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事故=不可抗力≠覗き

 ――――扉の先は世にも恐ろしいおぞましい光景が広がる。。
 ドクンドクンと血管の様に鼓動する壁に、不気味に囁く笑い声が響く。
 空間中の奔流する空気が、僕の意志とは関係なく進んで行く。
 一瞬ではあったが、そこが地獄にも感じられた。

 僕がこの空間を漂い数秒後、目の前に一筋の光が垣間見る。

 近づく光に僕は包まれると、前に進む重力は消え、目をパチクリと見開く。
 光を抜けた先は、ちょっとした高い所だったらしく、重力が働き落下する。
 僕は空中で体勢を崩してしまい、顔から床に激突。
 少しばかり鼻血が出たけど、それ以外の外傷はない。

 僕は鼻を押さえながら立ち上がり、放り出された場所を確認する。
 どうやら僕は、どこか広い部屋に投げ飛ばされたと推測する。
 クラス全員を呼んでも余裕にパーティが開ける程に広い部屋。
 貴族が使用する様な豪華に装飾された屋根付きベットが置かれているから、高貴な人の自室かな?
 ここがどこなのか。

 これだけでは判断出来ず、後ろ髪を掻きながら踵を返すと、僕はギョッと固まる。
 
 きょとん、とした表情で。まだ状況が呑み込めてない、|半裸《・ ・》の女性。
 女性の背中には、女性の体躯と同等の大きさを誇る悪魔の様な黒い羽。
 頭頂部には、ヤギの角の様に太く螺旋状に生える悪魔の角。
 尻の方には、先が尖り蛇の様にうねる悪魔の尻尾
 その幼い顔立ちから想像がつかない程に成長した胸さえも唖然として隠そうとしない――――

――――三森真奈ちゃんの姿がそこにあった。

「あ、え、えーっと……ですね」

 僕が半裸姿の真奈ちゃんを見て唖然としていると、次第に状況を呑み込み始めた真奈ちゃんが、みるみると顔を赤らめ始め、

「き――――きゃああああああ!」

「ぶふぅ!」

 真奈ちゃんの絶叫が、僕の鼓膜に直接攻撃してくる。
 それに加えて、叫びと同時に放たれたビンタが、僕の頬に直撃。
 僕は宙を何回転かして地面を転げる。

「え、え、えぇえええ!? な、なんで颯ちゃんがここに!? な、なんでぇえ!?」

 予想外な人物の登場に、目尻に涙を溜め、紅潮させた表情で狼狽する真奈ちゃん。
 それに同調してか、背中に生える悪魔の翼もバサバサと羽ばたかせ、尻尾も鞭打つ様に動く。
 ……ついでに、それらと一緒に動く、つい目が行ってしまう聳えた二つの巨大な|胸《山》。
 

 僕はヒリヒリ痛む頬を摩りながら、慌てふためく真奈ちゃんへと近づき、なんとか落ち着いてもらおうと試みる。

「ま、真奈ちゃん! 一旦落ち着こう、ね!」

「見ないでぇええ! 私のこんな姿、見ないでぇえええ!」

 相当な不祥事だったのか、僕の声は真奈ちゃんの耳まで届いていない。
 それどころか僕の行動は火に油なのか、更に慌てる度合いが増していく。
 
 真奈ちゃんは絶叫しながら自らの翼や角、尻尾を隠そうと手の平で覆うが、
 ――――それ以上に早く隠さないといけない|胸《場所》があるのでは!? 
 と、心の中で叫ぶ僕だが、眼福だから言わないでおこう。
 ……先ほどの鼻を床にぶつけたとは違う理由で、今度も鼻から血が流れそうだ。
 
 僕と真奈ちゃんのやり取りが外まで漏れてたのか、部屋の外からドタバタと足音が近づいて来る。

「|魔王様《・ ・ ・》! 先程の悲鳴はどうかなさいましたか!?」

 バタン!と開かれた扉から現れた人物。
 先程の真奈ちゃんの悲鳴を聞きつけたのだろう。
 だが、その人を見て、次は僕が悲鳴な上げる番だった。

「うぎゃあああ! 首無しぃいいいいっ!?」

 駆けつけた女性の声を発する西洋の鎧を着た人物だが、その人首の上に顔はなく、首無しだった。
 首無しの騎士は、ファンタジー物で登場する『デュラハン』と呼ぶモンスターでは!?
 ………てか、魔王様?
 
