(二)
轟音が響いて、夜が揺れた。
残った振動に窓がカタカタと音を立てている。
「地震?」
もう上半身を起こしていたレフにそう尋ねる。
彼は窓の向こうに視線を向けたまま、私の頭に手をやった。
「……レフ?」
問いかけても反応しない彼。私も座って、彼の視線の先に目をやる。
今宵は満月。
緑の深い尾根が遥かまで続いているのが見えた。
「レフ、何を見てるの?」
未だに何も細かく揺れている。家全体は軋みながら、不気味な音を上げている
「アルマ、それだよ」
厳しい表情の彼は、少し震えた声でそう言った。
「何? どこ?」
「山の、向こうにいる」
彼にそう返され、私も目を凝らす。
ぐにゃりと。
月の下。山そのものが、波打つ。
いや、違う。何かが山の峰を這っているのだ。巨大な何かが、蠢いている。
蛇だ。巨大な蛇だ。
一つの身体に八本の首、異常なまでの身体の巨大さ。止まると、全ての首で、月を仰いだ。
ギラリと光る、十六の赤い目玉。
「……ヒュドラだ」
レフが、そう呟く。
それは、かつて人を絶望させたとされる四体の魔物の内の一体の名だった。
伝説だと、思っていた。
ヒュドラが首の一つを地面に叩きつけると、大きく地が揺れる。
三つ、四つ。
泡の爆ぜる感覚。
そして、私はヒュドラの蠢いているその下に、集落があったことを思い出した。
けれど、そんなことも介さずにヒュドラはどこかへ引き寄せられるように進む。
「ヒュドラが向かっているあの方向……、王都だ」
〈幸せの代価、完〉