになってしまった。
 まぁ、北の平原に出ている敵性生物なんて、基本的に最下級の下から中で、強くても上程度の強さがほとんどだ。生徒手帳の情報によると、森の奥に居るような敵性生物は、特殊な攻撃をしてくるので環境によって強さは変わるが、多くが下級ぐらいの強さとなっているようだ。それでもボクにとっては問題ない。ただ、どのぐらい加減するべきか悩みはするが。
 という訳で、ボクが一行の先頭に立たされた。とりあえず、次に遭遇した敵性生物と戦ってみろという事らしい。
 往々にして、こういう時にはろくなことが起こらない。例えば、普段遭遇するはずのない敵に遭遇したり、ここに居ないであろう存在が出てきたりとか。
 つまり、現在ボクが捕捉している敵性生物の反応の中から、こちら側に向かって動いている反応は二つ。
 一つは北側から向かってきている反応で、おそらく例のニワトリだろう。最近平原で姿を見なくなったと言われたはずの森の奥に住む敵性生物だが、よくよく縁がある気がするな。向かってきているニワトリの数は三体。何故こちらに向かってきているのかまでは不明。
 二つ目は東側から来ている反応で、おそらく魔物だろう。強さがここら辺で目撃する魔物よりも強いので、遭遇しないと言われた東側の魔物の可能性が高い。数は六。こちらは単にボク達の魔力を察知したから襲ってきたのだろう。

「・・・・・・」

 幸いまだ両方ともに距離が離れているが、距離的にそろそろ四人も気がつく頃合いだろう。

「!!」

 そう思っていると、一番優秀な魔法使いである女性が先に気づく。その反応から察するに、何が来ているのかまで、ちゃんと気がついているのだろう。

「来る」
「何処から!? 何が!? 数は!?」
「北と東。北が石化鶏で東が魔物・・・多分東側からの。数は北が三、東が六」
「なッ!」

 それに驚愕しつつも、他の三人もそれを察知する。特に魔物の足は速く、急速に距離を詰めてきている。

「チッ! 予定変更だ! オーガスト、下がって援護に回れ!!」

 隊長がそう叫ぶ内に、魔物の姿が肉眼でも確認できる距離に縮まった。
 それでも平原の為に、距離はまだ十分にある。目の前に来るまでには、あと数秒は要するであろう。
 隊長達は、予期せぬ敵の二方面からの襲撃に少し焦っているようだが、この程度の速度では、あまりにも遅すぎる。
 ボクはとりあえず、迫りくる間に観察した魔物の動きに合わせて、発現させた土槍を地面から突き出して六体を一気に葬る。
 その頃に見えてきたニワトリにも、同じように土槍を三本馳走してあげた。これであちらの方の対処も済んだ。
 それにしても、これしきの事で僅かにでも動揺するとは、こちら側の兵士達は大丈夫なのだろうか? そちらの方が心配になってくる。強くはあるが、咄嗟の事態には弱いのかな?
 そんな考えが頭に浮かびながらも、隊長達の方に振り返る。

「こんなものでよろしいでしょうか?」

 一応、当初の目的は実力を測るつもりだったみたいなので、そう尋ねてみる。
 目立ちたくはないが、最近はもう、それを気にするだけ損な気がしてきていた。ボクはその辺りの認識がズレているようだし。少なくとも、兄さんはその辺を隠していない感じなので、多少は良いのではないだろうか?

「あ、ああ。十分過ぎる戦果だ」

 敵性生物討伐任務の際に、ボクの監督役を務めたことがない三人は驚愕しているが、監督役を務めた事がある女性だけは、パンパンと緩い手拍子の様な、やる気を感じさせない拍手をしている。

「さすがだね」

 そう評されるも、女性は割と表出している感情が薄いので、どう反応していいのか悩む。素直に受け取ってもいいのだろうか?

