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ジャニュとオーガスト

 北門警固任務は、西門警固任務の時ほどやる事が多い訳ではない。やる事といえば、基本は防壁上の警固で、後はその周辺の警戒ぐらいだ。
 防壁の補修や点検は専門の部隊が居るし、近くの街は西門街の様に門の兵士の管轄ではなく、街の警固は街の警固専門の部隊が居るらしいので、北門警固とは完全に管轄が異なっていた。なので、ボクら学生がやる事は防壁上からの見回りと敵性生物討伐ぐらいだ。防壁周辺の警戒はたまにしか回ってこない。
 時間というものはあっという間に過ぎていくようで、北門での初めての休日から一月ほどが経過したが、防壁上を東へ西へと移動する日々がひたすらに続いていた。敵性生物討伐も遅々とした歩みで思うように討伐数は稼げていない。そもそも最初の頃は、敵性生物討伐の任務はあまり組まれていないが。
 そんなのんびりとした毎日ではあったが、一つ困った事があった。それはジャニュ姉さんから招待状が届いてからというモノ、十日にあけずにジャニュ姉さんから『必ず来るように』 という督促状が届くようになった。もう脅迫の勢いである。
 その手紙に返信しようにも何処に宛てればいいのか分からないので、止めてくれとも言えないでいた。それでも行く気はないのだが。
 そういえば、先日学園に戻った時にまたあの五人に出会ったのだが、五人共もの凄く上達していた。やはり若いと伸びが凄いものだと感心しつつ、簡単な指導を行った。
 その後の休日は、近くの平地に在る、人口のモノではない人気のない小さな森の中で、プラタとシトリーに魔族語を習って時間を過ごした。
 そんな約一月が過ぎ、今日は敵性生物討伐の為に大結界の外に出る日。
 相変わらずまだほとんど敵性生物は平原に出てきていない。変異種は東の森で魔物と魔族と睨み合った後、来た道を戻ってきて北の森に再度入ってきていた。
 その影響で東側が少しだけ騒がしくはなりはしたが、元から近くに変異種が居たので、北の森の住民が平原に押し出されるような騒動までには至らなかった。
 大結界の外で監督役の魔法使いの男性と二人で平原を進む。相変わらず独りだと心配されるが、最近は平原も平和だからか、そこまで煩くは言われない。それに今回で単独での敵性生物討伐も三回目なので、それもあるのだろう。
 ほとんどが西側へと移動するので、ボクは東側へと移動する。
 魔物も動植物も大して索敵に引っかからない。無害の動物でさえほとんど居ないが、これはこの辺りに餌がほとんど無いからだろう。

