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収納魔法

 まだ外が暗いうちに目を覚ますと、僕はセフィラを起こさない様にベッドの上で着替えを済ませてから、静かに梯子で下へと降りる。アルパルカルとヴルフルは夜警からまだ帰ってきていないようだ。

「おはようございます。オーガストさん」
「おはようございます。ティファレトさん」

 下段のベッドの縁に腰かけていたティファレトさんと小声で挨拶を交わす。

「今日から学園でしたっけ?」
「はい。ティファレトさん達ももう直ぐ学園でしたよね?」
「三日後の予定ですね」
「でしたら次に会うのは学園になるかもしれませんね」
「そうかもしれません」

 軽い会話を終えると、僕は顔を洗いに部屋を出る。
 部屋も寒かったが、廊下に出ると一気に気温が下がったような感覚に襲われる。吐く息も白く染まっていた。
 僕は手を擦り合わせながら廊下を移動する。
 洗面所に到着すると、冷たい水で洗顔を済ませて歯も磨いてから食堂に移動した。
 食堂では、まず入り口近くの机に置いてある新聞に目を通す。そこにはペリド姫達の活躍が書かれてはいるものの、頭目の捕縛の報は未だに書かれていない。長く続いている為に取り扱っている記事も小さなものになっている。
 新聞を元の状態で机に戻すと、パンを貰いに配膳の当番兵の前に移動する。
 本日のパンは外側に焼き色が付いた白いパンを一切れ。芳醇な小麦の香りが食欲をそそるそのパンは、外側の焼き色が付いている部分は少し硬い程度で、中の白い部分はキメが細かく軟らかい。もちもちというよりはふんわりとした食感のその白い部分はほんのりと甘いが、外側の焼き色の部分が少し苦いので丁度いい。
 飲み物は紫色した果物のジュースをコップ一杯分。甘酸っぱい味はおいしいものの、これを飲むとパンの味が鈍ってしまうのが考えものだ。
 量の少ない食事を手早く済ませると、駅舎を目指して食堂を後にする。
 着替えなどの必要な荷物は学園の寮にも置いてあるために、ほぼ手ぶらで移動できるのは楽でいい。
 駅舎には僕しか居ない。そのままやってきた列車に乗って学園へと移動する。
 車中では僕が一人の為に、プラタとシトリーが当然の様に乗車しているが、もう何も思うまい。流石に慣れた。
 収納魔法について思案しながらの移動も直ぐに終わり、学園に到着する。

「もうすぐ新入生の季節か」

 僕がこうして列車に乗って学園に来てからもうすぐ一年となる。それ故に、懐かしく思えてため息を吐いた。さっさと家に帰りたい。
 駅舎から学園までは直ぐに着き、上級生寮へと向かう。一年生の数も大分減ったのか、森に入る前の頃と比べると、見掛ける数がかなり減ったように思える。
 寮の自室に入ると、学園近くの駅舎に列車が到着する前に居なくなったプラタとシトリーが出迎えてくれる。
 大部屋に少ない荷物を置くと、一息吐く。部屋の窓から外に目を向ければ、地平が燃えている様な茜色に染まっていた。

「後でクリスタロスさんの所にも行かないとな」

 訓練所で分解・吸収の訓練をしたい。それに、そろそろクリスタロスさんに天使についても訊きたいし、天使語というモノが在るのであれば、それも学びたい。
 それはそれとして、収納魔法についても何か進展が欲しいところ。急ぎではないが、収納魔法は実用性が高いので早く閃きたいところではあるが。

「・・・・・・」

 こうしてあれこれ熟考するのは好きだ。なんだけれども、最近自主的に動きすぎな気がしてきた。外ってのは興味深いものが多すぎて、好奇心が色々と向いてしまう。
 まぁそれでもいいかと頭を切り換えると、フェンを呼び出す。

