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第6話  騎士様の悪癖 後編

あの変わった騎士様がやってきてしばらくの事です。
街の中心部にお偉様方からお触れが出されました。
あの領主館での騒ぎは、隣国の暗殺者の手によるもの……との事です。


良かった、本当に良かった。
おかげでここ最近の私は暗い妄想しかできませんでした。
やれ牢獄で孤独死している私やら、やれ絞首刑や火あぶりにされている私やら。
もう何十人の私が儚く天に昇ったかわかりません。
でもそれらは全て妄想であって、現実ではお咎めナシなのですから、それで良しとしましょう。


お触れが出たという事は調査も終わったという事でしょう。
そうするとあのエリオットという変な騎士様もお帰りになるのでしょう。
それも安心ポイントの一つです。
あの人は何の用事もないのに、毎日ギルドにやってきてはウロウロするんです。
ほんと仕事の邪魔だから止めて欲しいです。


いや、誰かが邪魔できるほどの仕事量じゃないですけども。
むしろここ最近は依頼も落ち着いていて、暇の塊みたいな感じでしたけど。
でも、それとこれは別なのです!
皆さんも暇な受付嬢を見かけても、ちょっかい出しちゃダメですからね?
雑談したいなら酒場にでも行って、オネーチャンをひっかけたらいいんです!


「アリシア、居るんだろう? 外に出てきてくれないか!」


あーー、例の甘ったるぅい声が私を呼び出してます。
なんかその背後から黄色い歓声も上がってますし。
『キャァー!エリオット様ぁーん』みたいな真っ黄色な声援が。


なんでわざわざ私にすり寄るんでしょうか。
周りにたくさんお嬢ちゃんが居るじゃないですか。
その子らに心ゆくまで相手してもらえばいいのに。
何はともあれ籠城する意味もなさそうなので、観念した私はギルドから出ました。


「アリシア、出てきてくれてありがとう」
「はぁ。エリオット様、ご用件は?」
「知っているだろうが、私は調査が終わってしまってね。これから王都に戻らなくてはならないんだ」
「そうですか、そうでしょうね」
「このまま別れるには実に忍びない、そこで一つ提案があるんだ」
「提案、ですか」


なんつーか、すっごい嫌な予感がするんですけど。
この威圧感や不快感は、例のエロ領主に匹敵するモノがあります。
見た感じ、美男子とヒキガエルくらいの違いがあるんですけどね。


「キミを八聖女の一人として迎えたい! 私の身の回りの世話を出来る権利を与えてあげようじゃないか!」
「八聖女、ですか?」
「そうさ、これは誰にでも出来ることじゃない。キミは数多の女性の中から選ばれた存在なんだ。」


八聖女の名が出た途端、周りの女性陣が一斉に歓声をあげました。
中には私に対するやっかみが混じってますね。
聞いたことないけど、そんなすごい肩書きなんですか?
だったら私の聞くべき事は自ずと決まります。


「エリオット様、少々お聞きしたいのですが」
「どうぞ、なんなりと」
「八聖女とは、どのようなお務めなのですか?」
「私の側で、日夜私の世話をするのが務めだよ」


それはさっき聞きました。
もう少し具体的に話してくれる事を期待したんですが。
まぁ、業務内容はそんな感じ、と。


「そうですか、では給金はいくらでしょう?」
「きゅ、給金?」
「そうです、1日当たりでも1週当たりでも構いません。おいくらでしょうか?」
「い、いや決まった給料はなく……欲しいときに私がその分を」
「そうですか、無給なのですね。ではこの話は無かったことに」
「あ、アリシア! 待ってくれ!」
「私は業務がありますので、ここで失礼します」
「アリシアーッ!」


バタン。


あーーーーーめんどくさっ。
もう、何ですか一体!
ヘッドハントみたいなコト言うから話聞いてみたら、無給ってなんですか!
ふざけすぎです、バカにしすぎですよ。
確かに暇な受付嬢の身上ですけど、無料でご奉仕するほどお人好しじゃありません!


「アリシアよ、あんないい話蹴っ飛ばしていいのか?」
「いいんですぅ。人をタダ働きさせようなんて、どんだけブラックなんですか? 暗黒騎士団じゃないですか」
「あれはそんな話じゃなかったと思うんだがなぁ」


もう!
ギルマスもなんで向こうの肩持つんですか!
みんなの美人受付嬢のアリシアちゃんですよ?
居なくなったら超困りますよ?

たぶん、きっと、そうだと思います……。


「マスター、私はここの受付嬢にプライドを持ってるんです。そんなホイホイ釣られる尻軽じゃありませんから」
「ほう、じゃあ今の5倍の金出すってヤツが出たら?」
「あ、今までお世話様でした。マスターにおかれましてはご健勝でありますように」
「薄給でこき使ってるオレのセリフじゃねえが、もう少し節操を持てよ?」


それからしばらくの間、私の女性陣からの好感度が妙に下がったとか。
逆に男性陣の評価が気味悪いくらい上がったとか。
私は自分の職を守っただけなんですけどね、とやかく言われるのは筋違いだと思います。

領主暗殺騒動が落ち着き、面倒な人も居なくなって、私は束の間の平穏を楽しんだのでした。

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