「・・・・・・」

 そう考えると、ここに餌を撒けば森の住民たちは出てきてくれるのだろうか? しかし、餌って何だろう? 魔物ならば魔力かな?
 しかし、現在はボクは監督役の魔法使いの男性と一緒に行動しているので、目立つ行動は控えた方がいいだろう。まだ北門に来て二ヵ月経ってないぐらいなので、時間は十分に在る。それに、この時点で討伐数が足りていなくても、任務の後半は敵性生物討伐に出る回数が増えるので問題はない。そして、その時まで大して討伐出来ていなければ、プラタとシトリーにでも頼んで森から敵性生物を追い立ててもらうのもいいだろう。
 そんな事を考えながら、やっと索敵に引っかかった魔物目掛けて移動する。他に同じ方向を目指しているパーティーはないので、急がなくても大丈夫だ。
 と思ったものの、やはり何もない平原というのは見晴らしがいいようで、直ぐにその存在を目視で捉えることが出来た。
 それは細長く黒い魔物で、どうやらヘビを模した魔物らしい。ふと創造して間もないセルパンの事を思い出し、最近ヘビに縁が在るものだと感じつつ、遠距離攻撃をする為に風の矢を一本発現させる。
 風の矢は基本魔法の一つだが、空気の塊なので視認性が低く、音も匂いもほとんど無いので隠密性に優れている。それでいて狙った場所に当てやすいので、一年生の時に使う魔法に迷っていたら勧められる魔法の一つだ。
 欠点といえば、他の系統の魔法矢に比べて威力が少し劣るぐらいだろうか。他には、隠密性に優れている為にどうしても地味な魔法になってしまうので、派手さを好む者には不評である辺りか。
 それを魔物を一発で倒せるだけの威力に調整して放つ。
 真っすぐ飛んでいった風の矢は、這って移動している為に、豆粒ほどの魔物をしっかり捉えて撃ち抜くと、消滅させた。
 小さな的に一発で綺麗に命中させた事で、後ろで見ていた魔法使いの男性が感心したような驚いたような声を少し漏らしていたが、まぁいいか。次の敵性の生き物っぽいのを捉えたからそちらを目指してみよう。
 その相手は離れたところに居たのだが、何故だかもの凄い勢いでこちらに迫ってきていたので、少し移動しただけで直ぐに肉眼で捉えることが出来た。
 確認したそれは巨大な蜘蛛。結構離れているのにその姿がしっかり分かるほどに大きなその蜘蛛が、ボク目掛けて凄い勢いで駆けてきていた。捕食しようとしているようだし、明らかにあれは敵だろう。
 生き物なので今度は火の矢を発現させると、一直線に駆けてきている大蜘蛛目掛けてそれを放つ。
 一応狙いをつけはしたが標的があまりにも大きすぎるので、火の矢は簡単に大蜘蛛に突き刺さる。必要量より威力を少し上げておいたので、それで即死だった。
 これで本日二体目の一発命中だが、これでも拙いながらも学園で指導しているのだ、流石に外すわけにはいかない。たとえ指導している相手が見ていなくとも。
 しかし、大蜘蛛を倒した後の次の標的が見つからない。
 索敵しながらも時刻は昼になっていたので、監督役の魔法使いの男性に一度休憩する事を提案する。ボクはこの程度では休息も昼食も必要ないが、だからといって他の人が必要ない訳ではないのだから。
 その提案はあっさりと受諾される。周囲に敵性反応どころか何も誰も居ないので、ボク達はその場で座って休憩にする事に決めた。





 軽食を摂るぐらいの時間休むと、ボク達は移動を開始する。
 休憩時間に索敵範囲を広げたところ、離れた場所に一体の魔物の存在が確認出来た。その魔物を倒した後に北門まで戻れば少し早いぐらいに到着出来るだろう。
 暫く歩くと、離れたところに周囲を警戒するように四足歩行でゆっくりと移動する魔物の姿があった。姿形を見るに、その魔物の元になったのは馬だろうか。
 かなり周囲を警戒している様に思える動きをしているので、遠距離攻撃を当てるには速度を上げるか隠密性を上げるべきだろうか。それとも罠でも仕掛けるべきか。
 確実に一発で仕留めたいボクは、離れたところから魔物を観察しながら思案する。そのまま少し考え、ボクは魔法を創造する。
 離れた場所で周囲を警戒していた魔物は、突然地面から飛び出してきた土の槍で貫かれて僅かに身体を浮かすと、難なく消滅した。
 土の槍は今回のような奇襲にはもってこいなのだが、距離感を正確に把握出来なければ不発に終わってしまうので、初級魔法の中では扱いが少し難しい部類の魔法であった。
 その土の槍で魔物を倒すと、ボク達は北門へと足を向ける。
 周囲を索敵すると反応はあったが、距離があるのでそれを倒していたら帰りが間に合わなくなってしまうので諦めるしかない。
 残念に思いつつも、まだ焦る必要もないので余裕をもった歩みで北門を目指す。
 それから夕方前まで歩き、やっと北門に到着する。帰途で敵性生物の一匹でも狩れればよかったが、流石にそう都合よくはいかなかった。
 北門前には既に二組のパートナーが戻って来て休憩していた。ボクはその二組に合流すると、少し距離を置いて腰を下ろす。その際に地面に空気の層を薄く敷いておいた。
 休憩しながらゆったりとした時間を過ごすと、日暮れ前には全パーティーが北門前に戻ってくる。
 一度全員が揃ったのを確認すると、ボク達は大結界の内側に戻っていく。
 そのまま北門を潜ると、そこで解散となった。
 本日の戦果は魔物二体に大蜘蛛一匹という残念なもの。規定討伐数から三引いてもほとんど変わらないな。西門だったら少なくとも一日で討伐数が十以上はあったのに。まぁあの時は森に近寄っていたのもあるが。
 ボクは宿舎に戻ると、自室に入る。部屋には誰も居なかったが、ベッドの上にボク宛ての手紙が置かれている。