「何か御用でしょうか? 創造主」

 現れたフェンが外で戯れていた時よりも少し小さめなのは、部屋の中だからだろう。

「少し背を預けさせて」
「光栄で御座います」

 そう言うと、フェンは僕の背後に回り横になる。そのフェンに僕は背を預けて力を抜く。

「やっぱり気持ちいいな」

 寛ぎながらボーっとしていると、どこか羨ましげな表情のシトリーが目に入る。

「オーガスト様! 私がフェンに擬態したらそれやってくれる?」
「ん?」
「その身を任せてくれるヤツ!」
「ああ」

 寛ぎながらフェンの身体を撫でて癒されているこれか。

「まぁ試してみてもいいけれど」

 とはいえ本物のフェンが居るし、こうして背を預けるのを了承してくれているから間に合ってはいるんだが、色々試してみるのも必要なことだろう。

「じゃあ今からやろう!」
「シトリー殿。今は小生が創造主に相手して頂いているのです、それは後日に願いたい」
「ぶー!」

 フェンの抗議にシトリーは可愛らしく頬を膨らませる。

「今はこうしてフェンが相手してくれてるからね、シトリーとは明日にでも試してみようか」
「むぅ。約束だからね! オーガスト様!」
「うん、約束」

 シトリーにそう返してから天井に目を向ける。
 明日は午後からクリスタロスさんの所に行く予定なので、シトリーの相手はそれが終わってからだろう。まぁ寝る前ぐらいか。
 とりあえず、今回学園に滞在中に分解・吸収は修得しておきたいな。そうは思うけれど、そう上手くいくのかね。昨日の自分の魔法を使った修練では上手くいったが、明日はプラタ達に手伝ってもらわないといけないな。
 その後は四人で雑談を交わしながらのんびりと時を過ごす。もしかしたらプラタ達との会話の中に何か収納魔法に関する発想の手掛かりが眠っているのではないかと思ったものの、そんなモノは易々と転がってはいないらしい。もしくは僕の方に閃きの準備が出来ていないのかもしれない。
 そうして気づけばすっかり夜となったので、このままフェンに身を預けたまま眠ろうかとも考えたが、流石にこの状態で一晩中は悪いかと思い、フェンには影に戻ってもらっていつもの薄く硬いマットの上で眠る事にする。
 いつものようにプラタとシトリーと一緒に眠ると、朝を迎えた。
 翌朝は空が白むより早くに目が覚める。目を覚ますと相変らずのシトリーの抱き枕状態だった。

「おはよう。プラタ」
「おはようございます。ご主人様」

 まずは首を横に回して、シトリーの反対側で横向きに寝ながらずっとこちらを見ているプラタに起床の挨拶をする。
 それが終わると、慣れた手つきでシトリーの拘束を丁寧に取る。これに慣れてきたのもどうなんだろうな。

「おはよう。シトリー」
「おはよう! オーガスト様!」

 拘束を解いたことで目を覚ましたシトリーに起床の挨拶をする。
 その後に起き上がると洗面所で顔を洗って目を覚まし、歯も磨くと完全に頭が回転し出す。着替えを済ませて部屋を出ると、食堂へ移動して食事を摂る。
 本日の授業は訓練所での魔法訓練だったが、僕以外に同じ授業を受ける生徒が八人居た。パーティーメンバーだと思うが、見たことのない顔ばかりであった。しかしよく見れば一つ上の学年のようであった。魔法訓練だからか、合同なのだろう。
 訓練場所は個室ではなく大人数向けの区画。とはいえ、今は授業時間なので他の生徒の姿は見当たらない。
 生徒九人に教員三人の計十二人ではあるが、大区画はそれでもみんなが思い思いに走り回れる程の余裕がある。

「今日の魔法訓練だが――」

 教員の一人が説明を始める。内容は基礎魔法と二次応用魔法の効率化と、パーティーメンバーの八人には北側に姿を見せる魔物や異種族相手の立ち回り方を幾つか教えるらしい。もうすぐ進級という事で、僕はそれを見学する予定、という事だった。
 そうして行われた最初の魔法の効率化は手を抜いて行った。幸い、先に三年生組からだったので、加減はそれに合わせればいいだけ。
 残りの連携の訓練は見学なので非常に楽なものだった。三年生パーティーの強さという情報が収集できたのは良かったが、魔法の効率化といい、三年生の強さの情報以外にはまるで得るモノがなかった。
 授業を終えた僕は食堂へと移動する。一年生の数が減ってがらんとしていたが、それももうすぐ増える事だろう。
 そこで、そう言えば僕も歳を一つ取ったんだったなと思い出す。誕生日なんて気にもしていなかった。
 食事を終えて寮の自室に戻ると、プラタとシトリーに出迎えられる。部屋に入るとクリスタロスさんの許まで転移した。それにしても、転移魔法ってのは本当に便利なモノだ。
 挨拶もそこそこにクリスタロスさんの部屋まで移動すると、訓練所を借りる前に軽い雑談を交わすことにする。そのついでにクリスタロスさんに天使について訊いてみる事にした。まずは。

