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招待状4

 その五人の姿に気圧され気味に驚かされながら、ボクはどうしようかと頭を悩ます。
 流石に全力でやってしまったら魔法障壁も保たない上に色々と不味いのでやらないとしても、上を目にするというのは重要な事だ。心が折れないぐらいの加減は必要ではあるが。そうだな。

「じゃあ・・・少しだけなら」
「! ありがとうございます!!」

 ボクの返答に、五人はもう一度頭を深く下げる。

「それならそうだな・・・さっきと同じ魔法でいいですか?」
「はい!」
「それでは始めますので、少し下がっていて下さい」

 ボクは五人を下がらせると、雷の槍を発現させる。
 大きさは先程の中肉中背の少年に見せたのと同じではあるが、込めた魔力濃度が桁違いに濃い為に、直視できない程に青白く輝いている。裸眼では目が痛いが、その辺りは各自どうにかするだろう。それを瞬時に二本発現させた。

「ッ!!」

 それだけで背後で息を呑んだのが伝わってくるが、ボクは気にせず発現させたその二本の雷の槍を、刹那の間を空けて的目掛けて撃ち出す。
 二本の雷の槍は、まるで一本の槍であるかのように連続して的の中心を通り過ぎていく。
 それをそのまま操作して軌道を変えると、大きく円を描くようにして手元まで戻す。加減はしているけれど、密度がそこそこ高いので、そのまま魔法障壁にぶつけると危ないかもしれないからね。
 そして、手元に戻した二本の雷の槍を分解して安全に消失させた。

「ご満足頂けたでしょうか?」

 静まり返っている背後に振り返ると、見事な彫像が五つ出来ていた。

「ッ! は、はい! 素晴らしい魔法でした!!」

 我に返って動き出した中肉中背の少年が、反射的に元気よくそう返事をする。

「それならば良かったです」

 丁度良い加減というのは中々に難しいので、満足してもらえたのならばよかった。あの程度ではペリド姫達だったらそこまで驚かなさそうだし。

「あ、あの! どうすればそこまで凄い魔法が扱えるようになりますか?」

 背の低い少女が、おずおずと手を上げて尋ねてくる。

「魔力の制御と効率化をしっかり修得出来れば可能ですよ」
「あの放った魔法を動かすのもですか?」
「はい。魔力制御が出来ていれば魔法を操作するのも容易くなりますから」
「最後の魔法を消したのは分解ですか!?」
「はい。実験や練習で使用した魔法を何かにぶつけるのは危険が伴う場合がありますので、自分の魔法ぐらいは分解出来るようにしておいた方が良いですよ」
「分解は難しいのですが、どうやれば出来るようになりますか?」
「そうですね・・・そもそも分解というものは魔法に干渉して内から崩すものです。自分の魔法でしたら干渉自体が非常に容易ですので、まずは自分の魔法に触れてみるのがいいかもしれません」
「魔法に触れる、ですか?」
「はい。水球や土球のように安全な魔法で試してみて、魔法の魔力というモノが理解出来てきましたら、次は内から魔法に穴を開けるようにすれば魔法が崩れます。そこまで出来ましたら、後は触れずに干渉する事に移ります」
「触れずに干渉?」
「自分の器を通して自分の魔力とした魔力を、無系統の要領で体外に放出して魔法に触れさせるのです。こんな感じですね」

 そこでボクは目の前に手のひらに収まる大きさの水球を出し、分かりやすいように濃い目の魔力で干渉してその水球を分解する。

「今のは分かりやすくしましたが、干渉するにはそこまで濃度の高い魔力でなくとも大丈夫です。ここまで出来れば、自分の魔法の分解ぐらいは出来るようになるでしょう。威力の高い魔法などは少し難しいですが、今の延長なので、先程の動作に慣れていれば問題ありません。それに、そういった魔法にこそ分解が必要になってくるでしょう」
「勉強になりました! ありがとうございます!!」

 中肉中背の少年と共に、他の四人も頭を下げる。

「では、引き続き魔力制御と効率化に励んでください」
「「「「「はい!」」」」」

 綺麗に五人の声が重なった。

「それでは私は用事がありますので、ここで失礼いたしますね」
「また明日もご指導願えませんでしょうか?」
「時間が合えばこちらに伺いますが、約束はできません」
「はい。承知しております。その時はまたよろしくお願いいたします」