「ほ、ほろぉおおおおう!」

 転んで泣いた子供が母親に抱き付く様に、真奈ちゃんはデュラハンへと抱き付く。
 デュラハンから嬉しそうな呻き声が漏れたけど、聞こえなかったことにしておこう。
 僕は今、少しだけ驚きが隠せないでいる。
 学校で見せる凛とした大人びた性格で、誰よりも率先して行動する真奈ちゃんだけど
 今の真奈ちゃんは、率直な感想で子供だ。

 泣きべそかく真奈ちゃんの頭を、デュラハンは子供を宥める母親な手つきで撫で。

「よしよしです、魔王様。どうしましたか?? |蜘蛛の化け物《アラクネー》でも出ましたか?」

「ちひゃうよ! ひょうくんがひゃあーで、ひゅはさやちゅのをふにゃあで!」

「……魔王様。もう少し落ち着きましょうか。なにを言っているのかよく分かりません……」

 えぐえぐと泣く真奈ちゃんを見てその原因の僕はショックを受ける中。
 デュラハンに促され、目尻の涙を拭く真奈ちゃんは、僕の方へと指を指し叫ぶ。

「颯ちゃんに裸を見られたッ!」

「な、なんですと――――――!?」

 はい。僕の人生終了ですね! 短い間でしたけどありがとうございました!
 だが、僕は諦めずにすかさず弁解の言葉を飛ばす。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 確かに見たのは認めるけど、あれは不可抗r――――!」

「おい、貴様………」

 僕の弁解は、デュラハンのドスの効いた声で遮られこちらに歩み寄って来る。
 僕は怯気で背筋を震わせ、恐怖で足を震え上がらせる。

「貴様……人間だな?」

「ひゃ、ひゃい!」

 デュラハンの威圧的な態度に、失神寸前の僕は声が裏返りながら返事する。
 自分の肝の小ささに情けなくて呆れる。
 けど仕方ないよね。だってデュラハンの人、一目見て怒っている事が分かるんだから。
 首無し騎士で表情は分からないけど。オーラって言うのかな、それがヒシヒシと怒りを伝える。
 デュラハンは僕の眼前まで歩み寄ると、鎧をカチャカチャと震え上がらせ、

「――貴様ッ! 人間の癖によくも魔王様の裸を! うらやま……なんたる無礼かっ! 今すぐ粛清してやるからそこになおれ!」

「ひぃいいい!」

 少し本音を漏らしかけたデュラハンは、怒声を張り上げ抜剣すると、剣先を僕の眼球前に突き立てる。
 僕の中の危険信号が黄色から赤に変わり、顔は真っ青にするが、最後の抵抗とばかりに叫ぶ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! さっきからなんなんですか!? 魔王とかなんとかって! 真奈ちゃんも貴方も色々と着飾ってますが、それは演劇の衣装ですか!? どこかの演劇団なんですか!?」

 思った事をありのままに叫び、真奈ちゃんの方に視線を向けるが逸らされる。
 僕の言葉を理解できないでいるデュラハンは、鎧を傾けて訝し気に訊いてくる。

「貴様……この方を知っての狼藉ではないのか? 着替え中で油断している魔王様の命を頂戴するとかじゃあ……」

「ないですよ! 僕にそんな度胸ないです! てか、その人って真奈ちゃんは真奈ちゃんですよね!? 魔王ってどういう意味なんですか!?」

 僕が真奈ちゃんに指さし叫びたてると、デュラハンは嘆息してから納刀する。 
 そして、自分の影に隠れる真奈ちゃんを前に引きずり出し、真奈ちゃんを大きく見せる為に、デュラハンが大きく両手を天井へと広げると高らかに告げた。

「よく聞け人間よ! この方はな! 先代魔王様より王位を継承された、我ら魔族を統べ、魔界に君臨する絶対なる王、魔王サタン様なのだ! 気安く真奈ちゃんと呼ぶでない!」

「よ、よろしくね……颯ちゃん」

 胸を張るデュラハンとは対照的に、目から光を失い乾いた笑みを浮かばす真奈ちゃん。

 どうやら僕は、彼女の秘密を知ってしまったらしい。

 僕の脳が最初こそはその事実を拒み、嘘だと決めつけようとした。
 だけど、
 
 一瞬で別の場所に移動できる黒い扉。
 中に人の気配がない、首無し騎士のデュラハン。
 真奈ちゃんの背中、頭、尻に生える悪魔を象徴するモノは作り物にしては妙にリアルだ。

 これだけの判断材料があって、それは嘘だ! と言い切る自身は僕にはない。

 僕の最愛の彼女には、表と裏の顔があったらしい。

 表では、誰もが憧れる学園のアイドル、として。

 そして―――――――

 裏の顔は、魔界を統べる魔王だった。

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