「それで、これからどうするんですか?」

 悩んだ結果、とりあえずよく分からないので流す事にした。

「どうって・・・ああ、隊列を戻して、この辺りの警邏を再開させる。先程の様な事態になった以上、更に気を引き締めて臨むように!」

 一瞬何の事かという顔をしたものの、直ぐにそう隊長が指示を飛ばす。
 ボク達はその指示に従い、一度隊列を整えると、警邏を再開させる。
 昼休憩の前の隊列に戻っての移動を始めると、直ぐに敵性生物と遭遇するが、先程の様な、この辺りでは難度の高い敵性生物と遭遇するような事はなく、いつも通りの敵だった。やはり先程の様な特殊な状況でない限り、そうそう起こる事ではないのだろう。なんて迷惑な話だろうか。
 そんな不満を内心でぼやきつつ、警邏を続ける。
 それにしても、平原に出てきた敵性生物が本当に増えたもので、サクサクと討伐数が稼げていく。これぐらい楽だとやる気も出てくるのだが、最初の頃は、一日の討伐数が片手で数えられたほどだったからな。
 でも、多分元々この辺りではこれが普通だったのだから、今までの方がおかしかったのだ。そう考えれば、ジーニアス魔法学園での必要討伐数は、やはり低く設定されているのだなと、改めてそう思えてくる。
 日が暮れるまで周辺の敵性生物を狩りまくったボク達は、夜営の準備を始めた。まあ昨夜と同じでやることはほとんど無いのだが。
 昨夜同様、最初に見張りを務める。周辺には敵性生物が確認出来るが、襲っては来ないようだ。たまたま位置がよかったのだろう。今回も一緒だった女性と軽く言葉を交わしていく。
 話題は昼頃の試された時の話ではあったが、まあ隠すほどのものでもなかったので、問題ない。話を聞いた感じでは、一応あれで兵士達には認められたようだ。
 それから、昼間試された事以外の会話もしたが、北門警固に就いている兵士の日常なんかを簡単に教えられた。
 やはり普通の兵士は、防壁周辺の警邏を主な仕事としているらしく、魔法使いの兵士達は、今回の様に大結界の外側の警邏や、境付近の詰め所で隣国への警戒も行っているのだとか。そこはまぁ、形式的なモノらしいが。
 話をしてくれた女性は魔法使いなので、今回の様な大結界の外側の警邏を担当しているらしく、こうした野営には慣れてはいるが、休まらないという。それはそうだろうな。敵性生物がいつ襲ってくるか分からないうえに、寝床も悪いのだから。
 それでも、大結界の内側での仕事よりも手当がいいらしく、それでいて名誉でもあるのだとか。なので、家族には喜ばれてはいるが、お金を使う暇もなければ、恋愛も満足に出来ないと嘆かれた。同僚は戦友でしかないし、担当している仕事柄、生徒とはあまり交流が持てない。まあ流石に、生徒をそんな目では見ないらしいが。
 そういう訳で数少ない狙い目は、たまに派遣されてくる各学園の教師達らしい。ただ、やはり担当している仕事柄、あまり目にする機会がないのだとか。
 ボクにそんな事を話されても困るのだが、二人で話をしている以上、反応を返さない訳にもいかないので、とりあえず「なるほど」 とか「大変ですね」 などと合いの手を入れつつ、適度に相づちも打っておいた。
 そんな反応に困る会話も、見張りの交代時間となり解放される。
 今夜も特に眠れそうもなかったので、横になりながらプラタとシトリーに魔族語を習う事にした。どうやら今夜はもう一度見張りを行わなくてはならないらしい。
 二人に魔族語を習いながら時間を過ごし、再度の見張りを行う。もうすぐ朝なので、この見回りが今夜の最後だろう。
 朝と夜が曖昧な時間になり、全員が起床しだす少し前。間もなく見張りも終わるという時間に、遠くでこちらへと向かって動く反応を捉えた。