 五人が敬意の籠った礼をする。先程ので認められたという事だろうか? まぁどうでもいいことだけれど。

「それでは」

 そう言うと、ボクは会釈して訓練所を後にした。
 それにしても、隠しても分かる人には判ってしまうのはどうにかしないとな。
 レイペスといい、あの中肉中背の少年といい、そもそも何故ばれたのだろうか? 魔力は漏れないように細心の注意を払っているし、内包魔力も欺騙魔法で一般的な新入生相当ぐらいに誤魔化しているんだけれどもな・・・何でだろう?
 ボクがその事に頭を悩ませていると、自室がある寮に到着した。
 時刻は昼過ぎで、夕方というには少しだけ早いぐらいの時間だった。思ったよりも時間を使って指導していたみたいだ。やはり熱心に上を目指して切磋する者はつい応援したくなる。
 昨夜あれだけ言われたのだ、ボクも彼らの様に頑張らないと兄さんに合わす顔がないもんな。
 自室に戻ると、プラタとシトリーに出迎えられた。
 それに返事をして室内に入ると、二人に留守番を頼んで、天使語を習う為にクリスタロスさんが生活している二番目のダンジョンの奥地へと転移する。
 ボクが転移すると、いつも通りにクリスタロスさんが出迎えてくれた。
 それに挨拶を返して天使語を習いたい旨を伝えると、クリスタロスさんは直ぐに了承してくれる。
 そのままクリスタロスさんの案内で場所を移す。
 プラタとシトリーを置いてきたのは、クリスタロスさんが二人をまだ信用していないからだが、いつか信用してもらいたいなとは思っている。しかし、何やら種族間の溝が深いようなのでそう簡単にはいかないだろうが。

「今、お茶の用意をしますね」

 クリスタロスさんの部屋に到着すると、そう言ってクリスタロスさんは奥の部屋に姿を消した。その間にボクはいつもの席に腰掛ける。
 そのまま暫く待つと、クリスタロスさんが温かいお茶を持ってきてくれた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 目の前に置かれたお茶に対して礼を言うと、向かいに腰掛けたクリスタロスさんとまずは軽い雑談から入る。
 それが終わると、早速天使語を習い始めた。
 今回は少し来るのが遅かった為に時間が短いので、その分いつも以上に集中して学ばないとな。
 そう意気込むと、クリスタロスさんの語学の授業が始まった。
 途中で短い休憩を数回挿みつつ、語学の授業は日付が変わる前まで続いた。天使達が扱う言葉は相変わらず難解な言語ではあったが、前回よりはそこそこ進歩出来たと思う。
 天使語を習った後、クリスタロスさんと少し歓談をしてから、ボクは自室に戻った。

「御帰りなさいませご主人様」
「おっかえりー! ジュライ様!」

 戻ったボクをプラタとシトリーが迎えてくれる。
 それに言葉を返しつつ、抱き着いてきたシトリーの頭を軽く撫でて離れるのを待つと、ボクは就寝の準備を行う。

「何か変わった事はあった?」

 床に敷いたマットの上に座ると、プラタに問い掛ける。

「特には何も」
「そっか」

 それに安堵して頷くと、ボクはマットの上に横になる。相変わらずマットは硬いが、寝る分には問題ない。
 一応ボクも変異種の様子ぐらいは確認するが、少し前に東の森に入ったぐらいで特筆すべき変化はなかった。東の森の魔物達も今は変異種から距離を置いているようだしな。
 その確認を終えると、ボクは目を瞑る。そういえば、兄さんに習った魔力効率を試せなかったな。





「ふむ。どうやら何処かに穴が開いているのかもしれないな」

 ボクの目の前で兄さんが思案げに呟く。

「君が戻ったら調べておこう」

 今日も例の草原に迷い込んだボクに、兄さんは目を向ける。

「それで、もう戻るかい?」
「え?」
「別に朝になるまでここに居る必要はない。覚醒せずとも意識を外へと戻せるからね」
「そ、そうなの?」
「ああ。本来夢を見ているはずの時間にここへと迷い込んでいるだけだからね」

 そう言って兄さんは周囲を見渡す。それを終えると、ボクの方に視線を戻した。

「それで、どうする?」

 ジッとボクの目を見て問い掛ける兄さんに、ボクは僅かに思案する。兄さんの提案に乗って今すぐ戻ってもいいのだが、何故かは知らないがこの空間は魔法が使えるので、練習にはもってこいなのだ。

「少し、ここで訓練してもいい?」

 なので、恐る恐る兄さんにそう確認する。

「好きにすればいい。朝になるか満足したら戻してあげよう」
「ありがとう!」

 兄さんに礼を言うと、ボクは早速魔法の訓練を行うべく場所を移動する。いくら内側の世界だとしても、魔法障壁は張っていた方がいいだろうな。
 ボクがそうして区切られた広い空間を確保していると、兄さんがボクに背を向けて離れていく。それが気になったボクは、準備を進めながらも目の端で兄さんのその背を追う。
 魔法障壁の準備が終わっても、まだ兄さんは離れていく。そのまま観察していると、大分離れたところで立ち止まったと思った瞬間、兄さんが二人になった。