「天使は何処に住んでいるのですか?」
「前にプラタさんから聞かされた天使の国というモノがどこに在るのかは存じ上げませんが、アテが住んでいたのはここから北西へずっと行った場所ですね」
「北西ですか?」
「はい。大体ここから北辺りへ向けてずっと進むとドラゴンの住まう山々が在ります。アテが住んでいたのはその山々の西側ですね。そんなに山に近かった訳ではありませんが」
「そうだったんですか」

 いつかは見てみたいそのドラゴンが住む山々の西側か。それを聞いた後に、プラタに問い掛ける。

「その天使達の国もその辺りに在るの?」
「そうで御座いますね。ドラゴンが住まう山々の麓の方で御座いますが、大体ここからは北西辺りかと」
「なるほどね」

 それで天使の国の位置を大まかに理解したところで、次の問いを行う。

「天使の魔法は僕達の魔法とは違うらしいですが、何処がどう違うのですか?」

 その僕の問いに、クリスタロスさんは少し困ったような表情を浮かべる。不味い事を訊いてしまったかな?

「そちらがアテらの魔法を解さぬように、アテらもそちらの魔法を解していないのです。天使の中には理解している者も居るでしょうが、少なくともアテはその違いがよく解っておりません」
「なるほど」

 理解していないならば違いなど説明のしようがないだろう。

「では、一度見せてはいただけませんか?」
「・・・オーガストさんの頼みでしたらいいでしょう。では、今からご覧になられますか?」
「是非に!」

 天使語についても訊きたかったが、それは後でもいいだろう。今は天使の魔法というモノへの興味の方が勝る。

「それでは場所を移しましょうか。流石にここでは使えないので」
「はい」

 そう言って立ち上がったクリスタロスさんの後に、僕達三人はついて行く。
 僕達はクリスタロスさんの案内の下、訓練所に到着する。
 クリスタロスさんは僕達より少し先へと進むと、こちらに振り返る。

「では、宜しいですか?」

 クリスタロスさんの確認に、僕は頷く。

「それでは始めます」

 そう言うと、クリスタロスさんは僕達とは反対側に身体を向けて手を上げると、魔法を発現させる。

「なるほど。これは興味深い」

 クリスタロスさんは手の先に現れた小さな光球をそのまま先へと飛ばす。
 離れたところに着弾したその光球は小規模な爆発を起こした。
 その一連の魔法を視て分かった事は、天使の魔法に僕達の魔法で言う所の練るという動作が存在していない。魔力をいきなり魔法に変換してしまっている。それ故に魔法の発現までが非常に速かった。

「・・・・・・」

 僕は光球が着弾した辺りを確認する。
 そこには発現した光球の数十倍の爆発跡が残っていた。どうやら発現の速さだけではなく威力も高いらしい。そりゃあこんな広い訓練所が出来上がる訳だ。

「見せて頂きありがとうございます」

 僕はクリスタロスさんへと礼を告げる。

「いえ、オーガストさんの頼みでしたから」

 そう言って笑うクリスタロスさん。それにしても貴重なモノを見ることが出来た。

「それと、もう一つ訊きたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。何でしょうか? アテに答えられることなら良いのですが」
「それなら大丈夫だと思います」

 そう前置くと、僕は問いを重ねる。

「天使の使う独自の言語というものはありますか? 天使語とでも言いますか、そんな感じのです」
「なるほど。それならありますよ」
「どんな感じの言語ですか?」
「うーーん。それは少々難しい質問ですね。オーガストさんは人間の言語の特徴を説明できますか? 他の言語を幾つも知ってしまうと、どうしても部分的に似たような言語というものは結構あるものでして」