 捉えた反応から察するに、大型の蜘蛛だろう。移動速度は前日の魔物ほどではないが、それでもそこそこ速い。このまま待っていれば、一分と待たずに目の前まで到着しそうだ。
 それにしても、向かってくる敵性生物達は、大半がこちらを察知して来ているのだろうが、察知能力が高いな。普段のボクの索敵範囲よりも広範囲で捉えている。見つけた時には突撃してきている場合があるので、もう少し索敵範囲を広げた方がいいのだろうか? 疲れるのでちょっと悩むが、これも訓練だろう。
 とりあえず近づかれても面倒なので、視認可能な距離まで詰められる前に、さっさと処理しておく。討伐数はもう関係ないし。
 姿が見える前に遠隔で無事に対処し終えると、索敵範囲を拡大させる。それでも接近して来る敵が確認出来なかったので、とりあえずこれで安心できるだろう。
 それから朝になり、全員が目を覚ます。
 朝の支度を終えて朝食も食べ終えると、警邏を始める。今日は昼頃まで現在居る周辺の警邏を行ってから、北門へと戻るらしい。
 平原に出ている敵性生物は、明るいと元気に動き出すのか、それとも動くと見つかりやすいのか、警邏を始めた途端に襲われる。
 しかし、それには難なく対処していく。やはり昨日のあの状況がおかしいのだ。作為的なモノさえ疑いたくなるほどに。
 昼までに結構な数の敵性生物を相手にしてから昼休憩を少し挿み、北門に向けて戻る事になった。
 警邏を行いながら来た道を戻っていくも、相変わらず遭遇する敵の数は多い。北門周辺ではここまでではなかった気がするが、それだけ生徒達に狩られているのか、はたまた狩人の多い北門を敵性生物側が避けているのか。
 日没前まで進み、野営を行う。見張りの順番は変わず最初だ。一緒に見張りを行う相手も同じ女性。
 見張りと言っても、暗視を用いた目視よりも、魔力視や魔力の気配を探る索敵のほうが重要なので、基本的には会話をしながらの気楽な見張りでも、この辺りであれば問題ない。
 それでも眼だけはしっかり周囲に向けている必要はあるが、この辺りは熟練度の高い魔法使いの兵士達ならばお手の物だ。だから、今日も女性の愚痴に付き合わされていた。
 昨夜同様に、公私に於いての苦労話を聞きに徹しながら、見張りに従事する。
 兵士としての苦労話ならばまだ解るのだが、女性の恋愛遍歴まで聞かされても本当に困る。ボクに何を求めているのだろうか? 心労が絶えないのだろうが、反応に困ってしまうので、そういう事は、そういう専門家にでも相談してほしいものだ。
 とりあえず、昨夜同様に適当な間で相づちを打ちつつ、適宜一言二言の短い感想を挿んでいく。
 見張りをしながらだが、そうして一通り話をしたことで少しは楽になったのか、見張りを交代する頃には、女性はどことなくすっきりとしたような表情を見せていた。
 それだけでも多分意味はあったのだろうが、その分ボクの疲労が増してしまった。主に精神的な方面でだが。
 その後は横になってプラタとシトリーに魔族語を習うと、もう一度見張りを行い、朝になった。二度目の見張りの際は、愚痴の量がかなり減って、内容も比較的軽いモノだった。
 今日中には北門に到着予定なので見張りもこれで最後だが、今後学生を起用していくと、他の学生もこれを経験するのだろうか? ・・・流石にそれはないか。
 警邏を始めると襲いくる元気な敵性生物達を蹴散らしながら、北門を目指す。相変わらず凄い数ではあったが、それも北門に近づくに連れて若干減った気もする。
 そのまま、途中で短い昼休憩を挿んだが、北門には日暮れ直前には無事に到着できた。