「は!?」

 それについ驚きの声が口を衝いて出る。まるで分裂でもしたように見えたけれど・・・。
 そのまま観察を続けていると、百メートルほどの距離を置いて対峙した二人の兄さんは、何処からともなくそれぞれが剣を取り出し掴むと、一足でその距離を詰めてぶつかり合う。

「・・・凄い」

 遠く離れた場所から見ているのに、目で追う事が困難な高速のぶつかり合い。音が遅れて届いている様に聞こえるそのぶつかり合いは、互いが互いを殺すつもりでいるような気迫を感じる。
 その圧巻の戦闘に対する感想は無数に浮かんでくるが、しかし言葉に出来たのはそんなありふれた単純な言葉だけ。それもそう言葉にした数瞬は、自分が紡いだ言葉だとは気づかなかったほどに自然と零れていた。
 その戦闘に華やかさは全くなく、ただ金属同士がぶつかる音と風切り音、そして地を蹴る音が微かにするだけの地味な戦い。それも静寂の世界だからこそ聞こえてきたのだろうが、呼吸音までは流石に聞こえてこない。

「・・・・・・」

 そんな光景に見惚れていたボクは、いつの間にかそれに惹かれるようにフラフラとそちらへと足を動かしていた。
 そのまま兄さん達に近づき、邪魔にならなそうなギリギリの部分で立ち止まる。目の前で繰り広げられているそれは、息をするのも忘れるほどに圧巻な光景であった。
 近づいたことで縦横無尽に移動する兄さん達の姿を目で追うのがより困難になったものの、感じる空気は凄まじく、まるで熱波が暴風となって吹き付けているかのような圧迫感があり、喉が渇いた気がして思わず唾を飲み込む。
 ガンガンという重量のある物同士がぶつかる音もするものの、それよりもブンという重々しい風切り音が連続して聞こえてくる。しかし、近づいてみても、やはり呼吸音までは聞こえてこない。
 草を踏む音もあるのだが、兄さん達が速すぎて音と揺れる草しか残っていない。それにしても、長い間空中で戦っている様な気もするのだが?
 とはいえ、近くに居るだけで感じる圧力が凄すぎるので、退屈はしない。しかし本当に魔法の反応がほとんどしないのだが、どうやっているのだろうか。
 そんな次元の相違をまざまざと見せつけられている様な目の前の光景ではあったが、程なくしてその戦闘も終了する。
 片方の兄さんが、もう片方の兄さんの脇腹から斜線上の肩口辺りまで斬り上げて二つに切り裂いたのだ。
 それにより斬られた方の兄さんは、幻覚であったかのように霧散した。それにしても、何か剣に付加されていたのだろうか、凄い切れ味だったな。そして、あれだけ動いて息が全く乱れていない。汗さえかいてないように見えるし。

「・・・・・・」
「訓練はどうしたの?」

 その一連の戦闘に見惚れていたボクに、兄さんが目だけを向けて問い掛けてくる。

「い、今からするよ。それにしても凄い戦いだったね。あれは何していたの?」
「戦闘訓練だよ。落ちこぼれの僕は鍛え続けなければ何も出来ないからね」
「兄さんは落ちこぼれではないと思うけれど、それよりも、兄さんは何かしたい事があるの?」
「何も無いね。己を護るだけで手一杯さ」
「そんな事は――」

 ないと続けようとして、何故だか分からないが兄さんの視線に思わず口を閉じてしまった。

「君もさっさと訓練を開始した方がいい。もうそんなに滞在時間は無いよ」

 兄さんのその言葉で時間が限られていたことを思い出し、ボクは急いで魔法障壁を張った場所まで戻り魔法訓練を開始する。
 行うのは前日に兄さんに習った魔法の行程の一元化。魔力の収集と同時に魔力を加工しながら魔法を創造するという離れ業だが、出来るようになれば魔法の発現までの時間を大幅に短縮出来、尚且つ魔力効率も上げる事が可能になる。ただし、やはり離れ業なので、それ相応の難易度があるのだが。
 これは事前にやり方を聞かされていても容易ではない。

「・・・・・・」

 その難しさにボクが悪戦苦闘していると、今度は兄さんが先程戦闘訓練を行っていた場所からボクの方に目を向けているのに気がつく。
 観察するような、というよりも全てを見透かすような感じのその目に、少し居心地が悪く感じるが、今は目の前の難題に集中せねばなるまい。
 とりあえず一つずつこなしていこう。
 まず、ボクは魔力を外部から取り入れずとも大丈夫なので、外から取り入れる行程を試すのは後回しにしよう。
 それにしても、器に魔力を通すと同時に魔法を創造するというのは意外と難しい。行程に一切の隙間がないので集中力が必要である。
 一緒に魔力の無駄も無くしていかなければならないので大変だ。しかし、実は兄さんにその先についても聞かされているのだが、これがまた訊いても意味が分からなかった。魔力を収集して器を通さずに属性加工を施しながら同時に魔法創造を行うという、思い出しても謎な方法であった。
 それも机上の空論ではなく、実際に兄さんがやっていたので実在はするみたい。
 まぁそんな遥か高みの存在の事は置いておいても、今できる高さの事に集中しよう。

