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収納魔法2

 転移すると、クリスタロスさんに出迎えられる。

「こんにちは、オーガストさん。本日はお一人ですか?」
「はい。天使の使う言語をご教授願えればと思いまして」
「そうですか。・・・では、場所を移しましょうか」
「はい」

 一度僕の足元へ目線を向けたクリスタロスさんではあったが、特に何も言われなかったのでフェンは連れてきてもいいという事だろう。
 そのままクリスタロスさんの後について行き、いつもの部屋へと通される。勧められるがままに半ば指定席になっている気もする席に着き、お茶の用意に奥へと消えたクリスタロスさんを待つ。
 暫くしてお盆に湯呑を乗せたクリスタロスさんが奥から現れると、僕の前にお茶の入った湯呑を置いた。

「ありがとうございます」

 それに礼を言うと、クリスタロスさんは笑顔を返してくれる。そのまま自分の分のお茶を僕の向かいの席に置いてから、クリスタロスさんは椅子に腰かけた。

「さて、それではどこから始めましょうか。何分と人に何かを教えるのはこれが初めてなもので、どこから始めればいいのか考えてしまいますね」

 頬に人差し指を沿えて考えるクリスタロスさん。そのまま少しして、クリスタロスさんは口を開いた。

「まず、そうですね。アテらの言葉について幾つか説明しておきましょうか」
「お願いします」
「はい。まずですね、アテらの言葉は発音にあまり抑揚が無いのです」
「平坦な発音、という事ですか?」

 しかし、昨日は一応抑揚があったような?

「いえ、あまり無いというだけで平坦という訳ではありません。そうですね、そこまで感情的な喋り方にはならない。とでも言えば伝わるでしょうか?」
「ええ、それならば何となくですが」
「それでよろしいかと。その辺りは直ぐに理解する事になるでしょうから」

 まぁ確かに、これから実際に聴いていけば理解も出来ていく事だろう。今は抑揚が乏しいという事だけ覚えていればいいか。

「次に、ですが。文法は基本的に結果が先に来ます」
「?」
「えっと、ですね。オーガストさん達の文法の末尾が先頭に来るとでも説明すればいいんでしょうか? ・・・説明というのは難しいですね」

 難しそうな表情で困ったように声を出したクリスタロスさんは、考えるように黙り込む。

「何か一つ例を挙げていただければ解るかもしれません」
「なるほど。それもそうですね!」

 見かねた僕の提案に、クリスタロスさんは深く頷く。

「では、そうですね。例えば、オーガストさんがこの部屋を訪れた。という文をアテらの言葉のように言いますと、部屋に訪れたオーガストさんが。といった感じになります。まぁもしオーガストさん達と同じような文章で話しても意味としては伝わるでしょうが、聞くときに困るでしょうから一応知っておいてください」
「分かりました」

 僕は頷く。違和感が凄いけれど、これも慣れていく事だろう。

「後、昨日もお伝えしましたが、アテらの言葉に敬称は存在していません。これはアテら天使は全て対等という概念が在るからだと聞いた事があります。ですが、例外としまして神と王だけは存在しています」
「なるほど」

 それだけその二つの地位に置かれた相手は特別だという事なのだろう。

「他には、そうですね。・・・あまり細々としたものは排するとしまして、そんなところでしょうか。集団ごとに微妙に言葉が違う事もあったのですが、今は国が出来てその辺りがどうなったのか分からないので、ほとんど共通していた部分をお教えする事にしますね」
「お願いします」

 集団で微妙に異なるってのは方言の様な感じなのかな? そんなものまで習ったら大変な事になる。というかクリスタロスさんは方言の全てを把握しているのかな? 僕は人間界の地域で異なる部分なんて網羅していないぞ。隣の地域のでさえ自信ないのに。