 大結界の外で警邏を行った翌日。
 朝も早くからジャニュ姉さんのところから迎えが来ていた。既に起きていたので問題はなかったが、それにしても朝早いな。
 迎えに来たのは今回もディナさんだったが、何故だか最初に会った時にホッとされたような気がするが、何かあったのだろうか? 朝早かったから、起きていたか心配だったのかな?
 そう思いつつも、少し暗い中をディナさんの案内で車の許まで移動し、前回同様に高そうな車に乗ってジャニュ姉さんのところまで移動を開始する。
 ワイズ家までは車で数時間ぐらいで、朝早くに出て昼頃には到着した。相変わらず乗るのに緊張はしたが、乗り心地は悪くないので、これはこれでいいものだと思う。
 前回と同じ家に通されたが、今回は直ぐにジャニュ姉さんと会うことが出来た。

「いらっしゃい。ジュライ」

 通されたのは、前回同様に訓練所と思しき場所。

「お久しぶりです。が、・・・えっと・・・?」

 室内にはジャニュ姉さんは勿論のこと、ウィリアムさんとパトリック。それと十数名の使用人に、何故だか魔法使いと思われる、かっちりとした軍装姿の兵士が、使用人と同じぐらい居た。
 その兵士もだが、使用人達も皆強そうな雰囲気を漂わせている。

「ああ、彼らは私の直属の部下達よ。手の空いている者達を連れてきたの」
「それは分かりますが・・・何故?」
「まあそれは追々説明するとして、どう? また私の相手をしてみない?」
「いえ、やめておきます! それよりも、兄さんに代わりますね!?」
「そう? 残念だけれど、お願いするわ」

 ボクは少し早口気味にそう言うと、兄さんと交代する為に意識を内側に集中した。





 ざわっと、室内に居並ぶ者達が身じろぐ音が聞こえるも、その程度で済んだのは訓練されている故か、それとも。

「フヒ。ンン。あの日以来ね、オーガスト」
「・・・そうですね」

 生気を宿さぬその暗き輝きの瞳に、およそ感情というモノを感じられない声音だけではなく、雰囲気からして、別人のようにがらりと変わった少年に、ジャニュは親し気に声を掛けた。

「それにしても、少し雰囲気が変わったかしら?」
「そちらに合わせたんですよ・・・もっとも」

 オーガストは周囲に居並ぶ人物達に目を走らせる。

「まだ足りないようですが・・・ふむ。折角ですし、ここで調整しますかね」

 そう呟くと、オーガストの雰囲気が一変する。

「これはこれで凄いものね」

 ジャニュはそれに、そう驚きを口にする。そこには普通の人間が居た。そんな変な感想を抱くほどに、今までかかっていた(もや)が一瞬で晴れたかの如く、その人物がはっきりと認識できたのだ。

「ふむ。これぐらい抑えれば問題ないようですね」

 オーガストは周囲に目を巡らせて確認する。
 それでも、その暗闇の中から覗かれているような、得体のしれない薄気味悪さまで消える事はなかったが。

「それで? 用件は何ですか? わざわざ呼び出したんです、くだらない用向きであったなら帰りますよ?」
「手紙に書いた通りに、指導をお願いしたいのよ。オーガストももうすぐ進級でしょう? その前に、と思って」

 ジャニュの言葉に、オーガストは周囲の人間へと目を向ける。

「それで? 勿論指導相手はパトリックだけですよね?」
「ええ。ついでに、ここに居る私の部下達にも指導を頼めないかしら?」

 微笑むジャニュに、オーガストはその造り物めいた瞳を向けて、僅かに首を傾ける。

「少々、調子に乗ってます?」
「そんな事はないわよ?」
「まぁ、それも今更ですが」

 オーガストは視線をジャニュの部下達に向ける。それだけで全員が緊張したのが分かった。

「十分強いようですね。僕が指導する必要性を感じませんが」
「まだまだだと思うけれど?」
「ならば、姉さんが御自身で調練を施せばいいではないですか」
「ちゃんと施しているわよ。それでも限界があるもの」
「十分だと思いますが?」
「・・・なら訊くけれど、彼らが人間界の外に出たとして、生き残れると思う?」
「一月も生き残れれば十分では? ま、すぐそこの平原では問題ないでしょう」
「それでは駄目なのよ。・・・ついでに訊くけれど、私だったらどれぐらい生きられるかしら?」
「場所によりますが、独りでと仮定するならば、数ヵ月では? 半年も生きていれば賞賛に値するかと」
「そんなものなのね」
「すぐそこの平原から北の森の中までであれば、何も無ければ天寿を全うできる可能性はありますよ」
「オーガストだと・・・・・・愚問ね」
「御望みなら、今すぐ世界を崩壊させましょうか?」
「やめておくわ」
「そうですか。それは残念。折角世界を弄ぼうかと思いましたのに」

 そんな狂言の類いの様な言葉も、オーガストが口にすれば、それは冗談では済まされない。誰もがそう確信してしまうような、得体のしれない雰囲気を、オーガストは持っていた。