「・・・・・・」

 そうして試行錯誤していると、兄さんが近づいてくる。
 近くに来たところで手を止めると、ボクはそちらの方に顔を向けた。

「そろそろ戻る時間だよ」
「もうそんな時間か。集中しているとあっという間に時間は過ぎるね」
「戻すよ、いい?」
「お願い」

 兄さんの言葉に頷くと、そこでボクの意識は遠退いていく。その間際。

「何か僕に伝えたい事があれば内に呼びかければ一応は届くようにしておくよ」

 そんな事を兄さんが伝えてきた。





 ジュライが世界を去った瞬間、まるで電気が落ちたかのように、一瞬で真っ暗な世界に切り替わる。
 そんな暗黒な世界でも、オーガストは全く気にする事なく世界を歩く。

「さて、世界を修復するかな」

 既に破損個所に目処を付けていたオーガストは、真っすぐそこに向かう。

「僕自身の時もだが、あれの影響で歪みが酷いな。直すのも一苦労だ」

 世界を修復しながら、オーガストは少し考えるように呟いた。

「いっそ全てをやり直すか?」

 オーガストのそれは文字通りに世界の全てを創り直すという神の領域ともいえる発想ではあったが、オーガストにはそれが可能なだけの力があった。

「・・・いや、面倒だ。それに、何でもできるからと言って何でもしていいという訳ではないだろう・・・多分。だから今は点検と修復だけしておこう」

 世界の修復を終えたオーガストは、移動する時間が勿体ないとばかりにその場に腰を下ろす。

「点検と修復を終えたらまた己を鍛えなければな。弱ければ自分を護る事も叶わないのだから」

 それは幼い頃からオーガストが抱いている指針の一つであった。





「んう」

 目を覚ますと朝であった。
 まだ薄っすらと明るいが、既に太陽は昇りはじめているようだ。

「御早う御座います。ご主人様」
「おはようプラタ」

 隣で横になっているプラタに挨拶をすると、引っ付いているシトリーを剥がしにかかる。しかしこれ、本格的に暑い季節になったら大変かもな。

「ん、んん」
「おはようシトリー」
「んぁ・・・おはよう! ジュライ様!」

 引き剥がす途中で目を覚ましたシトリーと挨拶を済ませると、三人一緒に上体を起こした。
 起き上がり、朝の支度を始める。その間に今日の予定を考える。午前中は授業としても、午後はどうしようかな。
 また指導をするか、天使語を学ぶか、訓練をするかあたりだろうか。図書館には用がないしな。

「・・・・・・うーん」

 明日には北門に戻るからな、最後にもう一度ぐらい指導しようかな。何事も経験だろうし。
 支度を終えたボクは、プラタとシトリーの声を背に自室を後にする。そのまま食堂に寄ってから教室に向かった。
 教室で授業が始まるのを待っている間、少し考える。昨夜の夢? の事を。
 兄さんは本当に違う世界を生きている人であった。それにしても、何故外に出てこないのだろうか? もう兄さんの記憶の大部分がかなり薄れてしまったので分からないが。あれだけの高みに辿り着いた人だ、望むままに全てを手に出来るだろうに。

「あれで自分の事を弱いと評するんだもんな」

 強い弱いなんて次元を超越した存在なのに、謙遜ではなく本心から己を弱いと言い切る兄さんの幼い頃がふと気になる。

「望まれたのはボクの方、か」

 ボクは家族を両親と兄弟しか知らない。それも全てでは無いが、兄さんを引き取るはずだった祖父とはどんな人物なのだろうか? そんな事が気になってくる。
 しかしその思考も、始業の鐘と共に入ってきたバンガローズ教諭によって中断することになる。・・・ああ、そういえば、制服の色について聞こうと思っていたんだったっけ? 今ふっと思い出したが、すっかり忘れていた。
 それから今回の学園滞在中最後の授業を昼前まで受けた後、授業を終えて出ていこうとするバンガローズ教諭を引き留める

「な、なんでしょうか?」

 相変わらず授業以外ではおどおどとしているバンガローズ教諭ではあったが、初めて会った時よりは多少はマシになった気がする。

「一つお聞きしたい事があるのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」
「え、ええ。す、少しでしたら」