「それでは始めましょうか」

 そうして始まった天使語講座だったが、受けてみると人間の言語と同じような発音の単語があったりするのだが、それが文章になると全く違う言葉に変わってしまったりと、考えていた以上に難しいものであった。
 結局、その日は日付が変わるまで習ったのだが、天使語が難しい事が解った以外には、何も解らないままだった。
 語学学習を終えた僕は、クリスタロスさんが淹れ直してくれたお茶を一杯飲んで落ち着くと、少し放心して天井の岩盤を眺める。

「すいません。アテの教え方が下手で」

 そうしていると、向かい側のクリスタロスさんが申し訳なさそうに頭を下げてきたので、それに顔を向けると慌てて手を振って否定する。

「いえ、これは単に僕の理解力の問題ですので、クリスタロスさんが謝る必要はありませんよ! むしろ、それは理解力のない僕の方の台詞ですから!」

 残念ながらそれが現実というモノだった。結局僕が理解出来ないから解らなかっただけだ。

「いえ、そんな事は!」

 とはいえ、このままでは互いに否定し合うだけの不毛な言い合いになってしまう。

「ま、まぁ、今回は初回ですので、また次の時は頑張ります」
「そう、ですね。その時はアテももう少し分かりやすくお教えできるように頑張ります!」

 僕の言葉の意図を察したのか、そう言ってクリスタロスさんは両の手を握って気合を入れる。

「それでは、今日はもう帰りますね」
「はい。ではまた」
「はい、また。ですが、次は訓練かもしれませんので、その辺りは確約できませんね」
「構いませんよ。オーガストさんがまたここを訪れてくださるのであれば」
「ありがとうございます。では、また来ますね」
「はい。いつでもお待ちしております」

 互いに笑顔で別れを告げて再訪の約束をすると、僕は転移装置を使って自室へと戻る。
 自室に戻ると、いきなりシトリーに抱き着かれた。

「お帰りなさい! オーガスト様! 遅かったね?」
「御帰りなさいませ。ご主人様」

 抱き着いたまま見上げてくるシトリーと、その後ろで僕にお辞儀をしながらのプラタの挨拶に、「ただいま」 と返すと、シトリーの頭を撫でる。

「いやー、思いの外天使達の言語が難しくてねー。頑張っていたら結構な時間が経っていたよ」

 暫く気持ちよさそうに目を細めてそのまま僕に撫でられていたシトリーは、満足したのか僕から離れた。

「寝る準備でもしようかな」

 マットを取り出して床に敷くと、そこに腰掛ける。そこで窓の外から水の落ちる音が聞こえてきたのに気がつく。

「雨が降ってきたか」

 ポツリポツリとした弱弱しい雨ではあるが、雨粒が大きいのか、外から聞こえてくるその音がやけに大きく聞こえる。

「朝には止んでいればいいな」

 寮から食堂までは離れているうえに、屋根付きの廊下のような物で繋がっている訳ではない。なので、雨の日は少し面倒くさいのだ。寮や食堂、校舎周辺の地面は舗装されているので、地面がぬかるむ心配をしなくていいのは助かるのだけれど。
 僕はそろそろ寝ようとマットの上で横になると、プラタとシトリーもいつものように添い寝する。
 シトリーの抱き枕にされながら僕は就寝した。・・・そういえば、昨日は気がつけば朝だったからシトリーとの約束を忘れていた。今度改めて時間を作らないとな。





 目が覚めたのはまだ世界が暗い時間であった。外からは未だに雨の音がは弱弱しいながらも聞こえてくる。更にそこに水が流れる音が加わっていた。

「おはよう」
「お早う御座います。ご主人様」

 隣で横になっているプラタに起床の挨拶を行うも、まだ起きる時間でもなかった。

「・・・・・・」

 雨音を聞きながら天井を見上げる。
 雨音以外に何もない静かな世界で天井をただ漠然と眺めていると、ふと何か閃くようなものがあった気がしてくる。ただ、それが何かは全く分からない。ただ気がするだけだ。

「・・・・・・」

 それでも何かが見えそうな気がして、僕は静かに天井を眺め続ける。とはいえ、そもそも僕は一体何について考えているのだろうか? 現状では吸収魔法は完成したし、天使語は考える以前にまだ学び始めたばかりだ。なら・・・収納魔法についてだろうか?