「・・・またか」

 相変わらず差出人は書かれていなかったが、それが誰からの手紙なのかは封を開けなくても判断出来る。
 それでも一応開封して中の手紙を読むと、案の定ジャニュ姉さんからの手紙であった。内容も今までのと大差なく、簡単な挨拶と一ヵ月後のお披露目会に参加するように、というものであった。
 その読んだ手紙を情報体に変換して体内に収納してから、ボクは気分を変える為にお風呂に入る事にすると、廊下に出て脱衣所に向かう。
 普段は宿舎内であまり人とすれ違うことはないが、朝方と夕暮れ前後は宿舎も少し慌ただしい。
 それでもぶつかるような狭い廊下ではないので、簡単な挨拶をしてすれ違っていく。
 相変わらず人の居ない個人風呂の脱衣所に到着すると、いつも通りに脱衣して、浴室で身体を洗い、同時に張った湯に浸かる。
 いつもであればここで色々と思案するところではあるが、今日は何も考えずに寛ぐ事にした。
 それにしても、ジャニュ姉さんは筆まめだ事で。多分あの手紙はジャニュ姉さんの直筆だったと思う。
 お披露目会ね。ボクなんかが行く場所ではないだろうに。
 手紙にはジュン兄さんとユーリ兄さんも来ると書いてあったが、ユーリ兄さんは七年生で今は北の森を探索していて、ジュン兄さんは八年生で東の森を探索しているんだったような。
 北門を拠点にしているユーリ兄さんはともかく、東門を拠点にしているジュン兄さんはよく来れるものだ。
 そういえば、北の森を探索しているはずのユーリ兄さんとは中々会わないな。森の探索組はほとんど帰ってこないし、帰ってきても色々と忙しいと聞くものな。

「ふぅ」

 寛ぐつもりではあったが結局色々な事が頭を巡り、思わず全てを吐き出すような短い息が漏れる。
 お披露目会が開催されるまで後一月ほどあるが、それまであの手紙は届くんだろうな。向こう側はもうボクの出席を決めているらしいし。・・・ホント、どこに連絡すれば断れるんだろうか。直接届けられなくはないが、それは流石に止めておこう。
 暫く考えるも答えは出そうになかったので、ボクはのぼせてしまう前に風呂を出る。
 着替えなどを済ませて部屋に戻るが、部屋にはまだレイペスの姿はなかった。彼もまた謎な存在だな。
 そう思いつつベッドで横になると、天井を見つめる。

「・・・そういえば」

 ボクは上体を起こすと、周囲を見回して誰の目もないのを確かめる。
 その確認が終わると、ボクは片手を開いて目の前に持ってきた。

「お守り、再構築してみようかな」

 それは地下に存在する街のとある場所に厳重に保管されていた物で、かつてはエルフの持ち物にして、現在大結界を発生させている魔法道具。
 ふと以前それを世界の眼で捉えて情報だけ取得していたことを思い出したボクは、気まぐれにそれを複製してみようかと思い立ち、体内の保管庫からその魔法道具の情報を取り出す。
 誰か来ないか周囲への警戒を継続したまま、その情報体を構成している情報を読み取り構築していく。
 手のひらの上に構築されていくそれは大きめの指輪で、鈍い光を反射させているくすんだ色合いのその指輪は、特に装飾の類いの付いていない、ただ輪状の物体であった。おそらくそこらへんに置いてあっても目を惹かないであろう地味な指輪。
 しかしその指輪を調べてみれば、確かに魔法道具である事が分かる。結界を張る事だけを目的に造られた指輪であり、他の効果は指輪の大きさが変化するぐらいしか付加されていない。

