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魔王の陵墓

 魔界にも列車という乗り物が存在するらしい。
 燃料は魔力らしいけど、外見は人間界で走っている蒸気機関車の様な感じだった。

 列車が作れるのであれば、車やバイクも作れるだろう。
 だけど大通りで見た荷台を引く|小型竜《リザード》。
 太古の昔より使役してきた彼らの存在意義を無くさないために、敢えて小型車などは作らないらしい。
 けど、大人数や安全性を考慮するなら、魔界の都市を繋ぐ列車を使うのがいいと聞く。

 僕達は適当に市中見回りをした後、城下町の北部にある無人駅で切符を購入して列車に乗り込み、目的の場所へと向かう。
 荷物は無人駅のコインロッカーに預ける事にした。
 魔王城の城下町は魔界でも上位クラスの都市らしく、人の行き来が多い。
 が、僕達が向かう方向の列車には、何故か僕達だけだった。
 今からどこに向かうのか、不安で仕方ない……。

 城下町を離れ、深緑な森へと入り、荒野の崖沿いを走り、そしてある遺跡に辿り着く。
 昔の人が建造した様な石で出来た建造物。遺跡だったり神殿にも思える場所。
 ここが終点らしくって……城下町から発進して一つも停車する駅はなかったのだけど。
 乗った時は僕達だけだったから、終点で降りるのも僕達だけだった。

 列車内で何故か無言で、特に会話もすることなく辿り着いた僕は、背筋を伸ばす真奈ちゃんに訊ねる。

「真奈ちゃん、ここは?」

「ここは魔王の陵墓って言われる墓で。歴代の魔王達の亡骸が葬られている、一応神聖な場所だよ」
 
 神聖な場所なのに一応を付ける真奈ちゃんも大概罰当たりだよね。
 僕達は魔王の陵墓と呼ばれる遺跡な建物の階段を上り中に入ると、次は下る階段があった。
 階段には光源がなく、20段以降が暗くて見えない。
 このまま下るのは危ないと僕が思っていると、真奈ちゃんは石壁に手を当てる。
 すると、石壁の線が光を放ち、ボッボッと壁に掛けられる松明たちがリズムよく点灯していく。
 なるほど。多分今のが松明の灯りを付けるスイッチになっていたのか。
 これで足元が見えて降りられる。
 先行して階段を下りる真奈ちゃんに僕は付いて行く。

「さっきここに歴代魔王の亡骸が埋められてるって言ったけど。……幽霊とか出ないよね?」

「颯ちゃんって幽霊は苦手なの? 多分大丈夫だと思うよ。ここには数種類の結界が層になって張ってあって、亡骸と一緒に納められる財産を掘り起こそうとする墓荒らしや悪霊たちが入れない様になっているから。魔王やそれに近しき者以外は普通では入れないよになってるの。もし幽霊が出たとなれば、それは歴代魔王の幽霊だから安心して」

「全然安心できる要素がないのは気のせいかな!?」

 松明で明かりが点いたとはいえ、薄暗くて奥まで見えない階段。
 なんでだろう、背筋が寒くて肩が重いような……。
 ……これは、今日はいつもより冷えていて、肩の重さは昨日の仕事の疲れだよね!
 うんうん! そうだそうだ! 間違いない!

「それにしても今日は暑いよね……。帰ったらお風呂に入りたい。あっ、お風呂を覗こうとしたらお仕置きだからね」

「だからなんで僕の不安を仰ぐのかな!? 狙ってるの!? 狙って僕の希望を打ち砕いてるの!?」

「えぇえ!? なにが!?」

 理不尽で予想外の返答に驚きの声をあげる真奈ちゃん。
 ホント……呪われたりとか、体を乗っ取られたりとかしないよね?

 そんな事をしている間に、奥が見えなかった階段を下り終えた。
 階段を下り終えた場所は広間になっていて、何もない殺風景な広い部屋。

 奥には閉まった石の扉があり、そこが次の通路か部屋に繋がっているのだろう。
 部屋内も階段同様に松明だけの明かりで薄暗い。
 何とか真奈ちゃんの姿だけは確認出来る。
 真奈ちゃんから離れない様にしないとなと思っていると、僕の袖をクイクイと真奈ちゃんが引っ張る。

「ここからはピッタリと私の後を歩いてね。適当に歩ていると陵墓内にある罠が発動して痛い目にあうから」

 ……痛い目ってなに?