 バンガローズ教諭に許可をもらったので、礼を言って制服の色と西門にいた兵士の軍服の色が違う事を、北門で感じた事を伝えたうえで質問してみた。
 それに対するバンガローズ教諭の答えは至極単純なモノであった。

「そ、それは偶然です」
「偶然?」

 その答えに、ボクはどういうことかと首を傾げる。

「は、はい。そもそもせ、制服の色に国はか、関係ありません。で、ですから、ジーニアス魔法学園の制服の色とぐ、軍服の色が違っても、も、問題ないのです」
「なるほど」

 国によって決まった色があるという訳ではないのか。

「し、質問は以上ですか?」
「はい。ありがとうございました」

 ボクはバンガローズ教諭に感謝を込めてお辞儀をする。

「そ、それでは」

 そう言うと、バンガローズ教諭はそそくさと教室を後にした。
 バンガローズ教諭の背を見送ると、ボクも教室を出て食堂へと向かう。質問している内に時間が経ってもう昼ではあったが、それでも少しだけ早かったようで、食堂はまだ空いていた。
 込みだす前に昼食を直ぐに終わらせると、訓練所に向かう。
 昨日までより少し時間が遅い為に、訓練所にはぱらぱらと人の姿が散見できた。その中に五人の姿があったが、ちゃんと訓練していたようで、昨日よりも確実に成長していた。周囲の一年生より明らかに頭一つ抜けている。
 それを確認すると、魔法訓練区画の五人に近づき声を掛けた。

「あ、こんにちは。本日もよろしくお願いします」

 訓練を中断してボクに頭を下げた中肉中背の少年に続き、四人も訓練の手を止めてボクに頭を下げる。
 五人との挨拶が済むと、ボク達は魔法訓練区画の個室へと場所を移した。
 個室に入ると、先程目にした魔法の感想と改善点を伝える。成長が著しい者には次の段階の訓練法を伝えていく。
 それを受けて各自魔法の訓練を再開させる。
 それにしても、一年生は本当に直ぐに成長するな。それとも彼らが素直に受け入れて訓練するからだろうか? やはり先に人が居るというのはいいものだ。

「・・・・・・」

 ボクはまだプラタやシトリーという背中があるが、兄さんは一体何をみて訓練しているのだろうか? そして何故ああも激しい訓練をしているのだろうか? 自分を弱いと評する事と何か関係があるのかな?
 ボクは何故だかそれが妙に引っかかり、五人の様子に目を向けながらも、頭の片隅で思案する。それはきっと大事な事のような気がするが、どれだけ考えてもボクは自分が何について気になっているのかが分からなかった。





 そこは何処までも暗い完全なる闇の世界。普段は音も匂いも何も存在しない為に、常人であれば確実に発狂してしまう世界。しかし、今回はそこに一つの小さな光球がゆっくり円を描くようにふよふよと浮かんでいた。
 その光球が何かに反応するかのように明滅しながらゆっくりと回っている中心には、一人の少年が居た。

「そうだね。随分と久し振りだ」

 誰の声もしないその空間に、少年の声だけが小さく響く。

「ん? ああ、勿論元気だとも。感覚などの狂いも正したからね」
「――――――」
「今は彼の好きにさせればいいさ。僕は力をつけなければならないからね」
「――――――」
「そう遠くないうちに超越者達がこの世界に降り立つからさ」
「――――――」
「ああそういえば、君達はあれを落とし子と呼んでいたか」
「――――――」
「知っているとも。それを理解したから先に進めた」
「――――――」
「この力さ。これは本来僕なんかが持っていては・・・いや、知るはずの無かった力だからね」
「――――――」
「知っているかい? この世界の神は二人なんかではない」
「――――――」
「そもそもこの世界の成り立ちから見ていたものは誰も居ないだろう? 彼女も途中からの参加だし、君達はもっと後から参加している」
「――――――」
「それは知る必要はないし、知ったところで意味がない。それよりも今は超越者、落とし子達の方を心配した方がいい」
「――――――」
「本格的なのはまだまだ先だ。しかし、少数であれば既にこの世界に存在している」
「――――――」
「おかしいとは思わなかったか? 今の世界には実力者があまりにも集まりすぎている。例えば、人間はあんなにも実力者が多かったかな? ある世代から突然増えすぎだとは思わないか?」
「――――――」
「そういう事だ。だが、あれはまだ放っておいてもいいだろう。肝心なのは、後から文字通り光臨してくる方だ。あれらは僕でも少々予測がつかない」
「――――――」
「既に招待状は用意されているんだ、配られれば落とし子達はこれからも少しずつ増えていくよ。機は熟したというやつか・・・いや、そもそも本当にこの世界に過去何てあったのかな?」
「――――――」
「何でもないよ。とにかく、落とし子は強い。正確には伸び代が途轍もなくあるだが」
「――――――」
「さぁ? 明確な目的は決まっていないが、落とし子に対抗できる存在が居てもいいだろう?」
「――――――」
「ああ。だけれど、彼にだって十分その素質は在る。だが、今のままではまだ足りないというだけだ」
「――――――」
「そうだな、時機を見て身体を与えてもいいな。眼鏡にかなえば、だけれども」
「――――――」
「それは決めていない」
「――――――」
「そうか」
「――――――」
「・・・・・・」