「・・・ふむ?」

 吸収魔法・天使語・収納魔法・・・何か繋がりそうな気がしてくるが、あまりにも漠然とした気づきに、思考に形が得られない。一体何が繋がるというのか。

「・・・・・・」

 思考するというような大層なものではないけれど、関連しそうな単語を幾つも無秩序に思い浮かべては消していく。

「同調、分解、天使、隠密、転移、拡張、掌握、空間、魔力――」

 単語は幾つも出てくるも、それらを繋ぐ何かが足りない・・・もしくはありすぎて合致する形を見極めきれない。埋もれる、埋もれる。漠然としたものながら、折角の閃きが様々な考えに埋もれていく。

「・・・困ったものだ」

 思考する事は好きだ。様々な考えが浮かぶのはそういう意味では有難いのだが、こういう時にはやはり悪癖だな、と思ってしまう。

「ご主人様。私に何か御役に立てることは御座いませんか?」

 静かに見守っていたプラタだったが、流石に見かねてか、そう声を掛けてきた。

「うーーん。それが分かればいいんだけれど・・・」

 現状、そもそも何が不足しているのか、何が不要なのかが分からない段階な為に、何をしてもらえばいいのかさえ分からなかった。
 それ故にそう返したのだが、プラタの顔を見た時に何かが小さく繋がったような気がした。

「・・・転移は魔力変換と再構築を行っているんだったよね?」
「はい。例外もありましょうが、一般的にはそういう理論ですが?」
「なるほどなるほど。ありがとうプラタ!!」

 プラタに礼を言うと、思考を巡らせる。やっと掴んだ手がかりだ、これを元に理論を構築してみるまで手放す訳にはいかない。
 転移は対象を魔力に変換して目的地で再構築させる。ならば、荷物を魔力に変換して持ち歩き、必要な時に再構築は出来ないだろうか? 勿論そんなに簡単にいくとは思っていない。そもそも物体を魔力に変換するというのも、再構築させるというのも魔力の消費が膨大なのだ、それを保持しなければならないとなると、持ち運べる量は逆に減る可能性が高い。

「・・・いや、待てよ」

 そもそも着眼点はそこではないのかもしれない。考えるはその前。そもそもどうやって魔力に変換しているのか、魔力から再構築しているのか、だ。そこを理解すれば転移魔法向けではなく収納魔法向けに改良出来るかもしれない。更には転移魔法ももっと手軽なものに出来るかもしれない。
 まずは魔力に変換する。だが、この世に存在するモノはほとんどが大なり小なり魔力を保有している。それは何故か? その明確な答えを僕は知らないけれど、一説には物体は魔力により構築されているからだとされている。もしそれが事実であれば、物体をその魔力に一度戻している事になる。そこまで考えれば僕にも覚えがあった。それは蘇生魔法。あれは生きていた状態を記録して、死んだ状態に上書きするのだが、もしこの記録する情報というのが魔力に宿っているものだとしたら? それならば魔力に変換させるのも簡単かもしれないし、ここまでくれば対象の複製も創れる可能性が出てくる。

「・・・それも使い方次第か」

 複製されたモノがどれだけのモノかによる。全く同じモノなのか、生命を宿す事は出来るのか、などだ。まぁまだ手を出すのはやめておいた方がいいだろう。
 とにかく、物体を情報体に戻す方法を魔力に変換していると呼称しているのであれば、情報だけ抜き出せばいいのではないか? あれ? これだと複製になるのか? 対象は情報が抜き取られたという状態になれば消滅するかもしれないが。