「確かここには墓荒らしとかは結界で入れない様になっているんじゃないの? なら罠とか必要ないんじゃ……」

「颯ちゃん……。今どきね、二重ロックは必須なんだよ?」

 なにその安心安全な防犯設備!
 諭す様で可哀想な人を見る目の真奈ちゃんに若干イラッて来た。

「その罠っていったいどんな罠があるの? 歴代の魔王の亡骸を守るんだから、相当な罠を仕掛けてるんだろうけど」

「知ってて得することがないから全部は知らないけど。天井が降りて来る吊り天井だったり。奈落の底に落ちる落とし穴だったり。一瞬で体を切断させるかまいたちが出たり。後……」

 そう言って、「確かあそこにあの罠があったよね」と落ちてる石ころを拾って床に投げ捨てる。
 カチャンと床に投げ捨てられた小石の音が響くと、その部分の床と天井が生き物の様に蠢き出し。
 ミミズの様な巨大な牙の生えた生き物が小石を丸呑みして砕く。あれって確か……ワームだったかな。
 ワームは元の床と天井に戻るが、ボリッボリッと咀嚼音を鳴らして、僕は声を失う。

「まあ、これ以外にも十数種類の罠があるから、私の後にしっかりって……ねえ、流石に抱き付かれるのは引くっていうか……せめて肩を掴む程度でお願い」

 来て三日目だけど魔界が怖くて嫌だ!


 その後、上下右上下左と、ゲームとかでよくある正解の道を通る感じで広間を進み。
 一つの罠にも引っかかる事なく扉の前まで辿り着き、ゴゴゴっと床を擦りながら重そうな石の扉を開く。

 扉の先。そこは先ほどの広間以上に広い部屋だった。
 というよりも、僕達は目的の場所に辿り着いたようだ。
 
 埴輪の様に並ぶ悪魔像。
 門番をしているかのように立つ二人の巨兵像。
 その二つの巨兵像が挟む場所に巨大な門が聳える
 悪魔の像が囲む所には、27の棺が置かれている。
 この棺に、歴代魔王が葬られているのだろう。
 亡骸で生命が宿っていないはずなのに、この部屋の空気は重苦しく息苦しい。

 僕が呆然と立ち尽くしていると隣の真奈ちゃんが手を合わせて一礼する。
 それに続いて僕も慌てて手を合わせて一礼する。

 ここに納められているのは歴代魔王の亡骸。礼儀を持って拝まなければ。

 数秒間。手を合わせて一礼して黙祷してると、真奈ちゃんがクイクイと僕の袖を引く。

「それじゃあ颯ちゃん。主従契約が刻まれた部分をあの像に掲げてくれないかな」

 真奈ちゃんが指さすのは二人の巨兵像。
 今にも動き出して襲い掛からんとばかりに睨みつける人形に、僕は怯えながらも主従契約が刻まれた手をの甲を巨兵像へと掲げる。

 すると二つの巨兵像の瞳が赤くキランと光る。赤い光が僕の体を差す。
 まるでスキャニングしているかの様に僕を照らす赤い光だが、頭のてっぺんから足元まで下ろすと、すぅと消える。

「よし。これで終了だね。じゃあ帰ろうか」

 僕を赤い光が差す以外は特に起こらなかったことに面食らい。

「ちょ! 今のなんだったの!?」

 イマイチ状況が分からない僕は少し声を張り上げて尋ねる。

「今のはちょっとした儀式みたいなモノで。魔王と主従契約を結んだ者と一緒にここに赴くのが習わしなんだ。今の赤い光は颯ちゃんの心を見透かして、少しでも私に反逆心を宿しているのなら。あそこにある冥界の門が開いてその者の魂を引き摺り取る様になっているんだ」

 え……まじ!?

「な、なんでそのこと教えてくれなかったのさ! 僕が真奈ちゃんにそんな疚しい気持ちがなかったからいいものを、もしあったら僕は今頃その冥界の門ってのに魂持ってかれてたんだよ!?」

「昨晩も言ったけど、これを事前に言っていたら意味がないんだ。だって、事前に言ってたら心なんて簡単に偽れる。それだと意味がない。ここで試すのは、本当にその人が主君に対して心からの忠義を持っているか。私の側近全員は、颯ちゃんと同じことを言って、そして納得してくれた。颯ちゃんはどうなの?」

 そうか……。キョウもこの道を通っているからこそ真奈ちゃんの意図を読んで僕を行かせたのか。
 側近となった人皆。同じ様な道を通っている。なら、僕だけが我儘を言えない。

「ごめん真奈ちゃん……。 確かに魔王の側近になるぐらいだからこれぐらいはしないといけないよね……」

「分かればいいよ。けど、颯ちゃんが私に疚しい気持ちがないってのは、私信じてたから」

 優しく微笑みかける真奈ちゃんに、思わず目が熱くなる。
 真奈ちゃんは、歴代魔王の棺桶から踵を返して先ほどの罠だらけの部屋に戻ろうとした時、背中を向けたまま手を振った。
 これは僕に向けられたものではなく、多分、真奈ちゃんの亡き父に向けて振ったのだろう。
 
 父の事を毛嫌いしているかの様な物言いをしていたけど、心の中では尊敬はしているのかな。
 素直になれない真奈ちゃんを小さく笑った僕は、真奈ちゃんの後を追った。
 

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