「これは広域に結界を張る為のモノではないだろう」

 その指輪に付加されている魔法は中々に効果の高いモノではあったが、それは個人向けの小規模な結界を張る事を想定した魔法であった。それを強引に広域に展開させては、折角効果の高い結界も全体的に伸びて薄くなってしまうだけである。そういう結界は、広域向けに構築された結界魔法を使用しなければならない。
 それはそれとしても、折角指輪を構築したので、試しにその指輪を指に嵌めてみる。輪が大きい為に指にすんなり入ると、急に縮まり丁度よい大きさになる。
 ものは試しとその指輪に魔力を流してみると、身体の表面から少し離れた部分に結界が展開される。流した魔力量は少量ではあったが、中々に丈夫な結界が発動した。

「ふむ」

 結界を解除すると、指輪を外す。いい結界だとは思うが、この指輪自体の耐久力も上げた方がいいだろうに。
 他人が付加した魔法を消したり書き換えたりするのは難しいが、追加するのは簡単だ。追加する場所がなかったり、追加できないようにされていたら難しいが。
 とはいえ、ボクはこの指輪は要らないので情報体に変換して保管庫に戻しておく。

「防御系の魔法道具か」

 魔法を付加した剣は創ったが、魔法道具はまだ創っていない。あの剣は付加武器であって魔法道具ではない。製作者としてはそんな意図はなかったのだ。
 そういう訳で何か魔法道具でも創ってみようかと思うのだが、どんなのがいいのだろうか? 防御系ならそんなに目立つ事もないだろうし。
 自由度が高すぎて細々と設定しなければならない障壁よりも、細かに設定しなければ勝手に自分を中心に囲むように発動する結界の方が簡単なので、結界の方が基本だとしても、魔法と物理どちらに比重を置くかで得意不得意が生まれてくる。両方では中途半端にしかならない。それも一つの方法ではあるが。
 魔法と物理の二種類の結界を切り換えられるようにしたとしても、その操作方法や咄嗟の判断で選択できるかも問題になってくる。
 それだけではなく、組み込める魔法も術者の力量によって制限されているので、あまり幾つも組み込むことはできなかったり、複雑すぎるのは無理だったりと色々大変だ。
 結界の範囲や規模に、強度や得手不得手などなど、一口に防御系の魔法道具と言っても基本の結界だけでこれだけ色々と決めなければならない要項があるのだが、更に魔法を組み込む道具によって付加できる量というモノが決まっている。
 これはボクが情報体を解することが出来るので解った事だが、その道具にはその物の容量というモノが存在する。その上限以内に情報を収めなければならないので、あまりに情報量が多いと、それ以上組み込むことができないのだ。
 付加魔法を行う者はそれの見極めも必要なのだが、これは一般的には技術というより経験の分野に分類されている。まぁボクはそれが解るので、大きな利点となるだろう。
 ただし、これには裏技のような魔法が存在する。それは、容量拡張という付加魔法だ。
 しかしながら、この付加魔法自体も容量を使うので、結果として微量しか増えないのであまり使われていない。それに容量拡張の付加魔法自体を組み込むのが難しいので、知る者がほとんど居ないのが現状だ。
 小耳に挟んだ話だと、一部では付加術師の師匠が弟子にのみ伝える継承技になっているらしい。
 しかし、これは一般的な話。ボクは同じ容量拡張魔法でも違う方法の容量拡張魔法を修得しているので、割と好き放題組み込むことができる。正確には兄さんが幼少期に独自で編み出した知識なんだけれども。
 とりあえず何を付加するかよりも先に、何に付加するかから決めなければならない。
 防御系だし、常に身に付けられている物がいいな。やはり指輪やネックレス、イヤリングなどの装身具がいいかな。それでいて地味で目立たないやつがいい。