 それきり少年は口を閉ざす。しかし、少年の周りを飛ぶ光球はいつまでも少年の傍でゆっくりとした速度で飛んでいる。その光はとても温かなものであった。





 夕方になり、最終日という事で、ボクは五人に少し長く指導を行っていた。

「本日はありがとうございました。また明日ですが――」

 中肉中背の少年の言葉に、ボクは明日の朝には北門に向かう事を伝える。

「そうでしたか。もっと教わりたかったのですが、そういう事でしたらしょうがありませんね。今日までご指導ありがとうございました!」

 中肉中背の少年が感謝の言葉と共に、深々とボクに敬意と感謝の籠った礼をする。後ろの四人も「ありがとうございました」 と感謝を口にして深く頭を下げた。

「皆さんならまだまだ十分強くなれますので、これからも訓練頑張ってください」
「はい!!」

 その返事を聞いて、ボクは訓練所を後にする。しかしながら驚く程急速に成長していく五人だったな。今ならペリド姫達の誰か一人とあの五人でいい勝負が出来るかもしれない。
 そう考えると、やはりペリド姫達は本当に強かったのだな。あれでまだ成長を始めたばかりなのだから恐ろしいものだ。
 日暮れ直前の薄暗い道を寮目指して進む。ボクもうかうかしていたら直ぐに追い越されていくだろう。おちおち歩みを止める事も出来やしない。
 そのまま寮に到着して自室に戻る。プラタとシトリーに出迎えられて室内に入ると、着替えを済ませた。
 それから寝る支度を先に済ませて、マットの上に座って頭の中で兄さんから教わった効率化の訓練を行う。
 実際に身体を動かす訳でも、魔法を創造する訳ではないが、元々魔法は理論通りにやればそれなりに出来る代物だ、実戦ばかりが成長に必要なモノではない。
 日暮れからそれを始め、真夜中まで続けた。少しは様になったと思うが、如何せんボクが知る限り兄さん以外に同じことが出来る者が居ないので、成長出来ているのかが分かりにくい。
 心の中で話し掛ければ兄さんと会話できるようになったらしいし、今日の所はもう寝る事にしよう。明日は朝から列車の中なので、そこで訊けばいいや。
 ボクはマットの上で横になると、プラタとシトリーに「おやすみ」 と言って眠りについた。





 翌朝。目が覚めたボクは、プラタとシトリーに挨拶をして朝の支度を済ませると、直接駅舎へと向かう事にする。
 朝の静謐な空気を肌で感じつつ、一人でジーニアス魔法学園を後にすると、程なく駅舎に到着した。
 駅舎には珍しく生徒が沢山居たが、全員二年生であった。目が合ったので、その二十人以上の団体さんに軽く挨拶をしてから、離れた場所に設置されている長椅子に腰掛けて列車を待つ。
 賑やかな駅舎で暫く待っていると、列車がやってくる。どうやらボクの方の列車が先に着いたようだ。
 それに一人で乗車して個室に入ると、やはりプラタとシトリーが先回りしていた。
 ボクが乗って少しして列車が動き出す。
 約一日の列車旅ではあるが、隣と膝上に同乗者が居るので退屈はしないだろう。
 折角なので、更に小型化してもらったフェンとセルパンも影から出して、五人旅とする。
 四人と雑談を交わしながら列車の旅を楽しむと、念の為にセルパンと五感共有を試してみる。その結果は上々で、フェンと同じように五感を共有できた。やはり魔物だからか、普通のヘビとは違うようだ。
 そういえば、噂で聞いた創造した魔物越しの会話って出来るのだろうか? もしかして味覚の共有ってそっちに使うのかな? まぁとりあえず味覚はまだ確認して無いから、今度共有してから何か食べてもらうとしよう。
 途中でそんな確認を挿みはしたが、雑談を続ける。主にプラタとシトリーによる人間界の外の話だったが、楽しい時間であった。フェンとセルパンはずっとボクの影の中だから、同じ風景しか見てないもんな。そう考えると、二人にも自由に世界を見て回らせた方がいいだろう。
 そんな話を二人にすると渋られたが、世界を見てボクに色々教えてよと言うと、承諾してくれた。ただし、常にどちらかはボクの影の中で待機していると言われたが、それはありがたいので問題ない。これで、フェンとセルパンとの会話にも困らないだろう。正直常に一緒なので、会話しても話題が少なくてどうしようかと思っていたところだったから。
 そうしていると、すっかり外が暗くなっていた。
 ボクは少し寝ておこうと思い、四人に一言断ってから、真横の壁へと上体を少し傾けて座ったまま眠りについた。