 困ったように笑うクリスタロスさん。

「では、実際に何か話してはいただけませんか?」
「何か、ですか。そうですね・・・」

 僕のお願いに、クリスタロスさんは少し考え込んでしまう。

「では、少しだけ」

 そう言うと、クリスタロスさんは息を吸った。

「あひちんのく。オーガスト。いあさづけちきにぼさおめづち」

 一息にそこまで言うと、クリスタロスさんは安堵でもしたかの様に残った息を吐き出した。

「こんなのでどうでしょうか? 久しぶりに故郷の言葉を喋ったので少し違和感が在りますね」

 そう言ってクリスタロスさんは恥ずかしそうに笑う。

「ああ、先程の言葉は、こんにちは。オーガストさん。いつでも遊びに来てください。と話したんですよ」
「そうだったんですね」

 自分の名前以外全く解らなかったよ。

「はい。アテらの言葉に敬称というモノが基本的には無いもので、オーガストさんを呼び捨てにしてしまいましたが、それはすいません」
「いえ、それは別に構いませんよ」

 それは些細な事だ。別に侮られたり馬鹿にされている訳ではないのだから全く気にはならない。

「それにしても不思議な言語ですね」

 感情は乗っていたものの抑揚が少なく、どことなく機械的な気がした言葉だった。まぁ、本物の機械であるティファレトさんが人間と変わらないので適切な表現ではないのかもしれないけれど。

「アテら天使ぐらいしか使っていない言語ですからね。とはいえ、コツさえ掴めればそこまで難しくないんですよ」
「そうなんですか! では、僕でも修得できますかね?」
「ええ。可能かと」

 クリスタロスさんは僕の言葉を笑顔で肯定する。

「では、厚かましいお願いですが、私に天使の言葉をお教え願えませんか?」
「ええ、教えるのがアテでよいのでしたら構いませんよ。ですが・・・その際は出来ればオーガストさんお一人で訪ねて欲しいのですが」

 そこでクリスタロスさんはどこか冷めた視線をプラタとシトリーに向ける。

「オーガストさんの御付きの方ですから大丈夫だとは思いますが、アテはまだ妖精も魔物も信用しきれないので。ここに通しているのもオーガストさんが一緒だからですし。ああ、ですが――」

 そこでクリスタロスさんは視線を僕の足元に向ける。

「そのオーガストさんが創造された魔物でしたら一考の余地はありますけれど」

 その提案に、僕は暫し考える。
 天使語(仮)は習いたい。プラタとシトリーが別でも・・・何か問題があるのだろうか? 今までは大抵僕一人で来ていた訳だし。それに、少しの間ここに習いに来るだけだ。別にもう帰らない訳ではない。

「そうですね。まぁそれで大丈夫かと。二人を信用してもらうのはこれから時間をかければいい事ですから」

 外の世界の情勢には疎いが、エルフと人間の関係を思えば、直ぐに信用して下さいとも言えなかった。プラタとシトリーには悪いが、その時は留守番をしてもらうとしよう。

「では、故郷の言葉はオーガストさんがお一人の時にお教えしますね」
「はい。その時はよろしくお願いします」

 話が済んだところで、僕はクリスタロスさんに訓練所をこのまま使用していいか尋ねる。
 その僕の問いというか要請に、クリスタロスさんは快諾してくれた。

「それではアテは先に部屋に戻っていますね」

 そう言うと、クリスタロスさんは軽く頷くように頭を下げてから訓練所を後にする。
 クリスタロスさんが訓練所を出た後、僕は両隣のプラタとシトリーに顔を向ける。

「そういう訳だから、クリスタロスさんから天使語を学ぶ時は留守番お願いね」
「畏まりました」

 僕の言葉に、正対するように身体の向きを変えて拝承の礼をするプラタ。そんなプラタの反対側で、シトリーは不貞腐れたように口を尖らせながらも了承の声を出した。

「さて、それじゃあ早速だけれども、プラタちょっと手伝ってくれる?」
「承知いたしました」

 僕が説明をする前に受諾するプラタに小さく笑みを零すと、僕はプラタに説明を始める。

「魔法の分解及び吸収の実験を行いたいから、僕に向けて何か適当な魔法を放ってくれない? できれば攻撃系で」
「また面白い事を御考えになりますね。ですが、いくら御許可を頂こうともご主人様に向けて攻撃魔法を放つなど出来ようはずがありません」

