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#-02[Réalité immuadle - Ⅲ]

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 蒼の世界。月明りのみがこの世界を照らす。
 大地には幾万の子を頭上に掲げた草が辺りを埋め尽くしている。
 子供たちはこの幻想世界を気に入ってくれたのか、子供たちを繋ぐ綿毛は月の光で綺麗に発色していた。
 瞬間、強風が吹き、仰がれた草は子供たちをそのまま世界へと羽ばたかす。親子の別れは突然だった。
 だがそんな別れも知らない子供たちは、新たに空を知り、再び光を放ち喜んでいるように見える。やれやれ子供とはなんと単純なのか。
 しかし地上が、親が恋しくなったのか、子供たちは再び地上へと舞い降り始める。
 だが再び親の元に戻ることはない。
 親は風に身を任せ、ゆらりと子を避ける。子は呆然としたまま地に降りた。その時にはすでに無邪気な笑みのような光は放ってなかった。
 だが別れがあれば出会いもある。
 降下する子の一つが(おれ)の頬の毛に挟まった。
 そして一つ、また一つと(おれ)の体に次々と抱き着いてくる。塵も積もれば、か。体中がむず痒い。
 身体を振るい、払い落とそうかと思った矢先、何者かが綿毛を掻い摘み取り除いてくれた。

「ふふ、綿だらけ」

 聞き覚えのある声はそう笑うと、手に持った綿毛を再び世界に飛び立たせる。

『……なんの用だ?』

 (おれ)は結局、身体を振るい、振るい落とせるだけの綿毛を世界に(かえ)す。

「きゃっ!」

 急に身体を振るったからだろう。声の主は短く悲鳴を上げた。
 だが(おれ)は身体の違和感が取れるまで身体を振るう。
 そして満足したところで目を開け、声の主を探した。見つけたのは一人、いや一匹の少女。

「ちょっと……今度は私が毛だらけなんだけど……」

 少女は(おれ)と視線が合うとすぐに愚痴を漏らす。
 いつもはすぐに言い返すのだが、(おれ)は思わず目を見開いて絶句してしまった。

「なによ?」

 驚いたのは綿毛だらけの無様な姿にではない。
 彼女の特徴である蒼白の長髪と透き通るほどのきめ細かい白い肌。それだけでも十分哀愁漂うのに、無刺繍の白いワンピースを着ている。
 「ぶー」と愛らしく頬を膨らますが、まるで売られたばかりの高級奴隷だ。
 赤い大きな瞳もアクセントになっているのだろうか?

「えっ? なんでため息つくの?」

 彼女に指摘され、感嘆の息を吐き出していたことに気付く。
 いや、解る。コイツのやりたいことは理解できる。
 たぶんコイツ自身では可愛らしいと思って、その服装をコーディネイトしたのだろう。
 確かに見る目を変えるとそう思えるかもしれないが、もっと淡い色の入った服や、上から何か羽織るとか、色々あっただろうに……。

『なんでもない。で、何の用だ?』

 (おれ)は何事もなかったように装い、彼女に再び問いかけながら腰を下ろす。
 ため息の理由を明かさない(おれ)を少女は怪訝そうに見つめるが、何かを諦めたのか、ため息をつき立ち上がる。

「別に。ここに来ても相変わらず何も無いもん」

 そうぼやくと少女は(おれ)の腹部に腰掛ける。
 いや、なんでこの()()に来たのかを聞いてるのだが……。まぁいいか。
 (おれ)は少女を見る。その姿、まるでミニチュア。
 彼女が小さいのではない。自分が大きすぎるのだ。


『重い』
「女の子に言う言葉じゃないよ」

 決して重くない、年相応の体重だろう。
 だがからかい目的で少女にそう難癖をつける。
 すると意外に気にしていたのか、顔を赤くして反論してきた。

『ほぅ。お前、女と言う自覚有ったのか?』

 思わず口の両端が持ち上がる。
 最近恋心を抱いていることは知っていたが、まさかここまで精神的な成長を促すとは……。
 笑ってしまうのは致し方ないことだろう。

「なかったらこんなに悩んだりしないよ」

 少女は腕と足で組んだバリケードに顔を半分ぐらい埋めていじけてしまった。
 だが彼女の過去を思い出すとそう感じてしまうのは仕方ない。
 なぜなら……。

『昔は男子供に混じって野原を駆け回っていた奴がなぁ……なんとも感慨深い』

 触れられたくなかった過去なのか、彼女はそれを聞くとバリケードから頭を出し、過去の自分を否定する。

「あれは他に遊ぶ方法がなかったからというか、【種属】としての(さが)と言うか……」

 浮いたと思ったらまた沈んでいく。魚か、コイツは。狼の血族のくせに。
 思わず笑みが零れる。

『ふっ……』
「ちょ、笑わないでよ!」

 音の無い、静寂な世界に「ぼふっ」と不似合いな音が響く。(おれ)の腹部が叩かれて出ている音だ。少女が八つ当たりで何度も叩いている。
 決して痛くないのだが、くすぐったい。
 (おれ)は後ろ足で少女の頭を抑え、少し距離を置いたところで制止させる。