 それから日が昇りはじめた頃に目を覚ます。
 目を覚まして少ししたら列車が速度を落とし始めたので、丁度いい時間に目が覚めたのだろう。
 列車が速度を落とし始めたら、プラタとシトリーがボクに挨拶をしてどこかへと消えていった。そのすぐ後にフェンとセルパンもボクの影の中に入っていく。
 ボクが室内に独りになったところで、列車が北門近くの駅舎に到着した。そういえば、兄さんに訊くの忘れてた・・・まぁいいか。
 そう思いつつ駅舎に降りてから北門の駐屯地に移動し、自室に戻ると、部屋に居たレイペスが「おかえり」 と迎えてくれる。
 それに挨拶を返して自分のベッドに移動すると、そこに一通の封書が置かれていた。

「ああ、それは昨日届いていたよ」

 それに気づいたボクに、レイペスがそう教えてくれる。
 駐屯地にボク宛ての物が届くとは珍しい事があるものだと思いながら、ボクはその封書を手に取る。それは横に長い封書であった。
 表には何も書かれていなかったので、裏返して差出人が書かれていないかと確認するも、裏にはボクの名前しか書かれていない。
 よくこれだけで届いたものだと思いながら、念のためと何も仕掛けがない事を確認だけしてから封を開ける。
 中には折りたたまれた一通の手紙と、外側の封書より一回り小さな封書が入っていた。
 ボクはベッドに腰掛け、まずはその手紙を広げると目を通していく。

「・・・うわぁ」

 その手紙の内容に、ボクは思わずそんな声を出してしまう。どうやら差出人はジャニュ姉さんだったようだ。
 とりあえず一度手紙を横に置いて、もう一つの封書を開封する。その中には、手紙に書かれていたジャニュ姉さんの息子であるパトリックのお披露目会の招待状が入っていた。開催日は今日から約二ヵ月先らしい。
 それを確認してもう一度手紙を手に取り、それに書かれている内容に改めて目を通す。

「・・・面倒くさいな」

 その手紙の内容は、お決まりのちょっとした挨拶から入り、同封しているのがお披露目会の招待状である事と共に、出席者の名簿に既にボクの名前を書いておいたので、必ず出席するようにと執拗に書かれていた。気持ちその部分の文字が他よりも太く濃い気がするのは感情の成せる業だろうか? そうであってほしいものだが。そして、末尾の方に楽しみにしていると書かれていた。この楽しみにしているが何を楽しみにしているかは、ボクというより兄さんの記憶を持っていれば容易に想像がついた。

「大丈夫?」

 目元を覆うように顔を押さえていたので、レイペスに心配された。

「う、うん。大丈夫だよ」

 そう返して、少しぎこちなく笑う。
 流石にそれで大丈夫だとは思わないようで、変わらず心配そうな顔をされる。
 しかし、「姉が面倒くさいんです」 などと言ってもしょうがないので、「本当に大丈夫だよ」 と手振り付きでレイペスに返してから手紙と招待状を元の封書に戻すと、枕元にそれを置くようにみせかけてレイペスの視界をさりげなく遮って、体内に収納した。
 それにしても、貴族様のお披露目会などという煌びやかそうな場所に何を着ていけと? 手紙にはジーニアス魔法学園の制服でいいと書いてあったが、本当に良いのだろうか? というか、出席しないというのも手な訳で・・・うん、そうしよう。強制はいけないよな!
 そう決めると、ボクは開き直ってその事を忘れる事にした。それに今日は休日なのだ、朝から落ち込んでいてもしょうがない。さ、着替えて外出でもしようかな。