 謝罪するように深々と頭を下げるプラタ。しかしその姿には、頑なまでの拒絶が見て取れた。

「手加減してくれれば――」
「それでも、です!!」

 プラタには珍しく強い口調で遮られる。まぁ音量が普段よりも少し大きかっただけなんだけれど。

「じゃあ・・・僕に向けなくてもいいから、僕の近くに飛ばして――」

 そこで、じっとこちらを見ているプラタの瞳に鋭い光が宿った・・・ような気がした。

「よ、よし! じゃあ、こう、僕の近くに浮遊させるような感じで魔法を発現させるのでどうかな?」

 恐る恐るの提案に、プラタは小さく頭を下げる。

「それでしたらお任せください」
「あ、ありがとう」

 僕は疲れた声でプラタに礼を言う。まさか頼むだけでここまで苦労するとは思わなかった。

「プラタの後はシトリーもお願い出来る?」
「任せてー!」

 元気よくて手を上げて快諾したシトリーに頷き返した後、僕は実験を開始する為に二人から距離を取る。

「それじゃ、お願い」

 適当な距離を開けて発した僕の声にプラタは頷くと、僕の少し前に水の球を発現させる。
 僕はその魔法に自分の色を乗せた魔力を伸ばして介入すると、魔法の掌握と調整行い、分解を実行する。それが済むと、分解して魔力として確保した魔法を、伸ばした魔力を手繰り寄せて吸収した。

「お見事で御座います」

 一連の動作が終わるとプラタが賞賛の言葉を送ってくれるが、魔法一つ相手に一連の動作に三秒程掛かってしまったので、まだ実戦で用いるには程遠い完成度であった。やはり他人の魔法だと掌握に時間が掛かる上に、同時に調整を施さないと吸収が難しいので中々大変だ。

「これは慣れればどうにか出来るのかね」

 数をこなせば掌握も調整もどうにかなるだろう。幸いプラタは魔力の波長を自在に変える事が出来るので、その辺りでも頼りになる。
 分解から先は自分の魔法で散々行ったのでそれなりの速度で出来ている。まぁ、まだ改善の余地はあるが。

「もう一回お願い」
「畏まりました」

 もう一度プラタに魔法の発現を頼む。次は火球であった。
 僕は同じ様に魔力を伸ばして一連の動作を行う。流石に一度やっただけで改善出来る訳も無く、まだまだ手探り状態であった。

「もう一回お願い」

 それから幾度もプラタに手伝ってもらい、ある程度数をこなしたらシトリーにも手伝ってもらう。

「まだまだ遅すぎるな」

 二人に連続して魔法の発現を頼み、数十、数百と掌握・調整・分解・吸収を行ったが、一連の動作に掛かる時間をやっと一秒ちょっとぐらいに縮められただけだった。

「うーん。正直、この短時間でこれだけの成果が出せただけでオーガスト様は凄いと思うんだけれど、どう思う? プラタ」
「才能が無ければ不可能でしょう。それ以前に、これだけの数をこなせる集中力が普通は在りません。それに、ご主人様は吸収した魔力を排出せずに溜め込んでおられます」
「あれだけの魔力を吸収して壊れないなんて、正しく規格外だね!」

 僕がどう改善しようかとあれやこれやと思考を巡らせている間、プラタとシトリーは二人で何やら会話をしている。

「さて、ご主人様が偉大なのは当然なので同意しかありませんが、吸収した魔力が本当にご主人様の器に溜められているのかは少々疑問ですね」
「どういう事?」
「いえ、些細な疑問です」
「・・・そう?」
「・・・ええ」

 二人の会話を気にすることなく思考を回転させる。何か根本的に改善しなければ、今のまま続けてもなんとか一秒切るのが精一杯な気がする。
 しかし何を改善すれば? その自問は幾度目だろうか。一つひとつ要素を分けて、それを視点を変えて細かく検討してみるも、今以上の答えは得られない。

「何処かに何かあるはずなんだけれどな・・・」

 これは趣味の様なモノなのに、内に焦燥にも似た気持ちを覚える。何か、何かあるはずだ。

「・・・・・・」

 どれだけ考えても分からない。ならば初心にかえってみようと思うも、それはもう行った。ならばどうしよう・・・。

「そうだな」

 どれだけ考えても大きな改善点は見当たらず、根本から変えなければ今以上は望めないかもしれない。ならば、根本を変えればいいじゃないか。重要だと、これは外せない変えられないと思い込んでいる部分を全て見直す・・・いや、いっそのこと捨ててみよう。そうすれば新たな世界が見えてくるかもしれない。幸い、捨てても上手くいかないのならば、拾ってまた組み込み直せばいいだけなんだから。
 まずは掌握の前の魔力を伸ばすという行程をどうにかするところから考えなければならない。元から体内にある魔力を伸ばしているので、染める時間は掛かっていない。ならば伸ばす時間を省けないだろうか? 