「・・・・・・髪飾り? 腕輪? 留め具なんかもいいな」

 そんな事を暫く考え、ボクは足首に着ける装身具に決める。
 着脱が簡単に出来て、行動の邪魔にならない。それでいて目立たない物がいいから、紐の様に細くて柔軟性のあるものでいこう。耐久性は組み込む魔法で補えばいい。
 そこまで決めたボクは、金属の小さな輪を連鎖させて創った一本の紐を拵える。着脱が簡単に出来るように、片端に輪の一部を容易に開閉できるような仕掛けを施した物を取り付け、それを開いて丁度いい位置に在る金属の小さな輪に引っ掛けてから閉じるだけで、好みの長さの輪に出来るようにした。
 色は濃いめの赤で、光沢は消して存在感を抑えておく。

「うーん。暗めの赤とはいえ、赤はやっぱり目立つかな?」

 自分の肌にあてて色合いを見てみるも、少し重い感じがして、それが逆に目を惹きそうな気もしてくるな。

「・・・まぁ足首だし、大丈夫・・・かな?」

 そう自分に言い聞かせると、ボクは次にその装身具に付加する魔法についての思案を始める。
 まずは装身具が小さいので、少ない容量を拡張させる。これは収納魔法を参考に創られた魔法だ。
 容量を拡張したら、防御系の基本の一つである結界を使用者の全身を対象にして組み込む。あくまで個人対象の魔法道具だ。広域が対象では、もっと容量のある素体を用意した方が、確実に効率がいい。
 結界の厚さはそれなりに厚くし、物理防御寄りにする。
 その代わりに魔法の対策として、結界にある程度の魔法までは反射するような仕組みを組み込む。とりあえずこれでそれなりに使える魔法道具になったと思う。
 次に装身具自身の耐久性を高める付加魔法を組み込み、簡易的な自浄魔法で、通常使用程度の汚れであれば直ぐに落ちるようにしておこう。
 ああ折角だ、少し弱くはなるが、結界は設置型ではなく移動型にして、纏う感じになるように設定。同時に身体強化の魔法も付加させておくか。
 これで移動しながら防御が出来る。後は・・・。

「ん?」

 そこで情報の容量が八割ぐらい埋まっている事に気がつく。容量には遊びも確保しておかないと、起動が難しかったり反応が鈍くなったり、最悪起動しなくなる。それに、素材の劣化による容量減少もあるので、その際に容量を超えてしまい自壊しないように気を付けないと。
 そう言う事もあり、容量いっぱいに詰め込むのは危険なのだ。なので、付加魔法において見極めが最も重要な要素と言われている。
 正直、空きが二割はギリギリ許容範囲といったところで、本当はもう一割は欲しいところだ。
 それでも素材の耐久性を上げているので、これに関しては直ぐに大きな問題とはならないだろう。

「さて」

 付加まで完了したがどうしようかな。このまま情報体として保管していてもいいが、試験も兼ねて自分で装着しておくか。
 足首に着けるのはとても簡単だった。外すのも問題ない。普段ボクは装身具を何もつけていないので、装着した感じに若干の違和感を覚えるが、これは慣れれば大丈夫だろう。金属が刺さって痛いとかはない。足首を動かすのにも支障はないみたいだし、今のところは合格だ。あとは機能の確認だけだな。
 魔力を通して組み込んだ魔法を起動してみると、結界が身体を包み込むようにして瞬時に起動する。結界の厚さや性能を確かめ、身体強化も問題なく発動している。あとは装身具の耐久性と自浄性能か。

「うーん」

 とりあえず視て確認後、土魔法でほんの僅かに汚してみたり、力を加えてみたりしてみるが、大丈夫そうだ。
 一通りの確認を終えると、魔力を切る。耐久性上昇と自浄性能以外も常時発動型にしてもいいが、結界は独自に常に張っているので、それはそれで邪魔だろう。それに常時発動型では、消耗を考え性能を下げなければならない。周囲の魔力を吸収するにも容量を確保しなければならないし。
 一応は満足として、確認を終える。あとはこの装着感に慣れないとな。
 しかし、防御魔法はあまり発動する機会が多くはないとはいえ、少し組み込み過ぎたかな? まぁいいか。
 確認を終えると寝る準備を始める。それが完了する頃になってレイペスが戻ってきた。
 そのままレイペスと軽く雑談を交わすと、ボクは先に就寝する。
 明日からはまた防壁上から見回りだ。東西の見回りが終われば学園に戻って休日か。学園に行ったらクリスタロスさんのところでプラタとシトリーに手伝ってもらって、創った魔法道具の防御性能の実験をしてみるかな。
 そう思いながらボクは眠りについた。