「それで、どうかしら? 彼らも鍛えてはくれないかしら?」
「・・・それは面倒ですね」
「そう・・・無理強いは出来ないわね」
「ええ。ですから、パトリックにでも習えばいい」
「え?」

 突然の指名に、パトリックは驚きの声を漏らす。

「親の跡を継ぐのでしょう? ならば今から教練にも慣れておけばいい。なに、魔法を教えるのに最低限必要なモノぐらいは、今日中に伝えておくので問題ない・・・ああ、ついでだ、姉さんと伍する程度には実力を引き出しておこう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。だから、もうこれっきりにしてくれ。道など自分で切り開けばいいのだから」

 そう言うと、オーガストはその硝子の様な瞳を、パトリックとジャニュに向ける。その瞳の奥には、微かに苛立ちの様なモノが見て取れた。

「・・・分かったわ。オーガストの言う通りにしましょう」
「はい。申し訳ありません」

 申し訳なさそうに、それでいて哀しそうにジャニュは頷く。

「では、パトリックをお借りします。時間もありますし、それなりには仕上がるでしょう。行きますよ」
「はい!」

 パトリックが頷きオーガストに近寄ると、二人の姿はどこかへとかき消えた。

「・・・はぁ。久しぶりに会えて浮かれていたみたいね」

 オーガストが消えたことで安堵の空気が漂う中、ジャニュは反省するように呟いた。

「浮かれてしまうのもしょうがないさ。八年振り・・・いや、もうあれから九年も経ったのか。久しぶりの再会だったのだから」

 慰めの言葉を掛けるウィリアムに、ジャニュは軽く首を横に振る。

「それでも、あれほど不快そうなオーガストは初めて見たのです。今までにも色々ありましたが、特に感情を表さなかったというのに」
「それは・・・それだけ感情が戻ってきた、という事では?」
「だといいのですが。それでも、私は負の感情ではなく、オーガストには笑ってほしいのですよ」
「まぁ、・・・そうだな」

 ウィリアムには、あの造り物めいたオーガストが笑うという姿がいまいち想像できなかったものの、それでもそうなるのであれば、その方がいいのだろうとは思うのだった。





「もう少し魔力を形として捉える」

 そこはどこかの草原。
 オーガストに連れてこられたパトリックは、オーガストに指導を受けていた。

「こ、こうですか?」

 目に魔力を込めることで、周囲の魔力を眼で捉える事が出来るようになる魔力視ではあるが、普通の魔力視では魔力を濃淡でしか捉えることが出来ない。それも境目が曖昧な為に、しっかりと認識出来るようになるには、結構な慣れが必要になってくるという、扱いづらい代物である。

「魔力の質や濃淡の違いによる――はまだ難しいか。なら影響を理解しろ」
「影響、ですか?」
「魔力には何かしらの影響が及んでいる。それの見極めだ。例えば君と僕では魔力に与える影響が違う。まあ色が違うとでも思えばいい」
「なるほど。色、ですか」

 それは魔法使いであれば誰でも理解できる事ではあった。魔法を創造する前に魔力を自分の支配下に置いて他の魔力との線引きをする事で、魔力の存在を明瞭にし、魔法の創造を出来るだけ簡単にする必要があるからだ。
 つまり魔力の色とは、即ち影響の違いと言える。パトリックはオーガストの言葉に頷き、色の違いを意識しながら魔力を視認していく。

「その眼は基本。魔力を見極めるには、見分けることから始めるのが近道」
「はい!」

 周囲の魔力へと眼を向けているパトリックへと、オーガストは一瞬だけ異質な眼を向けるも、直ぐに普通の魔力視に戻した。

「そう。まずは色の、影響の違いを理解することで、誰がどの程度の魔力に影響を与えているのか、周囲の魔力の影響により何が起きているのかも理解出来てくる。それに魔法の予兆は、魔力の動きよりも影響の拡がりで視た方が、より早く察知できる」

 パトリックに眼を向けたまま、オーガストは語る。しかしそれは教えるというよりは、説明すると言った感じに近い。それも、ある程度の知識がある事を前提にした口振りであった。

