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#-02[Réalité immuadle - Ⅴ]

●焔月/四日
 プリオール:アパート・イニティウム前街道

 ボクはアパートの階段を駆け降り、アパート前の大通りに足をつけた。
 窓ひとつしかない密室に近い自室と暑さを比べたら雲泥の差だ。やはり外はいい。
 だがそれでも暑いのは暑い。
 拭っても拭っても絶え間なく、吹き出る額の汗を拭ってもまた吹き出てくると知りながら手で拭う。

「よう、レキ坊。今日も元気そうだな」

 声と共に横から何かの音が一緒に飛んでくる。これは何かが飛んでくる音?
 ボクはそれをすかさずキャッチした。
 飛んできたものはナイロンの袋に詰められたパン。ということは投げた者は一人しかいない。
 ボクは投げられて来た方に視線を向ける。
 そこにはやはり想定した人がいた。

「ナイスキャッチだ、出来立てだぜ」

 アパートの目の前のパン屋の店主のオヤッサンこと《ガナード・ハウル》が気さくに声をかけてきた。


「あぁ、オヤッサン。おはよう」

 ボクの軽い挨拶に対し、赤い無精ヒゲを生やした短髪オヤジは爽やかな笑顔で返してきた。うん、似合わない。

「雷恵もおはよう」

 ついでにボクは中腰になり、オヤッサンの隣で隠れているフードを深く被った少女《雷恵(らいえ) 琉香(りゅか)》にも挨拶した。

「は、はい。お、おはようございます……」

 フードの奥の真紅の目はしゅんと小さくなり、もぞもぞとオヤッサンの更に後ろに隠れようとする。
 フードの影に隠れてはいるものの、その白い透き通る肌がみるみる赤く染まっていくことも理解できた。
 この炎天下の猛暑日にもかかわらず、フードを被ると言うことは確かに直射日光から顔を守ることは出来るが暑いどころの話ではない。きっとものすごい熱気がいまフードの中で渦巻いているだろう。
 彼女がフードを被っているのか。理由はいくつかあるがその一つは自分にある。

「な、なんですか……ど、どうかしました?」

 雷恵は狼を連想させる尻尾を横にブンブンと音を立てて横に振っている。
 そう、どうやらボクは彼女から嫌われているようだ。理由? そんなのボクが聞きたいぐらいだ。


「レキさん……?」
「いや、こんな猛暑にそのフード暑くないのかなって」

 ボクは雷恵のフードの端を掴む。柔らかい耳の感触が気持ちいい。

「ひゃっ!」

 急に触れたからか、雷恵は驚き、急にしゃがんだ。

「べ、別に、大丈夫です!」

 雷恵はそう言うとボクの手を弾き、必死に顔を隠すようにフードを更に深く被り直した。
 うぅ、こういうフレンドリーに接することが嫌いなのだろうか……。
 そんなボクと雷恵を見て、オヤッサンは思わず苦笑を漏らしていた。

「お、親父さん!わ、笑わないでください……」
「わりぃ、わりぃ」

 オヤッサンは笑いながら雷恵を上手く窘める。

「ところでレキ。その見慣れないベルトポーチの中身は『アレ』だろ? そんな物騒なモンぶら下げてどこ行くんだ? どっか遠出でもするのか?」

 オヤッサンはボクのベルトポーチに指さし、問いかけてくる。
 いつもの服装との些細の違いを瞬時で判断したようだ。
 今後の予定まで間接的ではあるが見抜くとはこの人、やはり一筋縄ではいかない。

「あぁ、うん。ちょっとそこまで」

 ボクはオヤッサンから視線を逸らし、性懲りもなく雷恵の頭の耳に手を伸ばす。
 「ガルル」と「グルル」が混じったような声がフードの奥からうねり聞こえる。

「ちょっとそこまで?街の外に出るんじゃねぇのか?」

 ホントに些細な言い回しだった。だがそれでも十分に怪しまれる材料にはなる。オヤッサンは目を細めボクを睨んできた。

「えっーと、その、そうだね、ちょっと隣町まで」
「お前、隣町まで行ったことねーだろ」

 なんとか誤魔化そうと必死に考えるが弁解の言葉が見つからない。それどころか墓穴ばかり掘っているようだ、オヤッサンの目がどんどんきつくなっていく。
 そして遂に……。

「普段のお前なら普通に行き先を言うのに今日はなんか歯切れが悪い言い方をする……。もしかしてお前、例の事件現場に行くつもりじゃねーだろうな?」
「うっ……」

 やはり親しい者に対し慣れないことをするものではない。すぐにばれてしまった。
 雷恵のうねり声はもう聞こえなくなっており、代わりにフード内で光る眼がパチクリと瞬きを何回か繰り返していた。

「はぁ、全く……」
「あはははは~」

 ボクは笑ってごまかしたがオヤッサンに笑顔はなく、深くため息をつく。

「……【アラドスティア】の奴ら、か」
「…………」

 思わずボクもオヤッサンも黙り込んでしまう。

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