 着替えを済ませて宿舎を出ると、駐屯地の外に出る。
 北門の近くにも街は存在するが、西門街ほど大きくはない。それでもボクが住んでいた町より確実に大きいのは間違いないだろう。
 特に予定は組んでいなかったので、駐屯地を出てからどうしようかと少し考えてから、街を目指す事にした。
 北門から最寄りの街まで徒歩で大体一二時間は掛かる。
 クロック王国はあまり防壁近くに人が住んでいないが、代わりに山や畑などの緑が多い。これは大結界の外とは対照的だ。
 それでも道だけはしっかり舗装された立派な道が通っているので、通行に不便はない。一度遠くで馬に乗っている人を見かけたが、ここでもフェンに乗れたらいいのにな。
 牧歌的とでも言えばいいのか、そんな自然の中をのんびりと歩く。
 人通りはほとんど無いので気楽なものだ。時間もまだ昼にもなっていない。
 暫くそうして歩いていると、遠くに街が見えてくる。
 西門街の様に高い防壁に囲まれているという事は無く、平地にそのまま街が出来ている感じだ。
 この街に関してはあまり詳しく調べてないのでよくわからないが、そこそこ大きい街なので色々と店はあるだろう。
 そのまま街道を歩き、街の中に入っていく。
 入る際に身分証の提示などはなかった。まぁ門など無いから門番のような人も居なかったし。
 街は平屋か二階建てしかないようで、高い建物は存在していない。道は舗装されていて、ゴミの無い綺麗な道だ。
 目抜き通りと思われる目の前の道は広く、両側には建物が整然と建ち並ぶ。道の途中には真ん中に木が一本生えていて木陰をつくっている。その木の周囲には、木を囲むように三つの長椅子が三角形状に置かれている。
 そんな休憩所が一定の感覚で置かれているが、代わりに広場のようなモノは見受けられない。もしかしたら街の奥にでも在るのだろうか?
 とりあえず通りを歩くことにする。
 人の数はそこそこあるものの、窮屈に感じるほどではない。すれ違う人達が着ている服はゆったりとしたものが多い気がする。
 通りに面している店の中には、店先に花を植えている所もあるが、花のあまやかな匂いは薄く、かといって防壁上で感じるような土のにおいなんかもほとんどしてこない。無臭という訳ではないが、街の外と違って自然の匂いが希薄な感じであった。
 それに防壁の内外同様に、街の内側と外側でも極端だなと感想を抱きつつも、周囲を見て回る。
 途中で見つけた書店に寄ってみたり、たまには外食もいいかと喫茶店で軽食をつまんでみたりと、珍しく普通の休日らしいことを堪能しつつ、街を巡る。
 それにしても、こういう所でならプラタとシトリーと一緒に居ても大丈夫なような気もする。一応今の二人は人間と同じ見た目だし。プラタは瞬きが出来ない事だけが不自然だが、すれ違う程度では何の問題もないし、何だったら幻覚でそこを補えば何の問題もないだろう。
 三人で街を回る姿を想像して、それも悪くないかもしれないと思った。機会があれば試してみようかな。
 まぁそういう事は一旦脇に置いておくとしてだ、どうもクロック王国の民というのは赤髪の英雄様がお好きなようで、書店には関連書籍が結構あり、喫茶店では話題にしている人が居たり、しまいにはお土産品にもなっていた。流石に銅像までは見かけなかったが、店に飾られていた肖像画なら見かけた。それが何だか無性に恥ずかしかった為に、外から眺めるだけで店の中に入ろうと思えなくなったほどだ。
 それでも折角来たので、夕方前まで街を見て回ってから、駐屯地へと戻る。
 帰りの途中ですっかり赤の世界になりはしたが、それはそれで視覚的に楽しめたのでよかった。
 日暮れ頃に駐屯地に戻ると、さっさと自室に戻る。
 部屋にレイペスは居なかったものの、直ぐに帰ってくるだろう。時間的に、もしかしたら食堂かもしれない。
 ボクはお風呂に入ろうと部屋を出る。
 この宿舎にも個室のお風呂はあるものの、利用者は多くない。やはりお湯を自前で用意しなければいけないのが大変なのだろう。
 魔法使いでも、わざわざそれに魔法を使って消耗したくはないのかもしれない。お湯を創り出すのはそんなに難しくないはずなので、用意出来ないという事はないだろうし。まぁ大浴場のお湯を張るぐらいに大量にお湯を創り出すというのであれば話は変わってくるが、個人で身体を流す程度ならばそこまで必要ないだろう。
 脱衣所に着くと、誰も居なかったので浴場まで移動しながら、服を浄化しながら収納する。本当にこれは楽でいい。
 浴場に入ると、浴槽に湯を張ってから身体を流す。その後に湯に浸かる。そうすると、落ち着いて考え事が出来る。
 それにしても、あの街での愛されよう、ジャニュ姉さんは頑張っているようだ。それでも会いたいとは思わないけれど。
 明日からはまた警固任務ではあるが、討伐の方はまだ時間が必要だな。変異種の方に眼を向けてみると、東の森に少し入った場所で止まっていた。どうしたのかと変異種の周囲に眼を向けると、遠巻きに魔物と少数の魔族のような反応が確認出来た。睨み合いでもしているのだろうか?
 とりあえず大きな変化はなかったので、それを意識の隅に追いやり、他の事に思考を切り換える。
 それからもあれやこれやと考え、湯から出る。
 浴場の後始末をして、身体の水気を取ってから着替えを終えると、部屋に戻る。その頃にはレイペスも部屋に戻っていた。
 それからはレイペスと軽い雑談をしてから、その日は就寝した。

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