「それが済めば次だ。本日中に実力の見極め程度は出来てもらわなければ困るからな。それに、眼の修得だけが今日の課題ではない」
「は、はい!」

 前回の指導よりも少し駆け足気味なオーガストに、パトリックは一生懸命身に付けようと努力する。

「正直、強くするだけなら容易いのだが、それでは駄目なのだよ。君には努力して強くなってもらわないと」

 どこか独り言のめいた話し方をしたオーガストではあったが、その眼だけは常にパトリックの方に向いていた。

「ふむ。多少は形になってきたかな。では、これの影響力はどちらが上だ?」

 そう言うと、パトリックの前に二つの魔法球が浮かぶ。両方とも無系統ながらも、周囲の魔力とは明確な違いがあった。

「ひ、左ですか?」

 それを見比べたパトリックは、探るような口調ながら、そう口にする。

「そうだね。これぐらいなら判るようになってきたようだ。やはり君は呑み込みが早いな」

 パトリックを褒めながら二つの魔法を消すと、オーガストは次の魔法を二つ発現させた。

「ではこれは? 先程よりは判りにくいが、今の君ならば、ここまでは理解出来るだろう。急がなくとも、時間をかけて構わない」

 目の前の二つの魔法をじっくりと見比べるパトリック。

「ひ、左、ですか?」
「御名答」

 パトリックの答えに、オーガストは魔法を消すと、力の入っていない拍手を送る。

「今の段階でここまで出来たのであれば、十分だろう。これは欺騙魔法を見破るのにも使えるので、最終的には常に発動し続けられるまでにはなってほしいが、今はそれよりも、実力の見極めを優先させよう。現段階の君の眼で見極められないまでに実力を隠せる者が人間界に居るとは思えないが、それでも念の為だ、まずは人の本質を見極める訓練に移行しようか」
「はい! 先生!」

 パトリックが元気よく返事をすると、オーガストは次の訓練へと移行していく。





「砂漠の部隊が全滅した原因についての調査は済んだのか?」

 椅子に腰かけた白髪で細身の男が投げた机越しの問いに、白銀の髪をした老齢の男は、持ってきた調査報告書を渡す。

「ふむ」

 それを流すような速度で目を通した白髪の男は、愉快そうな笑みを口元に浮かべた。

「あの辺りは面白い事になっているようだな。それで? この女の素性は判っているのか?」
「未だ不明です」
「なるほど。前回の時もこの女が原因か?」
「そちらも現在調査中ではありますが、手口があの時のように大人しくはない為に、おそらく違うと思われます」
「フ。そうか。だろうな」

 白髪の男は確信があるように呟くと、報告書を机の上に置く。

「それで、如何致しましょうか?」
「というと?」
「その女の討伐を行いますか?」
「動向は把握しているのか?」
「はい」
「ならば監視だけしておけ。砂漠を出るようなら報告しろ」
「よろしいのですか?」
「荒野と砂漠ならば問題なかろう。それよりも、そちらの方面であれば、沼地の方が問題だ。そうだな・・・ラジ、お前が行ってこい」
「承知致しました」
「これで、前回の汚名を(すす)いでくれるのだろう?」
「勿論で御座います」

 試すような白髪の男の口振りに、白銀の髪の男は当然だとばかりに堂々とした礼をみせる。

「ま、この女については、こちらで引き続きの監視と警戒を行おう。ついでに直ぐ動けるように手配も済ませておくので、お前は沼地の魚達に集中するといい」
「畏まりました」
「・・・しかし、北側の方も未だに決着せんし、中々に難しいものだ」