「・・・ああ、なんだ、簡単な方法があるじゃないか」

 考えに考えて一つの閃きが浮かぶ。
 そもそも伸ばさずとも、周囲の空間に在る魔力を自分のモノにすればいい。そうすれば、伸ばさずとも最初からそこに在る事になる。しかし、いくら何でもそれは非現実的だ。出来ても自分の周囲の僅かな空間の魔力だけだろう。それも維持するとなると少々骨が折れるが、考えを変えて支配するのではなく、こちらから歩み寄って共生すればいい。つまりは、自分の魔力を世界に合わせればいいという訳だ。

「ならば次は掌握と調整か」

 そもそも掌握は魔法を自分色に染める事。調整は魔力の波長を合わせる事。これは同時進行で行うのだが、掌握を分かりやすく言えば所有者の名前を術者から自分名義に変える事と表現すればいいか。それと、調整は吸収しやすくするのもだが、掌握の裏付け的な側面も含まれている。
 この二つを変えるにはどうすればいいか・・・。

「うーーーーん」

 これは中々の難題だった。しかし、直ぐに先程の世界との共生との延長である事に気がつく。要は相手が魔法を発現させている途中から介入すればいいのだ。僕の魔力は世界の魔力で、世界の魔力は僕の魔力なのだから、相手の魔法が発現しだすと同時に魔力を混ぜる事も不可能ではない。勿論あんまりにも距離が離れていると無理だけれども。
 それが可能ならば、そのまま発現している段階で掌握と調整を始めればいい。
 分解は魔法を魔力に還す事だが、これは調整までが済めば至極簡単で、調整が終わった段階で終了しているようなものなのだ。そもそも改善の必要が無い。要は膨らんだ風船を割るだけなのだから。
 後は吸収だが、これもここまでくればとても簡単に答えが出ている。
 今までは分解した魔力が霧散しない様に僕の魔力で包んで引っ張り吸収していたが、これからはそのまま霧散させればいい。何せ世界の魔力は僕の魔力なのだ。その霧散させた魔力を僕の方に流れるように指向性を持たせるぐらいは容易に出来る。つまりはわざわざこちらが手繰り寄せずとも、向こうからこちらを訪ねてきてくれるという事だ、
 そこまで詰めれば、後はそれらを組み合わせて繋ぎ目の微調整を行って理論を完成させてしまえばいい。それで一応の仮説は完成だ。

「プラタ、シトリー。もう一回お願いできるかな?」

 そう頼みながら準備を始めた僕が世界との同調を終えたのと、二人から了承の声が返ってきたのは同時であった。さぁ、早速仮説を試してみようかな。





 プラタとシトリーが大量の魔法を発現させる。系統は様々ではあったが、全て小さな球体ばかりであった為に、発現速度はかなり速い。
 それでも発現を始めたと同時に介入する事に成功する。同調によって世界を自分の魔力と定義した事で、どれだけ数があろうとも、どれほど発現速度が速かろうとも介入が容易くなった。
 介入と同時に掌握と調整を開始する。発現時に大分僕の魔力を混ぜることが出来たからか、魔法が完全に発現した直後には既に分解を行うのみとなっていた。