「・・・・・・」

 それはそれで危険な使い方が出来そうで小さく苦笑する。しかし、それだけの反応しか起きない自分に少しうすら寒いものを覚えた。何となくこれは僕ではない誰かの感情な気がして。
 まぁ抜き取るのではなく、情報を記録して、対象を情報体という状態で定義すればいいだけだ。それが出来れば再構築も簡単に実現できそうだ。記録した情報を元に形を定義すればいいのだから・・・しかし、これは複製とは何か違うのかね? 気にし過ぎだろうか?
 記録の保持はそう難しくはない。これは蘇生魔法を行う上でしっかりと修得している。情報を魔力に刻み込み、内に保持すればいいだけだ。幾つか試してみたが、これが一番簡単で確実な方法だった。
 ここまで決めれば理論の組み立てにはさほど苦労はしない。後は実験を重ねて実証するだけだ。切っ掛けさえあれば新しい収納魔法も意外と簡単だったな。
 そんな独自の収納魔法の理論をとりあえず構築した頃には雨も上がったようで、外も明るくなってきていた。
 僕はシトリーを起こすと、朝の支度をする。明日の朝には西門へと戻るが、今日も午前中は教室で授業だ。また同じ授業だろう。
 午後からはクリスタロスさんの所で実験をしよう。・・・いや、収納魔法だから自室でも出来るか? 広い方がいいのかな?
 そんな考えをしながら自室を後にして食堂で朝食を摂ると、僕は教室へと移動する。
 教室には前日と同じ面子が揃っていたが、まだ何人か揃っていないようだ。それも昨日と同じ女性教諭が入ってくる前には揃ったが。
 授業はやはり二度目の授業であった。何かの手違いかとも思ったので、昨日の授業が終わった後に女性教諭に尋ねたが、間違ってはいないようだった。
 退屈な授業も午前のみなので直ぐに終わる。
 昼になり食堂へ移動して昼食にする。一年生で賑わう食堂で耳にした話題は、もうすぐ入ってくる新入生の事や進級する生徒の話だった。それを耳にしてそういう時期なのだと改めて実感する。特に身内が新入生として入ってくる生徒はそわそわしている様な印象だった。
 昼食を終えると自室へと移動する。自室でプラタとシトリーに出迎えられると、学園での日常が済んだ気がする。
 自室で着替えを済ませると、収納魔法の実験を行う事にした。
 まずは手持ちの中で失敗して紛失してしまっても構わない物を実験材料にする。

「そうだな・・・」

 僕は何かないかと荷物を漁る。と言ってもあまり荷物は無い。あるのは着替えと歯ブラシと僅かな硬貨と筆記用具が少々のみ。困りつつも、硬貨を一枚使う事にする。

「オーガスト様、何するのー?」

 荷物を漁って硬貨を取り出した僕に、シトリーが目を輝かせて問い掛けてくる。

「んー。収納魔法を試してみようと思ってねー」
「収納魔法?」

 真横から覗き込むように見てくるシトリーにそう返すと、シトリーはどういう事かと首を傾げる。
 それには言葉を返さずに、硬貨を人差し指と親指で挟んで持つ。
 まずはこの硬貨の情報を読み取りながら、同時に情報体へと定義を変えていく。変換した情報体を手元の魔力に刻み付け、蘇生魔法用に内に設けていた保管の為のスペースにその魔力を保管する。念の為に読み取った情報も別に保管しておく。
 硬貨の方は、定義を情報体に変えた事で情報を含んだ魔力に変換された。蘇生魔法で慣れているからか、ほとんど魔力消費無しに情報体に変換出来た事で、最初の関門を突破する。

「おぉー! またオーガスト様が高度な事をしている!」

 隣でシトリーが興味津々といった声を上げる。
 その声を耳にしながら、情報体に変換した硬貨を保管庫より取り出し、それを元々あった僕の指の間に再定義し直す。それで実体を得た硬貨が僕の指の間で像を結んだ。
 とりあえずこれで収納魔法は完成した事になる。後は持ち運び時がどんな感じかだが、これは以前に蘇生魔法で保管した情報が未だに残っているので問題ないだろう。後は――。