「……肉球が獣臭い」

 少女が真顔で告げる。
 流石に少し頭に来た。



 深い深い蒼い空は、無数の星のイルミネーションに彩られ、円弧状に形を変えた月は周りの星に負けないほどの光を放っている。
 気が付くと(おれ)も彼女もその三日月を見つめていた。

「ねぇ、《フェンリル》」
『あぁそうだな』

 彼女と(おれ)は相槌を打つとゆっくりと立ち上がる。

「ところでフェンリル、一つ質問いい?」
『簡単に答えれるものならな』

 その回答を聞いた少女は曖昧に表情を濁し、光の粒となり消えていった。
 (おれ)は再び月を見る。月は光を失い、いつ発生したかもわからない雲粒の塊に星もろとも捕食されていた。

『タイムリミットか』

 誰もいない世界でぼやく。

『なんだ、あの嬢ちゃんが帰って寂しいのかい、兄弟?』

 にも関わらず、後ろから声が聞こえる。
 おおよそ予測は出来るが、(おれ)は誘われるがまま声の方向へと振り向く。
 声の主は後方にある丘の上で薄気味悪い笑みを浮かべながら腕を組んで座っていた。
 灰色の獣毛を纏った、(おれ)と同じぐらいの体格を持った狼。
 自分と正反対の位置に属するそいつの名を憎しみを込めて呼ぶ。

『《ヴァナルガンド》……』
『おいおい、そんなに怖い顔すんなよ俺』

 だが奴はそんなことには一切動じず、軽口を叩き、(おれ)の隣まで跳躍してくる。
 着地の瞬間、巨体がもたらす重量により大地が大きく揺れ、再び綿毛たちは宙へと舞い上がった。
 自分もそれなりの巨体なのであまり感じないが、少女がいたら大地震と感じていたことだろう。それぐらいの揺れだった。

『なんの用事だ? (おれ)はこれから寝る予定なんだが』
『つれねーなー、お兄ちゃん寂しいぜ?』

 口周りを舌を這いずり回しながら、(おれ)の周りをグルグルと歩く。

『まぁお前を詰るのはいいや』

 それを皮切りに、邪曲だった奴の面持ちは真面目なものに変わる。

『《イオド》がこの世界の侵略を始めた』

 その名を聞き、ぴくりと耳を動かしたがそれ以上の反応は示さなかった。
 驚かない理由は簡単だ。この問題は時間の問題だと考えていたからだ。

『おい』
『聞いている。
 で、お前がその《イオド》の先兵なのか?』

 流石に気に障ったのか、ヴァナルガンドは吼えた。
 だが(おれ)はそれを躱すように奴に皮肉を投げつける。
 すると案の定、奴は更に激昂した。

『馬鹿を言うな。俺が崇めるのは父、唯一だけだ』
『ふん……』

 父……か。
 あいつの顔など、思い出すだけで虫唾が走るがな。

『お前と違って俺は親孝行なんでな』
『自分で言うやつほど親孝行してないと言うがな』
『……まぁそんな話どうでもいい』

 少し言葉が過ぎたか。奴はいきなり話を戻した。

『すでに《イス》の加護も消えつつある。
 そこでだ。一つ提案がある』

 先ほどの表情からは一転、またあの卑猥な笑みを浮かべている。
 なら何を想定しているのかは考えるまでもなかった。

『「一時協定しないか?」だろ?』
『流石俺だ』

 ヴァナルガンドは頷く。
 (おれ)は少し考えたが、すぐに答えを出すことが出来なかった。
 それはコイツが信用できないからではない。話に信憑性が持てないからでもない。

『……事が大事(おおごと)になってからな』

 そう言い残すと(おれ)はこの世界から姿を消した。



 俺はフェンリルが消えた一点を見つめ続けていた。
 やれやれ、交渉は決裂か?
 でもな、フェンリル。これだけは信じてほしい。
 お前が奴に育てられ、世界を美しく感じているのと同じく、俺も俺で世界を美しく感じている。
 故に世界を喰らいたい。
 足元の月明りで輝く綿毛を見る。
 世界は残虐だから美しい。
 俺は綿毛を踏み潰した。

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