「・・・これは予想外、いえ、我ら以外に可能だとは考えた事も御座いませんでした」

 魔法が完全に発現した瞬間に分解されて全て消え去ったのを見たプラタが、夢うつつの様な声を出した。それは僕が初めて聞く声音であった。

「はー。まさか己を世界に溶かしてしまうとは、ホント、オーガスト様は驚かせてくれるね!!」

 シトリーが驚愕と感心が混ざったような声を出す。プラタだけではなくシトリーのどこか現実感の無いようなその言葉に、僕はこれが普通ではないらしい事を理解する。

「え・・・そんなに?」

 とはいえ、どれほどのものかまでは判らず、僕は困惑した声を出す。

「相変わらずオーガスト様はオーガスト様だねー」

 いつもの呆れた様なシトリーの口調の中に、諦めた様な色が滲む。

「でもほら、元々存在を消すのは得意だったしさ!」

 僕がやったのは世界との同調。それは元々得意だった存在を世界に紛らわせて消す方法の延長のようなものだ。特別難しい事をやった覚えはないのだが。

「あの方法も高度なモノで御座いましたが、それでもあれは再現可能な技術で御座いました。しかし今回のは、今まで我ら妖精以外には出来た者の存在しないモノで御座います」
「そうなの?」

 僕の感覚では隠密魔法の延長でしかないものだったのだが、プラタの言葉を聞くに、どうやらそういう訳ではないらしい。

「はい。世界と自分を一体とする術は、妖精に与えられた特権の様なモノでした。しかし、たった今ご主人様は我らと同じ事をなされましたので、どうやらそれは我らの思い違いだったようです」

 どことなく嬉しそうなプラタに、僕は相づちのような頷きを返す。それにしても、そんなに凄いものだったのか。やっと凄さが伝わったような気がするよ。

「これで吸収魔法は完成かな。どこか改善するところがないかは使っていくうちにまた見つかるだろう」

 気を取り直してそう結論付けると、現在の時間を確認する。

「え? もうこんな時間なの!?」

 僕の時計が壊れていなければ、指針が指している時刻は既に空が白んでいそうな時間であった。つまりは、いつもならば既に起床しているどころか、朝の支度を終えているような時間だという事。

「早く戻ろうか!」

 僕はプラタとシトリーを連れて訓練所を出ると、クリスタロスさんに礼を言って急いで自室に戻る。
 自室に戻って窓の外を見ると、空は明るかった。まだ早朝ではあるし、食堂に寄っても授業には十分に間に合うのだが、いつもより遅い時間だと少し焦ってしまう。
 僕は着たままだった制服と身体の汚れを自浄の魔法で綺麗にすると、忘れ物やおかしなところが無いかだけをさっと確認して自室を出る。
 一瞬食堂に寄らないで教室へ直行しようかという考えが浮かんだものの、時間はあると思い直して食堂へと足を向ける。
 朝食を気持ち早めに終わらせると、教室へ速足気味で向かう。
 時間に余裕がある為に、教室に着いた時には担当教諭はまだ来ていなかった。
 昨日まで授業を受けているのは僕だけだったが、今日は十六人先に生徒が来ていた。皆二年生だが見た事ない顔ばかりなのは、僕が調査ばかりに行ってあまり西門に居ないからだろう。それは向こうも同じようで、何人かが誰だろう? という様な表情を浮かべていた。
 二パーティーだろうかと思いながらも、近くの席に着く。暫くして更に五人の生徒が入ってきて、先客の十六人に合流した。僕は一人離れた席に腰掛けながら担当教諭の到着を待つ。
 わいわいと賑やかな喋り声を耳にしながら待っていると、やっと教諭が入ってくる。今日はいつもの男性教諭ではなく、初めて見る女性教諭だった。
 授業の内容が既に受けた西門周辺の魔物についてだったので、一緒に受けた生徒達は初めての授業だったのかもしれない。まぁ詰まる所、僕はもう座学は終わっているのだろう。だから昨日から訓練に移行したのだろうし。でも今日は教室に来るように言われてたけれど、何でだろう? 男性教諭に急用でも出来たのかな?
 そのまま退屈な授業を受けてから食堂で昼食を摂った。相変わらず賑やかな食堂ではあったが、聞こえてくる話題は様々である。中にはペリド姫達が奴隷売買組織を取り締まっている話があったが、どうやらもうすぐ頭目が捕まるかもしれないという話であった。

「・・・・・・」

 聞こえてきた話通りであれば、北門ではペリド姫達と合流できるかもしれない。単独での気ままな行動になれた為に、何となくそれも今更感が強いが。
 僕は食事を終えて食堂を後にすると、寮の自室に戻る。プラタとシトリーに出迎えられて室内に入ると、クリスタロスさんに天使語を習う為に二人には留守番を頼む。シトリーに軽く抗議されたが、直ぐに渋々ながらも了承してもらえた。

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