 疲れたようにそう零した白髪の男ではあったが、白銀の髪をした男の目に映る白髪の男の表情は、この状況を愉しんでいるようにしか見えなかった。





「しっかりと眼の基礎は修得が終わり、技術と魔力の方も成長出来た。時間はもう無いが・・・ふむ、まあ指導していく分には十分か」

 日の暮れた空を眺めながら、オーガストは本日の成果を振り返る。

「戻ったら知識の習得も引き続き行うように。今のままでも指導は行えるだろうが、優秀な後継者になりたいのだろう?」
「はい! そうです先生!」

 目を向けたオーガストに、パトリックは気合を入れた頷きを行う。

「ならば努力し続けなさい。君はまぁ、まだ成長を始めたばかりなのだから」
「はい!」
「いい返事だ。そんな君にこれをあげよう」

 そう言うと、オーガストはどこから取り出したのか、パトリックに一枚の羽を差し出す。それは先の部分だけが鮮やかな赤色に染まった、十センチちょっとの純白の羽であった。

「これはなんですか?」

 その鳥の羽を受け取ったパトリックは、羽からオーガストに目を向けて問い掛ける。

「魔法の羽さ」
「魔法の羽ですか?」
「ああ。その羽で傷口を撫でてやるだけで大抵の傷が治る魔法の羽さ」
「そんな凄い羽なのですか!」

 傷を癒すというのは魔法でも行えるものの、その大半が辛うじて擦り傷を癒す程度の効果しかない。勿論、中には大怪我を治せる者も存在するが、そこまでいくと、居たとしても一国に一人か二人程度しか存在しないうえに、それには膨大な魔力が必要となってくるので、気軽に行えるものでもない。

「そうだな・・・切り落とした腕程度であれば、ぴたりと合わせて継ぎ目を撫でてやれば、元通りくっつくだろうさ。魔力も然程必要とせずにな」
「そこまでですか!!!」

 故にパトリックは目を大きく見開いて、これでもかと驚愕をその面に浮かべる。

「ああ。だから取り扱いには気を付けるのだな。指導で怪我した部下を癒す程度に留めておくのが賢明だろう」
「!! あ、ありがとうございます! 先生!」

 オーガストの意図を察したパトリックは、感激のあまりに大きく頭を下げた。

「過ぎた力は災いを呼ぶ。その中でも特に癒しの力は厄介なので、取り扱いには十分気を付ける様に。死をもたらす存在は脅威だが、死を与えることは誰にでもできる。しかし、傷を癒すのはそうはいかないのだから。とはいえ、その羽でも蘇生までは出来ないので、幾分かはマシだろう・・・気休めにもならないが」
「はい! 外部に漏れないよう、取り扱いには細心の注意を払います!」
「よろしい。だが、念の為にそれは君専用にしておこう」
「ぼく専用にですか?」
「ああ。君以外には使えない様に細工しておこう」
「そんな事が出来るのですか!?」

 持ち主を限定する事が出来るというのは、パトリックは聞いたことがなかった。

「僕には出来る。君にもいつか出来るようになるさ」
「出来るのでしょうか?」
「出来るさ。要は何事も応用なのだから」
「努力します!」
「よろしい。それはもう、君以外にはただの飾り羽だ。それでも取り扱いには十分気を付ける様に。それに伴い、君の価値も上がってしまったのだから」
「はい!」

 オーガストがパトリックが手にしている羽に何かしら細工を施した気配はなかったものの、それでもパトリックはオーガストの言葉を疑うような事はしない。それだけオーガストの事を信頼しているから。それこそ、オーガストであれば不可能はないと確信しているほどに。

「では、戻ろうか。もう十分成長出来ただろう?」
「はい! 御指導ありがとうございます!」
「それでは戻る、が。そうだな」
「?」

 オーガストにしては珍しく、少し言い淀む様な僅かな間を空ける。普通は気づかないような刹那の間ではあったが、長時間近くに居て教えを乞うていたパトリックには、その一瞬の間が少し不自然に感じられた。

「気が向いたら君には会いに来よう。もう少しこうやって指導した方がいいだろう。まだ成長を始めたばかりなのだから」
「ほ、本当ですか!?」

 パトリックは目を輝かせてオーガストを見上げる。

「気が向いたらだ。そもそも僕はあまり表には出てこないからな、成長の様子を稀に確認しにくる程度だ」
「それでも嬉しいです!」
「・・・そうか、だが内密にな。面倒だから。とりあえず疲労や消耗した魔力は多少回復しておくとして、では戻るぞ」
「はい!」

 少し元気になったパトリックが力強く頷くと、二人の姿は一瞬でその場からかき消えたのであった。

しおり