「ア”ア”ア”ア”ア”」

 無理矢理声を出している様な音が森の中に木霊する。
 それは最早亡者の類いであるかの様に、ふらふらと身体を揺らしながら、不明瞭な呻きを上げる。
 その姿からは、僅かでも自我があるのかさえ疑わしい。
 ただ動いているだけ、動くモノに反応するだけの亡者。
 それでいながら濃密な魔力を周囲に漂わせ、この世を呪っているかのような耳障りな音をまき散らす。

「ダ・・・ズ・・・・・・デ・・・・・・ゴ・・・・・・ジ・・・デ」

 不明瞭ながらも、時折言葉にも似た音が紛れる。しかし、周囲にそれを聞く者も居なければ、理解しようとする者も居ない。
 その事さえもう理解出来なくなっているそれは、それでも音を響かせ続ける。まるで誰かに聞かせるかのように、まるで誰かを呼ぶかのように。もしくは何かを呪うかのように。
 しかしそんなそれ自身も含め、周囲でそれが去るのを身を伏せて待っている者達も、それを追っている者達も誰も気がつかなかった。それが響かせているその声にもならない音がしっかりと届いている事に。そして、それに興味を持たれてしまった事に。





 慣れてしまえば時間というモノは本当に早く過ぎていくもので、東西の見回りを終えたボクは、現在学園に向かう列車の中に居た。
 同乗者が珍しく一パーティーの五人組が居たが、いつもより車両が一つ増えただけで部屋は個室である。その為に、個室なのに相変わらず同室者が四人居た。
 ボクの横にプラタ、膝の上にシトリー、向かいに小さくなったフェンとセルパンが行儀よく座っている。
 ボクに個室が宛がわれた車両には、もう一人が斜向(はすむ)かいに別の部屋を宛がわれているが、基本的に出歩きはしない。出歩いてもパーティーメンバーの方に行くだろう。それにボクの部屋は後方車両の最後部だ。用がなければ前も通らないし、同室の四人が人間の接近に気づかない訳がない。
 つまり見られる心配がないという事ではあるが、普段は他に人が居ないので、現状に少し緊張気味だ。北門から学園まで約一日掛かるからな。





 部屋で四人と会話をする。他愛のない話ではあるが、フェンとセルパンがたまにボクの影から離れた時に見てきた事を話してくれるのが新鮮であった。
 そんな風に会話をしていると、変な緊張も無くなってくる。

「そういえばプラタ、東門の方に変異種の攻撃がいってなかった?」
「はい。そちらの方は防いでおきました」
「そっか。ありがとう」
「勿体なき御言葉です」
「それでどんな状況だったか教えてくれる? 丁度ボクが目を離していた時でさ」
「畏まりました」