「ホント、オーガスト様と一緒だと退屈しないね!」

 シトリーの声に目をそちらに向ける。そこには楽しそうなシトリーの姿があった。

「まだ小さい物で試しただけでしかないけれどね」

 これが大きい物や生命体などの複雑なモノだと上手くいくかは分からない。まぁ生命体を持ち運びたいとは思わないけれど、可能性としては試しておいた方がいいような気がする。蘇生魔法で生命体から情報を読み取る事には成功しているが、変換はまだだ。というよりも、生命体の変換と再構築を確認しなければ転移には使えないか。

「それでも十分凄いよー! 対象を無理に変換するんじゃなくて、定義自体を書き換えて、それが最初からそういうものであったかのようにするなんて、そんな理を捻じ曲げながらも正当化する技術はオーガスト様ぐらいしか持ち合わせていない技術だよ!」

 シトリーの説明だけを聞くと、えらく壮大な事を成し遂げてしまった様に思えてしまうから困ったものだ。

「そんな大袈裟な事ではないよ」
「むー。いつもの残念なオーガスト様だー」

 唇を尖らせるシトリー。しかし残念って。僕は困って頭をかく。

「これが上手くいけば旅の荷物が無くなって楽が出来るんだけれどなー」

 それに、戦闘中にいきなり武器を出現させることが出来れば面白い事になると思うんだけれども。

「・・・なるほど。それで転移魔法でしたか」
「ん?」

 納得したような声をプラタが漏らす。

「未明頃のご主人様の御質問の事で御座います」
「ああ、なるほど」

 そういえば、プラタに転移魔法について確認したんだったっけ。

「何の話?」
「シトリーが寝ていた時の話です」

 シトリーの疑問に、プラタがそう返す。

「だから何の話?」
「もう済んだ話です」
「ぶー」

 詳細を語ろうとしないプラタに、シトリーは頬を膨らませた。
 そんな二人のやり取りを眺めながら、少し先程の収納魔法について考える。
 情報体に変えた硬貨は元に戻したものの、保険として残した情報は今でも保管している。もしここでこの情報を使って硬貨を復元したら、その硬貨はどうなるのだろうか? 構築して元の硬貨に何も無かったとしても、もし復元できてしまったらその硬貨は元の硬貨と同じものなのだろうか? 情報自体を複製できるのか? もしそれを生命体に用いたとしたら・・・?
 次々に浮かぶ可能性はどれも使い方によっては危険なものばかりだ。シトリーの言葉が正しいとしたら、この技術は僕しか使えないらしいのでそこは安心できるが、だからといって自分が悪用しないとも限らない。悪意を持たずとも、結果として悪用してしまう事もありえるし。
 そう考え、荷物の運搬以外には慎重に用いないといけないなと思う。しかし、それの何が問題なのだろうかと疑問を呈する自分が内に存在する事に僕は気づいていた。
 収納魔法の理論が完成したところで僕が外を確認すると、陽はすっかり暮れていた。
 明日の早朝から列車に乗る為に、今日の内にクリスタロスさんにその事を伝えておこう。そう思い立った僕は、一度クリスタロスさんの許へと移動する。プラタとシトリーはどうしようかと悩んだものの、少し話をするだけなので留守番しておいてもらうことにした。
 クリスタロスさんの許へと転移すると、クリスタロスさんに出迎えられる。
 軽い挨拶を済ませると、部屋へと移動せずにその場で用件を伝える。

「そうでしたか」

 残念そうにするクリスタロスさんではあったが、直ぐにいつもの笑顔に戻った。

「ですが、その転移装置は人間界の外でも使用できますので、またいつでも御越し下さいね」
「はい。また来ますね」

 そう言うクリスタロスさんに、僕は頷きながら言葉を返した。

「それでは、私はそろそろ戻りますね」
「そうですか。・・・では、次のお越しをお待ちしていますね」

 クリスタロスさんの言葉に頭を下げると、僕は転移装置を起動させた。

「おかえりー」
「御帰りなさいませ」
「ただいま」

 自室に戻ると、シトリーとプラタに迎えられる。
 時計を確認すると時間は少し遅いぐらい。とはいえ、まだ日付も変わっていないぐらいの時間。

「寝る準備だけでもしておこうかな」

 マットを取り出すと、それを床に敷く。
 その上に腰掛ける前に、部屋に在る私物をマットの近くまで持ってくる。

「荷物を変換しとくかね」

 マットに腰を下ろすと、私物を魔力に変換して保管していく。小物や服ばかりではあるものの、数をこなせるのでいい経験になる。失敗しても私物だから自業自得だ。
 黙々とこなしていくうちに変換にもどんどん慣れていく。おかげで全ての荷物を変換し終わった頃には、対象を一瞬で変換できるぐらいにはなっていた。