 プラタが話してくれるそれは、変異種が北の森へと引き返す少し前の話。
 ボクは未だに世界の眼を長時間継続して発動し続けるというのが上手く出来ない為に、時折休憩しながら監視していたのだが、その休息の合間にそれは起こったようだ。
 東の森を南下していた変異種は、とうとう東の森を支配する魔物の一角と遭遇した。
 ほとんど自我を失っていた変異種は、そのまま魔物へと攻撃を開始する。
 本来であれば勝負の形ぐらいにはなるはずの戦力差だったのだが、魔力にあてられ濃度の調整が出来なくなっていた変異種の魔法は、普段よりも格段に密度の高いモノとなっていた。それは即ち短期戦に特化したために、一発一発の魔法の威力が異様に高くなっているという事。
 東の森の魔物は、次々と放たれるそんな強力な魔法の攻撃を、剣先の様に先端を鋭角にした防御魔法の表面を滑らす事で軌道を逸らし、なんとか十数発防いでみせたが、それもすぐに崩されてしまう。
 変異種の強力な魔法攻撃に耐えられなくなった魔物の防御魔法は破られ、それでも止む事のない攻撃魔法が魔物の身体を次々と貫いていく。
 それから十発以上の魔法がその身に穿たれた魔物は、遂に消滅してしまった。
 しかしそれで話は終わらず、魔物がその身を挺して稼いだ時間で、とうとう魔族達を呼び寄せてしまう。
 その駆け付けた数名の魔族との戦闘により、変異種は負傷し、北の森へ撤退していった。どうやら戦闘体勢時の変異種の移動は意外と素早いらしい。
 とはいえ問題はそこではなく、魔物が変異種の魔法攻撃の軌道を逸らした先に人間界があったという事の方が問題で、軌道が逸れて人間界へと飛んでいった魔法の数は十にも満たなかったが、その全ての矛先が東門の北側の一角へと向いていた。
 飛翔してきたその魔法は大結界などなかったようにあっさりと破り、防壁に襲い掛かる。
 それを早々に察知した、東門を護っていた魔法使い達は急ぎ防御障壁を展開するも、その威力に絶望し、魔法が扱えない兵士は事態が把握できずに、飛んでくる魔法をただ呆然と眺めていた。
 そこに突然プラタが現れ、その魔法を正面から全て防いでみせたらしい。

「変異種の魔法は、プラタが姿をみせなければ防げなかったほどに強力だったの?」

 その事にボクは驚く。
 防御魔法は展開した者の身に近ければ近い程に強力になり、遠隔ではその分強度が落ちる。
 しかしプラタのような強者であれば、遠隔の防御魔法でもかなり強力なモノになるのだが、今回はわざわざ目の前で防いだという。ならば、軌道を逸らしたりではなく正面から防いだとはいえ、それだけ飛来してきた攻撃魔法に威力があったという事だろう。

「いえ。強力ではありましたが、姿を見せるほどではありませんでした。しかし、数発を同時に防がねばならなかったので、確実性を持って防ごうと姿を見せただけで御座います。・・・勝手な判断で申し訳御座いません」

 プラタが勝手に姿を現した事に対して謝罪してくる。

「別に気にしてないよ。護てくれてありがとう。それでも、プラタに遠隔での防御魔法ではもしかして、と思わせるぐらいには威力があったのか」
「はい。本当に僅かな可能性ではありましたが」

 ボクの言葉にプラタは頷く。僅かでも彼女にそう思わせたのだから大したものだ。
 防いでくれた事に感謝しつつ、そんな瞬間を見逃してしまい残念に思う。
 現在の変異種は北の森に居るが、逃げ切ったのだろうか。
 そんな事を少し考えつつ、プラタが姿を見せた事はまぁ問題ないだろうと思うことにした。
 それにしても、崩壊前の変異種というのは厄介なものだ。このまま放置していてもいいのだろうか。・・・うーん、どうしよう。
 考えはするが、答えは出ない。強制的に転移して倒してしまうというのも手ではあるが、崩壊も近いらしいし、それまで観察していた方がいい気もしている。

「そういえば、破られた大結界はどうなったの?」
「それでしたら、応急処置だけしておきました。後は少し時間を置けば自動で修復が行われますので、心配は要らないかと。修復の反応は鈍いですが、発生源となっている魔法道具が無事な限りは結界は元に戻ります。・・・これも限界まで拡げられているために完全ではありませんが」
「そうか。まぁたまに大結界に穴が開いてたりするもんね」
「はい。あれは限界ギリギリまで伸ばし過ぎた事により生じた弊害でありますね」

 各国で見つけ次第穴を塞いでいるようではあるが、いつどこで出来るか分からないので完全には塞ぎきれていない。奴隷売買の搬入口になっていたりもするので、そういう事であれば大結界を少し縮小すればいいのに・・・とは思うが、それは流石に無理な話か。
 とりあえず、この話はここまでにしておこう。これはボクではなく人間の権力者達が考えるべき案件であろうし。

しおり