「・・・・・・」

 そこまで終わると、一度時計を確認する。既に日付は変わっていた。
 そろそろ就寝した方がいいのだろうが、そこでどうしても一つだけ確認してみたい事が出来る。それは物を複製できるか、という事。
 僕はどうしてもその興味に抗いきれずに、硬貨で一度試してみる事にする。元々在った物を情報に変換したものではなく、保険として別枠で読み取って保管していた情報を使う。
 まずは情報からその情報自体を複製出来るか試してみる為に、複製の元となる情報を読み取る。といってもただの情報のままなので、読み取る作業は直ぐに終わる。
 その読み取った情報を魔力に刻む事で、記録された情報が完成される。これでとりあえず複製は完成した。この読み取り作業時に一度で複数の複製が出来れば、量を生み出すのも楽になるだろう。
 次に、複製した情報に硬貨という本来の形を与える事で、本当に複製が出来ているのか再現してみる。

「・・・案外と簡単なものだ」

 完成した硬貨は、元の硬貨と外観は全く同じに見えた。記憶に在る傷の部分も同じ様に再現されているので、そのまんま複製出来た事になだろう。
 念のために原物の硬貨を保管庫から取り出して再構築すると、複製品と比較してみる事にする。
 まずは外観の傷や色以外にも材質を調べてみる。結果はこちらも同じだった。強度や重さ等もほぼ同じで、調べた限り同一といえる程の完成度であった。
 つまりは硬貨の複製は出来た事になる。一応偽造通貨ではあるが、見破るにはこうして二つ並べたうえで複製した事を知っていないと無理だろう。
 それにしてもこうも同じだと、別の考えが頭に浮かぶ。それは情報の書き換え。
 例えばこの硬貨の傷の部分の情報を書き換え、無かったことにした場合はどうなるのだろうか? そもそも情報を書き換える事など出来るのだろうか? 今までやった事が在るのは、蘇生魔法時に過去の情報を今の情報に上書きした事ぐらい。
 確認を終えた複製の硬貨から情報を読み取り、同時にその硬貨を情報体に変換してから、その情報体の分解を試してみる。情報体といっても魔力の様なモノなので、分解自体は簡単に出来た。分解というよりも還元ではあったが。
 それが終わると、読み取った情報に手を加えてみる。
 その前に書かれている情報を読み解く所から始めなければいけない。その中の硬貨の傷の部分の情報を探す。この読み解く作業が意外と難しかった。しかし、そこまで複雑なものではなく、感覚的には単語が並んでいるだけだった為に、なんとか読み解くことに成功する。
 後は情報の書き換えだが、情報に手を出そうとすると全体に触れてしまい、局所的な改変が出来なかった。それでも諦めずに思いつくままに挑戦したが、時間の方が足りずに一旦諦める。
 手ごたえは微妙にあったような無かったような、酷く曖昧な感じだ。
 僕はその改変しようとした情報を記録して保管する。日を改めてまた挑戦してみよう。
 もう月が沈む直前の時間になって、僕は就寝するも、直ぐに朝になり目を覚ます。
 いつもの様に僕を抱き枕代わりにしているシトリーを起こして朝の支度を済ませると、僕は手ぶらのままで自室を後にして、駅舎へと向かうべく外に出る。
 息が白く染まる中を移動し、学園を出て駅舎へと歩いていく。到着した駅舎の中には今回は誰も居なかった。
 そして、空がすっかり明るくなった頃に西門行きの列車が到着した。

しおり